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坊太郎一代記

 

玉翔さんの坊太郎が強くてかっこよかったので絵本を読んでみた。

 

読んだ本 上巻 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/884323

     下巻 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/884324

 

(上) 

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田宮坊太郎一代記 上之巻

           東京 山村清助編集

  発端
(ここ)紀州名草の郡(こおり)和歌山の城主紀伊大納言殿とは徳川三家
の一家たち 同家の家老上席たる四ノ宮甲斐守といえるは同国
新宮の城主にして 禄高二万石を領し 器量諸人に優れしが
狡猾にして故(ふる)きを好まず 万藝に通じ 紀州家随一の長臣たり
男子二人あり 長男を源之丞と称して未だ壮年なれども父甲斐
守と変わり 温厚の人にて衆人の用い能くされば十八才にて文
武の二道に達し 殊に田宮流の小太刀の名誉なれば天晴四ノ宮
の跡目に不足なしと一家中こぞって持てはやしける 爰に又神祖
より御附家老同国田辺の城主三万五千石安藤帯刀(たてわき)直次

 

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といえるは前名彦
兵衛と号し元亀
元年江州(近江)
姉川の戦
いに十六才
にて初
陣を
とげ数
度の軍

枚(かぞ)えがたし 就中(なかんずく)天正
十二年小巻長久手
戦いに上方無双の大
池田勝入(しょうにゅう)斎
を討ち取り 名誉
をあらわしたる戦
場往来の老人
にて紀州家へ来た
りしより家中の
用いも別段なり
されば両雄並び
たたずとの

古語のごとく 四ノ宮
は兎角不
平をいだく
折から鉄砲
新調の事
にて安藤を
深く恨み
折もあらば
打ち果たさんと
思う折 端午
賀として登城の

 

 

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おり 殿
中にて直次に
出で会いければ
日頃の
怨み
思い
知れと
打って掛かれど討ち
損じ それが為に
甲斐守は切腹
四ノ宮は断絶せり 依って妻子は

夫々(それぞれ)に立ち退きけり
特に四ノ宮源之
丞は 如何にもして
仕官をなし 家督
を再興せんと
母方の姓を名
乗り田宮源八と
改め 先ず象頭山(ぞうづさん)へ
参詣せんと大坂へ
出で 開口(かいぐち)より乗
船に及びけるが 船中
には諸国の人々乗り合い

 

5

各々(おのおの)国(こく)の名産出し 其の折何れの
藩士にや二人連れに酒飲み居たるが各々
酔いがまわりしや 傍(かた)への出家に盃を
さしけるを僧の身なればと断りし
より種々難題をいいかけけるを
乗り合いの人々も気の毒に思えど相手が
武家の生酔い(なまえい)ゆえ誰か(あ?)つて
扱う者なければ 源八見かねて
中へ立ち入り挨拶に及びければ
かの両人は大いに怒り 双方
より抜きつれて切ってかかると
源八は

身を
かわし
二人の
刀を
討ち落





方(た)

投げ付けたり
その働き
凡人(ぼんにん)ならず

 

6

寄り合いの人々大いに
賞讃する 中にもかの僧は
田宮が前に進み 慇懃に
礼謝に及び 愚僧は 讃(たん)州丸亀の
城主生駒家の
菩提所なる養
言寺(ようげんじ)の住職林山(りんざん)
と申す者なり
貴兄には
何地(いづち)へ
おも
むき給う
と問いければ
源八答えて 下拙(それがし)は
武辺修行の浪人
にて 田宮源八と申す者
何国(いずく)とさして当てはなけれど

私寺院
に御逗留
下さるべし 又よき話し
もあるべし と林山が親
切なる詞に従い
それより共に上陸
し 先ず象頭山
参詣なし かの
養言寺に
逗留なす内
程なく林山
の周旋(せわ)にて

 

7

生駒家へ
仕えたり 至って難き
役あれども
元来(がんらい)武術
文学に
達せし者故 

御出世

有り

と奉
公(ぶこう)堅

勤めし
うち

林山
世話にて
隣り村の百姓
何某の養
女 辻といえるを妻
に迎え入れ 夫婦の
中むつまじく

月日を送る内
夫のたねをやどし
ければ只誕生
の日を指お

数え待ち
居ける 然るに
生駒家の
家例として
毎年五月
十五日八幡
宮祭礼の節

境内において
足軽と士分と
の仕合あり 勝ち
たる者は抜華(ぬきあけ)
て 立身させる

例なれば 源八は
大いに嘉悦(よろこ)び
扨こそ出世

時節
到来せりと
その当日を待つ
程に はや
当日と

成りけれ
ば源八も足軽と共に
社内を警
固し上(かみ)より賜る

 

