仮想空間

趣味の変体仮名

冥途の飛脚 封印切の段

 

読んだ本 http://www.enpaku.waseda.ac.jp/db/ (イ14-00002-789 )

 

 

中の巻
ゑい/\からすがなからすがな うはきがらすが月夜もやみも首尾をもとめて
あはふ/\とさ あをあみ笠の もみぢして すみびほのめく夕べ迄思ひ/\の恋風や 恋と
あはれはたべひとつ 梅かんばしく松たかき くらゐはよしや引しめてあはれふかきはみせ女
郎 さらさかぶろがしるべして 橋がかけたやさどや町ゑちごは女あるじとて
たちよるよねもきがねせずそこゐ残さぬ 恋のふち 身のうきしほで梅川も
こヽを思ひのぢやうやどヽ よそのつとめもかきのもと 鳥屋をちよつと鳥がくれ 申きよ様
けふは鳥屋でかのゐなかのうてずに せびらかされてつぶりが痛い 忠様はまだ見へぬかゑせ
めてのゆかりにこなさんの かほが見たさにかしにきたと 入さのかどのしやうじどもあくる


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明日のかたみかや 扨もうよふござんしたあさ二かいにも女郎様達が 大ぜい遊びにござんし
てお客待まのさヽ事 けんをしてござんするこなさんもおきばらしに 一けんして酒一つ朋輩
様もござんすと あがつ二かいのすきまかぜおとこまぜずのひはち酒 けんの手しなの
手もたゆく ろまぜさい とうらい さんな おなじこととよとよ川に こゑのたかせがさす
かひなには はま さんきう ごうりう すむゐそれ/\なんと じたい一つはなるとせ様
やれ梅がは様のござんした なふよい所へきてくだんした こなさんけんの上手 よひから
ちよとせ様にしつけられてむねんな かたきとつてくだんせ てうしなをしやと
いひければ アヽうたての酒やけんをする気もあらばこそ 此梅川が今の身を
すこしはないてもらひたや ゐなかの客が身請のとけふもけふとて鳥屋にて

りくつをつめてねだきごとはらが立やらにくいやら とはいひながら是はせん 忠兵衛様は
ごてといひやどのせいりきひとつにて 手付もわたしやくそくの日切きれるもいひのばし
けふ迄はつながりしが忠様もせたいもち やう子の母御の手前といひやしきがたれき
/\の 町がたを引うけてあづまぢかけての大字のしやうばい いか成事が邪魔になりいなか
の客にうけられては 我身一つはしんでものけふ天神太夫の身でもなし さもしいかねに
気がふれたみせ女郎のあさましさと せけんのとなへほうばいのかもん殿をはじめとして
かうし女郎衆の手前も有 忠様とほんいをとげとやかふ人にうたはれし めんがぬぎたふご
ざんすとなきしみづ きてかたるにぞ一座の女郎身のうへに 思ひ合せてもつともとつれ
て涙を流せしが アヽいかふ気がめいるわつさりとじやうるりにせまいか かぶろ共ちよつと


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いて竹本たのも様かつてこい いやさきに鬢つけかふとて聞ましたが しばいからすぐにえち
ご町のあふぎやへいかんしたげな 私はたのも様の弟子なればよふにた所をきかんせサア三味
せんと夕ぎりのむかしを今に引かけて けいせいに誠なしと世の人の申せ共 それは皆ひが
ことわけしらずの詞ぞや 誠もうそももとひとつ たとへば命なげ打いかに?(誠)をつくし
ても おことのかたより便りなく遠さかる其時は心やたけに思ひても かふした身なればまヽ
ならず をのづから思はぬ花のねびきにあひ かけし誓ひも嘘と成 又始よりいつはりのつと
め斗にあふ人も やへず重ぬるいろごろもついのよるべと成時は始めの嘘も皆まこと とかく
たゞこひぢにはいつはりもなくまこともなし ゑんの有のがまことぞや あふことかなはぬ男
をば思ひ/\て思ひがつもり 思ひざめにもさむるものつらやしよざいとうらむらん

