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染模様妹背門松 質店の段 蔵前の段

染模様妹背門松 床本

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856512

参考にした本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856474

 

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染模様妹背門松  (質店の段


此間大坂町々で御評判の  
高い色事 此邊りで大きな声
では申されぬ事 一人娘と子飼
の丁稚 しめて寝油しんとろ

 

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3
とろり ふしは則祭文口説き 上下に
致しとぢ本が六文 大きな声では
云れぬ事じゃと いふも高聲町々
の 物騒がしき大三十日(おおみそか) 質店の張
箱を盧生が枕肝胆を砕く

久松思ひ寝の夢驚かす初夜
の鐘ふっと目覚まし ハア嬉しや夢で
有ったか したがあの売り声は生玉
で見た歌ざいもん 取りも直さずこりゃ
正夢 あれもやっぱり善六めが拵へて

 

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4
売らすのか 引っとらへてと立ち上がりしが イヤ/\/\
留めだてしたら身に覚えが有る故にと
人の口 エヽ憎っくいやつといふもこっちの得手
勝手 所詮死にとの今の夢 人をも世
をも恨むまいと 又今更に身の覚悟

ナフコレ久松/\と 思はず店へかけ出る
お染顔見合せヤア久松そなた
の身には別条ないか お前もおけがは
そんならそなたもお前も夢を ハア
はっと斗りにめい/\が さいごの夢の

 

5
夢合せ 幾瀬の思ひぞしんきなる
くゞり戸ぐはらり久松殿札は昼
おこしておいた 布子下され ソレ元利
と 銭投げ出して受け出す布子 ヤレ/\
嬉しや既の事のいってうらを 遠い

所へうあらふとした ア命有らば正月に
逢ふてめでたい忝い とかく命が物
種じゃ 嬉しやめでたや 春の初め
にゆるっと逢ひませふと いそ/\
帰る辻占(つじうら)を お染はいさみ アレ

 

6
聞きやったか久松 せんとも死なふ
と仕やったを 無理に留めてけふが
日迄 ながらへ居るもどうぞして
一日なりと夫婦じゃと いはれて
死にたいわしが心 ハテ一寸延びれば尋(ひろ)

とやら 気をうき/\と持ちやいの
と 力付けても心根は供に しほ
るゝ目に涙 なみだながらに稚な
子を 裸にしたかぬくもりの さめ
ぬを待てど見は寒き解きわけ

 

7
がけの女房が コレ丁稚殿 こんな
小さい物は邪魔でも有るし又値打
も有るまいけれど こな様ののみ
込みで どふぞ四百借してくださんせ
しらんす通りこちのわろの長煩ひ

親子三人がほんの居喰い 正月が
来た迚楽しみもない娑婆世界
アヽいやヽの/\ いっそ死んで仕舞たら
此苦はとんと助からふ アヽ因果とぎち
かは死にかねますと 涙にましる(交る)水

 

8
洟を すヽり上げればこなたにも 身
につまされて落ちかゝる四筋の涙
の目もわかず 致せば戴きしほ/\
と 帰る姿を見るに付け どふでしね
との辻占かと 又涙にぞくれけるが

申しお染様 先度(せんど)もいふてくどけれど
二人一所に死なば心中 恩と情の
御主人や清兵衛様へ義理立たす
わたしは何ぞ詰らぬ事を偽りながら
書置きして 死んで仕舞が申し訳 お前は

 

9
ながらへ山家屋へ嫁入りをなさるれば
親御殿へは御孝行清兵衛様のお顔
も立ち 世間にばっと立つ浮名も 人の
噂も七十五日 其中には沙汰も止み
お前のお身も御両家も納まるは

つゐ今の事 おなじみがいには折ふしに
只一遍の御回向も 外の千声万部
より 嬉しう成仏致しますと 後は詞
も泣き入れば お染は顔をふり上げて ソリャ
曲がない胴欲な 高いも低いも

 

10
姫ごぜの 肌ふれるのは只一人 親
兄弟もふり捨て 殿御につくが世
の教へ それにまだ/\悲しきは 夕べの
風呂の揚り場で 此腹帯をかヽ様が
見付けさんして コリャお染 此腹帯は

何事ぞ とうから様子しった故
度々のこは意見 爺様の耳へ入れ
まいと 辛抱したがもふかなはぬ
情けない事してくれたと 泣きしみ
づいてのお腹立ち そなたに案じ

 

