仮想空間

趣味の変体仮名

妹背山女庭訓 姫戻りの段 金殿の段

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856576

 

 

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2

妹背山婦女庭訓  四の切 
 
されば恋する身ぞつらや   (姫戻りの段
出るも入るも忍ぶ草 露
踏わけて橘姫 すご/\
帰る対の屋の 障子に

 

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3
ばらり打礫 ソリヤお帰り
のしらせぞと めい/\庭
につどひおり しをり
ひらいて入れまいらせ おいとし
や/\御所のお庭の内

さへも ついにおひろいな
されぬに 恋なればこそ
かちはだし 嘸朝つゆで
お裾も濡ん小打着に
召させかへんと立寄て

 

 

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4
ヤア お振袖に付てある
此紅の糸不審と たぐり
たぐればくる/\と 糸に
よる身はさゝがにの 雲
井の庭へ引かれくる 主は

床しの ヤア 求馬様か ハア
はつと驚く姫よりも 騒ぎ
さゝめく局達 扨も見
事引寄せた 七年物の恋
人様か よふこそお入り遊

 

 

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5
ばした サア/\こちへと手を
取れば イヤ手前はつい道通り
此おだ巻を拾ひ上るや
いな めつたに引かれ参つ
た者 何にも存ぜぬお

ゆるしと 出る向ふを立ふ
さぎ エゝ手のわるいなされ
様 わたしらに御遠慮は
内々のお咄しならとりや
お次へと立てゆく 姫は


6
とかうの詞なく 差うつ
むいて思案の求馬 フン
此御所の姫と有れば聞に
及ばず 入鹿の妹橘殿
と 云われてはつと胸せまり

入鹿が妹と知り給はゞよも
お情けは有まいと 隠し包し
かひもなふ御存じありし
お前こそ 藤原の淡海
様と いふ口ちやつと袂に


7
覆ひ 女なれど敵方に
我名を知れば一大事 不便(不憫)
なれ共助けがたし 成程お
道理御尤 生きて居る程
思ひの種 お手にかゝるが

せめての本望 斯いふ
内もお姿や お顔を見
れば輪廻が残る サア/\
殺して下さんせと 母を
待ったる覚悟の合掌 フン


8
心底見へた が誠夫婦
と成たくば 一つの功を立
られよ 一つの功を立よと
はへ ヲゝ入鹿が盗取たるこ
そ 三種の神器の其一つ

十握の御釼 ばひ返して
渡されなば 望みの通り
二世の契約 得心なけ
れば叶はぬ縁 ハアぜひも
なや 悪人にもせよ兄


9
上の 目を掠むる恩知らず
と有てお望叶へねば 夫
婦と思ふ義理立ず 恩
にも恋はかへられず 恋に
も恩は捨られぬ 二つの

道にからまれし 此身は
いか成る報ひぞと しのび
嘆いておはせしが ヲゝそふ
じや 親にもせよ児にも
せよ 我が恋人の為といひ


10
第一は天子の為 命ちに
かけて仕おふぜませふ
ヲゝ出かされたり シテまた
しらせの合図はなんと
今宵御遊の舞に事

よせ 宝剱奪ひお残し
申さん 笛や鼓の音を
しるべ 奥の亭(ちん)迄お忍び
有れ 然らば我は此ところに
くるゝを暫し待合さん


11
必ず首尾よふ合点でご
ざんす ガもし見付られ
殺されたら 是が此世の
お顔の見納め たとへ死
でも夫婦じやと おつ

しやつて下さりませ ヲゝ
運命つたなく事顕れ
其場で空しく成迚も
甚未来際かはらぬ夫
婦 エゝ忝い嬉しやと 抱き


12
そめたるおしどりの
つがひし詞縁のつな
引別 れてぞ忍ばるゝ  (金殿の段
迷ひはぐれし 片うづら
草のなびくを知るべにて

いきせきお三輪は走入
エゝ此おだ巻の糸めが
切れくさつたばつかりで 道
からとんと見失ふた 去
ながら 爰より外に家はなし


13
大方此内へ這入ったに
違ひない エゝ誰ぞこよ
かし問たやと 見やる先
よりお婢(はした)が 被(かづき)まぶかに
しやな/\と 豆腐箱

提げ歩み来る 申々と呼
かくれば ヲツト呑込む早合
点 ヲゝお清所を尋るなら
そこをこちらへコウ廻つて
そつちやの方をあちらへ


14
取 あちらの方をそちらへ
取 右の方へ這入て左の
法を真直ぐに わき目も
ふらずめつたやたらに
ずつと行きや イエ/\私が

尋ねるのは お清どのと
やらではござんせぬ 年の
頃は廿三四で 色白にくつ
きりとしたよい男は参り
ませなんだかへ ヲゝゝ来た


