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本朝二十四孝 十種香の段 奥庭狐火の段

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856535

 

 

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臥戸へ行く水の 流れと人の     (十種香の段
簑作りが姿見かはす長上下
悠々として一間を立出 我民
間に育ち入るに面を見知られぬを
幸いに 花つくりと成って入り込みしは

 

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3
幼君の御身のうへに もし
過ちあらんかと 余所ながら
守護する某それと悟って
抱へしやハテ 合点の行かぬと
さし俯き 思案にふさがる

一間には 館の娘 八重垣姫
云号有る勝頼の 切腹有りし
其日より一間所に引籠り 床に
絵姿かけまくも御経どく
じやのりんの音 こなた

 

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4
同じ松虫の 鳴く音(ね)に袖も
濡衣がけふ命日を弔ひの
位牌に 向ひ 手を合せ 広い
世界に誰有って お前の忌日
命日を 弔ふ人も情けなや 父

御の悪事も露しらず お果て
なされたお心を 思ひ出す程
おいとしい嘸や未来は迷ふ
てござらふ 女房の濡衣が
心斗りの此手向け 千部万部

5
のお経ぞと 思ふて成仏して
下さんせ なむあみだ仏/\
/\ 誠にけふは霜月廿日 我が
身がはりに相果てし勝頼が
命日 くれ行く月日も一年余り

なむ 幽灵出離生死頓生
ぼだい 申し勝頼様 親と親との
云号 有りし様子を聞くよりも 嫁
入する日を待ちかねて お前の
姿を絵に書かし 見れば見る

6
程美しい こんな殿御と添い
臥の 身は姫ごぜの果報ぞと
月にも花にも楽しみは 絵像
の傍で十種香の 煙も香
華(こうげ)と成ったるか 回向せふとて

お姿を絵にはっかしはせぬ物を
魂かへす反魂香 名画の
力も有るならばかはいとたった
一言の お声が聞きたい/\と
絵像の傍に身を打ちふし

7
泣涕(りゅうてい・流涕)こがれ見へ給ふ あの泣き
声は八重垣姫よな 我が名を
呼びし勝頼を 誠の夫と思ひ
込み 弔ふ姫と弔ふ濡衣 不憫
共いぢらし共云わん方なき二人

が心と そゞろ涙に くれけるが
アヽ我ながら不覚の涙と 衿
かき合せ立ち上る 後ろにしよん
ぼり濡衣が 申し簑作り様 合
点の行かぬはあなたのお姿

8
どふした事で此様に ホヽ不審
尤も はからずも謙信に抱へ
られたる衣服大小 テモ扨も
衣紋付なら上下の召し様迄
似たとは愚かやっぱり其まゝ

筐(かたみ)こそ今は仇なれこれ
なくば 忘るゝ事も有りなんと
讀しは別れを悲しむ歌 筐
さへじゃに我が夫にみぢん
かはらぬ此お姿 見るに付け

9
ても忘られぬ わたしゃ輪
廻に迷ふたそふな 御赦され
てと伏沈む 泣声もれて 一間
にはふしん立ち聞 八重垣姫 そっ
と襖の隙間もる姿見ま

がふ方なく ヤア我が夫(つま)か勝頼
様と 飛立つ心を押沈め 正しう
お果てなされし物 似たと思ふは
心の迷ひ 絵像の手前も
恥しと立ち戻って手をあはせ

10
御経読誦(どくじゅ)のりんの音 勝頼
公は濡衣が心を察して声
くもり はかなき女の心から
嘆くは理り去りながら 定めなき
世と諦めよと 勇むる詞こなた

には 心空成れ 其人のもしや
ながらへおはすかと 思へば恋しく
なつかしく又覗いては絵姿に
見くらべる程生写し 似はせで
やっぱりほん/\゛の 勝頼様じゃ

11
ないかいのと 思はず一間を走り
出で縋り付いて 泣き給へば はっと
思へどさはらぬ風情 こは思ひ
よらざる御仰せ 我等簑作りと
申す花作り 漸只今召しかゝへられ

衣服大小改めし新参者 勝頼
とは覚えなし 御粗相あるなと
突き放せば ムヽ何と云やる 今父
上にかゝへられし新参者 花
作りの簑作とや 自らとした事が

12
余りよふ似た面ざしの 若しや夫
かと心の煩悩 二人の手まへ
恥ずかしながら コレ濡衣 此簑作
とやらいふ人を そなたはとふ
から近付か エイ いやいの 知る人で

有ふがの アノお姫様とした事が
たった今見へやお人何のマア
私が イヤ隠しやんな 今のそ
ぶり 忍ぶ恋路といふやうな
かはひらしい中かいのと 思ひも

13
よらぬ詞にびっくり ヲヽアヽお姫御の
おっしゃる事はいの 人にこそ
寄 何のあなたに勿体ない
ムヽ勿体ないといやるからは どふで
もそなたのしるべの人か アヽイヽエ

