冥途の飛脚 新口村

 

読んだ本 http://www.enpaku.waseda.ac.jp/db/index.html (イ14-00002-789 )

 

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すめる世のおきてたゞしく きない 
きんごくにおつ手かゝりなかにもやまとはしやうこくとて 十七けんの飛脚とひ屋あるひは巡
礼ふる手かひ せきぞろにばけていへ/\をのぞきのからくり飴売と 子共に飴をねぶらせて
くちをむしるや罠のとり あじろのいをのごとくにて逃れかたなき命なり むざんやな忠兵衛
我さへ浮世しのぶ身に 梅川がふうぞくの人のめだつをつゝみかね かり籠に日を送りならの
はたご屋みわのちやゝ 五日三日夜をあかしはつかあまりに四十両 つかひはたして

 

三輪の茶屋跡

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二ぶのこるかねもかすむやはつせ山 よそに見すてゝおやざとのにのくちむらにつきけるが
これおむめ こゝはわが生れ在所はたち迄そだつておぼえしが しはすのはてにこのごとく
諸勧進しよあきんどはるとてもないこと あれあそこにも立ている野はづれにも二三人
胸騒ぎもしてきた四五町いけばほんの親 孫右衛門の家なれ共不通といひけいぼ(継母)なり
此わらぶきは忠三郎とてしたさくあてた小びやくしやう はらの中からなじみ頼もしい男まづ
爰へと打つれ 忠三郎やどにか久しうおめにかゝらぬと つゝと入ばかゝと思しく誰でござる
ぞ 此のはけさから庄屋殿へ詰られ今はるすでござると云ムゝ忠三殿におかゝ様はなかつたが
こなたは誰でばしござるぞ アゝわしも三手後に此のうちへ嫁りして 前方の知る人はどれが
どふもしりませぬ ヤアほんに皆様はもし大ざかではござらぬか これの親方孫右衛門様の


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まゝ子忠兵衛殿と申が 大ざかへ養子にいてけいせんかふて人のかねをぬすみ そのけいせん
つれてはしられたといふて 代官殿より御せんぎ 孫右衛門様はとふにおや子のきうりをきり
かまはぬといひながら真実の親子なれば としよつてのきぐらうこれのはなじみのことなれば
もし此あたりうろたへて 見つけられてはいとしいことゝ内そとへ気をつけるゝ 庄屋殿から
呼びきくるよりあひの印判の 節季師走に此在所はけいせんごとで煮えかへる なふう
たてのおけいせん殿やと遠慮もなくぞかたりける 忠兵衛はつとおもひいかにも/\大ざか
でもそのとりさた われらはやうふづれでとしごもりにさんぐうの心ざし なつかしさにより
ました ちよつとよふできて下され たちながらあふて帰りたい 大ざかものといはずにたの
みますといひければ されはいこふおいそぎかいてよふできませふさりながら いまだむらの

おだうじやうへ京の御てらのおくだり まいにちのおさんだんさきからすぐにお道場へ参ら
れたも いざしるのした さしくべてだされとたすきがけしてはしりゆく あとのかどぐち
梅川がはたとさしてかきがねかけ これはほんの敵のなか大じないかといひければ 忠三郎
といふものはひやくしやうにまれなおとこ気をもつたもの たのんで一夜とうりうしし
ぬるとも此所 故郷のつちに身をなしてうみのはゝのはか所 一所にうづまれよめしうとの
みらいのたいめんさせたいと 目もうろ/\となりければそれはうれしうござんせふ さり
ながらわたしが母は京の六でう さだめし此あひだせんぎに人がいきつらん 日ごろがめもひ
もちなればどふならんしたことやら まいちど京の母様にも一めあづてしにたいぞ ヲゝ
だうりともわれもそなたのおふくろに むこじやといふてあひたいと 人めなければいだき


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あひなみだの あめの よこしぐれそでに あまりてまどをうつ ハアふつてきたそうなと西
うけのたけれんじ ほうぐしやうじをほそめにあけて見やるのかぜのはたけみち うしろしぶ
きにふるあめはかやげていそぐあみだがさ だうじやう参りうちつれてはあれみなさいしよ
の知った衆 さきなはたるいばたのすけ三郎これもざいしよのくちきゝ あのおばゝはにもち
こぶのでんがばゝ アゝいかひ茶のみじやがのそこへ見へるそりさげは むかしは大びんぼう
ねんぐにつまつてむすめを京のしまばらへうり 大じんにうけ出されおく様にそなはり
むこのかげて田も五町くらも二ヶ所のぶげんじや おなじけいせいうける身がわれは
そなたのおふくろに うきめをかけるくちおしい あのじいはつるかけの藤次兵衛 八十八で
一升のめしのこさぬ ことしはちやうど九十五 そこへきたばうずははりたてのだうあん