11
さすまいと今迄 こふと岩田帯
隠して居たがこんあ身で どふ嫁
入がなる物ぞ 一所に殺してたもい
のと膝に打ち伏し しやくり泣き 久松
ほっと吐息つき 懐妊に成ってござる

とは 露程もしらなんだ そふした
お身にしたからは千万いふても
もふ叶はぬ 成程死ふとおっしゃる
も 無理とはさら/\思はんえど親御様
のお嘆きを思ひやって暫しの内

 

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12
いづくに成る共身を隠し身二つ
に成り腹な子を 成心させて下
さるが 一所に死んで下さるより百
千倍の真実とあどない気にも
血を分けし 子と聞くよりも不憫さの

涙に涙添えにけり 臺所よりお染
/\と母の声 それ/\呼んでじゃ
マア奥へ あいと返事はしながらも
心は爰におきの船裾もほら/\
走り行く かくとは白髪しら梅の  (蔵前の段

 

 

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13
折しり顔に咲く花を 手折って
きなく鶯の 鳴く音(ね)は月日干し
蕪(かぶら) 念頭歳暮の礼をかね
一荷に荷(にな)ふ藁畚(ふご)は 久松が親
野崎の久作 コレ親父様 せつろしい

大晦日 殊に夜に入ておい出は何ぞ
急な様でも有ってか イヤ/\いつもは
年明けてから礼にはくれど 今年は
梅も早うに咲き歳暮の礼を兼ねる
に春くるはいか物と どちらもはづ

 

14
さぬ様に境目の大晦日 嘉例の
生け花旦那様へ上げましてたも 此干し
蕪も又嘉例 皺のよる迄お出
入りをする様に お家様への手みやげ
と 草鞋とく/\とお上に上がり コリャ久松

此お家こそ金持ちできはの
払ひはいつでも 一昨日ちゅあんと仕舞うて
モウ正月の様子なれどおいらが在所は
今頃が合戦最中 中々来られる
訳じゃなけれど 一時も早ふと気を

 

15
えいて来たはナ いつがいつ迄鋤
鍬取ってもよい果報も堀出さ
れず 幸い隣の与田郎が妹おくめ
を此中貰ふておいたもおぬしが
隙を旦那へ願ひ連れていんで身上

致し一枚敷を囲ふでなりとからは
隠居する心 旦那へ礼は付けたり
じゃと 落着き顔に云い出すを聞く
久松は死神の遂付きたる上に在所の
女房 持ってはあれ程思ふて下さる

 

16
娘御へ義理立たずと 思ふ色目を
押隠し 親父様何云はしゃる わしが
年は まだ七年是から先が御奉
公留主(るす)預かったり此様に店の用
にも立つ最中 そんな事云はしゃっ

たら旦那様のお腹立ちもふ逢は
ずといんで下され親父は礼に
わせましたと よい様にいふておこ
サア/\早ふとせり立てる ハヽヽヽ 賢い様
でもまだ子供じゃ 縁付きの

 

17
事や親の後立つる事はナ どこの
山椒太夫でも 悦んで隙くれるハ
世間に何ぼも有る事 旦那へいふ
たら早速に 隙は扨置き 召しおろし
の上下を貰ふて見しよと立つを

引留め アヽコレいかにこなたか文盲な
土百姓ても相当な義理と法
とは捨てられまい 八つの年から爰へ
来て 西も東も知らぬ者を 御夫婦
のお世話に成り 手ならひ算盤

 

18
夜々は四書の素読みも習はして
親より深い御恩を捨て礼奉公も
する筈を 年季の内にどふ出ら
れふ イヤモ無法な人じゃとやり込め
れば 久作額に青筋立て ホウ親

方のおかげで物読みしたしるしか
さっぱりとした詰め開き 道筋が立っ
て面白い おりゃしる通り明盲
いろはのいの字は 右からうあるか 左
からこしらへるか 其訳はしらね共

 

19
大恩受けた親方の娘御とそヽ
なかし 徒(いたづら)かはく学文は よも有る
まいと思ふて居るはい コレ/\そりゃ
マア何を聞きはつって 埒もない
事云はしやんな ヤイ/\/\/\ぬかすな/\

あらがふな そふ/\噂聞いた上
たった今長掘の姨(おば)が所へ寄っ
たれば お家様から此状久松に
意見してくれと コリャヤイ 大盗人の
おのれにな まだお慈悲な内証で

 

