仮名手本忠臣蔵 二段目 桃井館の段

 

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856207

 

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仮名手本忠臣蔵 第弐   

空も弥生の たそかれ時 桃の井
若狭之助安近の 館の行儀はき
掃除 お庭の松も幾千代を守る館
の執権職加古川本蔵行国 年も

 

 

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3
五十の分別盛り 上下ため付書院先
あゆみくる共白洲の下人 ナント関内 此
間はお上にはでっかちないお拵へ 後から
のお客人 きのふは靍か岡の八幡へ
御社参 おひたゞしきお物入 アヽ其銀(かね)の

入目がほしい 其銀が有ったら此可介
名を改めて楽しむにはァ 何じゃ名
を改めて楽しむとは珍しい そりゃ又
何と替える ハテ角助と改めて胴を取って
見る気 ナニばかっつらなわりゃ知らないか

 

 

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4
きのふ鶴岡で 是の旦那若狭助
様 いかふぶ首尾で有ったげな 子細は
しらぬが師直殿が大きな恥をかかせ
たと奴部屋の噂 定めて又無理を
ぬかして お旦那をやりこめおったで有ろ

とさがなき口々 ヤア/\何をきは/\とやか
ましいお上の取りざた 殊に御前の御病
気 お家の恥辱に成る事有らば此本
蔵聞き流し置くべきや 禍は下部の嗜み
掃除の役目仕舞うたり皆いけ/\と和ら

5
かに 女小姓が持ち出でる たばこ輪をふく
雲をふく 廊下音なふ衣の香や 本
蔵がほんさうの一人娘小浪御寮
母のとなせ諸共にしとやかに立ち出で
れば 是は/\両人共御前のお伽は申

さいで 自身の遊びか不行儀千
万 イエ/\今日は御前殊の外御機
嫌今すや/\とお休み それでナア母様 イヤ申し
本蔵殿 先程御前の御物語 きのふ
小浪が鶴岡へ御代参の帰るさ 殿

6
若狭助様 高師直殿と詞争ひ遊ば
せしとの御噂 たがいふとなくお耳に入り
それは/\きついお案じ 夫本蔵子細
くはしく知りながら 自らに隠すのかやと
お尋ね遊ばす故 小浪に様子を尋ぬれば

是もわたしと用事 何も様子は存じ
ませぬとのお返事 御病身のさはり
お家の恥に成る事なら アヽこれ/\となせ
それ程のお返事なぜ取り繕って申し上げぬ
主人は生得御短慮なるお生まれ付き

7
何の詞争いなどとは女わらべの口
ぐぜ 一言半句にても舌三寸の誤りより
身をはたすが刀の役目 武士の妻で
ないか それ程の事に気が付かぬか嗜み
めさ/\ ナニ娘 そちは又御代参の道すがら

左様の噂はなかりしか 但し有ったか ナニない
ヲヽ其の筈/\ ハヽヽヽ何のべしでもない事を
よし/\奥方のお心休め 直きにお目に
かからんと立ち上がる折こそあれ当番の
役人罷り出で 大星由良助様の御子息 大星

8
力弥様御出なりと申し上げる ムヽお客御馳
走の申し合せ 判官殿よりの使いならん
こなたへ通せ コレとなせ其方は御口上
請け取り殿へ其通り申し上げられよ お使者
力弥 娘小浪と云号の聟殿御馳走

申しやれ 先ず奥方へ御対面と云う程
一間に入りにける となせは娘を傍近く
なふ小浪 とと様のかたくるしいは常なれど
今おっしゃった御口上 受け取る役そなた
にと有りそな所を となせにとは母が心

9
とはきつい違ひ そもじも又力弥殿の
貌も見たかろ 逢いたかろ 母にかはって
出むかやヽ いやか/\と問い返せば あい共
いや共返答はあからむ顔のおおぼこさよ
母は娘の心を汲み アイタヽヽヽ娘せなを押して

