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増補忠臣蔵 本蔵下屋敷の段

読んだ本   http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856694

参考にした本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856422

 

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(てこそ入りにける) 
人知れぬ思いこそのみ 
侘しけれ 我が嘆きをば 我が身
ぞ知る 三世の縁も浅草
の 片原町にしつらいし 
加古川本蔵が下屋敷へ

 

 

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主人桃の井若狭之助
忍びと見えて案内(あない)に連れ
直ぐに乗り物裏門より座
敷へ舁(かき)込みその饗応(もてなし)或いは
美(ぴ)尽し善つくしあらん

限りの饗応なり 御用
透きにや近習井波番
左衛門 家来引連れ辺りを
見廻し コリャ/\家来ども 主人
桃の井若狭之助様の

 

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妹姫三千歳(みちとせ)殿 先達て
この本蔵が屋敷へ差し越され
病気保養とは表向き
誠は云号(いいなずけ)の縫之助殿と
遠ざけん為御預けな

されし所 今日お迎いの
役目 この番左衛門に仰せ
付けられ 又殿様ここへ御
成りなされたは 諂い(へつらい)武士
の本蔵を 御成敗なさ

 

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れうとの事だ 我れ兼ねて
未千歳姫に心をかくる
所 本蔵めが彼是妨げ
なす 何に付けても邪魔
なやつめ 今日御成敗

相済んだ上 三千歳姫は
身が御供申し屋敷へ連れ
帰れと有る御上意 何と
時節は待たねば成らぬ者だ
大願成就するは今日

 

(以下画像略)

 

今夜 併し兼て手強き
本蔵ならば必ず油断
致すな 若し手に余らば
コリャ斯々(こうこう)と耳に口 成程
スリャお姫様の乗り物は ヲヲサ

花川戸より御慰みと偽り
小船を出し 向島から野
道を横に 某(それがし)が屋敷まで
首尾よう行かばコリャ 褒美は
望み次第だ そんなら井浪

様 必ずぬかるな 心得ました
コリャ シイ 密に/\と しめし合し
て下部共小庭へ廻れば
番左衛門臺子(だいす)の釜の
蓋取って 兼ねて用意の

毒薬を懐中より取り出だし
煮立つ釜へそっと入れ 一人
笑みする一間より 障子を
そっと本蔵が 見るとも
聞く共しらばこそ 仕済まし

たりと釜の蓋 元の如く
に直し置き 本蔵が成
敗は扨置き 頓(やが)て濃茶の
饗応(もてなし)手前 列をならべて
皆殺し ムヽハヽヽヽヽ 味(うま)い/\と

捻じ向く障子ぴっしゃり
はっと思えどそらさぬ体
誰が糺(ただ)して水やの影
忍んで様子立ち聞くとも
斯としら歯も咲く花の

桃の井若狭之助が妹
三千歳姫 慕い憧(こが)るる
縫之助に 別れ程経し
物思い 目には涙の玉簾(すだれ)
明けて一間を立ち出でて 釜の

煮え音耳に留め アノもずや
の煮え音は 松風に似しと
やら 古(いにしえ)須磨へ流罪の
行平(ゆきひら)卿を こがれ慕いし
松風がかこち草(ぐさ) 哀れに

消えし憂き身とや ホンニ縫之助
様とこの三千歳が 身にひし
/\゛と片時も 思い逢う
夜の新枕 かわす互いの
言の葉も 朝月(あさづき)の儘

きぬ/\゛に お別れ申したその
後は 爰に月雪花川戸
霞が関と引別れ いつか
屋敷へ帰る雁文(かりふみ)の便りも
音信(おとづれ)も 泣くはかもめか百

千鳥(ももちどり) 翼有るなら殿様の
お傍へ行きたい/\と 人目
なければ声を上げ かこち
給ふぞ労しき 時分は
よしと番左衛門 囲いを

そっと傍に寄り 姫君様
三千歳様と 云うにこなた
涙を隠し そなたは番左
衛門 いつの間におじゃ
った アイヤ只今参った イヤナニ

姫君様 今日は本蔵が
身の落着(らくじゃく) 又お前様
には 今宵屋しきへ連れ
帰れと 則ち番左衛門
御迎いの役目でござり

ます ムム何と言いやる 兄上
様が自らに 今宵屋敷へ
帰れとや イヤモ帰る共/\
肝玉(きもだま)がでんぐり返る俄か
の御婚礼 何とお嬉しう

ござりましょうかな ヤア/\
そんならアノ縫之助様と
祝言かや アアイヤ拙者と祝
言さそうと有る 殿の御
上意 エエこれはしたりお逃げ

なさるな/\ マアマアお下(しも)に
ござれ/\ 姫君様 去り迚(とて)は
雑面(つれない)と申す物 ハハハ・・ お前様が
恋こがれてござる縫之
助殿は 塩冶判官の弟

