源平布引滝 五段目

 

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     イ14-00002-282   

 

 

91 右頁
第八    袖やしぼるらん
柴をかりや/\ 柴かる手もとはさつても見事 へ鎌をかる/\゛テモ扨
ても見事へとうたひつれ立つ年月も重りて頃は承安初めつ

かた 所は木曽の山育ち 十六七を頭と打つれ立た五人連柴をしばし
と腰打かけ マア休めやい わいらはいつでも大柴 親父が又機嫌で有ろ
ヤア次郎がなぶるなやいあ われは此中での達者もの 一人して五人前 ハテそりや
しれた事 あの太郎やませめは こちの親仁がどつからやら連てきて 兄弟
同前にせいといはるゝけれど 気にくはぬはちよつぼりめ 柴はからずにほで転
業 骨鱠喰ふなと いがみかゝればコリヤ太郎が貰ふた あれもおれも一時に
来た傍輩 明けて十一まんざらの乳呑ふ 殊にけふは初山 年だけに了簡


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せいと押しづめ イヤ忘れた おれは在所へ柴の約束 内へはいなれぬ是から直ぐに
四郎も三も頼むぞよ 喧嘩せずと中よう/\ イヤ是はさと 柴打かたげ急ぎ行
仰に二人顔見合せ サア尻持の太郎はいんだ ヤイちよぽりめ 此四郎が挨拶
次郎に誤つて今から腕立てひろぐなよ 誤つて手をつけと二人が中に取巻て サア
下に居よすはりおれとおせどしやくれどびく共せず 事新敷一言 誤れなんどゝ
いふ事は 武士の降参も同じ事 マアそんな面倒な事いふ様なおれしやない 誤ら
ねば又何とする ヲゝかうするとびつ居る  沈で直ぐに二人が足首はね返され 腰

骨うんと尻込す 次郎すかさず山?(おうこ) てつぺい砕けと打付る 鎌にて丁と身をひ
ねり 引けば払ひ払へば付け込む身の捌き 次郎声かけ待て/\/\ コリヤ四郎よ 三よ わいらは
きよろりと見て斗り おれ一人では手に合ぬ わいらもかゝれ合点と おとなげなくも
三人が中に取まく山? こつちも合点と手ごろの棒 裾を払へば踊りこへ 又打ち
かくる山?の上にすつくり片足立 ひらいて打手を柴にて受け 或は当てられ?
も微塵 組んでとらんと三人が火水に成て取付くを ヲゝまつかせと?のむね打
目鼻も分かずてう/\/\ 打れて三人跡すさり叶はぬ赦せと 閉口す 物かげより権


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の頭兼任 つつと出て手をつかへ ハアゝ遖成る御働驚入奉る 君の先祖を躮共に
云聞せ 御主人と仰ぎなば 君是に隠れ給ふ事平家に漏れ 捜し出されんは必
定 勿体なくも躮同然に下様の御住居 いまだ躮も年若故 大将の器量
いかゞ有んと試の今の手並 骨にこたへし三人は今日より 主人と仰奉らさん為 皆
某が申付け 最前帰りし手塚の太郎 我に斯くと告げしらせしより参上せり 躮次郎
四郎はいふに及ばず 是成三郎と申すは根の井の少弥太が躮 是も遁れぬ御家
来筋 お目かけられ下さるべしと いふに三人頭をさげ 先程よりの慮外我儘 まつ

ひら御免と地にひれ伏恐れ敬ひ奉る 若君につこと打えみ給ひ いしくもはろし
権の頭 御母葵諸共に此年月の介抱 礼は詞に述べられず 我稚く共義賢
が躮 追付籏上げ平家を亡し 源氏一統の代となさんと思ふ折から 能い郎党
を求めしぞや 今より主従中よし/\と 御悦びは限りなし アレ聞へるか躮共 自然と?る
寛仁大度 中よしと有詞を直に其儘御名に付け 義は義賢の御譲り 中に当つ
て敵を砕く 門出もよし吉左右/\ 是より御名を木曽義仲 万々歳と祝する
声威光曦(あさひ)の登るがごとく 朝日将軍義仲と武名を 四方に耀かせり 時も


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こそ有れ手塚太郎葵御前負い参らせ 息を切てかけ付け 只今麓騒がしく心得ずと馳せ
参つて候へば 紅の籏翻り押寄る軍兵 正しく君を討手に向ふと相見へたり 御台所
の御身も気遣はしく 是迄伴参つたり 御用心とて述べにける 兼任騒がず ヤア/\銘
々うろたへる所でなし 敵何万騎寄せたる共此木曾山の案内はしらじ 斯く有んと思ひしより
汝等常々山に登し 其抜け道は知つらんと 若君御台を伴ひて 片かけにこそ忍びいる
朝には霧夕べには雪踏分ける 行綱夫婦 ふしぎの命助りて 木曾の隠れ家我身
にも隠れ陣笠陣羽織 待宵姫も諸共に 男形ふりかいしよげに うそ/\見廻し

窺ふ体 手塚太郎きつと見付け扨は討手の忍び者 仕廻してくれんと底工(そこだくみ) コレ/\旅人是
から先は難所何お尋と立寄ば 是は幸い此方から尋たき仔細は 権の頭兼任といふ御
浪人此邊と聞つるが 早日も暮て不案内住所はしらずか ムゝ成程所は知ています
が シテ其許は何方から ハイ其は都近辺兼任にかくまはれし人に用事有て参りしと
云より早くヲゝ合点と切付る コリヤ待てわつぱと抜けつくゞつつ突かくる腕首しつかと取聊爾(れうじ)す
るなとせり合中 星影lきらめく鎧通し火縄打ちふり ムゝ銘は金刺 若しそちは近江て生れし
太郎吉ならずや 斯くいふは蔵人行綱 ヤア父上かと詞の中より権の頭 コハめつらしき行綱


