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菅原伝授手習鑑 五段目 大内天変の段

 

読んだ本 http://www.enpaku.waseda.ac.jp/db/index.html(イ14-00002-890)

参考にした本 同上(ニ10-02393) 

 

2冊目 54

五段目
雲井長果(のどけ・長閑)き大内山早立ちはる水無月下旬
日毎/\に時違へず電光雷火霹靂(はたゝがみ) 打続ての
天変只事ならず 玉体安全雷除の加持有らんと勅
使三度の召に応じ 法性坊の阿闍梨参内有り 紫宸
殿に檀を構へ幣帛押立 独鈷鈴錫杖ふり立て
/\祈らるゝ 擁護も嘸としられける 寛平法皇
御使いとして判官代輝国 斎世親王苅屋姫菅秀才


55
を伴ひ御幡のもとに伺公(候)する 僧正檀よりおり給ひ
欲こそ参内ましませしと 親王の御手を取上座にうつし
参らすれば 輝国階下に頭をさげ 兼て法皇貴僧に
談じ給ひし通り菅秀才に菅原の家相続 天機宜しき
次手を以て御沙汰有って給はりしか 承つて参れとの使
ぞふと述ければ 親王も僧正に向はせ給ひ 此度の転変察
する所 無実の罪に沈んだる管丞相の所為(しよい)なるべし 此灵(霊)
魂を鎮めんには法皇の仰のごとく 菅秀才が勅勧をゆるされ

菅家再び取立て給はば亡魂も恨を晴し 天下万民の悦び
是にしかじ 偏に貴僧を頼み入る 次には麿が虚命の逆鱗
申し晴して給はれと事丁寧に述給へば 仰のごとく管丞相恨みは
晴れぬ転変不呪 愚僧元来(もとより)管丞相とは師弟の中 霊魂
の怒りを休むる菅原の家相続 宜しく奏し奉らん法皇御所へ
も此通り 輝国申し上げらるべし各々はこなたへと打連れ奥に入り給へば 判官
代大きに悦び 僧正の御情け合法皇に申し上 追付参上仕らんと
心いそ/\立帰る 斎世親王菅家の兄弟密かに参内致せしと


56
春藤玄番がしらせによつて 時平の大臣大きに驚き
希世清貫前後に従へいつさんにかけ来り 寝殿遥かに
窺ひ見れば 実も玄番が申すに違はず 時平が怨(あだ)と成るやつ
ばら片端打殺し 天皇法皇遠島させ我万乗の位に
つかん 清貫希世ぬかるなと八方へ眼を配り 事を窺ひ
待つ共しらず判官代は帰りしかと 奥より出る菅秀才ソレと
時平がかけ声に 左中弁つつと寄り小腕(こかいな)取て捻ふせたり
時平の大臣から/\と打笑ひ 蠅同然の小躮なれ共生け

置ては後日の怨 首討たると思ひしに小ざかしくも我を謀り
今日迄存命せしは松王めが斗ひよな 贋首喰ふたうつ
そりめと 春藤玄番が肩骨つかみ不忠油断の見せしめと
首引抜いてかしこへ投捨て ヤア/\両人此小躮は麿に任せ 斎世親王
かりや姫引立て参れと下知するにぞ 清貫希世心得しと奥をさし
て行く所に 俄かに晴天かき曇り風雨發(おこ)つて絶間なく電光
虚空にひらめき渡り 天地も崩るゝ大雷 ばち/\/\ぐはら
/\/\ 二人はがち/\胴震ひ色青さめて逃まどふ 時平の


57
(挿絵)
五段目
時平菅秀才を
捕へんとすつ折から
丞相の灵雷と成て
希世清貫を
始こと/\゛亡す


58
大臣はびく共せず ヤア臆病な腰抜共 鳴ればなれ落ちば落
よ 雷神雷火も足下にかけ 踏消してくれんず物と菅秀才
を小脇にかい込 虚空を睨んでつつ立つたり 猶もはためく震
雷電希世は生きたる心地なく 御階(はし)の下にかゞみ居る
頭の上に車輪の火の玉 落ると見へしが左中弁五たい
炎に燃へ爛れ天罰目の前師匠の罰心地よはりし最後なり
是にも屈せぬ強気(ごうき)の時平 三善の清貫いづくに有る麿に
敵する雷神なし こはくば爰へ来れよと 呼ぶを力に立寄る清貫