15
げな/\ それはお姫様の
恋男じやげなの 三輪
の里から跡追て来た
所を 何がお局達が引
とらへ 有無を云はせず

御寝所へ ぐつと押こみ
上から蒲団をかぶせかけ
/\ アゝ/\宵の中 内証の
祝言が有る筈と 暮ぬ
中から騒いでじや エゝけ


16
なり こちと迄 内太股(もも)
がぶき/\と 卯月あたり
のはぢけ豆 とうふの
御用が急ぐにと しやべり
廻つて出てゆく サア/\/\

ひよんな事が出来て
来た ほんに/\油断も
隙もなるこつちやない
大それた人の男を盗み
くさつて 何じやいしこらしい


17
祝言じや 餘んまりな踏み
付け様 よい/\ 其かはりどこ
に居よふと尋ね出し
求馬様と手を引て 是
見よがしに逝んでのけるが

腹いせじやと 行んとせしが
イヤ/\ はしたない者じやと
ひよつとあいそを尽かさ
れたら といふて此儘に
見捨て是がどふいな


18
れふ エゝどふせうぞと
心も空 光る階(きざはし)長廊
下 行きこふ女中が見咎め
て 一人が留まれば二人立
三人四人いつの間に 友

呼ぶ千鳥むら/\と 爰かし
こから寄たかり ついし
見なれぬ女子じやが
そなたはマア誰じや 何者
じや ハイ/\ イヤ私は内方の


19
ヲゝそれよ さつきのお清
殿は寺友達 奉公に出
られてから 久しう逢ぬ
なつかしさ ちよつと見
舞に寄ましたら コレハマア/\

よふ来た 上れ茶々呑
そふしてたばこ呑 あの
お上にはあためつそふな
祝言が有と聞けば聞く
程涙がこぼれて あた


20
お目出たい事じやげな
ほんに内方の様なよい
衆の御祝言は どの様な
物じや己(おのれ)やれ 拝んで
なりと腹いよと うか/\

爰迄参りました どふぞ
お前方のお心で 聟様
をちよつと拝まして貰ふ
たら 忝ふござりまする
といふ顔も 恨み色なる


21
紫の ゆかりの女と早
悟り なぶつてやろと目
引袖引 マア/\そちは仕合
な 斯いふ折に参り合 お
座敷拝むといふ事は

女の身では手柄者 シタガ
こちらが呑込で お座敷へ
は出す物の 何ぞさゝずば
なるまいに 何と皆さん
いつその事此者に 酌


22
取らそでは有まいか ヲゝよかろ
/\ アゝ申 其酌とやらは ヲゝ
何の又そち達が知て
よい物か 今爰で教へて
やろ 幸ひ爰に御酒宴の

銚子嶋臺 有合の聟
君様には紅葉の局 梅の
局は嫁君役 残りは介添
待ち女郎と 桜の局が指
図して いやがるお三輪に


23
長柄の銚子持たせ持添
マア盃は三つ重ね 嫁君へ
二度ついで 左へ二タ足 コレ立つ
のじや エゝ何じやいの うか/\
せずとよふ覚や 三度

目ついで聟君へ コレ酒が
こぼれるはいのふ不調法
な 是からが乱酒諷ひ物
是も嗜みなければならぬ
サア四海浪なと諷やいの


24
エゝ エゝとはいやか そんなら
聟様拝ます事はまあ
ならぬ サそれがいやなら
早ふ諷やと せつき立られ
是がマア 何と千秋万歳

の千箱の玉の血の涙
声つまらせてないじやくり
ヲゝ目出たふ哀れに出来ま
した 色直しにはんなりと
梅が枝でも蕗組でも


25
サア/\聞きたい 所望じや/\
エゝあられもない事おつしやり
ませ 山家育ちの藪鶯
ほう法華経も片言斗り
上り下りのあだくちや

馬士(まご)の哥なら聞ても居
よふ もふ何事もお赦し
なされ サ早ふ其聟様に
サア聟様が見たくば早ふ
諷や 馬士の哥なら面白


26
からふ 次手にふりも立て
仕や いやならこつちも
成ませぬ 帰りや/\と
引出され サア/\/\ 何のいや
と申ませふぞいのふ サそん

なら諷や アイ/\/\ 諷ひまする
と泣くも 涙にしぼる振
袖は 鞭よ手綱よ 立上り
竹に サ雀はナア 品よくと
まるナ とめてサ とまらぬ


27
ナ色の道かいなアゝヨ エゝ爰
なほつてぱらめと此様
に 申ますると打ふせば
皆々一度に手を打て 扨
もきつい嗜み事 よい慰みで

我々が ほてつぱら迄よれ
ました 馬士殿大義と云
捨て 行くを驚きコレ申 私
も供にと取すがれど 振
放されてはがはとこけ


28
寝ながら裾にしがみ付
引ずられて声を上 のふ
皆様お情けない どふぞ私
も御一緒に 連てござつて
下さりませ お慈悲/\

と手を合せ 拝み廻るを
たゝき退け ヲゝしつこ 迚も
及ばぬ恋争ひ お姫様と
張合ふとは 叶はぬ事じや
置てたも 大胆女の仕


29
付をせふと 耳を引くうあら
脇明きより手をさし入て
こそぐるやら つめりつたゝ
いつ突倒し サア/\是で姫
様の悋気の名代納つた

弥(いよ/\)目出たい御祝言 三国
一じや 聟取済ました しやん
