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仮名手本忠臣蔵 五幕目 恩愛の二玉

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856210

 

 

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仮名手本忠臣蔵 五段目 (山崎街道出合いの段

鷹は死しても穂はつまずと
譬えにもれず入月や 日数も
積る山崎の辺りに近き
侘住居 早野勘平若気の

 

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3
誤り世渡る厘姓(もとで)ほそ道
伝い 此の山中の鹿猿を打って
商う種が嶋も 用意に持つや
袂迄鉄砲雨のしだらでん
水無月と白雨(ゆうだち)の晴れ間を

爰に松のかげ 向こうより来る
小提燈これもむかしは
弓張のともし火消さじぬら
さじと合羽の裾に大雨を凌い
で急ぐ夜の道 イヤ申し/\ 卒爾

 

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4
ながら火を一つ無心と立ち
寄れば 旅人もちゃくと身がまえ
ムヽ此街道は不用心としって
合点の一人旅 見れば飛び道
具の一口(ひとくち)商い えこそはかさじ

出なおせと ひくと動かば一討と
眼を配れば イヤサ成程 盗賊
とのお目違い御尤も千万 我
抔(等)はこの辺(ほといr)の狩人ながら 先
程の大雨にほくちもしめり

5
難義至極 サア鉄砲それへ
お渡し申す 自身に火を附け御借し
と 他事なき詞顔付きを きっと
眺めて 和殿は早野勘平なら
ずや さいう貴殿は千崎弥五郎

これは堅固で御無事でと 絶えて
久敷き対面に 主人の御家
没落の 胸に忘れぬ無念
の思い互いに拳をにぎり合う
勘平は指しうつむき 暫し詞も

6
なかりしが エヽ面目もなき我が
身の上 古朋輩の貴殿にも
顔も得上げぬ此仕合せ 武士の
冥加につきたるか 殿判官公
の御供先 お家の大事起りしは

是非に及ばぬ我が不運 其場
にも有り合わせず 御屋敷へは帰
られず 所詮時節を待って御詫びと
思いの外の切腹 なむ三宝 皆
師直めがなす業(わざ) せめて冥途の

7
御供と刀に手をかけたれど 何を手柄
に御供と どの顔(つら)さげて云い訳
せんと心をくたく折から 密かに
様子を承れば 由良殿御親
子(しんし)郷右衛門殿を始めとして

故殿の欝憤散ぜん為 寄り/\
の思し召し立て有るとの噂 我等迚も
御勘当の身といふでもなし
手がかり求め由良殿に対面
とげ 御企ての連判に御加えくだ

8
さらば 生々世々の面目 貴殿に
逢うもうどんげの 花を咲かせて
侍の一分立て給はれかし 古朋
輩のよしみ武士の情け お頼み
申すと両手を突き 先非を悔いし

男泣き 理の せめて不憫なる 弥五郎
も朋輩の悔み道理と思えども
大事むさと明かさじと コレサ/\勘平
はて扨 お手前は身の言い訳に
とりまぜて 御企てのイヤ連判

9
などとは何の戯言 左ような
噂かへってなし 其は由良殿より
郷右衛門殿へ急の使い先君の
御廟所へ 御石碑を建立せん
との催し 併し我々迚も浪人の

身の上 これこそ塩冶判官の
御石塔と 末の世迄も人の
口の端にかかる物故 御用金を
集める其御使い 先君の御恩を
思ふ人を選び出す為 わざと

10
大事を明かされず 先君の御恩
を思はばナヽ合点か/\と 石碑に
なぞらへ大星の 工(たく)みをよそに
しらせしは げに朋輩のよしみ
なり ハヽア忝い弥五郎殿成程

石碑といひ立て 御用金の御拵え
有る事とっくに承り及び某も
何とぞして用金を調えそれを
力に御詫びと心は千々に砕け
供弥五郎殿 恥ずかしや主人の

11
御罰で今此ざま 誰にかう
との便りもなし され共かるが親
与一兵衛と申すはたのもしい
百姓 我々夫婦が判官様へ
ぶ奉公を悔み嘆き何とぞして

元の武士に立ちかえれと おぢ
うばともに嘆き悲しむ 是
幸い御邊に逢いし物語 段々
の子細を語り 元の武士に
立ちかえるといい聞かさば僅かの

12
田地も我が子の為何しにいなは
ゑもいはじ 御用金を手がか
りに郷右衛門殿迄お取次ぎ
一入頼み存ずると 余儀なき
詞に ムヽ成程 然らばこれより

郷右衛門迄右の訳をも
咄し 由良殿へ願うて見ん
明々日はかならずきっと御返
事 即ち郷右衛門殿の旅宿の
所書きと 渡せば取って押し戴き

13
重々の御世話忝し 何とぞ急
に御用金をこしらへ明々日
お目にかからん 某が有り家お尋ね
あらば この山崎の渡し場を左へ
取り 与一兵衛とお尋ねあらば

早速相しれ申すべし 夜更けぬ
内に早くも御出で コレ此行き先は
猶ぶっそう 随分ぬかるな
合点/\ 石碑成就する迄は
蚤にも食わさぬ此からだ

14
御邊も堅固で 御用金
の便りを待つそ さらば/\と両
方へ立ち別れて ぞ「急ぎ行く
又もふりくる雨のあし人の    (二つ玉の段
足音とぼ/\と 道は闇路に