20
頼んでおこさしゃる心の内有り
がたいやらおいとしいやら おのれをあら
立てたら 片相手が死ぬるの生きるの
それ悲しさの状使い 殊にれっき
とした聟殿の極まって有るお娘

御 それを取り込み嫁入りをちや/\入れて
変改させ此後式をしてやらふ
といふおのれこりゃ悪工みじゃな もし
子に迷ふて 義理有り聟殿の
縁を切り、おのれを娶らせ 花香もない

 

21
ない お気にも染まぬ祝言させ 隣り
辺りへ歴々の 聟や舅の行く通ひ
見る度々に エヽむやくしい娘一人を
棒にふったも久松の犬めゆへと
一生睨み付けられて 何の手からに

成る事じゃいそい ヤイ六十に余る此
親はな 麦飯に五斗(と)みそ汁栄
耀喰ふはよふせねど 在所住居の
気さんじは 腰屈める相手もなく
悪を勧むる友もなければ 今日を

 

22
真っ直ぐに暮らすこそ人間なれ 非
道な事して栄耀がしたきあ アヽ
其様な根性とはしらず コレ此足の
あか切れを見をれ 二三月の頃の餅
の様に ほっか/\割れて有れど此つめ

たいにまだ足袋もはかぬぞよ
けれ共おのれは小さいから 結構な内に
奉公して 楽に育ったやつじゃ物
お仕着せの木綿足袋では もし
冷えでも受けおろかと 唐物町三界へ

 

23
廻って 大まいの銭六百出して
見た事もない事もない此革
足袋 畜生の様なおのれに はか
そふてヽ買ふてはこぬ親の意見
の杖も穢れ 畜生の革で拵へた

此足袋が分相応戴きおれと
ばた/\/\ たヽく真身のこは意見
悪口(あっこう)ぬかした此頤(おとがい) ゆがまぬがまだ
ふしぎと又ふり上げててう/\/\ 身の
誤りと親の慈悲 骨身にこたへ

 

24
侘び涙 お染はかけ出でコレ/\/\久松殿
久松の業じゃない 皆わしから起こっ
た事堪忍してやっていのと 押し隔つれば
恨めしげに ヲヽ娘御様よふ可愛がって
かばふて下さります忝いと云ひ

たいが エヽ聞へませぬ 天にも地に
もかけがへのない此伜め 立つ身が
させたさに 八つの年から御奉公
其大事の一人子を 本の空へ上げる
色事 よふ教へて下さりましたのふ

 

25
ひょっとでんどの沙汰に成る 主の
娘を密夫(まをとこ)と 青細引でもかゝっ
たら 何と身も世もあられませふ
ぞいの それが不憫さ気づかひさ
一年に一度の元日も打ち捨て お隙

の願ひは 皆あいつが可愛いさから
其親の心もしらず 在所へいな
ぬと意路ばるも 大方こな様の
腰押しじゃなと 慮外を申します
も 詰まる所はあいつが為 コレよいお子

 

26
じゃ ふっつりと思ひ切って おれは
嫁入する程に 在所へいねとたった
一口 おっしゃって下さりませ お慈
悲じゃ申しと手をあはし こぼす涙
に洗濯の布子の 糊も落ちぬらん

アヽコレ/\ 旦那殿の居間が近い まそっと
静かに/\と 暖簾を上げてお染が母
はっと驚く久松親子 何にも驚く
事はない 様子は皆立ち聞いた 子を
持つ親の心は一つ 娘に恨み 我が子に

 

27
意見も 皆子に迷ふ親の因果
わしとても其通り恨みつらみの久松め
憎い仕方も腹立ちももふかふ成っては
叱る段は退けて置き 主が家来に
手をさげて 頼まにゃならぬ娘が

事 云号(いいなづけ)の清兵衛殿 元はお主の
若旦那 小さい時親御に離れ後見(うしろみ)
の太郎兵衛殿 御一家衆やお町中
が 伯父分になされたも 本家を
疎略にさせまい為 二人有る子供の

 

28
内 妹のお染を本家の嫁にと
仲人はお宿老様 其上聟の清兵衛
殿 男気な生れ付き 旦那殿やわし
ら迄常々から大切に 伯父と敬ひ
気を付けて 朝夕の問い音伝(おとづれ) 分けて

先度(せんど)の大もめも 身に引っかけて
世話の上勘当する多三郎 女房
諸共預かって 何もかも一人の呑み込み
お染が不義も知らぬ顔で 変改も
さっしゃれぬは こちとが心を休める