8

赤飯を頂戴致し在りけるが
その人の朋友が田宮に向い アレ見給え源八
どの 向うに見える馬上
の士とぞ 四国の鬼
神と言わるる御当
家の師範
役掘源太
左衛門親
常(ちかつね)先生
なりという
間に


内へ
乗り込み
来たるゆえ

こは狼藉と
足軽一同驚
く中に源八は
泰然として
控えたり 堀親
常は心中に
源八の剣道

侮り
がたく 今
日試合心
元なき故
蹄(ひづめ)にかけ
て踏み殺
さんとの
心底(しんてい)
にて
田宮を


がけ
飛びかか
るを

 

9

田宮はひらりと身を
かわし 轡を取りて駒をとどめ
一寸も働かせず 堀は馬上
に大音あげ 無礼者めと抜き
付けに切り付けるを? ?じて大音に
乱心せしか堀先生
身 不肖ながら役目
にて 境内を 
けいこの

当(とう) 境内へは御領主といえど御馬上
にてはならせられず 故に
守居
の前に
下馬 礼を
建てられしに御眼
中には入ら
しやと
いい
ければ


面色朱の
如く ヤア
下郎の
高勢

 

10

奇怪(きっかい)至
極 観念せよと
又切り付けるを身を沈め
馬の胴腹蹴かえ給えば親常馬
上に堪りかねず 真っ逆さまに落馬
なす 然(さ)れ共 堀も聞える達人 宙にて
閃(ひら)りと身を転じ益々怒って切り付ければ
田宮もおなじく抜きはなし暫時が間いどみしが

源八はらって
打ち込む太刀
先 堀が眉間に入れば
源八は声をかけ
アイヤ掘氏(うじ)眼中へ
血汐入って働き自由
なるまじ 血を留め

給えといわれて親常
ホット息つき 手
拭取り出だし 鉢巻なし
ふたたび双
方打合い
しか
田宮
の運命

尽きたりけん 堀が
切り込む一刀をさけん
となして大木の根に
近づきて倒るる所を
得たり 親常
卑怯にも
肩先より
乳の下まで
切りさげられ 其の
まま息は絶えに
ける 堀は刀を
鞘に納め

 

11

己が宿
所へ立ち帰り
源八無礼をなし
たる故 付き果たせし
と届けしかば
軽き者のかなし
さはそれなりにて
事済みけり
後に残りし足
軽ども 堀が卑
怯を罵りつつ

涙な
がらに大
勢にて 源八が
死骸を荷(にな)い
宿所へ送りありし
次第を物語るに
女房おつじは
臨月にて今や
出産なるべしと
思う所に

 

12

本夫(おっと)が非業のこの始末
尋常(なみなみ)の婦人なりせば堪え入る
ばかりに驚くべきを元これ
長宗我部元親落胤
にて男子にまさりし気
性のお辻 各々(おのおの)に礼を
のべ返せし程にて源八が
死骸に取り付き落涙なし
嘸(さぞ)御無念にありつらん
若し出産の児が男子
ならば武芸を仕込み
敵(かたき)親常を付?て

御無念晴らさせ申す
べしと嘆きの中に虫
気(け)づき 安々男児出
生なすにぞこの児を
よく守り育て 敵を
打たせ亡き父の霊魂を
なぐさめんと夫の死
骸を養言寺へ葬り
後ねんごろに弔いつつ
出生の児を坊太郎
と名付く 五才のおり
養言寺の

 

 

(下)

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弟子
となし その身は
門前にて花を売り 又
賃仕事をなして其の日を送り 只管(ひたすら)坊太郎の
成長を待ちにけR 坊太郎は幼年なれども
利発にして才智あり 林山は深く愛し
豆大師/\と呼びて手許におき 手習い
学文(がくもん)をまなばせける 或る時太守(たいしゅ)には

