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仮名手本忠臣蔵 六段目 身売りの段

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856211

     (「財布の連判」より「身売りの段」)

 

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仮名手本忠臣蔵 六段目


みさき踊りがしゆんだる程に
親仁出て見やばばんつ ばばん
つれて親仁出て見やばばんつ
麦から麦の在所歌 所も名に

 

 

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3
おう山崎の小百姓与一兵衛が
埴生の住家今は早野勘平が
浪々の身の隠れ里 女房おかるは
寝乱れし 髪取り上げんと櫛箱
のあかつきかけて戻らぬ夫待つ

間もとけし投げ嶋田 結うにいわれぬ
身の上を誰にかつげの水櫛に
髪の色艶すきかへししなよく
しやんと結い立てしは 在所にかしき
姿なり

 

 

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4
道とぼ/\立ち帰り 娘髪結っ
たり 美しうよう出来たイヤもう
在所はどこもかも麦秋時分で
いそがしい 今日も藪際で若い衆
が麦かつ歌に親仁出て見や

ばばんつれてと歌うを聞き 親父
殿の遅いが気にかかり在口迄
往ったれどようなふ影もかたちも
見えぬさいなこりゃまあどうして
遅い事じゃ わし一走り見て

 

5
来やんしょ イヤなふ若い女の一人
あるくはいらぬ事 殊にそなたは
りいさい時から 在所をあるく事
さへ嫌いで塩冶様へ御奉公に
やったれどどうでも草深い所に

縁が或るやら戻りやったが勘平
殿と二人居やればおとましい
顔も出ぬ ヲヽかか様のそりゃ
知った事 すいた男と添うのじゃ
物 在所はおろか貧しいくらし

 

6
でも苦にならぬ やんがて盆
に成って とさま出て見やかん
つ かんつれてといふ歌の通り
勘平殿とたった二人 踊り見に
いきやんしゃ お前も若い時覚え

があろとさし合いくらぬくはら娘
気もわさ/\と見えにける何ぼ
其ように面白おかしういやっても
心の中(うち)の イエ/\済んでござんす
ぬしの為に祇園町へ勤め奉公

 

7
に行くは兼て覚悟の前なれど
年寄ってとと様の世話やかしゃん
syがそりゃいやんな 少身者
なれど兄も塩冶様の御家来
なれば外の世話をするようにも

ないと 親子咄しの中道伝い
駕をかかせて急ぎくつは祇園
町の一文字や 爰じゃ/\と門
口から 与一兵衛殿内にかと云い
つつはいれば 是はまあ/\遠い

 

8
所を ソレ娘たばこ盆 お茶上げ
ましゃと親子して 槌でおいへを
伯人やの亭主 扨夕は是の
親仁殿もいかい大義別状
なふ戻られましたか エヽさては

親父殿と連れ立って来はな
されませぬか 是はしたりお前へ
いてから今において ヤア戻られ
ぬか ハテめんような ハアもし稲
荷前をぶら付いて彼の玉殿に

 

9
つまゝりやせぬかのコレ此中
爰へ見に来て極めた通りか娘
の年も丸五年切り 給銀は金
百両 さらりと手を打った 是の
親仁がいはるるには今夜中に渡

さねばならぬ金有らば 今晩証
文を認め百両の金子お借しな
されて下されと 涙をこぼしての
頼み故 証文の上で半金渡し
残りは奉公人と引がえの契約

 

10
何の其五十両渡すと悦んで
いただきほた/\云て戻られたは
もう四ツでも有ろうかい夜道を一人
金持っていらぬ物と留めても聞か
ず戻られたが但しは道に イエ/\

寄らしゃる所はのうかか様ない共/\
殊に一時も早うそなたやわしに
金見せて悦ばそう迚いきせき
戻らしゃる筈じゃに合点がいか
ぬ イヤコレ合点のいくいかぬはそっちの

 

11
せんさく こちはさかりの金渡して
奉公人連れていのと懐より金
取り出だし後金の五十両これで都
合百両サア渡す請けとらしゃれ
お前っそれでも親仁殿の戻ら

れぬ中(うち)はなふかる わがみはやら

れぬハテぐず/\と埒の明かぬ コレ
ぐつ共すっ共云われぬ与一兵衛の
印形(いんぎょう)証文が物いう けふから金
で買い切ったからだ 一日違えばれこ

 

12
づつ違う どうで斯(こう)せざ済むまい
と手を取って引立てる マア/\待ってと
取り付く母親 突き退け刎ね退け無体
に駕へ押し込め/\かき上がる門の口
鉄砲に蓑笠打ちかけもどり

かゝつて見るより勘平 つか/\と内に
入り 籠の内なは女房共こりゃ
マアどこへ ヲヽ勘平殿よい所へよう
戻って下さったと母の悦び其
意を得ず どうでも深い訳がある

 