そふではなけれ共 大事のお
主の目を掠め 忍び男をこし
らへるは 勿体ないとサア申す事
でござります ムヽすりやしるべ
の人でなく 殿御でもない人

14
なら どふぞ今から自らを かはゆ
がってたもる様に 押し付けながら
媒(なかだち)を頼むは濡衣さま/\と
夕日まばゆく顔に袖あて
やかなりし其風情 ヲヽお姫様

とした事が まだお子達と
思ひの外 大それたあの蓑
作殿を サア見初めたが恋路
の始め 後共いはず今爰で
媒せいとおっしゃるのか マ我をれ

15
ほんに大名のお娘御迚 油断
はならぬ恋の道 品によっ
たらお取り持ち致しませふが アヽコレ/\
濡衣 必ず粗相云まいぞ サア
何もかも私が呑み込んで サア呑

込んでお取り持ち致しますまい物
でもないが 真実底から簑作
殿に 御執心でござります
かと 問れて猶もあからむ顔
勤めする身はいざしらず 姫

16
ごぜのあられもない 殿御に
ほれたといふ事がうそ偽り
にいはれふか 其お詞に違ひ
なくば 何ぞ慥(たしか)な誓紙の
証拠 それ見た上でお媒(なかだち)

エヽそれこそ心安い事 其誓
紙さへ書いたらば アヽイエ/\それも
こっちに望みが有る わたしが望む
誓紙といふは 諏訪法性(ほっしょう)の
御兜 それが盗んで貰ひたい

17
ヤア何といやる 諏訪法性の御
兜を 盗み出せといやるのは 扨は
あなたが勝頼様と 云ふ口押さへ
て ハテめっそうな勝頼呼はり
微塵覚のない簑作 粗忽

ばしのたまふなと いふ顔つれ
/\打守り 云号斗りにて枕
かはさぬ妹背中 お包有るは
無理ならねど 同じ羽色の
鳥翅(とりつばさ) 人目にそれとわから

18
ねど 親と呼び又つま鳥と
呼ぶは生(しょう)有るならひぞや いかに
お顔が似ればとや 恋しと
思ふ勝頼様 そも見紛ふて
おあられふか世にも人にも忍ぶ

成る 御身の上と云いながら 連れ
添ふわたしに何遠慮 つい
かう/\とお身のうへ明して
得心さしてたべ 夫も叶はぬ
事ならば いっそ殺して/\と

19
すがり付いたる恨み泣き 勝頼
わざと声あらげ ヤア聞き分け
なき戯れ事 いか程にの給ふ
共 覚えなき身は下主下郎
余所の見るめも憚り有り そこ

退き給へと突き放せば スリヤどの様
に申しても 勝頼様ではおはさ
ぬか ハアヽ はっと斗りに簑作が
指添え逆手に取り給へば こは
御短慮ととゞむる濡衣 イヤ/\

20
放して殺してたも 勝頼様でも
ない人に 戯れ言の恥しや
心の穢れ絵像へいひ訳
どふも生きては居れぬと 又
取り直すを猶押し留め ヲヽ遉は

武家のお姫様 天晴なる
お志し 其お心を見るからは
勝頼様に逢はせませう ソレ
そこにござる簑作様が
御推量に違はず あれが

21
誠の勝頼様 ちゅあっとお逢ひ
なされませと 突きやられては
遉にも 始めの恨み百分一聞へ
ませぬが精一ぱい 後は互に
寄り添ふて つい濡染めに濡衣も

心とき付く折からに 父謙信の
声として 簑作はいづれに
おる 塩尻への返答 時刻うつる
と立ち出れば はっと簑作
飛びしさり 御支度よくば直ぐ

22
さま参上 ホヽ委細の事は此
文箱(ふばこ)に 片時も早く罷り越せ
はっと領掌(れうじやう)文箱たづさへ
塩尻さして急ぎ行く 謙信
殿を見送ってヤア/\者共

用意よくば早来たれと 仰せに
hじゃっと白須賀六郎原小
文治 更科なんどの譜代の
郎党 御前に進めば謙信
いさんで 今此諏訪の湖に

23
氷閉つれば渡海はかなはず
塩尻迄は陸路(くがぢ)の切所(ぜっしょ) 油
断して不覚を取るな ハヽア畏まり
奉ると 勇み進んでかけり行く
後に不審は八重垣姫 申し

