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花上野誉碑 志渡寺の段

床本

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856575

参考にした本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856470

 

 

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花上野誉碑 志渡寺の段

泣く/\立って行く 後見送って
菅の谷は暫し しほれ
て居たりしが 身腹わけ
ねど育つれば それ程に迄

 

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可愛いい物か そなたの其の
親切が 届かいで何としょう
長者のささげし万灯より
わづか貧女の一っ灯が
百倍増したる未来の手

向(たむけ) 草葉の陰の兄様
が嘸喜んでござんしょう
嬉しうござる忝い爰から
拝んで居るぞやと伏し
おがむ手に露なみだ

 

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かかる所へ奥庭より 息も
すた/\嬪(こしもと)信夫(しのぶ) 御注
進と手をつけば ムムあは
ただしき注進とは 森口
殿との立ち合い 夫の勝ちを

しらせの為か サア奥様の
仰せの通り 意地悪の森
口殿 定めて負けと思いの
外(ほか) ヤアといふより旦那様
俄かにがた/\ふるいが来て

 

(以下画像略)

 

しなへ(竹刀)持つ手も定まらず
二た打ち三打ちその後は しどろ
に成りて森口殿 勝つに極まり
鼻高々 ほんにくやしう
存じますると 聞くより菅

の谷口惜し涙 物をも言わ
ず一間の内駆け込む向こうへ
源太左衛門 はっと躊躇う
その内に つづいて内記・弟
子・方丈 おの/\座席

定まれば 団右衛門進み出で
扨々先生きついお手
際 音に聞こえし内記殿
定めし手剛い立ち合いと
思いの外 猫に追われた

鼠同然 イヤ早や 驚き入りまし
てござるテヘヘ(?)・・ コレハどふ
した御挨拶 尤も殿へ御
師範申す身共なれ共 内
記殿も聞ゆる達人 畢

竟(ひっきょう)時の張り合いと申すもの
スリャ何内記殿 互いの
勝負は時の運 団右衛門
殿只今の粗相 真っ平
御免下されて 必ず共に

お心にさへられなと 面(おもて)に
かざる仁義の詞 はかを
含みし内心と 察しな
がらも慇懃に コレハ/\ 痛み
入ったる御挨拶 武芸

未熟のこの内記 中々
貴殿のお相人(あいて)とは 存じ
も寄らぬ事ながら 主命
是非なく今日の仕合
イヤモ 面目次第もござり

ませぬと 互いに卑下は
有りながら 善と悪とは
見て取る方丈 イヤ/\ 勝つも
負けるも時の運 差し出
がましき事ながら 只今

迄の如く水魚の因み
それが即ち殿への忠義 遺
恨残らぬ印の盃 ナニコリャ
坊太郎 申し付けたる銚子
盃 急いで是への声の下

急いで用意の三方長柄
持って出たる小坊主の
おとなしやりに控ゆれば
源太左衛門じろりと見
て この小児こそ噂に聞く

民谷源八が倅と見ゆ
る 幸いの酌人 コリャ小僧よ
是へ参って酌いたせ
イザ内記殿 お始めなされ
イヤ先ずまず其の元より はて扨