13
母者人女房共 ホウス聞こうとお上
の真ん中どっかとすわれば一文字の
亭主ヲヽ扨はこなたが奉公人
の 御亭しゃのたとえ夫での何
でも云号(いいなずけ)の夫などと脇より

遺乱妨げ申す者無之(これなく)候と 親仁
の印形有るからは こちには構わぬ
早う奉公人を受け取ろうヲヽ聟殿
合点がいくまい 兼ねてこなた
金の入り様子 娘の咄しで聞いた故

 

14
どうで調えて進ぜたいと いうた
斗りで一銭の宛てもなし そこで親
父殿の云わしゃるにはひょっと
こなたの気に女房貰って金
調えようとよもや思うてヽは有るまい

けれど もし二親の手前を遠慮
して居やしゃるまい物でもない
いっそ此与一兵衛が聟殿に
しらさず娘を売るにまさかの時は
切り取りするも侍のならい 女房売っ

 

15
ても恥にはならぬお主の役に
立つ金 調えておましたらまんざら
腹も立つまいと 昨日から祇園町
折り極めにいて 今に戻らしゃれぬ
故親子案じて居る中へ親方殿

が見えて 夕べ親父殿に半金
渡し 後金の五十両と引かえに
娘を連れて逝ふと云うてなれど
親父殿にあふての上と訳を
いふても聞き入れず 今連れていな

 

16
しゃる所 どふせうぞ勘平殿
是は/\先ず以て舅殿の心遣い
忝い したがこちにもちっとよい
事が有れ共それは追って 親父殿
も戻られぬに 女房共は渡

されまいとはなぜにハテいわば
親なり半がヽり尤も夕べ半
金の五十両渡されたでも有ろう
けれど イヤこれ京大坂を股に
かけ女護の嶋程奉公人を

 

17
抱える一文字屋渡さぬ金を
渡したといふて済む物かいのまだ
其うえに慥(たしか)な事があるてや
これの親仁が彼の五十両と言う
金を手ぬぐいにくる/\と

まいて懐にいれらるるそりゃ
あぶない 是に入れて首にかけ
さっしゃれとおれがきて居る
此一重物の縞のきれで こし
らへた金財布借したばやんがて

 

18
首にかけて戻られう ヤア何と
こなたが着て居るこの縞のきれ
の金財布か ヲヽてやあの此縞
でや 何と慥な証拠で有ろうが
と聞くよりはっと勘平が肝先

にひしとこたえそばあたりに目を
くばり 袂の財布見合わせば寸
分違わぬ糸入縞 なむ三宝
扨ハ夕べ鉄砲で撃ち殺したは
舅であったか ハアはっと我が胸

 

19
板を二ツ玉で打ちぬかるるより
せつなき思い とはしらずして
女房 コレこちの人そは/\せず
と やる物かやらぬ物か分別して
下さんせヲヽ成程ハテもふあの様に

云わるるからはいきやらずば成るまいか
アノとと様に逢わいでもかえ イヤ
親父殿にもけさちょっとあふ
たが戻りは知れまい コウそんなりや
とつさんに逢うてかえ それならそうと

 

20
いひもせでかか様にもわしにも
案じさして斗りと云うに文字も
図に乗って 七度寝て人うたがえ
じゃ 親仁の有り所のしれたので
そっちもこっちも心がよいまだ

此上にも四の五の有るはいや共に
てんど沙汰 まあ/\さらりと済ん
でめでたい お袋も御亭も六条
参りしてちと寄らしゃれ サア/\籠に
のりや アイ/\勘平殿 もう今あっちへ

 

 

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21
行くぞえ 年寄った二人の親達 どう
でこな様のみんな世話 取りわけて
とつ様はきつい持病 気を付けて下
さんせと 親の死に目を露知らず
頼む不憫さいぢらしさいっそ打ち明け

有りのまま咄さんにも他人有りと心を
痛めこたえ居る ヲヽ聟殿 夫婦の別れ
暇乞がしたかろけれど そなたに未
練な気も出よかと思うての事で
有ろ イエ/\何ぼ別れても 主のために

 

 

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22
身を売らば悲しうも何ともない わしゃ
いさんで行くかか様したがとと様に逢わ
ずに行くのが ヲヽそれも戻らしゃったら
つい逢いにいかしゃろそいの 煩はぬ様
に灸をすへて 息災な顔見せにきて

たも 鼻紙扇もなけりや不自由
な 何にもよいか とば付いてけがしやん
なと籠に乗り迄心を付け さらばや
さらば何の因果で人並みな娘を
持ちこの悲しいめを見る事じゃと

 

 

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23
歯をくひしばり泣きければ 娘は
籠にしがみ付き泣くをしらさじ
聞かさじと声をも 立てずぬせ
かへる なさけなくも籠かき
あげ道をはやめて急ぎ行く

 

 六段目 勘平切腹の段へ続く