あはやと三善も雷火に打たれ即時に息は絶果てたり 二人が
最後にさしもの時平 心臆して膝わな/\ 擒(とりこ)にしたる菅秀才
逃げて 行方もしらばこそ 此上頼むは法力と檀上にかけ上り
両手を覆ふて蹲る 左右の耳より尺餘の小蛇 顕れ出れば
悶絶しうんとのつけに反りかへれば 二疋の小蛇は抜出て檀上に
立ったる幣帛に入よと見へしが忽ちに 此世を去りし桜丸夫婦が姿
と現れ出 かげのごとく檀上にすつくと立ち腹立ちやうらめしや
汝故に管丞相 無実の罪にうきしづみ 心筑紫に果て給ふ


59
其怨念は晴やらぬ 空に轟き 鳴神の炎変じて紅い桜と
供にちらさん来れや来れと頭を掴んで引立てる 音に驚き
法性坊紫宸殿にかけ出て見給へば 物の怪の姿はあり/\
有明桜 祈加持して退けんず物と 数珠さら/\と押もんで千手
の陀羅尼くりかけ/\ 祈りいのれば時平は夢共現とも 思はず
しらず立上れど桜夫婦が妄執の 雲霧に隔てられ形は
見へて手に取れず 逃げんとするを逃さじと向ふにたちまち
八重一重 刃にかゝり此世をさり かばね終に呵責の火桜

此身を焦す塩釜桜 いかに僧正祈る共 此怨念は
いつ迄も 付まとはつて糸桜 遁れじ放れじ幻は うて共さらぬ
犬桜 死灵を去らで置くべきかと 揉みかけ/\祈り給へば夫婦が
霊魂 イヤ/\/\/\/\いか程いのる共 我々諸共冥途の苦患
見すべしと寄ばいのり 祈れば形は見へづ九重の
彼岸桜とちり/\゛に僧正の数珠先へ恐れて寄らぬぞ
不思議なる 紫宸殿に僧正有れば弘徴殿に夫婦の姿
弘徴殿に移り給へば 清涼殿に死霊の形清涼殿に


60
移り給へば なしつぼ 梅つぼ 夜の御殿(おとゝ)昼の御座 行違ひ
行き廻り 祈る僧正 去ぬは怨霊もみ合/\祈り伏られ
桜丸 ヤア/\僧正 管丞相を讒言し 帝位を奪ふ時平
を助け給ふは心得ず 扨は貴僧も朝的に力を添え給ふかと
聞くより僧正大きに驚き ヤアかゝる天下の怨共しらで
数珠をけがせし勿体なやと法座を立て去り入給へば 時平も
恐れ諸共に御座の間さして逃入るを たぶざを取て引戻し
今こそは思ひの儘 冥途の闇路に伴はんと 桜の枝の
しもとを振上げ追立て/\追廻し笞(しもと)を持て丁/\/\ 打れて現空蝉の
蛻(もぬけ)の體 扨こそ恨晴れたりと死霊は時平を庭上に どふと蹴落し
嬉しげに 形は花の散るごとく 消て見へねば丞相の 灵も鎮まり空晴れ
て日輪光り輝けり 斯くと見るより菅秀才かりや姫庭上に走り出 父上の敵
逃さじと用意の懐剣抜き放し 怨みの刀思ひしれと指し通し/\悦び給ふ
折こそ有れ 宮御夫婦若君の安否いかゞと松王丸 輝国伴ひ参内
すれば白太夫梅王も宰府より立帰り 御階の下に伺候して 桜丸
夫婦が怨念時平が悪事を顕はせし 子細を聞くより人々喜悦 供に悦ぶ


61
(裏)


62
法性坊 親王を伴ひ立出給ひ人々の願のごとく菅秀才には菅原
の遺跡(ゆいせき)を書かせ管丞相に正一位贈官有 右近の馬場に社を
築き 南無天満大自在天神と崇め 皇居の守護神たるべしとの宣
旨(せんじ)なりと述給へば皆一同に悦びをきくに北野の千本桜 栄へ栄ふる御社
は千年万年朽ちせぬ宮殿 錦の帳玻璃の柱瑪瑙の梁瑠璃の垂木
回廊拝殿有々と拝まれさせ給ひける 京に北野難波に天満神徳奇
瑞ナラビなく 栄へ在(ましま)す此御神縁起をあら/\書残す筆の冥加
御伝授の つたはる和国に??(いちしるき・著し)威徳を崇め奉る

 

 おしまい