あいつがはりではゝじや人をたてころした おもへば母の敵じやとうきにつけてのうらみごと
あれ/\あれへ見へるがおやじ様 あのもじのかたぎぬが孫右衛門様か ほんにめもとがにた
はいの それほどよふにた親と子の ことばをもかはされぬこれも親の御ばちぞや おとし
もよるあしもともよはつた こんじやうのおいとまと手をあはすれば梅川は 見はじめの見
おさめわたしはよめでござんする ふうふ今をもいらぬいのち百ねんの御じゆみやうすぎ
てのち みらいでおめにかゝりましよとくちのうちにてひとりごと もろともに手をあはせ
むせび いりてぞ嘆きける 孫右衛門はらうそくのやすみ/\かどをすぎ のぐちのみぞの水
ごほりすべるをとまる高あしだ はなをはきれてよこ様にどろ田へかはとこけこんだり ハア
かなしやと忠兵衛もがけ共さはげ共 身をかへり見て出もやらず梅川あはて走り出


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だきおこしてすそしぼりどこもいたみはしませぬか おとしよりのおいとしやおあしも
すゝぎはなをもすげてあげませふ すこしも御えんりよなさるゝなとこしひざなでゝ
いたはれば 孫右衛門起き上りどなたやらありがたい おかげでけがもいたさぬ 若い上らう
のおやさしいとしよりとおぼしめし よめ子もならぬかいほう てら道じやうへ参ても 是
こゝの一しんがじやけんでは参らぬもどうぜん こなたがほんのごしやうねがひもふ手をあ
らふてくだされ さいはいこゝにわらも有はなをはわしがすげましよと ふところの
ちりがみをとりいだせば梅川は よいかみがござんするこよりひねつてあげませふと のべ
ひきさきしその手もと孫右衛門ふしぎそふに まづこなたはこゝらに見しらぬお人しやが
どなたなれば此やうにねんごろにしてくださると かほをつれ/\ながむれば梅川

いとゞむなづはらしゝ アゝわれらは旅のものわたしがしうとのおやじ様 ちやうどおまへの
としばいでかつかうもそのまゝ ほかへするほうこうとはさら/\もつておもはれず おとし
よつた舅御のふしなやみのだきかゝへ みやづかへは嫁のやく御用にたてば私も なんばうか
うれしいものつれあひはなをおやごのこと とびたつやうにもあるはづ此かみと此かみと
かへてわたしが申うけつれあひのはだにつけさせ てゝごににたるおやじ様のかた見に
させたふござんすと ちりがみそでにをしつゝむなみだそいろに出にける ことばのはづれに
孫右衛門つく/\゛とすいりやうし さすが恩愛すてがたく老いのなみだにくれけるが ムゝ
こなたのしうとに此じいが にたといふてのかう/\か 嬉しいうちに腹がたつ年たけた せ
がれをしさい有てきうりきり大ざかへやう子にるかはせしに こんじやうにまがさいて


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大ぶん人のかねをあやまり あげくにところをはしつて此ざいしよまでせんぎのさいちう
誰故なれば嫁御故 近頃愚痴な事なれ共世の譬えにいふ通り 盗みする子は憎からでなはかく
る人が恨めしいとは此事よ きうり切た親子なればよいにつけ悪いに付 構わぬ事とは云乍
大ざかへ養子にいて利発で器用で身をもつて しんだいもしあげたあのやうな子を勘当した
孫右衛門はたはけ者阿呆者といはれても 其嬉しさはどふあらふ今にも捜し出され縄かゝつて
ひかるゝときよいときに勘当して 孫右衛門は出かした仕合じやとほめられても 其かなし
さはどふあらふ今からおもひすごされて 一日もさきにわうじやうさせて下されとおがみね
がふは今参る如来様御かいさん 仏に嘘はつかぬぞと つちにどうどひれふして声を はかり
になきければ 梅川も声をあげ忠兵衛は障子より 手を出しふしおがみ 身をもみなげきしづ