なれば 上への恐れ 御縁組は
何として/\ ならぬ恋路
にこがれうより 男に持って
何不足のないこの番左衛門
又お前様がお力になさ

るゝ本蔵めは 今日殿様
御直(おじき)の御成敗 何と御
合点が参りましたか コレサ/\
三千歳様 何もその様に
すげのう遊ばす物では

ござらぬ 兼好法師
何と申した ササ・・御存じなくば
この番左衛門 ツイちょこ/\
と御伝授致そと 取り付き
手先をふり放し 主に

対して慮外の戯れ 不礼
で有ろうぞ 穢らわしいさが
りや/\ ヲット下がって裾から
手を 入れ側ぬっと本蔵が
出る共知らぬ恋慕の闇

振りの袂を挽き臼のくる/\
廻り目に餘り 二人が中を
加古川としらず抱き付き
番左衛門 井浪氏 コリャ何と
なさるゝ ヤア加古川氏か

エエマ悪い所へ 何がなんとアアイヤ悪い/\/\ハハハ・・ ヲヲそうだ
悪いお遊びが始まって
何が其つかまえとか申す鬼
の役 拙者に仰せ付けられ

扨々迷惑千万ハハハ・・ アア
それは御苦労でござる ナニ
姫君様 ヶ様な人非人
にお構いなく 殿のお
傍へササ早く/\と進めやり

臺子(だいす)の傍に座を構え
釜に目を付け気を配る
扨はと気付く番左衛門
本蔵が前に詰めよって
御家老殿 本蔵殿 某(それがし)