父上 こと/\しい今の有りさま
何事やらんと尋ぬれば ホヽあれ
こそは武田勝頼討手の
人数 何勝頼様を討手とは
こはそもいかに何ゆへにと

24
驚く二人をはったとねめ付け
諏訪法性の兜を 盗み出
さんうぬらが工(たくみ) 物かけにて
聞いたる故 勝頼に使者
いひ付け 帰りを待って討ちとら

さんと しめし合せし討手の
手配り エイそんなら今の討手
の者は 勝頼様を殺さん為か
ハアヽ はっと斗りにどふと伏し
けふはいかなる事なれば 過ぎ

25
去り給ひし我夫に 再び逢ふは
優曇華と悦んで居た物
を 又も別れに成る事は 何の
因果ぞ情けなや 父のお慈
悲にお命を どふぞ助けて

給はれとくどき 嘆くに目も
やらず ヤア武田方の廻し者
憎き女と濡衣引立て うぬ
には尋ぬる子細有る 奥へうせふ
と小肘(かいな)取り 情け用捨もあら気

26
の大将帳臺 深く入り給ふ
思ひにや こがれてもゆる 野  (奥庭狐火の段
辺の狐火 さよふけて 狐
火や 狐火のべののべの 狐火
さよふけて アレあの奥の

間で検校が 諷ふ唱歌も
今身の上 おいとしいは勝頼
様 かゝる工のあるぞ共 しらず
はからぬお身のうへ 別れと
成るも雑面(つれない)父上 諌めても

27
嘆いても聞き入れもなき胴欲
心 娘不憫と思すなら お命
助けて添せてたべと身を
打ちふして 嘆きしが アヽイヤ/\泣いては
居られぬ所 追手の者より

先へ廻り 勝頼様に此事を
おしらせ申すが近道の 諏訪
の湖船入に 渡り頼まん急がんと
小づま取る手もかい/\゛しく
欠け出だせしがイヤ/\/\ 今湖に氷張り

28
詰め 船の往来(ゆきヽ)も叶わぬよし
歩路(かちぢ)を行っては女(おなご)の足 何と
追手に追い付かれふ しらすにも
しらされず みす/\夫を見
殺しに するはいか成る身の因果

アヽ翅がほしい 羽がほしい 飛んで
行きたい しらせたい あひたい
見たいとつま乞いの 千々に
乱るゝ憂き思ひ千年百年(ちとせももとせ)
泣き明かし 涙に命絶ゆれば迚夫(つま)

29
の為にはよもなるまじ 此の上
頼むは神仏(かみほとけ)と 床(とこ)にまつりし
法性の 兜の前に手をつかへ
此御兜は諏訪明神より
武田家へ さづけ給はる御宝

なれば 取りも直さず諏訪の
御神 勝頼様の今の御難
儀 助け給へすくひたまへと
兜を取って押し戴き 押し戴きし
俤の もしやは人のとがめんと

30
窺ひおりる飛び石づたひ庭の
溜りの泉水(せんすい)に うつる月影
あやしきすがた はっと驚き
飛び退きしが 今のは慥(たしか)に狐の
姿 此の泉水にうつりしは ハテ

めんよふなとどきつく胸 撫で
おろし/\ こは/\゛ながらそろ
/\と さし覗く池水に 写るは
己が影斗り たった今此水に
うつった影は狐の姿 今又

31
見れば我がおもかげ 幻といふ
物か 但し迷ひの空目とやらか
ハテあやしやととつ置いつ 兜を
そっと手に捧げ 覗けば又も
白狐の形 水にあり/\有り

明月 ふしぎに胸もにごり江の 
池の汀(みぎわ)にすっくりと眺め入って
立ったりしが 誠や当国諏訪
明神は 狐を以てつかはしめ
と聞きつるが 明神の神体に

32
等しき兜なれば 八百八狐
付き添いて 守護する奇瑞(きずい)に
疑ひなし ヲヽそれよ思ひ出したり
湖に氷張り詰めれば渡り初めする
神の狐 其足取りをしるべにて

心安ふ行きこふ人馬 狐渡らぬ
其先に 渡れば水に溺るとは
人も知ったる諏訪の湖 譬へ狐は
渡らず共 夫を思ふ念力に
神の力の加はる兜 勝頼様に

 

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33
返せと有る 諏訪明神の御教へ
ハアヽ 忝や有難やと 兜を取って
頭(かうべ)にかづけば 忽ち姿狐火の
爰にもへ立ちかしこにも 乱るヽ
姿は法性の 兜を守護する

ふしぎの有り様 こなたの間には
手弱女御前 始終の様子
窺ふ共 いざ自ら菊の花の妻
小屋にとっくと関兵衛が
付け廻しても神通力 花は夫に

 

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34
/\見へつ隠れつ神たる狐
なむ三宝とせき立つ関兵衛
ねらひの的は手弱女御前
どっさり響く鉄砲の音を
相図に遠近(おちこち)より 俄かにひゞく

鐘たいこ 乱調に打ち立てれば
騒がぬ関兵へ広庭に二王立ち
程なく馳せ来る雑兵原 我
討ちとらんとひしめいたり ヤアし
ほらしき有財(うざい)かき 此の世の

 

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35
暇取らさんと だんぴらずるりと
抜き放し あたる任せになぎ立て
/\御殿をさして通て行く