御先祖の御法会
ありて
養言
寺へ御仏参
ありければ読経
終わって後 林山は太守をもてなす
おり 豆大師は殿へ御ん茶を差し上げ
それより御供の歴々へ御茶出だし いちく
その姓名を問い遥か末席に控えし

 

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堀が前に
すすみ 同
じく名
を問う

堀源太
左衛門
親常と答えけれ
ば 坊太郎は茶碗を引いて
出ださず 親常怒って取りて押さえ

つかみ殺さん有様なるを
太守は声かけ
小児の事なり
親常余り大人気
なし ゆるせ/\
との給い
ければ

堀はぜひなく手を放し
赤面なして控えける 斯くて法会

も済みければ 太守は御機嫌
ましまし各々御供して
退散なす 扨も坊太
郎は敵の面体を
覚えければ何卒
剱術を学び敵
を打たんものと
当時権謀の
名人は誰ならん
と余所事に聞くに
江戸木挽町の柳生
但馬守どのこそ

将軍
家の
御手

慣れし藩
なれば これぞ
日本一の名人
なりというを聞いて
何卒江戸へ下り
柳生家にて剣
術を教えもらわんと
思う折から 或る日生
駒家の臣 土屋
甚五右衛門というもの
林山と碁を囲みながら
近々江戸屋形へ 

 

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御用にて下るよしを物語るを聞く坊太郎は
心中に喜び扨こそ時節到来せり 然し同道を
願いたり共聞き入れはなかるべし寧(いっ)そ発足の先を
こえ荷物に紛れ船に乗り込み 沖中へ出でて後
同体を願うにしかしと 其の日遅しと待つうちに
はや前日となりければ 其の夜密かに母の元に至り
母さま私に永の暇下されと改まりし詞に
お辻は仔細を問うに されば明朝 土屋の

旦那様が江戸表へ御出立のよし 私も
その船へ紛れ乗り江戸へ至り木挽
町の柳生但馬守様という殿
様を頼んで剣術を覚え

父さまの敵堀親常の首
打たしと嘆きながら申しけれ
ば お辻はせき
来る涙を
はらい 天
晴そなたの
心体見上げました
必ず今の一言を
忘れてはなりませぬ
首尾よく江戸へ
下り 顕術上達なす
ように母は程にて

日頃
念ずる金ぴら
さまを祈り 父上の
仇を報ゆるよう

お願い申せば 堀が
首を持参せねばふたたび
面会致すましと 口には
いえど 年端も行かぬ一人の
倅?
き所へ
出立
させる
心の内
推しはか
られて
哀れなり 早や

養言寺の明け七
つの鐘に驚き
母親は 時かか
れてはその詮
なし 名残は
尽きじと
我が子を
たたせ
後にて
母は井戸
端にて水を
あび 金比羅

 

5
大権現を
一心に祈りける
扨も

坊太
郎は難
なく土屋の船HW
乗り込み 荷物
の間へ
隠れ

海中七八里も出し頃 荷物の上
より飛び下りければ 人々驚き その
故を問うに 旦那様が今朝江戸へ
御出帆のよしを聞き 私も

江戸が見たいと思う
ておりしに 鼻の高い山伏が来て
江戸へ行きたくば目をふさいで

己(おれ)の背へつかまれと云いしゆえ
その通りにいたせしに 只今
目を開いて見れば この船中
何卒江戸へお連れ下
されと言うに人々打ち驚き

 

6
これ只事に
あらずとその儘に
召し連れ 程なく江戸品川に着船なし 直ちに
上陸なす混雑に紛れ坊太郎の姿は見えず
成りにけり 爰に柳生但馬守は夜半の夢に 明朝
幼年の孝子来るべし 何卒剣法指南相頼む
我は金比羅権現の神使なり 水戸家へも頼み
?たすというかと思えば夢覚めけり 依って早朝

大道寺
平馬を
もって小石川の館へ問い合わ
せけるに 同
夢を見
賜いしとの
事ゆえ
平馬は
愕き

立ち帰る折
す才ばりの
小坊主門前に
佇みければ 近く
よって その来由
を聞くに 私は讃州(さんしゅう)
丸亀の者 柳生の殿様に
剱術が習い度 参りしというに
平馬は扨こそと門内入れ
猶仔細を問うに 仇打ちの??
を包まず述べければ 平馬は
殿へ言上なすにぞ候も

 