 

29
為と 娘に疵を付けぬ了見 其志
を無碍にして 嫁入りの変改は なら
ぬが浮世の義理順義 爰の所を
よふ聞き分け 是迄の縁と思ひ切り
どふぞ在所へいんでたも 久松頼む

わしが気を推量してたも 此間
も夜更けてお染が寝間へ行く
わつつくどいつ意見すりゃ泣い
て斗り居る故に もし煩ひでも出よふ
かと 云ひ止みながらも得寝ぬは つき

 

30
詰めた気でひょっと又刃物ざん
まい仕出そふかと 夜着にまかれ
て夜明け迄 寒さこらへて寝ず
の番 意見するのも声びくに
気の短い爺(てヽ)ごぜや内外の者

にも知らすまいと 火鉢さへ取り寄せず
震ひ上るも娘故 ちっとは聞き分け
ない事かと 身を投げふして泣き叫べば
二人は不孝と悪縁を くやみに
おもき身の罪科 此儘爰で

 

31
死にたいと声をも 上げず泣き居たる
久作涙すゝり上げ アヽ子がなふて
泣く者はないと 譬へに云ふも皆此
事御慈悲深いお家様のお詞
よもやいやとは云われまいふっつりと

思ひ切り アイ 在所へいんで女房持つか
アイ お主と親のお慈悲の意見
何の否と申しましょかお染様の
事はふっつりと思ひ切りすぐに
在所へ帰りましよ ヲヽ出かした/\

 

32
よふいふたナ そふするがお主大事
親孝行 久松過分な嬉しい
サア/\もふゑい/\泣き止め/\ ドレじヽかんで
やろ サアつんとせい/\ サアお家様私が
方は片付きました娘御にも大誠(だいじやう)

乞いはしやる迄もない 久松が
思ひ切るからは 娘もいやとはいやる
まい 向後(けうこう)心入れかへて 山家屋へ
いきや ヤ アイ アイ ついあいとばかりでは
済まぬ しっかりと返事しや 義理と

 

33
しった久作殿の詞をむそくに
しやると わしゃもふ生きては得居
ぬと 覚悟の剃刀出せば アヽコレ
かゝ様勿体ない 久松の事はとんと
是切り 山家屋へ参ります こらへて

下され誤ったと すがり嘆けば ヲヽ
よふ得心してたもったのふ恋に
上下の隔てもなく 二人と枕はかは
さぬと 女の道を立て通す娘を
叱って二人の夫 持たすも世界の

 

34
表向き 無理な親じゃとかんならず
恨んでたもんな諦めてと 膝に抱き上げ
抱きしめて 声を忍びの泣じゃ
くり ヲヽお道理でござります 去り
ながら かふして居ては両方に念

が残る 久松めは今直ぐに在所へ
連れて帰りましょ ヲヽソリャよい思案
じゃが待って下され 常と違ふて
大三十日(みそか) とかにいふ内モウ元日今
逝なすもどふやら気がヽりもふ

 

35
一日二日にめ(ぬ)かりもあるまい 春
早々迎ひにござれ 旦那殿へも
訳いふて 隙もわしが貰ふておこ
いか様なァ 旦那様の耳へも入れず 連れ
ていぬるもマア不躾 そんならきつう

更けぬ内 ハイお暇申しましょと 立ち
上りしが イヤ申し圧状ずくめに成っ
て手を切った中 まだ生々しい ナ 此
二人 昼は格別夜通しの大晦日(つごもり)
御家内も草臥れて 一としきりは噛むと

 

36
なる 若し其間にナ 申し どふも此儘
では置かれませぬ 不遠慮なれと
蔵の鍵 お借しなされて下さりませ
夜の明ける迄蔵の内で久松は
番さします そふして置いて帰りま

せねば 此胸が/\ どふもたまりま
せぬ 成程そふじゃ遠慮はいら
ぬ ソレ蔵へ連れていかっしゃれ ハイ
左様なら直ぐにお暇 年明けたらば
早々に お家様何にも口へは出ま

 

37
せぬ お礼はかうと 伏し拝み/\久松
連れて中庭から 蔵へ急ぐは仮の
牢 口には思ひ桐のとう背筋の
紋の見へる迄見送るお染が
手を引いて 居間へ這入れば 九つの鐘