人非人だとさみせらるゝ
こなたが非から改めよ
日外(いつぞや)鎌倉饗応(もてなし)の砌(みぎり)
金銀を以て師直に媚び
諂い(へつらい) 御主人に諂い武

士の悪名付けたは 不忠
とや云わん 人非人とや
云わん ササ・・サレバサ その落ち度故
に先達てより御目通り
叶わず この下屋敷へ蟄

居(ちっきょ)の本蔵 去りながら 横
恋慕は致さぬ ヤ何と
まだ申そうか この釜の
湯にムハハハ・・ 云わぬぞや 一命は
主人に捧げるが臣(しん)の習い

御直(ぢき)の成敗少しもいと
わん イヤモずんど恐れ申さぬ
と行国が詞に井浪番
左衛門しょげり入ってぞ
閉口す 折りから下部が

罷り出で 御家老本蔵様
を御成敗と有って 急ぎ
本蔵に縄打って奥庭へ
引き 太刀取れば井浪番
左衛門に申付けるとの御

諚(ごぢょう)でござる と聞くよりはっ
と驚く加古川 井浪は
得手に本蔵が 大小
もぎ取り早縄打ち サア本蔵
もう叶わぬ 御成敗だ/\

太刀取るはこの番左衛門
ハレヤレ気の毒千万ハハハ・・
何もあわてる事はないぞ
どうだふるいが出たか
ヲヲ尤もだ/\ わりゃ最前

何と云った 一命は主人へ
捧げるが臣の習いと言った
ぞよ イヤサぬかしたぞよ
サ迚も叶わぬ事を観念
して 早く立て/\ エエきりきり

立ちおろうと どうと蹴飛ばし
引摺れば 手先しまりて
喰い入る縄 目には泣かねど
心には これが忠義のし
納めがど 思えば足も

たどたどと 主人の賢慮
斗(はか)り兼ね奥庭へこそ行く水の
上へ流るる例しなく 憂事
積るる行国が 消える間を
待つ庭の面 我を仕置

芭蕉葉(ば)の 広きも
今は恨めしく 人はそれ共
白洲なる 御前へこそは
引かれくる 斯くとしらせに
若狭之助 褥(しとね)の上に座

を設け イヤナニ本蔵 今日の
成敗余の義にあらず
其方家柄と申し 勤功
にめで 先祖より家老
職を勤めさせ 知行五百

石(せき)を当て行う 然るに某
近曽(さいつころ)鎌倉殿中にて
師直を只一刀に切捨て
んと存ぜし所 きゃつ低
頭平身 イヤモ存外の侘び事

こは心得ずと思いしが
汝師直が屋敷へ抜け出し
不相応なる金銀を以て
媚び諂いし故師直は打ち
洩らしたり 然る所諸大名

の取沙汰にも若狭之
助は諂(へつら)い武士卑怯者
と殿中一ぱいの取沙汰
と聞く 其の上汝へ遺恨の
次第申し聞きせし砌 余が

目通りで松の一枝を切り取り
真此(まつこの)通りと金打ち致し
たでないか そちゃ某を
謀ったな ハハ恐れながら
我が君へ申し上げる その不可を

知って諌めざるは不忠の
第一 諌むれば以て背くに
似たり 松が枝の金打つ 何
故表裏に仕るべき 君
御短慮の木の変を切っ

て退くれば 公の一字に恙(つつが)
なく 国家長久祈り奉る ムムスリャ
松の木変を切り取りしは国
家の為 この若狭之助
諫言の謎とな ハハ御賢慮

いかがござりましょう ムム然らば
請けし恥辱はいかに ハハア コハ
存じ寄らざる御仰せ 君恥ず
かしめらるゝ時は 臣死(しんし)
と申す だまれ本蔵 左(さ)云う