たも 是は何と遊ばせしと娘狽(うろたえ)騒げば
イヤなふ けさじゃらの心づかひ又持病の
癪が指し込んだ 是ではどふもお使者
逢はれぬ アイタヽヽヽ 娘 大義ながら御口上も
受け取り 御馳走も申してたも お主と持病

10
には勝たれぬ/\とそろ/\と立ち上がり 娘や
随分御馳走申ししやや したが餘り馳
走過ぎ 大事の口上忘れまいぞ わしも聟
殿に アイタヽヽヽ あいたからうの奥様は 気を
通してぞ奥へ行く 小浪は御後伏し拝み/\

忝い母様日頃恋し床しい力弥様あはゞ
どふいをかういをと 娘心のどぎ/\
と 胸に小浪を打ち寄せる 畳ざはりも
故実を糺し入る来る大星力弥 まだ
十七の角髪や 二ツ巴の定紋に大小

11
立派さはやかに 遉(さすが)大星由良助が
子息と見へし其器量 しづ/\と座
に直り たそお取次ぎ頼み奉ると慇懃
に相述ぶる 小浪ははっと手をつかへ じっと
見かはず顔と顔 互いの胸に恋人と 物

も得いはぬ赤面は 梅と桜の花模様
に枕の行司なかりけり 小浪やう/\
胸押ししずめ 是は/\御苦労千万に
よふこそお出で 只今の御口上受取役
は私 御口上の趣きを お前の口からわたしが

12
口へ 直きにおっしゃって下さりませと摺り
寄れば 身をひかへ ハア是は/\不作法千万
惣じて口上受取渡しは 行儀作法第
一と 畳をさがり手をつかへ 主人塩冶
判官より若狭助様への御口上 明日は

官領直義公へ未明より相詰め申す筈の
所 定めてお客人も早々にお出であらん
然れば判官若狭助両人は 正七ツ時
に屹度御前へ相詰めよと師直様より
御仰せ 万事間違ひのなき様に今一応

13
使者に参れと 主人判官申し付け候故
右の仕合せ 此の通り若狭助様へ御申し上げ
下さるべしと 水を流せる口上に 小浪は
うっとり顔見とれとかふ 応(いらへ・答)もなかりけり
ヲヽ聞いた/\使い大義と若狭助 一間より

立出で 昨日お別れ申してより 判官殿間
違ふてお目にかからず 成程正七ツ
時に貴意得奉らん 委細承知
仕る 判官殿にも御苦労千万と
宜しく申し伝へてくれられよ お使者

14
大義 然らば暇申し上げん ナニお取次ぎ
の女中御苦労と しづ/\立って見
向きもせず衣紋繕ひ立ち帰る 本蔵  (桃井館本蔵松切の段
一間より立ちかはり ハア殿是にお入り 弥(いよいよ)
明朝は 正七ツ時に御登城御苦労

千万 今宵も最早九ツ 暫く御間
睡(まどろみ)遊ばされよ 成程/\ いや何本蔵 其方
にちと用事有る 密々の事 小浪を奥へ
/\ ハアコリャ/\娘 用事あらば手を打とう奥へ/\
と娘を追いやり 合点の行かぬ主人の

15
顔色と御傍へ立ち寄り 先程よりお伺ひ
申さんと存ぜし所 委細具(つぶさ)に御仰せ 下
さるべしと指し寄ればにじり寄り 本蔵今
此若狭助が云い出す一言 何に寄らず
畏まり奉ると二言と返さぬ誓言

聞くに ハア是は/\改まった御詞畏まり入り
奉るでござれ共 武士の誓言は なら
ぬといふのか イヤ左にあらず 先ず委細
とっくと承り 子細を言わせ後で異
見か イヤそれは 詞を背くか イヤ何と ハッはっと

16
斗り指しうつむき暫く 詞なかりしが 胸を
極めて指し添え抜き 片手に刀抜き出だし てう
/\/\と金打(きんちょう)し 本蔵が心底かくの
通り とどめも致さず他言もせぬ
先ず思し召しの一通りおせきなされすと