うらまばうらめいとしいといふ此やまひ つとめする身のぢびやうかと 恋にうき世を
なげくびの酒も しらけてさめにけり 中の橋の八右衛門九けんのかたよりじやうるり聞つけ
ヤア皆聞しつたよねのこえ/\゛花車内にかとつヽと入 えさしばうきさか手に取二かいの
下から板敷を ぐはた/\と突ならし 女郎衆あんまりじやこヽにも人が聞ている いか成男
でそれ程の恋しいぞ 男がなふてさびしくばお気にはいらずと 是にも一人かしてやろかと
わめきける 梅川はそれ共しらずテモあひたいがぢやうじやもの にくいならきてたヽかんせ
きよ様したなはたれさんじや イヤ大じござんせぬ中の島の八様と聞より梅川はつとして是々
あのさんにはあひともない皆様おりて下さんせ私が二階にいる事を 必々いふまいぞ そこら
は推しやと打うなづきみな/\ざしきに出ければ ヤアちよとせ様なりとせ様 れき/\の


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御さんくはい 梅川殿はよひのくち鳥屋をもらふていなれたげな 忠兵衛もまだ見へそも
ない くやしやこらへよらしつしやれ 女郎共もかぶろ共も忠兵衛がことにつき みヽうつて
をくことが有こヽへ/\とひそ/\すれば ハア何どやらきづかひなといへ共一かいの梅川に
わるいうはさもきかせんかとみな気をくばりおちふしに 忠兵衛は世をしのぶ心のこほり
三百両 身もふところもひゆる夜にえちご屋にはしりつき 内をのぞけば八右衛門
よこざをしめて我ひやうばんはつとおどろきたちぎヽす二かいには梅川が 心をすますかべに
みヽもるヽぞあだのはじめ成 かくとしらねば八右衛門 かふいへば忠兵衛をにくみそねむ様
なれど いずくみぞあのおとこが身のなりはてがかはいひ もつとも千両二千両 人のかね
をことづかり暫しのやどをかすけれ共 手がねとては家やしきかざいかけて十五くはんめ 廿

くはんめにたらぬしんだい やまとのおやがちやうじやでも かめやへ養子にこすからはたか
のしれた百姓 かふいふ此八右衛門もわかいものヽならひ 一手に五百目一くはんめあげ
屋のざしきもふまねばならぬ 身にもおうぜぬ忠兵衛が梅川にのぼりつめ 鳥屋
のきやくとはりあひ五月より此かた大かたはあげづめ 身うけも此ごろきはまり 百
十両のうち五十両手づけわたしたげな それゆへに方々のとゞけがねがふらちに
なり あたる所がうそ八百いこふこじりがつまつてきた 今でも梅川がサア出る
にきはまらば しやくせんも有ふしないても二百五十両 天からふろふか地からわこふ
か ぬすみせふより外ない かの手づけの五十両どこから出たとおぼしめす 身が方へ
くる江戸かはせちうで取てつかふたを それ共しらずこひに行やう子の母御がい


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としぼや のぼつたはしつてなりわたせ/\とせつかれて 忠兵衛がもどした小判
おめにかけふと 一つヽみ取出し コレかふ見た所は五十両さらばしやうたいあらはして
ごくもんのかね御らんあれと つヽみをきつてきりほどけばやきものヽびん水いれ
あるじも一座の女郎もはあヽとばかりにこはげだち 身をちゞむれば二かい
には かほをたヽみにすりつけて こえを かくしてなきいたり たんきはそんきの忠兵衛
けいせいくがいもの 五十両のめくさりがね取かへたせんしやう わかいものにはぢをかヽせ
川が聞たらしにたかろ ふところの三百両五十両引ぬいて つらへぶち付けぞん
べんいひ我身の一ぶん川がめんぼく すヽいでやらふ アヽされ共是はぶしのかね こと
にきうようこヽが大じのかんにんと 手をふところへいくたびかせんかくや

しやうげ鳥 いすかのはしのくひちがづ心をしらぬぞぜひもなき 八右衛門水いれとり上
是もかはゞ十八文 いかにさうばがやすいとて五十両を二分五りんがへ じんむ以来ないこと
ともだちさへ是なれば他人をかたるは御推量 此次はだん/\にきんちやくきりからやじり
きり はてはくび切いかにしてもせうぢな あのごとくにみだれては主おやの勘当も しやか
だるまのいけんでもしやうとく太子がじきにきやうげなされても いかな/\なをらぬ
くるわで此さたばつとして よせつけぬやうに頼みます 梅川殿へもふきこんで此方
からあいさつきり 鳥屋のきやくにさらりつとうけさせてしまひたい 皆あのりうが
心中か女郎のいしやうをぬすむか ろくなことはでかいさずかたにびんそりこぼされ
大もんぐちにさらされ友達の一ぶんすてさする 人でなしとはあれがこと かはゆくばよせ


