仮想空間

趣味の変体仮名

お伝地獄

「お伝地獄 」 那枝完二・著  小村雪岱・画


市「お伝」
伝「あい」
市「おれ、どうでも気が済まねえかえら、やっぱりおめえは先へ帰(けえ)ンねえ」
伝「あたしを帰してお前さん、どこぞへ行く気じゃないのかえ」

  お伝は市十郎の手をぐっと抓った





しかしまた
見れば見る程何んと云う美しい肌であろう
たとえば咲きほこる李(すもも)の花の花弁を
下から静かに撫で上げたような胸のあたりに、
こんもりとうず高く盛り上がった二つの乳房は
二十の処女(はたちのきむすめ)にも優って艶々しく、
触ればそのまま指が滑り落ちるであろうと想われるまでに張り切って
その乳房から緩く流れ出た腹部の起伏は、再び腰のあたりに
なよらかな弧を描いて股から脛(はぎ)へと鯉の背のような線を
惜しげもなく投げている美しさ





浪之助「お伝」
  伝「え」
浪之助「もっとこっちへ寄ンねえ」
  伝「あい」
浪之助「おめえ夜っぴて俥で帰(けえ)って来た上に、あんな騒ぎをやったんで、
    くたびれたろう」
  伝「いえ、ちっともくたびれてなんざいやァしないよ。少しやそっとくたびれたって
    お前さんが喜んでくれた顔を見りやァあたしやもうそれで沢山さ。そんなことより
    ねえお前さん、東京へ出掛けるのはいつにしようねえ」





?「義理もへちまもありやァしません。鰻が御池?なれると(?)なりァ
  馬車道はおろか程ヶ谷へでもお供しまさァね
伝「そりゃァ有難う。じゃァ善は急げだから、そこいらで俥をひろって行きましょうよ」
?「そ、そんな無駄なこたァなさらねえでも」
伝「いいえ歩いて行っちゃ大変だもの」

   お伝はもとより腹に一計案じているのであろう
   通り掛りの二人乗りを呼びとめると聊(いささ)か
   てれ気味の?吉に速く乗るようにと奨めた




 高橋お伝-wikipediaによると、

お伝が最後の斬首刑を受けた罪人という説があるようだ。最後の斬首刑の話なら『明治百話』で読んだことがある。冒頭一話目から生々しい打ち首の話がショッキングだった覚えがあるが、あの女囚がお伝だったか。『明治百話』では、最後の首斬り役人の回想録として彼が職務を遂行する最後の一日の様子が語られていたが、いよいよ刑執行の段、その女囚は始めは毅然としていたもののいざとなって暴れたため討ち損じてしまい、女は一息に死ねずに苦しんだ、という顛末だったと記憶する。まさに「お傳地獄」無惨なや。


『明治百話』の最後の首斬り役人はこの人だと思う。

 山田浅右衛門-wikipedia


『お傳地獄』を書いた小説家
 那枝完二-wikipedia


『お傳地獄』の挿絵を描いた画家 
 小村雪岱-wikipedia