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西南戦争を伝える号外

 

「マツコの知らない号外の世界」”1877年西南戦争を伝える号外”より

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読みやすそうな部分を読んでみた。

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したりしが、追々賊の手元窮迫に従い、使役する所の人夫賃銭を払わず、加うる(に)過(すぎた)る所の村落雑犬を掠め糧食薪炭(しんたん)を奪い、その代として事成るの日は報償を与うるの幾十円を遣わすと書したる切符を渡すのみなるを見て、始めて心付き、呆れ返る輩あり。賊の号令尤も謬戻(びゅうれい)なる者は、官軍の嚮導(きょうどう)を為したる者は殺戮して許さず、又、賊に糧米を供する者には後来田圃幾十段を遣るべき等と言うの語あり。

○三月七日には南關(南関?)に仮郵便局を開き、同十二日には高瀬
に開き、一昨廿二日には木の葉に設けられたり。

○七大区長冨田又太郎は、人民騒擾離睽(そうじょうりけい)の際、鞠躬尽瘁(きっきゅうじんすい)して、人夫糧米の用を弁ぜしを以て大いに人望を得たり。

○熊本城にては、清酒既に尽き、高陽(さけのみ)の徒(ともがら)は大いに困却すれど、
濁り酒は沢山に製造し得れば、軍鬱を散らして兵気を養うには事欠かずと。

○高瀬町の戦争に、賊徒の内にて、捕虜死傷になりし者六人
 (略)

 両国薬研堀町 報知社