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平家女護島 舟路の道行より敷名の浦の段

 

読んだ本 http://www.enpaku.waseda.ac.jp/db/index.html(イ14-00002-724)

参照した本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/970018/239?viewMode=

 

 

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第四 舟路の道行

頃は文月 半の空 都方にはなきたまを むかへて帰るまきの
露 是も都へ帰り行 ふねにぞのりもちかひにて 鬼すむ嶋
をのがれ出 少将なりつねやすよりは きらくの舟の たび衣今
きて 見るこそゆかしけれ ちどり ひとりは泣こがれ かりそめに親と
たのみししゆんくはんを 跡に残しておきの嶋 まだあふ嶋をこぎ
はなれ よそに見すてヽゆきの嶋 いわうが嶋より地の嶋まで


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海上七ヽ四十九里舩つなぐべき磯もなく さうかい天につらなつて
雲にこぎ入おきつ舟ながめも 遠くまん/\と 北は三かん いきつしま
南はかしい宇佐八まん そも/\此御神は すべらぎの御代はぢまりて十
六代の尊主 おう神天王 みもすそかはのそこ清く神徳あまねきむさうの
つげ はとのみねにちんざ有 他の人よりも我人と ちかひもかたきいわ
しみづ 今すみのぼる我々が 二たびていとの雲をふみ 九重の月を
ながむること皆神明のおうごぞと をの/\ほつせを奉り 波のしらゆふ

あをにぎて かヽるおんごく はとうにも 名所は音ににひゞきのなだかね
がみさきに明渡る はこざきの松さいふの梅末はあ屋の 浦づたひ
あまの いさり火影もなく松吹風の声斗 今行ふねに通ひくる
とまよりくゞるしたヽりは 小くらの雨の糸に似て 波もちヽみやおる
らんと心をむすぶ 中空に はつかりかねの雲間よりちら/\/\ちらし
かき たが玉づさのもしがせき めかりの明神ふしおがみ しほのみちひの
玉嶋に つゞく光やあかねさすすわうなだとは是かとよぬれた


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すがたのあのひめ嶋はたが思 はくのゆかりそとおきのかふろに
ことっとへは なだのおなみが打よせていつもそひねの床の嶋
京をとまりてはかみのせき あすはみやこも 程ちかくあぶと見
たらいくろくしまめては 四こくのうみづらを はしるうさぎ
の月をこへ くれてはあくる日のからすかう/\/\たるわだのはら
しま/\ うら/\いくみなと風にまかせろにまかせ 舟は
びんごのしきなのうら しほまちしてこそいたりける

俊寛僧都の郎等有王丸 主人の遠流しやめん有と聞しより 夜
を日についで備後の国しきなの浦に着けるが 磯によせたる登り舩
すはや是かと渚におり立 是/\御船へ物問はふ 鬼界ヶ島の流人帰
洛の船は何国(いづく)迄まいりしぞ 類船などはなされずか 俊寛が郎有王
丸と申者 御存ならば教てたべ なふ是こそ尋る流人舩 丹波少将成
経平判官康頼と 舳板に踊出給へは 御堅固の帰洛重畳千万 法
国の院宣小松殿の情によつて 主人も赦免と承る有王丸御迎ひに


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参りしと 憚りながら御伝へと聞より二人は打しほれ 千鳥を呼出引合
是こそ俊寛の養ひ娘 僧都と思ひみやづかへせられよと 有つる嶋
の物かたり 有王はつととはうにくれ エヽしなしたり口惜や あづまやごぜんの
さいごにも 一足ちがふて御命助得ず 腹切て申わけと思ひしかど 嶋に僧
都のましませば無念の命ながらへ 待あふせたる甲斐もなく よつく仏
神にも捨られしか しやばの奉公是迄 腹かき切て冥途の忠義いそ
がんと 既にかうよと見へけれは千鳥陸(くが)にかけあがり なふはやまるまい 此度

帰洛なり迚も 死失せ給ふお身でもなし 御せんど見届ふと思ふ気は
ないかとしがり付てとゞむる所へ 浦守の下人かけ来り コリャ/\其舩漕で
ゆけ 清盛様鳥羽の法皇をつれまして厳島御さんけい 此浦に御
舩がかヽる筈 やれ其小船漕のけよ いそげ/\といひ捨て次の里へと
走行 丹左衛門尉基康 有王丸を船近く招きよせ 成経康頼帰洛
の趣き清盛公へうつたへん 此女性を同船の事とがめられてはことむつかし 俊
寛が養子娘なれは必ず主人屹度預る これより陸地(くがち)を同道して


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都へのぼれ アレ舟哥の聞ゆるは はや御船も程ちかしと舩をかたへに
漕のくれば 有王千鳥を介抱し 一村繁るあしかげにかくるヽ程も
波の上 はや御座船のさほの哥 やんれ龍頭鷁首の金の 楫やア玉の
棹綾や 錦を帆に上てやらんやら おめでたい釣鱸釣磯辺にいかりをお
ろしける 流人舩こぎよせ 丹波の少将成経平判官康頼を召ぐし 丹
左衛門の尉基康只今帰洛仕る 御披露とうつたふれば 御廉あげ
させ船やかたに法皇安産ましませば 席をならべ清盛入道 我下知をそ