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てくださるなとかたるをきけば梅川も かなしいといとしいと身のはかなさとかきまぜて
むねひきさけるしのびなき アヽはものがなはさみでも したをきつてもしにたい
ともだへふしたる苦しみを したにはをの/\すいりやうしてひよんな心にならんした かた
のわるい梅川様 いとしぼいは川様おひとりにとゞめたと 下女れうり人うらわかき
かぶろも袖をしぼりけり 忠兵衛元来わるいむしをさへかねてずんど出 八右衛門が
ひざにむんずとゐかり 是たんば屋の八右衛門殿 つね/\゛のくちほど有てヲヽおとこ
じや見ごとじや 三人よればくがい忠兵衛がしんだいのたなおろししてくれる忝い
コリヤ此水入もおとこどし 母の心をやすめるためうけ取てくれるかと なぞをかけて返し
たを此忠兵衛が五十両 そんかけふときづかひさにくるわ三がいひろうして おとこの

一ぶんすてさする たゞし又鳥屋の客にまいない取て 梅川にわらをあちらへやらふといふ
ことか をいてくれきづかひすな五十両や百両 ともだちにそんかける忠兵衛ではごあらぬ
アヽ 八右衛門様八右衛門め サアかねわたす手がたもどせと かね取出しつヽみをとかんと
する所を 八右衛門をさへてこりやまてやい忠兵衛 よつ程のたはけをつくせ 其こヽろを
しつたる故いけんをしても聞まじと くるわの衆を頼んでこちからよけてもらふたらば こん
じやうも取なをしにんげんにもならふかと おとこづくのねんごろだけ 五十両がおしかれば
はヽごの前でいふはいやい てんがうな手がたをかきむひつのはヽごをなだめしが これでも
八右衛門がとゞかぬか 其かねがさも二百両手がねの有ふやうもなし さだめてどこぞ
のしきりがね 其かねにきづをつけ 八右衛門をしたうやうにびん水入ではすむまいぞ たゞし


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かはりにくびやるかのぼりつめる其手間で とゞける所へとゞけてしまへエヽしやうねの
すはらぬきちがひ者と わつヽくだいつしかれ共いや/\じんぎだてをいてくれ 此かねをよ
そのとは此忠兵衛が三百両もつまいものか 女郎衆の前といひしんだいを見たてられ
なをかやさねば一ぶん立ぬと つヽみほどいて十廿三十 しゞうつまらぬ五十両ぐる/\と
ひつつヽみ 是かめ屋忠兵衛が人にそんをかけぬせうこ サアうけとれとなげつくる 男の
つらへなんとする 忝いと礼いふて返しなをせと投げ戻す をのれになんの礼いはふと また
なげつけつなげかへしうでまくりしてぎしみあふ 梅川なみだにくれながらはしごかけ
おり なふすつきりわしが聞ました 皆嶋八様がおだうりしや是手を合せる 梅
川にゆるしてくださんせとこえを ああげてなきけるが なさけなや忠兵衛様なぜ其

やうにのぼらんす そもやくるわへくる人のたとへもちまる長者でもかねにつまるはある
ならひ こヽのはぢは恥ならず何をあてに人のかね 封を切てまきちらし詮議にあふて牢櫃
の 縄にかヽるのといふ恥と此恥とかえらるか 恥かく斗か梅川は何となれといふ事ぞとつく
と心をおとしつけ八様にわびことし かねをつかねて其ぬしへはやふとゞけて下さんせ わし
を人手にやりともないそれは此身も同じこと 身ひとつすてるとおもふたら皆むね
にこめている ねんとてもまあ二年しもみやじまへも身をしきり 大坂のはまに
たつてもこな様ひとりはやしなふて おとこにうきめかけまいもの気をしづめて下さんせ
やきましいきにならんしたかふはたがしたわしがした 皆梅川かゆへなればかたじけないやら
いとしいやら こヽろをすいしてくださんせと くどきたて/\ 小ばんのうへにはら/\と 涙は いでの


