仮名手本忠臣蔵 十一段目 花水橋引揚の段

 

 

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     イ14-00002-179(二冊目) p48~

 

十一段目 

柔能剛をせいし弱能強をせいするとは 張良に石公が
伝えし秘法なり 塩冶判官高定の家臣 大星由良助これを
守って既に一味の勇士四十余騎猟船に取り乗って苫ふか/\゛と稲
村が崎の油断を頼みにて 岸の岩根に漕ぎ寄って 先ず一番に打ち上るは
大星由良助義金 二番目は原郷右衛門 第三番目はおおぼし力弥 後に
続いて竹森喜多八片山源太 先手(さきて)後船段々に烈を乱さず立ち出る
奥山孫七坂田五郎 着たる羽織の合印 いろはにほへとと立ちならぶ
勝田早見遠の森 音に聞えし片山源五 大鷲文吾かけやの大槌

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引さげ/\ 吉田岡崎ちりぬるをわか手は小寺立川勘兵衛 不破前
原深川弥次郎 明けたる半弓手挟(たばさ)んで 上るは川瀬忠太夫空に輝く
大星瀬平よたれそつねならむうゐの 奥村岡野小寺が
嫡子中村矢嶋牧平賀やまけふこえて朝霧の立ならひたる
芦野や菅野千葉小村松村橋伝治 塩田赤根は長刀構え
中にも磯川十文字 遠松杉野三村の次郎 木村は用立ての
継梯子千崎弥五郎堀井の弥惣 同弥九郎遊所の酒に
ゑひもせぬ 由良助が智略にて八尺斗りの大竹に弦をかけて
ぞ持ったりける 後陣は矢間十太郎はるか後より身を卑下し い出るは

寺岡平右衛門仮名実名袖印其数四十六人なり 鎖袴に黒羽織
忠義の胸当 打ち揃う げに忠臣のかな手本義心の手本義平が家名 天と
河との合詞忘るな兼ての云い合せ 矢間先崎小寺の面々 ?力弥をはじめとし
表門より入れ/\/\ 郷右衛門と其は裏門より込み入れて 相図の笛を吹くならば
時分はよしと乗込めよ 取るべき首は只一つと 由良助に下知せられ怒りの眼
一時に 館をはるかに睨み付け裏と表へ 別れ行く 斯くとは知らず高武蔵守
師直は 由良助が放埓に心もゆるむ油断酒 芸子遊女に舞うたはせ
薬師寺を上客にて身の程しらぬ大騒ぎ 果てはざこ寝の不行儀に前後
もしらぬ寝入りばな 非常を守る万人の拍子木のみぞ残りけり 表裏

50 挿絵

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一度に手筈を極め 矢間先崎不敵の二人表門に忍び寄り内の様子
を窺へば 夜廻りと思しき拍子木遠音をさせば能き折と 例の嗜む
継梯子 高塀に打ちかけ/\雲井迄もとさゝがにの登りおほせた塀の
屋根 早や柝(ひょうしぎ)の近付く音ひらりとおつるを見付けし番人 スハ何者と
かけ寄るを取って引っふせ高手小手 よい案内と息をとめ縄先腰に
引かけて 柝奪いかっちかち 役所/\を打ち廻り窺い廻るぞ
不敵なる 早や裏門に呼子の笛時分はよしと両人は 柝合せて
天河と 貫の木はづして大門をぐはらりと開けば力弥を始め

父が教えし雪折は爰ぞと下知して丸武に弦をかけたを雨戸の
鴨居 敷居にはさんで一時に ひいふう三つの拍子にてかけたる弦
てうと切れば 鴨居はあがり敷居はさがり雨戸はづれてばた/\/\
そりゃ乗込めと天河の声ひゞかして乱れ入る スハ夜討ぞと松明提
灯裏門よりも込み入って 一方は郷右衛門一方は由良助 床几にかかって
下知をます 小勢なれ共寄せ手は今宵必死の勇者秘術を
通せば由良助 余の者に目なかけそ 只師直を討ち取れと 郷右衛門
諸共八方に下知をすればはやりをの若者共もみ立て/\
切り結ぶ北隣りは仁木播磨守南隣りは石堂右馬の丞 両隣より

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何事かと家の棟に武者を上げ提燈星のごとくにて ヤア/\御屋敷
強動の声太刀音矢叫び事さはがしく 狼藉者か盗賊か 但し非常の沙
汰なるか 承り届けよと 主人申し付けられしと高らかに呼ばわったり 由良助
取りあへず 是は塩冶判官が家来の者共主君の怒(あだ)を報わん為 四十余人
の者共が千変万化の戦ひ かく申すは大星由良助原郷右衛門
高氏(たかうじ)様兄弟へお恨みなし 之来(これより)両隣仁木石堂殿へ何の遺恨も候ねば
卒爾致さん様もなし火の用心は堅く申し付けたれば 是以て御用心に及ばぬ
事 只穏便に捨て置かれよ それ迚も隣家の事聞き捨てならず加勢あらば 力なく
一ト矢仕らんと高声(こうしょう)に譬えたり 両家の人々聞き届け御神妙/\ 我人主人持っ