かう/\と 響かす  胸も板縁そろ   (蔵前の段)
/\と 忍び出でたる娘気は恋路
の闇のくら紛れ 心は先へ飛び
石のつめたさこはさ 震はれて
膝も わな/\やう/\とさぐり寄り

 

38
たる 蔵の前 久松そこにか つめた
かろ 嘸寒かろといふ声も歯の
根も 合わぬ震ひ声 内にも夫
と恋しさの 顔差し出せど窓の
網 あやも涙の声ひそめ 逢いた

かったお染様 今生のあひ納め
今一度お顔が見たけれど心に
任せぬ今宵の闇是迄忍び
逢ふよきは月夜を恨み闇の夜を
指をかぞへて待った報ひ かはす詞が

 

39
暇乞 様子はお聞きなさるヽ通り
在所へいねば気に入らぬ女房持って
百姓業(わざ) それ迄もなく大恩の
お主の家に疵を付け世間一まい口
の端(は)に呼び諷はれてお情けの 清兵衛様

のお顔をよごし 迚も生きては世
の人に顔見合すも恥ずかしく死な
ねばならぬわたしが命 宵に見た
夢の内 自害して死んだのは もふ
魂は飛んで出た しらせでかな

 

40
ござりましょ 繰言ながらお前は
ながらへ後弔ふてといふ声も 咽
につまってむせ返る お染は窓に
延び上がり ヲヽ道理じゃ/\ 何の生きて
居られふぞ わしとても親々の

心に背く夫結び ふり捨てて山家
屋へ 譬へいた迚人の口 アヽコレ山家や
の嫁を見い 可愛そふに久松が
思ひ詰めて死んだのを見捨てて直ぐに
嫁入は 大身代の山家やで 栄耀が

 

41
したれじゃ皆欲じゃ 厚皮顔な
女じゃと 大坂中に指さゝれ 人に
憎まれ笑はれて 人交わりがなるかい
のふ 生き恥をさらそふより いとしい
そなたと一時に 死んで未来の契が

楽しみ 必ず叱ってたもんなと くどき嘆
くぞ道理なる アヽコレ声が高い 仏
前にも旦那の声 お勤めが始まった
アノお声が聞き納め 長々お世話に
成った上 恩を仇なる此しだら様赦

 

42
されて下さりませお染様 スリャどふ
いふても御一所にどふも生きては居
られぬはいの御尤もでござります 其
お腹では 成程生きては居られます
まい エヽ悲しい事云い出してたもる 五(いつ)

月こせば人の形 二人が中の本望
子 可愛いや 因果な腹に宿って
月日の光も見ず 闇から闇に迷ふ
と思や 身ふしが砕けていぢらしいわい
の/\ ヲヽそふでござります 其子

 

43
斗りかお前も そなたも 此世の名
残りは真の闇 所隔てて死ぬる共 未来は
必ず一つ蓮(はちす)連れ立って参りますと 内
と外とに園原や 有るとは見へて
声斗り今を限りの暇乞 仏前には

親太郎兵衛 看経(かんきん)の声殊勝なり
アレ/\久松夜は明くるも近いか元朝の
お勤め これからが白骨のお文様
そなたやわしや腹な子の 未来の
引導聴聞しや それ人間の

 

44
浮生(うしゃう)なる相を倩(つら/\)と観ずるに おほ
よそはかなきものは此世の始中
終幻の如くなる一後なり お染様
お聞きなされませ アノお文に違ひは
ない 思へば夢の一期でござりましたな

朝は紅顔有って夕べには白骨とな
れる身なり 既に無常の風来たり
ぬれば 即ち二つの眼忽ちに閉じ 一つの息
長く絶えぬれば 紅顔空しく変じて
桃李の粧ひを失ひぬる時は

 

45
六親眷属(ろくしんけんぞく)集って嘆き悲しめ
共 更に其甲斐有るべからずさてしも
有るべき事ならねば迚外に送り
て 夜半の煙となし果てぬれば只
白骨のみぞ残れり 嘸あの通り

に死んだ後では 爺様かゝ様の嘆き
悲しみ 今見る様でおいとしぼい不孝
を許して下さんせへ早々後生の
一大事を心にかけて 阿弥陀仏
深く拝み参らせて 念仏申すべき

 

46
者なり 穴賢/\ 云い合さねと二人
共 是が此の世のお別れと わっと
泣き出す其中にも 今死ぬる身の
偽りを 誠と思ひ親父様 寒かろ
けれど夜明迄此蔵に居てくれい