申さば古参の其の元 平に
先ず貴殿より 左様ござらば
達て申すも却って無礼
何れも御免下されいと
取り上げる盃へ 酌する行儀

しとやかに 又押し下がって
畏まる 内記は盃改めて
然らば何森口殿 慮外
申すと互いの礼儀 盃取
て森口が さし出せ共

きょろりくわん コリャヤイ
つがぬか/\ エエ酌せぬか
と言えども唖の返答なく
虫がしらすか子心に イヤ
とかぶりをふるばかり

源太左衛門目に角立て ヤア
憎(にっく)い小?(せがれ) 内記殿へは酌
しながら 我に恥辱を
与ふる不届き 是へうせふ(失しょう?)
と立ちけるを 方丈暫し

と押し止どめ 御立腹去る事
ながら 弁えなき小児の
不作法 それと申すも 貴殿
の威勢おぢ恐れ 子
心にもこわいと見えます

お酌は余人に 申し付けるで
ござりましょう アイヤ/\方丈
そうでござらぬ 三つ子
の魂百迄と 只今折檻
加えねば 又重ねてかかる

無礼 以後の見せしめ
覚えよと 首筋取って引
すゆる坊太郎が袂より
桃はこぼれて二つ三つ
それはと立寄る内記が目

先 ひらりと抜いて差し付くる
刃(やいば)の光に身はがた/\
臆病風に顔の色 槌谷
が妻は口惜し涙 方丈始め
門弟も興のさめたる

風情なり 森口は思うつぼ
ムハハハ・・・ 今日の立ち合い がてん
行かずと思いしが 内記殿
の臆病未練 かてて加え
てこの小? 今袂より落

せしは 当寺に名高き
園(その)の桃 殿へ献上の済ま
ざる内 盗み食うコナ横道
者めが アアそのはずても
有にかい 元が足軽 なり

上りの民谷が倅 盗人
根性が有る故に 罰(ばち)が当
って唖と成ったる業(ごう)さらし
献上の申し訳 このままには
済ますまいと 底に意

地持つ詞のはし 菅の谷
たまらずづっと出で イヤ森
口殿 いつにない夫の有り様
病のわざか 障碍(しょうげ:妨げ・悟りの障害)かと
案じ重なる坊太郎が

折悪に取り落とせしアノ桃は
盗んだのではござりま
すまい 枝が朽ちて二つ三
つ 落ちたを拾うた者で
あろう のうそうかそうか アレ/\

頷いておりますれば モウ
了見しておやりなされ
たが よかろう様に 存じ
ますると菅の谷が 甥の
難義を言い抜ける イヤイヤイヤ

成りませぬ/\ 常の桃とは
違い 西王母(せいおうぼ)が譬えを引き
殿へ献上の桃をぬすむ
大罪人 折檻は身共が
脚(すね)と 坊太郎を縁より下へ 

どうと蹴落とす傍若
無人 驚く方丈菅の谷
があわやと見る内広庭(ひろにわ)
より こけつ転(まろ)びつ乳
母お辻 走りよって坊

太郎を抱きかかえたる涙声
コレ/\/\和子(わこ)大事ない/\ 乳
母の辻が来た程に 心を
確かに持って下されヤ
こわい事はない /\/\ぞや

マいかに誤りあればとて
かよわいこの子をめっそう
な 其のまあ高い所から
蹴落とすというような意
地の悪い ホゝ/\ホゝ・・悪い/\

アイ この子が悪うござり
ます 塵一本でも人様
の物 盗むという様な
事が有る物でござりま
すか こればかりは子供じゃ

迚(とて) アレ天道様がおゆるし
なされぬぞえ ハイ/\/\ 森口
様へ申し上げます 私は辻と
申して この子の乳母でご
ざりまする 方丈様への

申し訳は 屹度折檻のい
たしようもござりますれ
ば 幾重にも御了見
偏(ひとえ)に願いあげますと
額を土に蹲る ムム スリヤ

其方は この小躮が乳母