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公有増(あらまし)様子承はる いざ/\お出と義仲親子 絶て久敷対面に 悦び涙ぞ道理
なる 行綱は心せかれ様子長々申に及ず 某義賢の仰に任せ後白河院に宮仕奪
ひ出さんと存る折から事顕れ 重盛に搦め捕られ持つ宵姫も其場で別れしに 故
有方に身を隠し居て今の同道 又某は重盛の情にて 縄は赦せど詞で搦め
年月を送りし所に 源氏の運のひらくは爰 重盛熊野に大願?め 終に命終りし
故 最早平家に恩もなく 後白河の帝より 院宣を申受け宙をかけつて来りしと 首
にかけたる錦の袋義仲に奉れば ハアゝはつと押頂き 是見よ旁(かた/\゛)日頃の念願成就せり

いで打立んと御悦び 兼任ぞく/\小踊し 葵御前の懐中より源氏の白旗取出し 傍(そば)なる
松の枝にかけ 先手始に寄手のやつばら追ちらさん 併味方は小勢也いかゞあらんと詞の中
次郎さかしく進み出 夫レはちつ共気遣なし 案内覚へぬ寄手のやつばら 某一人敵へかけ付けほう
び次第に若君の案内せんとたばかり 大谷村のこなた成る樋の口に待伏させ すはといはゞ
樋を切て軍勢共に泥水呑むせ 一々に打殺さん 潔よし次郎殿 此四郎も川西の松原村
幾尋(いくひろ)となき野中の井戸 此木曾山の抜道と敵を偽りそびき入 大盤石を井の内へ投入
/\こな微塵鼠取よりいと安し ヲゝサ此三郎太郎は此組の 松かげに隠れいて 銘々の片袖切


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て籏差物松の 小枝にかけならべ 松林寺の鉦(どら)鐃(ねう)鉢(はち)鯨岐(とき)をどつと作るならば 案内知
ぬ不覚の寄手驚き騒ぐは必定也 其間に次郎四郎も落合れよと 心も剛にたくましき
勇士の子供ぞ頼もしき 行綱大小感じ入 健気成子供の頓智 次郎とやらんか樋の口
の謀(てだて)は直に軍慮の手本 今よりは汝が名を樋口の次郎兼光 弟四郎は今井の内の
計略 是も同じく今井の四郎兼平と名乗べし 手塚太郎はいふに及ず術を廻らす伊達
の三郎 木曾殿の四天王と末世迄も名を上げよと 仰せもいまだ終らぬに 麓にひゞく人
馬の足音 サア四郎 サア次郎 合点と頷き合麓をさしてかけり行 程なく寄くる飛騨

高橋 宇佐美六郎同じく五郎何どゝいふ 平家に名有軍勢共雲虚(うんか)のごとく
馳参り 中にも高橋大音上 ヤア/\旁程の頭が館をさがせど行方しれず 是
より先は不案内敵は小勢と油断すな 最前の柴かりわつぱ呼出せと 下知に
従ひ次郎四郎お召いかゞと手をつけば 其方共は所の案内しつつらん 此山を越道
引せよ 木曾が躮を討取ば一度の褒美くれん心得たるかといはせも果ず 成程
此山奥へ逃込みし者共を慥に見請候へ共 彼等は所の安に知 何国へぬけるもはか
られず 我々両人に軍勢を指し添られ下さらば 召捕は安い事 ナア四郎よ 我は井


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の中おれは樋の口 両方から責めたらばたゞ取やうなうまい事と 皆迄いはせず?/\
究竟の謀(はかりごと) 然れば是に高橋飛騨様子を残らず見分せん 皆々は彼に付 急
げ/\とおろかの大将愚かの雑兵 四郎次郎を先に立て手柄はしがちと進み行 是が此世の
別れとは後にしられて不便なり 時もうつさず 山の手に色々の籏指物 嵐に連て
翻がへり 松林寺の鉦鐃鉢 一度にどつとときのこえ 兼任行綱松かげに走廻り泊り
鴉を追立れば 籏に恐れ鐘に恐ればた/\/\の羽音足音 高橋飛騨は膝
わな/\ 是なんじや隠し勢ござんなれと刀をぬきはぬきながら 胸もすはらぬうろ/\

眼(まなこ) 伊達三郎手塚太郎両方より追取まき ヤア/\高橋判官 義賢の忘れ
筐初陣の晴軍勝負せよと呼はつたり 左衛門いらつて扨はさつきの将めも
一つ穴の狐共 エゝたばかられし残念と切てかゝるを事共せず東西へこそ追て行 兼
任行綱跡見送り小腕にて仕損せんいでかけ行んといふ所へ 高橋飛騨は迎帰り
向ふに行綱跡には手塚 三郎が追取まいで切付れば 刀も太刀も打落され御免/\と
手を合す エゝ死損いのうつそりめとどうど蹴倒し銘々が 膝に堅める向ふより 樋口兼平
大木に敵の首を指し荷ひ 一人も残らず打殺し 門出よし義仲公といさみ立れば御


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大将 飛騨高橋が首打落し 是より都へうつ立って平家の奴原一々にいmな
殺しと 行綱兼任待宵葵御悦びは限りなし 四天王と呼れたる 樋口今井伊達
手塚 揃ひも残ふ武勇の誉れ名の誉  動かぬ君が末繫昌千枝の
柳に雪折なく 初冠の子四天王 松の洛(みやこ)の万々歳難波の 里ぞ栄へける

寛延弐年巳十一月廿八日 作者 並木千柳 三好松洛