本蔵めが胃の腑に落ち付く様に とっ
くと承はらんと相述ぶる ムヽ一通り語って
聞かせん 此度官領足利左兵衛督(かみ)
直義公 鶴が岡造営故此鎌倉へ
御下向 御馳走の役は塩冶判官 某(それがし)

17
両人承る所に 尊氏将軍の仰せ
にて 高師直を御添え人 万事彼が下
知に任せ御馳走申し上げよ 年ばいと云い
諸事物馴れたる侍と 御意に随ひ
勝に乗って日頃の我儘十倍増し

都の諸武士並居る中 若年の某を
見込み雑言過言真っ二つにと思へ共 御上
の仰せを憚り堪忍の胸を押さへしは幾
度 明日は最早了見ならず 御前に
て恥面かかせる武士の意地 其の上

18
にて討って捨てる必ず留めるな 日頃某を
短慮成りと奥を始め其方が意見
幾度の胸にとっくと合点なれ共 無
念重なる武士の性根 家の断絶
が嘆き 思はんにてはなけれ共刀の役目

弓矢神への恐れ戦場にて討ち
死にはせず共 師直一チ人討って捨てれば
天下の為 家の恥辱にはかへられ
ぬ 必ず/\短期故に身をはたす
若狭助 猪武者ようろたへ者と

19
世の人口を思ふ故 汝にとっくと打ち
明かすと 思ひ込んだる無念の涙 五
臓を貫く思ひなる 横手を打って
したり/\ ムヽよふ訳をおっしゃった よふ
御了見なされた 此本蔵なら今

迄了見はならぬ所 ヤイ本蔵ナヽ
何と云った 今迄はよふ了見した堪
忍したとは わりゃ此若狭助を
さみするか 是はお詞共覚えず 冬は
日かげ夏は日面(おもて) よけて通れば門中(かどなか)

20
にて 行き違ひの喧嘩口論 ないと
申すは町人の譬へ。武士の家では杓子
定規 除けて通せばほうずがないと
申すのが本蔵めが誤りか 御詞さみ
致さぬ心底 御覧に入れんと御傍の

ちいさ刀抜くより早く書院成る召しがへ草
履かたし片手の早やねたば とっくと合わせ
縁先の松の片枝 でっぱと切って手ばし
かく 鞘に納め サア殿 まつ此通りにさっぱりと
遊ばせ いふにや及ぶ 人や聞くと辺りに

 

 

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気を付け 今夜はまだ九ツくったりと一休み
枕時計の目覚し本蔵めがしかけ
置く早う/\ ヲヽ聞き入れ有って満足せは 奥
にも逢ふて余所ながら暇乞 モウ逢わ
ぬぞよ本蔵 さらば/\と言い捨て奥の

一間に入り給ふ武士のいきぢは是非
もなし 御後ろかげ見送り/\勝手
口へ走り出で 本蔵が家来共馬引け
早くといふ間もなく もヽだち
しゃんとりヽしげに御庭に引出せば

 

 

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22
縁よりひらりと打ち乗って師直の館迄
つゞけやつゞけと乗り出だす 九ツ輪にすがって
となせ小浪 コレ/\どこへ 始終のご様子は聞き
ました 年にこそよれ本蔵殿 主人に
御意見も申さず 合点行かぬ留めます

と母と娘がぶら/\/\轡に縋り留むれ
ば ヤア小差出た 主人のお命お家の為
思ふ故に此時宜 必ず此事殿へ御さた致
すな お耳へ入った羅娘は勘当 となせは
夫婦の縁を切る 家来共道にて諸事を

 

 

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23
云い付けん そこ退け両人 イヤ/\ シャ面倒な
と鐙の端(はな)一当はっしと当てられて
うんと斗りにのっけに反るを見向きも
せず 家来続けと馬煙追っ立て
打ち立て力芦踏み立ってこそ かけり行く

 

三段目につづく