とな ハイ 乳母でござり
ます/\ エエむさくるしい
形(なり)を仕上がって うそ汚い
わいコリャヤイ 方丈への言い

訳ばかりで 殿への献上の申し
訳は なんとしょうと思うて
おるぞ サアその義は 弁え
しらぬ女らう(女郎)の猿智
恵 すっ込んでけつかろう

御前への申し訳に 今森
口が真っ二つに打ち放す
と 持ったる刀ふり上げれば
方丈その手をしっかと
留(と)め イヤ お手付きには成りま

すまい そりゃ又なぜな
さればでござる 坊太郎
に誤りあれば いましむるは
愚僧が了簡 献上の
名物なれども 果(くだもの)に人の

命 よもや取ろうと御意も
あるまじ よし又さようの
義もござらば 人を助ける
出家の役 何国(いずく)までも
坊太郎が 命乞いを仕る

ムム シテ又 献上の申し訳は ハテ
お聞き入れなき時はぜひに
及ばぬ傘(からかさ)一本 余人の
お世話は頼み申さぬ 貴殿
も刀を納め 御帰宅あって

御休息然るべう存ずると
出家賢気(かたぎ)に言いまくられ
遉(さすが)の森口あんごりと
刀を鞘に 納めた顔 ハテ
扨 命冥加な仕合せ者

方丈の詞にしたがい
屋敷へ帰り休息致さん
ナニ方丈 今日はいかい御雑
作(ぞうさ) イヤ何内記殿 お先へ
来る これはしたり まだ

ふるふて(奮?)ござるか コレ/\
御内証 ソレ 薬でも進ぜ
られい アア片腕とも思う内
記殿はアノ臆病 最(も)はや
武芸一通りにおいては

凡そ日本に 立てづく者なき
源太左衛門 武士たる者は
あやかるよう 随分と機
嫌を取り 稽古出精(しゅっせい)召され
たがようござる ひょっと

機嫌の取りようが悪いと
殿であろうが どなたであ
ろうが ヤ又どいつであろう
が 打ち放して他国いたす
さすれば天照大神

天の岩戸へ籠ったような
もので 讃岐一国は 常闇(とこやみ)と
成り申す ムムハハ/\/\ハハ・・程に 気を付け
て勤めさっしゃれ ハハ委細
承知いたしてござる この数馬十蔵も 臆病師
匠を破門致して そのもとと
師弟の契約 直ぐにかた
めの盃は お屋敷にて
仕らん しからば一緒にドリャ

お暇(いとま)申そうかと 飽く迄
高ぶる高慢我慢 門弟
引き連れ森口は 悪口たら/\
立ち帰る 無念と思えど
詮方も 内記がそばに

さし寄って これ申し 今の
悪口聞かしゃんしたか お
前は悔しうないかいなと
押しうごかせど正体も
詞なければ方丈制して

コレ奥方 内記殿をは客
殿へ 同道(どうどう)あって御介抱
坊太郎は乳母おつじ
よきにとばかり跡(あと)言わず
内記が心はかりかね

いたわる菅の谷方丈も
打ち連れてこそ入相の
花はむかしと散りうせて
今は老木(おいき)の乳母お辻
思えば思い廻す程 恐

ろしや稚気(おさなぎ)に 盗み心の
付いたるは いかなる天魔の
見入(魅入り)ぞと 顔打ち守り/\
しばし涙にくれけるが
コレ和子 エエこなたは/\/\

のう この乳母は教えはせぬ
に いつの間にそのような
さもしい気にはなしゃった
ぞいの アノ桃はこの寺の名
物 殿様へ御献上の済まぬ

内は 方丈様は愚かな事
観音様へもあげぬげな
いかにぐわんぜ(頑是・がんぜ)がない迚も
こなたは今年でもう七つ
恐ろしい 恥ずかしいという事の

ちっとは分かちはないかいの
方丈様の手前 内記様
御夫婦の思わく おりゃ
恥しうて/\コレ 顔さえも
よう上げなんだわいの その邪(よこしま)