/\ しやんと済んだと打笑
局々へ入る後は 前後正体
泣倒れ暫し 消入り居たりしが


30
エゝ胴欲じや/\/\わいのふ
男は取られ其上に まだ此
様に恥からされ 何とこらへ
て居られふぞ 思へば/\
つれない男 憎いは此家

の女めに 見かへられたが
口惜いと 袖も袂もくひ
さき/\ 乱れ心の乱れ
髪 口にくひしめ身を
ふるはせ エゝねたましや


31
腹立や おのれおめ/\
寝さそふかと 姿心も
あら/\しくかけ行く向ふに
以前の使者 ヲゝそなたも
邪魔しに出たのじやな

もふ斯成たら誰(たが)出ても
構はぬ/\そこのきやと
袖すり抜てかけ入る裾
しつかりと踏まへコリヤまて女
イヤ待たぬ 爰放しや/\と


32
身をもがく 髷つかんで
氷の刃脇腹ぐつと差し
通せば うんとのつけに
倒れ伏 刀は突き捨て辺り
を窺ひ目を配る 奥は

豊に音楽の調子も 秋
の哀れなる お三輪はむ
つくと起返り 扨は姫が
云付じやな エゝむごたらしい
恨はこちから有ものを


33
却てそちから殺さする
心は鬼か蛇かいやい ヲゝ殺
さは殺せ一念の 生きかはり
死かはり 付まとふて此
恨み 晴さいで置ふか 思ひ

知れやと奥の方 にらみ詰
たる眼尻(まなじり)も 叫ふこはね
もうはがれてさもいまはし
き其有様 じろりと見
やり 女悦べ それでこそ


34
遖(あつぱれ)高家の北の方 命捨
たる故により 汝がおもふ
御方の手柄と成 入鹿を
亡ぼす術(てだて)の一つ ヲゝ出かした
なァ 何と 賤しい此身を北

の方とは ホゝヲゝそちがかたらい
申せし方は 忝くも中臣の
長男淡海公 エゝシテまた
私が死ぬるのが いとしいお
方の手柄と成て 入鹿を亡


35
す術とはへ ホゝゝ其訳語らん
よつく聞け 彼が父たる蘇
我の蝦夷 齢(よはい)傾く比迄
も一子なきをうれへ 時の
博士に占はせ 白き女鹿

の生血を取り 母にあたへし
其しるし 健やかなる男子出
生 鹿の生血(せいけつ)胎内に入を
以て入鹿と号(なづく) 去により
て きやつが心をとらかす


36
には 爪黒の鹿の血汐と
疑着の相有女中の生血(せいけつ)
是を混(こん)ぜし此笛にそゝぎ
かけて調ふる時は 実に秋
鹿の妻乞ふ如く 自然と

鹿の性質あらはれ 色
音をかんじて正体なら
其虚を斗つて宝剣を
あやまちなく奪ひかへさん
鎌足公の御計りやく


37
物かげより窺ひ見るに
疑着の相有る汝なれば
不憫ながら手にかけしと
件の笛の六穴(りつけつ)にたば
しる血汐請けそゝぎ/\

今こそ揃ふ此幻術 此
笛こそは入鹿をひしぐ
火串(ほぐし)ならん ハゝ/\ハゝゝ有がたや
と押戴き 勇み立たる
其骨柄 実に藤原の御内


38
にて金輪五郎今国と
鍛ひに鍛ひし忠臣なり
なふ冥加なや勿体なや
いか成る縁でしづの女(め)が
そふしたお方と暫しでも

枕かはした身の果報 あ
なたのお為に成る事なら
死んでも嬉しい忝い とは云
物の今一度 どふぞお顔
が拝みたい たとへ此世は


39
縁薄くと 未来は添ふて
給はれと這ひまはる手に
小田巻の 此主さまには
逢はれぬか どふぞ尋ねて
求馬様 もふ目が見へぬ

なつかしい 恋し/\と云死
に 思ひの玉(魂・たま)の糸切れし
おだ巻嫁と今の世まで
鳴りひゞきたる横笛堂の
因縁斯とあわれなり

 

 

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40
今国不憫弥(いや)増に せめて
葬り得させんと 背(せな)にお三
輪が亡骸を 追々馳せくる
あらしこ共 曲者うあらぬと
取巻たり 見向きもやらず

悠々と几帳の綾絹引
ちぎり 死骸と供に我五
体 ぐる/\しつかりと引結び
死人を取置く我等こそ 先づ
出来合の坊主役 十念授け

 

 

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41
てこまそふにも つど/\には
邪魔らしい 一度にかためて
授けるが うぬらが為には百年
め いざこいやつと力士立
ヤア広言成る骨仏と 前後

左右より十文字 鑓先揃へて
突出す ひらり早業すつかり
素鑓 ほぐれる方鎌踏み落
せば 後をつく棒しつかと取
しりへをねらふは不適奴 左様

 

 

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42
に味(うま)ふはさす股も引ツたくつて
打折ツたり 手取にせよとドツト
寄る あたるを幸い砂石(しやせき)の如く
ほり飛ばされ 逃げ行くやつ原餘
さじと 奥深くこそ追て行