たる身は尤も斯くこそ有るべけれ御用あらば承らん提燈引くと一時に
しづまり返って控えける 一時斗りの戦いに寄せ手は僅か二三人 薄手を
負うたる斗りにて敵の手負いは数しれず され共大将師直とおぼしき
者もなき所に 足軽寺岡平右衛門 館の内を飛び廻り 部屋/\゛は
勿論上は天井下は簀子 井の内迄槍を入れてさがせ共師直か行く所
知れず 寝間とおぼしき所を見れば 夜着蒲団の温まり此寒夜(かんや)に
さめざるは逃げて間なしと覚えたり 表の方が気づかはしとかけ行くを ヤレ
平右衛門待て/\と 矢間十太郎重行 師直をちうに引立てコレ/\何れも
柴部屋に隠れしを見付け出して生け捕りしと 聞くより大勢花に露いき/\

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勇んで由良助 ヤレでかされた手柄/\ 去りながらうかつに殺すな kり
にも天下の執事職 殺すにも礼義有りと 請け取って城座にすえ 我々
陪臣の身として 御館へふん込み狼藉仕るも主君の怒(あだ)を報じたさ
慮外の程御赦し下され御尋常に御首を給わるべしと相述ぶれば
師直も遉のゑせ者わろびれもせず ヲヽ尤も/\ 覚悟は兼てサア首取れと
油断指して抜き打ちにはっしと切る引っぱづして腕捻じ上げ ハアヽしおらしき御手
向かい サア何れも 日頃の欝憤此時と 由良助が初(しょ)太刀にて四十
余人が声々に 浮木にあえる盲亀はこれ 三千年の優曇華
花を見たりや嬉しやと 踊り上がり飛び上がり筐(かたみ)の刀で首かきおとし

悦びいさんで舞うも有り 妻を捨て子に別れ老いたる親を失いしも 此の首一つ
見ん為よけふはいか成る吉日ぞと 首を叩いつ喰い付きつ一同にわっと嬉しなき
理(ことわり)が過ぎて哀れなり 由良助は懐中より亡君の位牌を出し 床の間の卓(しょく)に乗せ
奉り 師直が首血汐を清め手向け申し 兜に入れし香を炊きすさって三拝九拝し
恐れながら 亡君尊霊蓮性院見利大居士へ申し上げ奉る 去る御切腹の其折から後
弔えと下されし九寸五分にて 師直が首かき落とし 位牌に手向け奉る 草葉
のかげにて御請け取り下さるべしと涙と供に礼拝(らいはい)し いざ/\御一人づヽ御焼香 先ず惣
大将なれば御自分様より イヤ拙者より先ずさきへ矢間十太郎殿御焼香なされ イヤ/\
それは存じも寄らず 何れもの手前と申し御贔屓は却って迷惑 イヤ贔屓でござらぬ

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四十人余りの衆中が師直が首取れんと 一身を擲(なげうつ)中貴殿一人は 柴部屋より見付け出し
生捕りになされたは よく/\主君塩冶尊霊の お心に叶いし矢間殿 お羨しう
存ずる 何といづれも 御尤もに存じまする それは何共 ハテ扨刻限が延びます 然らば
御免と一の焼香 二番めは由良殿 いざ御立ちとすゝむれば イヤまだ外かに
焼香の致して人有り そりや何者誰人と とへば大星懐中より碁盤縞
の財布取り出だし 是が忠臣二番目の焼香 早野勘平がなれの果 其身
は不義の誤りから一味同心も叶わず せめて石碑の連中にと女房売って
金調え 其の金故に舅は討たれ金は戻され 詮方なく腹切って相果てし其時
の勘平が心さぞ無念に有ろう口惜しかろう 金戻したは由良助が一生の誤り

不憫な最後を遂げさしたと 片時忘れず肌放さず 今宵夜討も財
布と同道 平右衛門そちが為には妹聟焼香させよと投げやれば ハヽヽ
はっと押戴き/\草葉のかげより嘸有りがたう存じましょ 冥加に余る仕合せと 財布
を香炉の上に着せ 二番の焼香早の勘平重氏と 高らかに呼ばわりし
声も涙にふるはすれば 烈座の人も残念の胸も はりさく斗りなり 思いがけなや
人馬の音 山谷にひびく攻め太鼓ときをどっとぞ上げにける 由良助ちっとも
騒がず 扨は師直が一家の武士取りかけしと覚えたり 罪作りに何かせんと覚
悟の所へ 桃井若狭助おくればせに欠け付け給い ヤア/\大星 今表門より
攻めかけたは 師直が弟師安 此の所で腹切っては敵に恐れしと後代(こうだい)までの

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そしり塩冶殿の御菩提所光明寺へ立ち退くべしと 仰せにはっと由良助
いか様最後を遂ぐる共亡君の墓の前 仰せに従い立ち退き申さん 御殿(しづはらい)頼み上げる
と 云う間も有らせずいづくに忍び居たりけん 薬師寺次郎鷺坂伴内
おのれ大星逃さじと右往左往に討ってかかる 力弥すかさず受けながし
/\ 暫時か内は討ち合わじか はづみを打ってうつ太刀に 袈裟にかけ
られ薬師寺最後 かわす二の太刀足切られ 尾にもつがれず鷺坂
伴内 其まま息はたえにける ヲヽ手がら/\と賞美の詞 来世末代
伝ふる義臣是もひと人に君が代の 久しき例し竹の葉の栄を 爰に 
                          書き残す