な心から 父御(ててご)様の非
業の最後 無念とも思わ
しゃらぬ 不孝のばちが
身に報い 生まれも付かぬ
かたわ者 唖となったに

気が付かぬか 母様は賤しい
傾城と素生あらわす
今日の時宜(しぎ) コレ人間と
生れては只一心の置き所
賤しうても汚うても腹

は借り物 こなたの父御様は
誰あろう田宮源八様と
いう 侍の子のする所作
か そういうこなたの心と
しらず この乳母が明け暮れに

旦那様の無念の御最後
おのれ敵(かたき)を詮議して 対さん
物と思う内 唖と成ったる
こなたの業病 薬祈祷
も利かばこそ 詮方尽きて

当国の 金毘羅さめへ
立(りょう)願かけ 病気と言い立て
本心は 金毘羅様へ火
の物断ちに食事をたち
果(くだもの)に命をつなぐこの乳

母が 清き体を犠(いけにえ)に その
病を治して給われと
祈るお辻が涙のこころ
稚な心に分かるなら どうぞ
心をため直し コレ 紙一枚

塵一本 人様の物盗む
ような さもしい心止めて下
されヤヤ コレ見やしゃれ
こなた故にこの乳母が もと
のすがたはどこへやら 譬え

つづれはまとうても心を
錦になぜ持って 父御様の
敵打ち負おせ 名を上げうとは
思わずかと 恨みつ泣きつ
さま/\゛に 五臓を絞る

血の涙息も たえ/\゛断
食に 心苦しきその風情
目も当てられずいぢらし
何思いけん坊太郎 白
砂(しらすな)をかきならし/\ 斯くと

仕方に乳母おつじ 涙
拭うてつくづく眺め 何
言わしゃる なんじゃ エエとと様
が死にしゃったを忘れはせぬ
口惜しい/\ 又桃を盗ん

だは さっきに 伯母様へ
乳母が咄には おれが
病が苦になって 米も
粟もきわれず くだもの
に命をつなぐと言った故

ひょっと われが死のうかと
それが悲しい故 つい桃を
取ったもの われにやろうと
思うた故 もうこれからあん
な事はせまい程に 堪忍

してくれい ヤア/\/\ そんなら
桃を盗ましゃったは アノ
この乳母にくれうと思う
てかアノこの乳母に エエよう
盗んで下さった/\/\のう

ヲヲ可愛の子やと引き分け
て 抱きしめ/\ コレこらえて
下され 赦してくだされ
そうとはしらず色々に
恥しめたはエエ何事ぞいの

元をいえば盗人の 悪知
恵付けたのもやっぱりこの
乳母 思えば/\これ程に
かしこい智恵を持ちながら
何ゆえ果報つたないぞ

父御様がこの世にござるなら
馬のけいこよ学問よと
座敷の内もお手車
乳母も衣裳を着飾って
ちょっと出るにも徒士(かち)

若党 びびしい行列有る
べきに 小僧よ/\と口
汚う 森口づれが足に
迄 かかる憂き目は何事ぞ
現在母様はありながら

三つの年より生き別れ
又 父御様も死にわかれ
よくよく親御に縁薄き
こなたがいとしうござる
わと くどき立て/\ わっと

ばかりに嘆きしが はっと
心を取り直し エエそれよ よし
ない嘆きに時移る 乳母
が命は権現へささげし犠(いけにえ)
この和子が業病を 一度(ひとたび)

本復なさしめて 本望
遂げさせたび給え なむ象
頭山(ぞうづさん)金比羅大権現/\
一念凝っては髪逆立て 眼
血ばしる有り様に 坊太郎

は只うろうろと 背(せな)撫でさsる
るを見向きもせず 兼て
たしなむ守り刀 抜けば稲
妻逆手に取り ぐっと突き
立て引廻せば 驚き縋る

坊太郎が顔打ちまもり
打ち眺め サア者を言わっ
しゃれぬか/\ なむ金毘
羅大権現/\ サア者を言わ
っしゃれぬか 南無金

毘羅大権現/\/\ ヤア
これ程に祈誓(きせい)をかけ 命
を断って願うても やっぱり
物が言われぬか 扨は金毘
羅権現も 見放し給ふか

ハア はっと力もお乳の人
あきれて詞なかりける
ヤア/\お辻 そちが誠心相
届き 権現納受あったる
ぞと 一間を出る槌谷内

記 菅の谷諸共かけ出でて
そなたの誠は届いたぞや
コレ気を確かに持ちやいのう
是のう是とかかえを直ぐに
腹帯と 心を添うる介抱

に おろか内記は声励まし
ヤアヤア坊太郎 今こそ赦
す暇乞 姥が冥途の
餞別に 引導せよと
槌谷が詞 聞くより坊太郎

合掌し 冥故三界城(めいごさんがいじょう)
悟故十方空(ごごじっぽうくう) なむあみ
だ仏/\ ヤアヤアそんなら物
が言われるか/\かいのう 乳
母よ 堪忍してくれと