7
その老心を
感じ
直ぐ様
剣法を
学ばせけるに
一を十と知るの
才あり 昼夜勉強なしければ
十六才にて柳生流の奥義
を究めしかば今は仇を討つ事容
易なり さりながら万一の事ありては

残念なり 先ず堀は手並みを試さんと
水戸家より辻文江郎 柳
生家より 大道
寺 平

両人変名して
讃州丸亀に
至り

手並み


みる



の業(わざ)まえ
優れけ
れば急
ぎ帰っ

そのを
申しけ
れば 去ら
ば出立の
用意を
なさんと

 

8
先ず坊太郎を小石川の御館へ連れ行き
ければ 光圀公御酒盃を賜り柳生流竹割り
の術を御覧に入れければ 君殊に感じ給い
国の一字を賜り 但馬守は宗の一字
を遣わし田宮小太郎国宗と改
め 又右仇討乗り込みの一条
水戸家より生駒氏(うじ)へ
通達し 親常
を相逃がさぬよう
申し入れ 最早
心遅しと柳生
但馬守同家来

大道寺 平馬 水戸家より
は辻文次郎 小太郎に附き
添い東海道を経て大坂より
丸亀に着船す 扨又生
駒家にては国府八幡
境内へ竹の矢来を
かくし養言寺を
旅館と定む
斯くて寛永五年五月十五日
双方共境内に繰り込み 正面の桟敷には
但馬守城主生駒雅樂頭(うたのかみ)其他近役(ちかやく)の
面々居並び辻文次郎大道寺平馬の両人

 

9
一段進んで控えたり
矢来の内には
足軽 非常
? 外
には

見物の老
若男
女 境内
に満々(みちみち)
たり折から
打ち出す太鼓
につれ東
の木戸より
田宮小太郎
国宗当
年十六

歳の若者

白装束
に身をかため
欣然(きんぜん)と控えたり 又西の
木戸より出で来る四国の
鬼神と呼ばれたる堀
源太左衛門親常
当年積って五十七
才老練の剣道師
黒木綿の野半天
を着し双方とも
間?五間程

 

10
隔てて
控えた
り その
田?小
太郎
じりじり

詰め
よせ
めづらしや堀
親常 我こそ

は十六年
以前今月
今日当八幡
宮境内に於いて
汝が為に非業の
最期をとげし
田宮源八
が忘

がたみ
幼名坊太郎

養言寺にて成長
なし 七歳のをり

江戸へ下り柳生
候の許に

剱法を修
得し 当年
十六才
の若年者
田宮小太郎
国宗なり
不倶戴天
の父
の仇
サア
尋常に

勝負/\と
おえば親常 嘲
笑い 如何に
も十六年前
汝が父源八 我に対して
無礼せし故 一刀に討ち取
ったり 汝若年ながら
父の仇
を討たんとする志し
に愛でて 不憫なが
らも返り討ち 観念
せよと言いつつも

 

11
ひらりと抜いたる刀の
稲妻 小太
郎も抜き
合わせ双方
劣らぬ身の
構え 若年ばがら
国宗は柳生の

極意を究めし
腕まえ 堀も名に
おう四国にて鬼神と
呼ばれて古老の達人 互いに
隙のあらざれば

左右なく
打ち込む事
能(あた)わず 白眼(にらみ)

あうてぞ居たりしが 斯く
ては果てじと親
常が
打ち込む太
刀を身をかわし 飛び
上るよと見えたり
しが 堀が頭(こうべ)の只中
より 腮(あぎと・あご)
のもと
より切り下げ
たり この有さま
に数万(すまん)

の見物
したりや/\
と誉(ほ)む声 少時(しばし)
は鳴りも止まざり
ける 斯くて小太

親常
が首を討ち取り
母に対面なし父の墓
に堀が首を供えける 
小太郎が孝心の功(いさ)なし
これ全く象頭山(ぞうずさん)の

 

12
加護


家の
丹誠水(たんせいすい)
府公の
御威光
母の貞
烈にして為し
得がたき仇討を
為せしは古今稀なる

孝子に
とぞ
其の後小太郎は仏門に入り 江戸へ
下り東(とう)えい山にて亡父の菩提を
弔い廿四年にて病死すといえ共
今も
上野
の公園に
石碑(いしぶみ)
と止(とど)め
たり
めでたし
/\/\