仮想空間

趣味の変体仮名

曽根崎心中 天神森の段

 

読んだ本 http://www.enpaku.waseda.ac.jp/db/index.html(イ14-00002-481)

 

 

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此よのな
ごり 夜もなごり しにゆく身をたとふればあだしが
はらの道のしも 一あしづヽにきえてゆく ゆめのゆ
めこそあはれなれ あれかぞふればあかつきの 七つ
の時が六つなりてのこる一つがこんじやうの かねの
ひゞきのきヽおさめ しやくめつゐらくとひゞくなり かね

斗かは草も木も そらもなごりと見あぐれば 上も
心なき水のをと ほくとはさえてかげうつるほしのいもせ
のあまのがは むめだのはしをかさヽきのはしとちぎりて
いつ迄も 我とそなたはめをとほし 必さうとすがり
より 二人がなかにふる涙かはのみかさもまさるべし むかふ
の二かいは なにや共 おぼつか情さいちうにて まだねぬ


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ひかげこゑたかく ことしの心中よめあしの ことのはぐさ
や しげつらん きくに心もくれはどりあやなやき
のふけふ迄も よそにいひしが明日よりは我もう
はさのかずに入 世にうたはれんうたはゞうたへうたふを
きけば どうで女はう(女房)にやもちやさんすまい いらぬも
のじやと思へ共 げに思へ共なげけ共身も世もお

もふまヽならず いつをけふとてけふが日まで 心の
のびしよは(夜半)もなく 思はぬいろにくるしみに どうし
たことのえんじややら わするヽひまはないはいな そ
れにふりすてゆかふとは やりやしませぬぞ手に
かけて ころしてをいてゆかんせな はなちはやらじとなき
ければ うたも多きにあのうたを 時こそあれこよひ


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しも うたふはたそやきくは我 すぎにし人も我々
も 一つ思ひとすがりつきこゑもおしまずなき
ゐたり いつはさもあれ此にはヽ せめてしばしは
ながヽらく心もなつのよのならひ いのちをおは
ゆるとりのこゑあけなばうしやてんじんの もり
でしなんと手をひきてむめだつヽみのさよがらす

あすはわか身を ゑじきそや まことにことしはこな
様も廿五さいのやくのとし わしも十九のやく
どしとて 思ひあるたるやくだヽり えんのふかさのし
るしかや かみやほとけにかけをきしげんぜのぐはん
を今こヽで みらいへゑかうしのちのよもなをしも
一つはちすぞやと つまぐるじゆずの百八に涙の


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玉の かずそひてつきせぬ あはれつきる道 心も
そらも かげくらく風しん/\たるそねさきのもり
にぞ たどりつきにける かしこにかこヽにかとは
らへばくさにちるつゆの 我よりさきにまづきえて
さだめなきよはいなづまかそれかあらぬかアこは
今のは何といふ物やらん ヲヽあれこそは人だまよ こよひ

しするは我のみとこそ思ひしに さきだつ人も
有しよな たれにもせよしでの山のともなひ
ぞや なむあみだ仏/\のこゑの中 あはれかなし
や又こそたまの世をさりしはなむあみだ仏と
いひければ 女はをろかになみだぐみ こよひは人の
しぬるよかやあさましさよと涙ぐむ 男涙を


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はら/\とながし 二つつれとぶ人だまをよそのうへ
と思ふかや まさしう御身と我たまよ なふなふ
二人のたましひとや はや我々はしヽたる身か ヲヽつ
ねならばむすびとめつなぎとめんとなげかまし
今はさいごをいそぐ身のたまのありかをひとつにす
まん道をまよふなたがふなといだきよせはだをよせ

かつはとふして なきゐたるふたりのこヽろぞふびん
なり 涙のいとのむすびまつしゆろの一木のあひ
おひを れんりのちぎりになぞらへつゆのうき身
のをき所 サアこヽにきはめんと うはぎのおびを徳
兵衛もはつも涙のそめ小袖 ぬいでかけたるしゆ
ろのはの其玉はヽき今ぞげにうきよのちりを


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はらふらん はつが袖よりかみそり出し もしも道に
ておつてのかヽる我々になるとても うきなはすて
じと心がけかみそりようい致せしが のぞみの
とほり一所でしぬるこのうれしさといひければ
ヲヽしんへう(神妙)たのもしし さほどにこヽろおちつくから
はさいごもあんずることはなし さりながら今は

のときのくげんにて しにすがた見ぐるしといは
れんもくちおしし 此ふたもとのれんりの木に
からだをきつとゆはひつけ いさきようしぬまい
か世にたぐひなきしにやうの てほんとならん
いかにもとあさましやあさぎぞめ かヽれとて
やはかヽへおび両はうへ引はりて かみそりとつて


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さく/\と おびはさけてもぬし様とわしが
あひだはよもさけじと どうどざをくみふた重
三重ゆるがぬやうにしつかりとしめ ようしまつたか
ヲヽしめましたと 女はをつとのすがたを見おとこ
は女のていを見て こはなさけなき身のはて
ぞやとわつとなきいる 斗なり アヽなげかじと徳兵衛

ほふりあげて手をあはせ 我ようせう(幼少)にてま
ことの父母にはなれ をぢといひおやかたの
くらうと成て人となり おんもをくらず此まヽに なきあ
とまでもとやかくと 御なんぎかけんもつたい
なや つみをゆるして下されかしめいどにまし
ます父母には おつつけ御めにかヽるべしむかへ給へと


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なきければ おはつもおなじく手をあはせ こな様は
うらやましやめいどのをやごにあはんと有我等が
とヽ様かヽ様はまめで此世の人なれば いつあふこと
の有べきぞたより此春聞たれ共 あふたは去年
の初秋のはつが心中取さたの あすは在所へ聞え
なばいか斗かはなげきをかけん おやたちへも兄

弟へも是から此世のいとまごひ せめて心がつうじ
なばゆめにも見えてくれよかし なつかしのはヽ
様やなごりおしのとヽ様やと しやくりあげ
/\こゑも おしまずなきければ をつともわつと
さけびいり りうていこがるヽ心いきことはり
せめてあはれなれ いつ迄いふてせんもなし はや


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/\ころして/\とさいごをいそげば心えたりと わき
ざしするりとぬきはなし サアたゞいまぞなむ
あみだ/\と いへ共さすが此とし月いとしかはいと
しめてねし はだにやいばがあてられふかと まな
こもくらみ手もふるひ よはる心を引なをし
とりなをしてもなをふるひつゝとはすれど

きつさきはあなたへはづれこなたへそれ 二三とひら
めくつるぎのは あつとばかりにのどぶえにぐつ
ととほるかなむあみだ/\なむあみだぶつと くり
とほしくりとほすうでさきも よはるを見れば
両手をのべ たんまつまの四く八く あはれといふも
あまり有 我とてもをくれふかいきは一どに


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引とらんと かみそり取てのどにつき立 つかも
おれよはもくだけとゑぐり くり/\めもくるめ
き くるしむ花もあかつきの ちしごにつれて
たえはてたり たがつくるとはそねざきのもりの
下風をとにきこえ とりつたえきせんくんじゆ
のゑかうのたね みらい成仏うたかひなき恋の 手本と成にけり

 

 おしまい

 

徳兵衛が向き合って目を閉じるお初をいざ刺そうかというところで幕になる文楽公演の詞章

「長き夢路を曽根崎の 森の雫と散りにけり」で終わるのもステキ。