わっとばかりに泣き出す ヲヲ
よう云って下さったのう
/\/\ ホホ悦びは尤も 口留め
なし置く子細というは 五
ヶ年以前三月十八日

国府八幡造営の節
我も社参(しゃさん)と馬場先を
通りかかりし鳥居前 血
に染む死骸心得ずと 改め
見れば民谷源八 なむ

三宝とは思えども 早や敵は
逃げ失せたればぜひもなく
若し手がかりも有らんかと
提灯の明かりにすかし
よくよく見れば笄(こうがい)にて

とどめを遉(さすが)敵の抜け目
又坊太郎斯くてあるならば
根を断って葉を枯らさんと
窺う者もあらんと この
寺へ預け出家となし

詞を制して唖となし 譬え
いかなる事あるとも この内記が
赦すまで 必ずものを言うまじ
と おしえし詞守りつめ
そちが最後の今迄も

さてこそ唖となったるぞと
始めて明かす槌谷が本心
遖(あっぱれ)なりける武士(もののふ)なり
スリヤこれまでこの和子が 唖
と見せしはこしらえ事か

そうとはしらず一心に 金
毘羅様へ祈誓をかけ
三七日の断食 艱難
辛苦も水のあわ イヤイヤ
そなたの誠心 正しく金

比羅権現納受あったる
しるし その訳 知りしわれ/\(我々)
夫婦 坊太郎に敵を打た
せんと 密かに屋敷へ招き
寄せ 教える武術も遉は

子供 忘れし事も多か
りしに 心得ぬはこの頃より
武術の覚え智恵才覚
おとなも及ばぬ発明は
不思議/\と言いくらす

日数(ひかず)もちょうど三七日
そんならわたしがこの命
捨てたが功に立ちましたり
エエ立ったとも/\ 疑いなき証
拠は まざまざ被る夫の

霊夢(れいむ) 軍術の聞えある
東国の青柳家へ 坊太
郎を送られよと 見し正
夢(まさゆめ)を幸いに 東(あずま)の母にも
巡り合い コレ この笄のかたしを

もって 首尾よう敵を
打った後 必ず出家得道し
て 乳母が亡き後亡き父の
ぼだいをとえとくれぐれも
伯母が詞を守ったる

この稚子の敵打ち 首尾
よう仇を打ちし後 その名
は空仁大徳と 道徳来
世に咲き匂う 花の上野
の片辺(かたほとり) 古跡を残す

石碑(いしぶみ)の ほまれは今に
いちじるし お辻は苦痛
も打ち忘れ エエありがたや
かたじけなや 念願届きし
この世の本望 只ふしん(不審)

なは内記様 日頃に似
合わぬ今日の立ち合い ヲヲそれ
こそは森口が日頃の
ふるまい 源八を打ったる
者 正しく彼と我が黒星

わざと勝ちを譲りしは
死したる民谷へ寸志の情
霊夢に任せ青柳家
の奥義を伝うそれ迄は
足を留めたる我がはからい

未練と見せしも拵え事
ヤアヤア我が腹心の門弟たる
数馬 十蔵 急いでこれへ
はっとこたえて庭の面(おも)
木陰と出ずる二人の弟子

内記が前に頭を下げ 仰せ
に従い森口が弟子と
成って胸中を 探るくじか
の妙薬は寿命を延ぶる
薬とも 心の付かぬ源太

左衛門 千精を忌み嫌う
底意は慥(たしか)に源八殿を 打っ
たる実否(じっぷ)を糺すは我々
コレコレ/\必ず気遣いあられなと
語るこなたへ方丈立ち出で

委細の様子はあれにて
聞く 不憫なるは乳母お辻
命を捨てし心願の 空し
からざるその証拠は 内記
殿の正夢に 割符を合わ

す愚僧が夢 すりや
貴僧にも 其のもとにも
これは不思議と人々も
あらた成りける権現の
奇瑞を感ずるばかりなり

ハア 重ね重ねの霊夢の告げ
念願叶いしこの世の思い
出 心かかりも晴れ行く月
西方浄土におもむき
て 旦那に申し上げるのが

この乳母が冥途の土産
早やお暇(いとま)と腹帯をとか
んとする ヤレ待て暫しと
押し止どめ 汝が誠届いたる
坊太郎が武術の上達

草葉のかげの源八に
未来の土産餞別せん
夫々(それそれ)用意と内記がげ下知
菅の谷心得坊太郎に
用意の 襷りりしくも

小太刀構えて待ちかけたり
十蔵数馬は左右に別れ
かたづを呑んだる時も有れ
さっと吹きくる風につれ
松のこずえにありありと

現れ給う御姿は 正しく
金毘羅大権現と 神
ならぬ身の白砂には 睨み
合ったるはれ勝負 ヤアヤア
やっと打ち合う早業早足(さそく)

 

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上よりつかう神力の風に
したがう小腕の働き一眼(がん)
二早足上段下段 いらって
打ち込む両人がしなへ(竹刀)を丁(ちょう)と
坊太郎きたいの手練(しゅれん)見る

嬉しさ 顔は見らへど胸の中
早やせぐり来る断末魔
物云いたげにのびあがる
手負いの目にはまざまざ
と 拝まれ給う梢のかた

 

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アレアレ 金毘羅大権現 エエ
ありがたいとふしおがむ
心ゆるめばがっくりと
嵐に さそう乳母さくら
はかな かりける 〽次第なり