迷わねど 子故の闇につく
杖も すぐ成る心堅親仁一筋
道の後ろから ヲイ/\親仁殿 よい
道づれと呼ばわって 斧九太夫
が倅定九郎 身の置き所しら

15
浪や此街道の夜働き だん
びら物を落としさし さっきにから
呼び声が 貴様の耳へははいら
ぬか 此のぶっそうな街道を
よい年をして大胆/\ 連れに

なろうと向うへ廻りきょろ付く
目玉そっとせしが遉(さすが)は老人
是は/\お若いに似ぬ御奇
特な 私もよい年をして一人
旅はいやなれど サアいづくの

16
浦でも金程大切なものは
ない 去年の年貢につまり
此中から一家中の在所へ無
心に居たれば 是もびたひら
なか才覚ならず埒のあかぬ

所に長居はならず すご/\
一人戻る道と 半分言わさず
ヤやかましい あり様か年貢
の納まらぬ其相談を聞きには
こぬ コレ親仁殿 おれが云う事を

17
とくと聞かしゃれや マアかう
じゃは こなたの懐に金なら
四五十両のかた 縞の財布
に有るのを とっくりと見付けて
きたのじゃ借して下され男

が手を合わす 定めて貴様も
何ぞ詰らぬ事か子が難儀
に及ぶによってと言う様な有格な
事じゃあろ けれどおれが見
込んだらハテしよ事がないと諦めて

18
借して下され/\と懐へ手を指し
入れ 引ずり出す縞の財布
アヽ申しそれはとは是程
爰に有る物とひったくる手に
すがり付き イエ/\この財布は後

の在所で草鞋買う迚 端(はした)
銭を出しましたが 後に残るは
昼食(じき)の握り飯 霍乱(かくらん)せん
ようにと娘がくれた和中散
反魂丹でござりますお赦し

19
なされて下さりませと ひっ
たくり逃げ行く先立ち帰り エヽ
聞き分けのない むごい料理
するがいやさに手ぬるにいえば
付け上がるサア其金爰へまき

出せ 遅いとたった一討ちと
二尺八寸おがみ打ちなう悲し
やといふ間もなくから竹わり
と切り付ける 刀の廻りか手の
廻りか は連れる抜身を両

20
手にしっかと掴み付き どうでも
こなた殺さしやるの ヲヽ知れた事
金の有るのを見てするしごと
こごとはかずとくたばれと
肝先へさし付ければ マヽヽヽヽまあ

待って下さりませ ハアぜひに
及ばぬ 成程/\ 是は金でご
ざります けれ共此金は 私が
たった一人の娘がござる 其
娘の命にもかえぬ 大事の

21
男がござりまする 其男の
為に入る金 ちと訳ある事ゆえ
浪人して居まする娘が申し
まするは あのお人の浪人も
元はわしゆえ何とぞして元の

武士にてしんぜたい/\と
嬶とわしとへ毎夜さ頼み
アヽ身貧にはござりまする
どうもしがくの仕様もなく
ばばといろ/\談合して娘にも

22
呑み込ませ 聟へは必ず沙汰なしと
しめし合せ ほんに/\親子
三人が血の涙の流れる金
それをお前に取られて娘は
何となりましょう コレ拝みます

助けて下さりませ おまえも
お侍の果そうなが 武士は相
身互い 此の金がなければ娘
も婿も人様に顔が出されぬ
たった一人の娘につれそう

23
聟じゃ者 不憫にござる可
愛ござる 了簡してお助け
なされて下さりませ エヽお前は
お若いによってまだお子も
ござるまいがやんかってお子を

持って御ろうじませ親仁が
いひおったは尤もじゃと思し
召して 此の場を助けさしゃって
下さりませ マア一里行けば私が
在所 金を聟に渡してから

24
殺されましょ 申し/\娘が悦ぶ
顔見てから死にとうござります
これ申し あヽあれ/\/\ と呼ばわれど
後先遠く山びこの谺に哀れ
催せり ヲヽ悲しいこっちゃは まつと

とこぼへ ヤイ老いぼれめ 其の金
でおれが出世すりゃ 其
めぐみでうぬがせがれも
出世するわやい 人に慈悲
すりゃわるにはむくはぬ アヽ

25
可愛やと ぐっとつく うんと
手足の七転八倒のたくり
廻るをすねにて蹴かへし ヲヽ
いとしや いたかろけれど おれ
に恨みはないぞや 金がありゃ

こそ殺せ 金がなけりゃ
なんのいの 金がかたきじゃ
いとしぼや 南無阿弥陀
南無妙法蓮華経どち
らへなりと うせかろと 刀も

26
抜かぬいもさしえぐり 草葉
も朱(あけ)に置くつゆや 年も六十
四苦八苦あへなく息は絶えに
けり しすましたりと件の財
布 くらがり耳のつかみ読み

ヒヤ五十両 エヽ久しぶりの
御対面 忝しと首にひっ
かけ死骸をすぐに谷底へ
はねこみ蹴込みどろまぶれ
はては我が身にかかるとも

 

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27
しらず立ったるうしろより
いっさんにくる手負い猪(じし)
これはならぬと身をよぎる
かけくる猪は一文字木の
根岩角ふみ立て蹴たて

鼻いからして 泥も草木
も 一まくりに飛び行けば あは
づと見送る定九郎が
背ぼねをかけてどっさりと
あばらへぬける 二つ玉 うん共

 

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28
ぎふっ共 いう間もなく ふす
ほり返りて死にたるは心地
よくこそ見えにけれ 猪打ち
とめしと勘平は 鉄砲ひっ
さげ爰かしこ さぐり廻っ

て扨こそと 引っ立てれば猪(しし)
にはあらず ヤア/\こりゃ人じゃ
なむ三宝 仕損じたりと
思えどくらき真の闇 誰人
なるぞと問われもせず まだ

 

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29
息あらんと抱き起せば 手に
当たる金財布 つかんで見れば
四五十両 天のあたえと押し
いただき/\ 猪より先へ逸散
に飛ぶがごとくに 「急ぎける

 

 六段目 身売りの段につづく