むいて俊寛も帰洛せよと 病ほうけたる重盛をたらし 赦し文くだ
させたる者有と聞 俊寛もつれ帰つたるか 御諚のことく一所に帰洛す
べき所 瀬尾の太郎と不慮の口論によつて 瀬尾を討たる咎に任せしゆん
くはんはすぐに彼嶋に残し置候と申上る 法皇はつと御驚き 入道くはつと
色を損じ しやつにつくい俊寛め 首取てはなど帰らざるぞ手ぬるし/\
成経康頼も心ゆかされず 汝に預るつれ帰り 屹度まもれいそけ
やつと怒の顔色 畏て舩切基康 都へ帰りける 清盛法皇をはつたと


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にらみ 潮も逆巻大声上 ヤア位ぬけ殿法皇殿 保元平治より此迄
朝敵になやまされ 天下くらやみと成たるを悉切沈め 法皇といはせた入道が
恩を忘れしな やヽもすれば平家を亡せ入道を殺せなんど 俊寛を始
人をかたらひぬつくりとしたことたくまれし 今迄はときはといふ女人質に取
置たれ共 牛若かんじやめがうばひとり東国へ逃たれば 一寸も油断ならず
此後平家追討の院宣など 頼朝牛若にやられて飼犬に手をくはるヽ
道理 海へ投込み人しれず殺さんため 厳島参詣と偽り是迄つれき

たれ共根性くさつても主は主 手にかくるは天の恐れ みつから身を投給へば
清盛につみはなし サア身をなげ給へはやふ/\と極悪聞くにたへかねて 磯には
鵆有王丸出るも出られずきしのぞき 只はあ/\と身をひやす 法
皇御衣に御涙をかけながら 天照大神に見離され奉ると思へは 世にも人
にも恨なし 神武の正統八十代みづから身を投し例を聞ず 入道が心に任すべし
只末代まて心うけれと斗にて昔をしたひ行末を 忍びかねてはむせか
へり嘆 しつませ給ひける 入道が心に任せよと有からは 殺せとのことな ヲヽ院宣


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そむかじと 勿体なくも取て引よせ 両足かいてまつさまさま海へざつぶと投げ
込たり 塩に引れて玉体は 沖にさそはれ磯に打よせうきぬ しづみぬ
たゞよじぇは千鳥はつと走出続いて海に飛入しが 足立ねは立およぎお命
すくひ奉らん 必お身をもむまいと乗こおす汐にはぬき手を切 およぎのぼ
ればさら/\/\ さヽ波にけく押ながされ 見るめを力にたくりくる/\みなぎる
波を巴の字にひらき うずまく さかまく波枕 海になれたる海士の業
ずつと水練(すいり)にすがたも見えず 船には弓槍太刀長刀 やいばをならべ眼をく

ばりうかばきらんと待かくる 陸には有王身をもめ共烏が鵜のまね詮方
なく こぶしを握つてひかへたり きよもりいらつてヤアうつそりめら陸を見よ
俊寛が下人有王丸 先きやつから殺せ 畏て飛おり/\命しらず
の前髪首 さらへ落して根付にせんとにくていにのさばれは 有王くつ
/\と打笑ひ 口有まヽにほざいたり 物ほしい折からよい慰と おもても
ふかずわつて入磯打波のまくり切 木の葉をさそふ山おろしもみ立/\
きりちらす有王に切まくられむら/\ばつと逃ちつたり なんなく千鳥


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法皇をかたに引かけうかみ出れは有王丸 ハアお命アンドめでたしう
れしし こつちへ任せと波打ぎはに降立て せなかにうしほをきよめの垢
離 法皇をかたに負奉り 足に任せて落行ける 其隙に清盛長熊
手追取のべ 千鳥がかうべにさつくと打込ゑいや/\と引汐にさからふ千
鳥が浮くるしみ 舳先にどうど引上せぼねをふまへ 誰に頼まれたにつ
くい海士め 引さいてくれふか エヽ腹立やと胴ほねをしつかとふまへてねめ
付れば ヲヽふみ殺せくひ殺せ 俊寛が養子千鳥といふさつまの海士

あづまや様は母様同然 母の敵父の敵の入道 法皇様は一天の君 お命
にかはると思へは数ならぬ 海士の此世の本望 殺されても魂はしなぬ
一念のほむらと成て ひにくにわけ入殺さいでおかふか エヽ無念やと怒
の歯ぎしみ恨の涙 磯打波に村雨の篠をみだすかことくなり 肝のふ
とい入道に取つかんと 蟷螂が斧まさかりより是見よと さそくにか
けてゑい/\/\ くべみぢんに踏くだき かはとふみ込波さかまき 潮の
ひゞき震動し 死たる千鳥がむくろより顕れ出るしんゐの業火 清


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盛のかうべのうへ車輪のことく舞くるめく ぞつと身ふるひ色かはり うん
と一声てんどうしめくちをはつてわなヽきける 随身雑式是はとお
とろきだき起し くすりよ水よと呼いくれば すつくと立てあたりを
ながめ 汝らは何も見ぬか ヲヽ気味わるし/\ 法皇も逃ばにがせ 命が物種
都へ帰らん船いそげと 水主かん取玉のあせ 海は水玉火の魂は はなれず
さらず都の空したひ 行こそおそろしき