旦那に隠して夜明けには お家が出し
て下さる筈 二日の朝は迎ひにくる
と いそ/\としていなしゃったが 死精
を在所へつれていて 嘸や恨みの繰言
と 思へば悲しい/\と窓にくひ付き泣き

 

47
居たる 斯くとはしらず坪の内何やら
物音気づかひと 障子ぐはらり
と親太郎兵衛 そこに立って居るは
誰じゃ アイ わたくしでござります フウ
お染か此寒いに何して居る サ

是いな アノ ヲヽ夫々 余り炬燵の
火がきつうて 上気したさかいで
爰へ醒ましに フムウそれでそこに居る
か アイ そんならマアちゃっと爰へこい/\
しる通り先度のもや/\から 内外の

 

48
者や嬶が手前 子に甘いと云は
れふかと思ひ 常住こわい顔して
居れど 心の内ではおりゃ何にも
叱って居やせぬぞよマア案じな
兄ののらめも清兵衛殿の世話で

とんと心入れかへ 商売に精出そ
といふ詫び言で 年明けたら早々
戻る いとこやら云う女郎は清兵衛
殿の妹にして われが嫁入りと後
先に こっちへ嫁に取る筈に極った

 

49
又我もむちゃくちゃと山家屋へ
いくはいやじゃそふなけれど コリャ義
理の有る嫁入り 云はいでも 合点で
あろ 何かは置いて仲人が両方の町
のお年寄り 今更変改しては此

お衆の顔も立たず 本家を粗
末にすると云れては太郎兵衛
人中へ顔出しがならぬ われも
時分の娘じゃ物 惚れた者もあろ 
こそ/\とやった事も有ろ

 

50
それじゃてヽ叱りやせぬ けれ共
こふした訳じゃ程に 何もかも
東掘へ流して さっぱりと嫁入り
してくれ 同じ男を持たすなら
好いた者に添はしはせいでむごい親

じゃと恨んでくれなよ イヤモ恨むる分は
何ぼ恨んでも憎んでも構や
せぬが 一筋な子供心で 埒も
ない事やどして 園八ぶしと
やらの道行に 語られる様に

 

51
成ったらば おりゃモウ泣死ぬにかな
するで有ろ ナ 呑み込んだか 得心したか
今御前で戴いた白骨のお文は
元朝と灰寄とに戴く檀 あの
通りじゃ程に 生きて居る間が花

死んで仕舞えば美しい其顔も はてな
形(なり)も只白骨のみぞ残れり 必ず/\
アノお文様を 灰寄せに積まさぬ様にして
くれよと こぼす涙は身に熱湯 只
アイ アイ/\と斗りにて述べ祇のかず/\泣き

 

52
つくす サア/\七つでも有ろふ おれはそろ/\
礼拵へ 稲でもつめと手をひかれ
鴛鴦(おし)のかたはの別れ路や 泣く
音立てねどふり袖に 包む涙に脇
寒く 胸は冷やせど是非もなく伴ひ

内へ入りにけり いつの間にかは忍び入り
ならず者の弥右衛門 善六も頬かぶり
囁き頷き花の引戸 やっき/\とこぢ
放す 内には久松すかし見て 死ぬるを
高と身をかため 質の脇差抜き

 

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53
放し 待つ共しらずしてやったと 飛び込む
善六待ちかけて日頃の意趣と切り付ける
あっとのめれば源右衛門 びっくりうろたへ
逃げ出だす 首筋つかんで聟清兵衛
引かづいてどうと投げ 盗人捕へた提

燈と 呼ばはる声に家内の上下弓
張り手燭どっさくさ 悲しやお染か
自害したと 死骸を抱き二親は涙
ながらにかけ出れば 清兵衛はじだんだ
踏み エヽ手延びにしたが残念/\ 嫁入りて

 

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54
来次第其形て直ぐに野崎へ久松
と夫婦にせふと思ふたも後手に
なったか口惜しやと 身をもむ所へ
太三郎夫婦 久作はまやしの源太
引くヽってつれ来たりお染久松

心中と読みうりは此まやしめ
善六に頼まれたと一部始終
を皆白状 重々憎い此三人
代官所へ引立てましょ マア気
がヽりは蔵の内 ヤア久松も

 

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55
首くヽった アヽ可愛いやと腰も
ぬけ 泣くは難波の河千鳥
浮名をながす追善と
あわれを残す角やしき
尽きせぬ筆に伝へける