汝が何に故に なぜ切腹は仕
らん 命を惜しみのめ/\と
蟄居致せしは何事 それ
でも武士か イヤサ家老と
いうか 既に番左衛門申すには

本蔵を屹度御成敗な
さらねば 御家の瑕瑾(かきん)に
相成ると 某へ数度(すど)の諫言
是非に及ばず 只今死
罪に行う 但し 違存(いぞん)ばし

有るかい ハア恐れ入ったる御仰せ
不忠不義の本蔵 イヤモ
何しに違存申し上げん 只御
憐愍(れんみん)の御仕置き 有難く
御請け申し奉る ヲヲよき覚悟

しかし 余を恨むで有ろうな コハ
勿体なき御詞 下主下郎(げすげろう)
のなすべき太刀取り 番左
衛門に仰せ付けられ 死後の
面目はアア有難う存じ奉る

去りながら 只一ち言申し上げ度(たき)は
臺子の釜と 云うを打ち消し
番左衛門 ヤイヤイ本蔵/\
今に成って一ち言も二言も
ないわい じたいうぬ 殿御の

御遺恨有る師直を打ち漏らし
其の上陪臣者のうせる場
所でもない 大広間へ出
おって 判官公を抱き留め
一つとしてろくな事をさら

さぬやつだ 其の様な馬鹿
者を生け置いては 後日の
妨げだわい サア御前 やや時
移れば御帰還の妨げ イデ成
敗と裾引き上げ 既に討たんと

立ち寄る井浪 番左衛門待て
待てと言えば先ず待て イヤサ堰(せ)く事は
ない すべて大罪人は長く
生け置き苦しめるも仕置の
一ついかにしても憎い本蔵

余人に打たすも残念 身
が打ち捨てん その刀これへ持てと
優美の顔色 しずしず
庭へおり立て ムム覚悟の
体(てい)はまだしも出かした ノウ

番左衛門 アイヤイヤ左様では
ござるまい 今斯なって
しよ事がなさの覚悟
と見えます ヘ・・コリャ本蔵
/\殿を卑怯者にしなし

大忠臣の某を人非人
イヤ又不義者などとぬかし
た その天罰で今このざま
ムム ハハ ・・・・ と嘲弄なじるその
内に 刀ひらりと若狭之

助 今こそ最後観念
と振り上げる手をふり返し
ずばと切ったる井浪が首
水もたまらず打ち落せば
本蔵驚き コリャ番左衛門

を御手付け アイヤ その方迚
も同罪と 縄目をすっ
ぱと切りはらい しずしず
座に着き詞を正し 若狭
之助 本蔵/\ 近う寄れ

其の方が科 今日(こんにち)只今
相済んだ長の暇くれる
スリャ一命をお助け下され
長のお暇とな ハハ有難く
存じ奉る ハハ・・嬉しいか 嬉しいは

道理/\ コリャ本蔵 妻子
を都へ逃がし 由良之助に
対面なし 討たれて死にたい
心で有ろうがな イヤサ隠す
に及ばぬ 判官を抱き留め

たはそちが誤り 一命捨て
ねば娘が縁組は扨置き
判官が位牌へサ言い訳
立つまい この若狭之助が
為には身代わり同然の

判官 我が命(めい)ばかりか先祖へ
対し 忠臣義心とは汝が
事 諂うても苦しうない
ぞ ナニ諂い武士は世間に
いくらも有るわい 判官が

今の有りさま 後車(ごしゃ)の
誡めと ふっつり短慮
とどまったもそちが影
コリャ嬉しいぞよ過分なぞよ
斯程の家来に暇遣わす

若狭之助が心の内を
推量せよ 去りながら 義
を見てせざるは勇みなし
此の上の頼みと言うは三世
の縁 未来で /\忠義を

尽してくれと 後いい
さして顔背け 嘆かせ
給ふ御有りさま 有難し共
嬉し共 申し上ぐべき詞もなく
かかる智仁の名将の

御馬先でも死す事か
わずかの義理と誤りぶ
命を捨つる不忠不義
何と先非(せんぴ)をくやみ泣き
御顔見上げ奉れば 殿も

見下ろし御落涙 袖や
袴に雨車軸流れて外へ
小柴垣 庭に淵なすばかり
なり 本蔵手を打ち 誰(たそ)
お次の衆/\ 臺子の

釜を持ち来たれよ はっといらえ
て持ちはこべば 本蔵立って
釜の湯を柄杓に移し鉢植え
にそそぎかくれば竹蘭の
枯れてしぼまる釜中(ふちゅう)の毒

湯 先刻番左衛門臺子に
かかり 皆殺しにせんと仕込みし
毒薬 立ち聞きしたる本蔵
幸い 天目奉らざるは
右の仕合せ ハレ御運の

強き我が君様と 申し上げ
れば若狭之助 猶も忠
義を感じける 暫く有って
小姓共 何が様子は白木
の臺 重操(えくり)にならべしは

三衣袋(さんえぶくろ)に袈裟尺八
餞別とこそしられけり
ナニ本蔵 その袈裟尺八は
汝へ餞別 一人の娘を思う
親の身は 焼け野の雉子(きぎす)

夜の鶴 巣籠りの一曲 又
この一品は 妹三千歳を預け
置いたる止宿(ししゅく)の一礼 心を籠め
しこの一書 由良之助が宅へ
土産にせよと 手づから

給わる御賜(たまもの) ハハ コハ有り難しと
押し戴き 開けば高の師直が
屋敷の住居(すまい)水門下部
屋侍部屋 樹木泉水(せんすい)
居間広間 委しく留めし絵

図の面(おもて) ハハハ・・・有難し/\と
戴き直ぐに懐中し 土に
喰い付き三拝九拝有がた
涙にくれにける 若狭之
助四方(よも)を打ち眺め 誠や

九枝灯火(きゅうしともしび)尽きて 只暁を
期す(ごす)とかや 名残は尽きず
目出たう門出の盃せん
出立の用意いたせ ハハ
君には益々御機嫌よう エエ

そちも無事で イヤ首尾
よう仕負うせ 目出たう/\
未来で逢おう ハハア 馴し襖
の夢を貫く寒山寺 ムム
思いも寄らぬアノ唱歌(しよが)は

妹三千歳が 他所(よそ)ながら
暇乞と見ゆる ムム幸いに 本蔵
そちも一曲致せ 苦しう
ない赦す ハハア送る素足
の氷のくさび 朝げの嵐

に暮れの雪と うかれし
事も 最早迎いの駕
待つばかり 里の名残りの柴
に船 本蔵 近う/\
面(おもて)を上げい ハハ 我れ二十五年

の春秋を あらたには
教訓のきりをはらい
夕べには講説の星を
戴き 昼夜担暮(ちゅうやたんぽう)の慈しみ
満足に思うぞよ これが

この世の見納め成るぞ ハハ・・
出立致せ ハハ 尽きぬ名残と
本蔵が 涙を隠す編笠
の 深き恵みに浅き縁
これのう暫しと三千歳姫

 

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かけ出で給えば若狭之助
袖の枝折戸(しおりど)袂のせき
押しかこまれて加古川
笠の内より顔を見奉
れば姫君も いとど涙に

糸竹の 未来は一つ一越す断
きん 頓(やが)て黄鐘鸞鐘(おうしきらんけい)は
君に仁なり臣に恩あるは
音律音曲の栄え栄うる
世のためし筆に つたえて

 

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加古川の武名を永く
残しける