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やまぶきにつゆをき そふがごとくなり 忠兵衛もうちやうてん ぜんごくらぬまにあひ
むしろしぎかねのこと思ひだし はてやかましい 此忠兵衛をそれほどたはけと思やるか 此
かねはきづかひない八右衛門もしつている やう子にくるときやまとから しき金にもつて
きてよそへあづけをいたかね 身うけのために取もどした花車こヽへとよびよせ さきへ手
づけに五十両 今百十両合て百六十両 これ川が身のしろ是又五十両 いつぞやしめた
帳面買い懸りの借銭 五両はやり手九月からのあげせん ばんじ十五両ほどヽおぼえたり 算
ようがやかましい二十両で恨けしや 此十両はこなたへ御りうぎやらほねおりぶん りんも
たまも五兵衛も一両つヽじやこい/\と 金銀ふらすかんたんの夢の間の栄耀なり サア今の
まにらちあけこよひのうちに出るやうに たのむ/\といひければあるし俄かにいさみをなし

ないほどはないもかね有だんには有ものかは 気をしなそふことでない川様うれしう思はん
しよ ヤ大じのかねをもつていく りんもたまも供しやと引つれはしり出けり 八右衛門は
すまぬかほ誠ヽはおもはね共 たゞさへもらふ此小ばん やす物をいはれぬじぎ 五十両
にうけとつた手がたかへすとなげ出し 梅川殿よい男もつてお仕合 よね様たち是にとかね
くはい中し出ければ わしらもいざ帰りましよ 川様めでたふござんすと皆やど/\へぞ帰り
ける 忠兵衛気をせいて花車はなぜ遅いぞ 五兵衛行てせつてくれと立に立てせきけれ共イヤ
身うけの衆は親方がすんでから しゆくらう殿ではんをけし 月行事から札とらねば大
門が出られませぬ まちつと隙が入ませふ エヽそこらを早ふこりや頼むと又一両なげいだす
おつとまかせとあしかろく はしるさんりのきうよりも小ばんのきヽぞこたへける サア/\此間に身ごしらへ


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べた/\した取なり 帯もきりヽとしなをしやとめつたにせけば なんぞいの 一だいの外聞
朋輩衆へも盃ごと いとまごひもわけよふしてゆるりと出してくださんせと なにごヽろない
いさむかほ男はわつとなき出し いとしやなにもしらずか今の小ばんは堂島のおやしきの急
用金 此金を散しては身の大じはしれたこと ずいぶん堪えて見つれ共 とも女郎の真ん中で
かはいひ男が恥辱をとり そなたのこヽろの無念さをはらしたいと思ふより ふつとかねに
手をかけてもふ引れぬは男の役 かふなる因果と思ふてたも 八右衛門が面つきすぐに母にぬ
かす顔 十八軒の仲間から詮議にくるは今の事 地獄の上の一足とび とんでたもやとばかり
にて縋り ついてなきければ 梅川はあとふるひ出し声も涙の声もわな/\と それ見さんせ
つね/\゛いひしはこヽの事 なぜに命ぞおしいぞ二人しぬれば本望 今とても易いことふん

別すへて下さんせなふヤレ命生きやふと思ふて此大じがなるものか いきらるヽたけ添わるヽ
たけ高はしぬると覚悟しや アヽそふじやいきらるヽたけこの世でそはふ 今にも人がくるた
めこヽへ隠れてござんせと びやうぶのかげにをしいれアヽわしが大じの守りを うちのたん
すにをいてきた是がほしいといいければ ハテかヽるあくじを仕出して いかな守りのちから
にも此とがヽのがれふか とかくに身とがてんしてわれはそなたのえかうせん そなたは此
忠兵衛がえかうを頼むとびやうぶのうへ かほを出せばハアかなしやいま/\しい ちやつと
をいて下さんせ嫌なものによふにたと 屏風にひしといだきつきむせかへり てぞなげきける
越後衆/\」゛立帰りサアどこもかもらちあいた お出のかつ手ちかければにしぐちへふだが
廻たと いへ共夫婦はわな/\とさらば/\もふるひ声 おさむそふなが酒はいの酒ものどを


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とおりませぬ めでたいと申そふかおなごりおしいと申そふか 千日いふてもつきぬこと
そのせんにちがめいわくと いふづけどりにわかれ行 えようえいぐはも人のかね はてはす
ばをうちすぎて あとは野となれやまとぢやあしにまかせて