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菅原伝授手習鑑 初段 築地の段

 

読んだ本 http://www.enpaku.waseda.ac.jp/db/index.html (イ14-00002-890)

 

p31 右頁七行目下~

 

「出て行く 源蔵と
引っ違へ帰る梅王青息吐息 門の臺木に足つまづきかつぱと転(こけ)て起きる間も待た

れぬ/\侍衆 御大事がおこつてきた 科の様子何かはしらず使の廰の官人共
丞相様を取り廻し 鉄棒破竹(わりだけ)アレ/\爰へ御台様へ此様子をと館の騒動門外には
鉄棒打ちふり警固の役人 輿にも召させ奉らず 管丞相の前後をかこみ 先に
進むは時平が方人(かたうど)三善の清貫 門外に立はだかり 斎世親王かりや姫 加茂
堤より行方知れず 子細御詮議なされし所 親王を位に即(つけ)娘を后に立てんとする
管丞相が兼ねての工み 其罪遠島に相極り 流罪の場所は追ての沙汰 それ
迄は押込置き出口/\に大貫鎹(かすがい) 門の警固は身が家来 荒嶋主税をつけ
置くと 呼はる声を聞くつらさ 御台は警固の人目も恥ず走り寄て道真公


32
コハそもいかなる御事ぞや 齋の間の事姫が身の上御存じない言い訳はなぜなされ
ぬ 科もない身を左?(さすらへ)との仰は聞へぬ恨めしやと嘆き給へば ハア愚か々 道真虚命
蒙れ共 君を恨み奉らず漸齢傾きし臣が拙き筆跡迄 惜しませ給ふ伝授の
勅諚 きのふ迄は叡慮に叶ひ けふは逆鱗蒙る共 皆天命のなす所 先程
冠の落ちたるは殿上の札を削られ 無位無官の身と成るしらせ 今さら悔むは
愚かと 是より配所へ行くにも有らず 見苦しく嘆かれなと御台 を遠ざけ給ひける 希世
は道より取ってかへし 清貫殿御苦労千万 此わろの様子承り 弟子の方から
師匠をあげ向後(きやうこう)頼むは時平公 管丞相と一つでない取りなし宜しく頼入る 気遣い

あられな呑込んだ 作法の通り管丞相 内へ追込み門を打て 畏まつたと荒嶋主税
割竹振上げ立かゝる コレ待った其役目希世が替つて仕ると 割竹受取りコレ謀反
人殿 今迄とは当りが違ふ 時平公へ宗旨を替た手見せの働き 割竹一つと
振上れば血気の梅王ずつと寄り 希世を四五間突飛す ヤア下主(げす)の慮外者
自滅したふて出しやばつたな ハレヤレ知れて有る下主呼ばはり こなたの口から慮外
とは 腸(はらはた)がよれかへる 其割竹ふり上げて誰を/\ヲゝサ謀反人の此わちよを ヤア
謀叛とは誰を謀反 御恩を忘れし人非人 管丞相にはお構ひなくとおのれに
罰は身が当てると 又飛かゝる梅王丸御手を指し述べ引寄せ給ひ ヤア小ざかしい


33
汝が挙動(ふるまい) 勅諚に寄て斯く成る道真 希世は扨置き 其外へも手向ひするは上への
恐れ 汝は勿論館の者共我詞を用ひずば 七生迄の勘当ぞと 聞いて希世が
こはげも抜け コリヤ梅王 して見ぬかい 頬げた斗りの腕なしめと のさばるむねん
堪へる梅王 是非も情けも荒嶋主税 官人原に追立てられ すご/\館に入り
給ふ御有様とぞ労はしき サア/\用意の大貫鎹(かすがい)表と裏へ手分けの人数
築地の穴門樋の口迄 暫時の間に打付けしは物いまはしく見へにけり 清貫
見廻し ハレ能気味 出口/\のしまりも能か 築地の屋根を越へふも知らぬ 主税
万端油断すな 暮に及べば希世殿 いざ帰らんと打連れて六七間も打過ぐる

築地のかげに待ち居たる武部源蔵ぬつと出 希世を一当て悶絶させ
あはてる清貫相伴投げ スハ狼藉者打ちのめせ殺せくゝれとひしめいたり
武部は戸浪に指し添え渡し寄らば切らんづ勢ひなり 希世は漸人心地 立上つて
ヤアうぬは源蔵め 一度ならずひどいめに合したな うぬがする狼藉管丞
相がさしたに成って 流罪の仕置が死罪になろと 云はせも果てず高笑ひ 女房
アレ聞け 物覚えのない抜作殿 伝授は受けても勘当赦ぬ 此源蔵には主人が
ない 梅王丸は主持ちでおのれめをさいなまず こらへて居るかはいさに名代に投げて
こました 名代次手に皆撫で切りと 女房諸共抜き放しめつたなぐりの太刀風に


34
小糠侍鋸屑(おがくず)公家吹立られて散失せけり 敵なければ立帰る時節
も幸い黄昏時 門の扉をとん/\/\ たゝけば内より咎める声 聞覚へた梅王か
さいふは武部源蔵か 殿所かい若い者油断者して居るでない 扉の
釘付け踏み破り 御主人達の御供し此場を退くは安けれどおことが今も聞く通り
仁義を守る道真公 と有て讒者が斗らひにて お家の断絶覚束なし 御幼
少の御若君夫婦が預り奉らん 所存を立つるはコレ梅王 若君をこつそりと 築
地の上からできた/\源蔵殿 お上へ云ふては得心有るまい盗み出すがお家のため
そふじや/\能い了簡 一刻一歩も早退きたし 頼む/\と云ふ間もなく築地の上から

梅王が心の早咲 勝色見せたる花の顔ばせ 大事の若君怪我さしますまい
心得高き築地の屋根 延び上つても届かぬ背たけ とやせん戸浪を抱上げれば
軒に手届く心もとゞく若君請取り抱きおろし 外と内とに忠臣二人胸は開けど
開かぬ御門 荒嶋主税目早く見付け ヤア盗人の隙(ひま)は有れど守人の隙がない
宵覗きめを引する内と外との相ずりめら 菅秀才を盗んだ此むね
注進せんと欠け出す先に源蔵が 立ふさがつてどこへ/\ おのれをやつてよい物かと
打てかゝれば抜合せ切結び切ほどき 追っつかへしつ二人が勝負 屋根の上から
見て居る梅王 桟敷正面真っ向二つ 破(われ)て命は荒嶋主税 とゞめにおよばぬ


35
(挿絵)序切
筆法伝授の勅によつて丞相は七日の齋あり
芹生の里住める武部源蔵を呼び出だし伝授の一巻源蔵に投げ給ふ


36
切捨て/\危うい場所を盗人夫婦 行来 栄ゆる菅秀才 若君頼む夫婦の衆
館の父君母君を頼むぞ梅王心得たと 互いに頼み頼まるゝ 忠義/\を
書き伝ゆる筆の伝授は寺小屋が一藝一能名も高き人の手本と成りにけり