みしは理りとこそ聞へけれ 猶も涙をおしのごひなふちの筋は悲しい 中野よい他人より
旧里切た親子のしたしみは世のならひ ぬすみかたりをせふよりもなぜ前方に内證で かふ
/\した傾城にかふしたわけの金が入と ひそかにびんぎもするならばしんは泣よりおやこ
なり ことに母もないせがれ 隠居の田地をうつても首綱は付させまい 今では世間広ふなり
養子の母に難儀をかけ人に損かけ苦労をかけ孫右衛門が子で候とて 引こんで置れふか一夜の
宿もかされふか 皆あいつが心から其身もせまい苦をしをる 嫁ごに迄うきめを見せひろい世
界を逃隠れ 知音近付親子にも 隠れる様に身を持なし碌な死にもせぬ様に 此親は生み付ぬ
憎い奴とは思へ共かはゆふござると斗にてわつと入泣しづむ分けたる血筋ぞ哀れ成 涙のひま
に巾着より銀子一枚取出し是は難波の御坊の御普請の奉加銀 今こゝに有合た嫁と存じてやる


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でもなし 只今のお礼の為此辺にふら付てはよふ似たとて捕るぞつれあひは猶以 其を路銭に
ごせ海道へかゝつて一足も早ふ退つしやれ こなたの連合にも詞こそ交さず共 ちよつと顔で
も見たいがいや/\それでは世間が立ぬ どふぞ無事な吉左右をと涙乍に二足三足行ては帰り
なんとあふても大事有まいかい なんの人がしりませふあふてやつて下さんせ アゝ大坂の義理はかゝれ
まい どふぞして逆さまな回向させなと念頃に頼みまするとむせ返り ふり返り/\なく/\
別れ行 後に夫婦はわつと伏まろび人目も忘れ泣至る 親子の中こそはかなけれ 忠三郎が女
房雨にぬれて立帰り 待遠にござりませふこちの人は庄屋殿からすぐに道場へ参られ其故あひ
も致さずもふ雨もかゝる追付今に戻られふと云所へ忠三郎息を切てかけ来り是は/\忠兵へ様
親父様の咄でだん/\を聞てきた こなたの事で此在所は大坂から犬が入 代官所より詮議有

つるぎの中へ昼日中 うんのつきたお人じやこなたのふりを見付たやら にはかに在所家なみ
の片端から屋さがし おやじ様を今さがす是からわしが家のばん おやじ様はいとしや早ふ
ぬかしてくれよとて 狂乱になつてじや鰐の口とは只今サア/\裏道からごせ道山へかゝつ
てのかつしやれと云へば夫婦はうろたゆる女房はわけしらず わしも一所にのきましよか 阿

らしいと引のけて 夫婦にふかみのふるがさや雨のあしべも乱るゝ心 しゝても忘れぬ此情
深く忍びて出にけり 忠三郎先うれしといきをついたる所に庄屋年寄さきに立代官所
の取手の衆 忠三郎が門口せど口やた手に成どや/\と込入て 筵をまくりすの子をやぶり
からと米びつはひだわら打かへしてぞ捜しける 土間かけて廿畳にもたらぬ小家 いづくにか
くれ様もなし此家は別条なし 野道をさがせと云すてゝ茶えんはたけのあひ/\をかり立てこ


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そ帰りけれ 親孫右衛門裸足にて どふじや/\忠三郎善か悪か聞たいアゝよい/\気遣ない
夫婦ながら何ごとなふまんまと落しすました ハア有がたい忝い如来のおかげすぐに又道場へ
参りて御かい山へお礼申そふなふうれしや有がたやと二人打つれ行所に 亀屋忠兵衛つち
屋の梅川たつた今とられたと北在所に人だかり 程なく取手の役人ふうふをからめ引来る
孫右衛門はきをうしなひいきもたゆる斗なる ふぜいを見れば梅川がおつとも家もなはめ
のとが まなこもくらみ泣きしづむ忠兵衛大ごえ上身に罪あればかくごの上ころさるゝはぜひ
もなし 御回向頼み奉る親の嘆きがめにかゝりみらいのさはり是ひとつ つらをつゝんで下さ
れおなさけなりとなきければ こしの手のごひ引しぼりめんないちどりもちどり なくは梅川
かはちどり 水のながれと身の行え こひにしづみしうき名のみなにはに 残しとゝまりし

 

 

 近鉄新ノ口駅

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