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菅原伝授手習鑑 二段目 道行詞甘替  安井汐待の段

 

読んだ本 http://www.enpaku.waseda.ac.jp/db/index.html (イ14-00002-890 )

 

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二段目  口 道行詞の甘替(みちゆきことばのあまいかい)

サア/\子供衆買たり/\ 飴の鳥じや飴の鳥 それがいやならしる飴鑿(のみ)
切り泣く子の口へ地黄煎玉 扨其外平野飴桂の里には桂飴西の宮に
は飴の金其品々は往て買ふたり 拙者が自まんで売り弘める 桜飴を買はつ

しやい桜飴/\ 桜々と己が名を いへども包頬かぶり 木綿頭巾に袖なし
の 羽織は軽き身なれ共 忠義は重き牛飼の桜丸はいつぞやより
加茂の川浪立出し 斎世の宮と姫君に漸と廻り逢ひ 一日ふた日は我が家
にも 忍ぶに何と菅原の 伯母者頼み参らせんと 行くは車の供ならで後と先と
に打荷ふ飴の荷箱のかた/\に 御二方を入れ参らせ浮世を土師の里へとて
飴のとり/\゛売て行く 心づかひぞせつなけれ 都を深草き 出ても
道はあやなくて 御香の宮に明け渡る道を芹川淀もこへ 町を過ぐればこゝぞ
よし 誰かは何と石清水サア/\お出と荷をおろし 箱を開けばうづ高きすがた


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あらはにかりや姫 暫く拝む日のかげに 目なれぬ山やしらぬ里 思ひなくてぞ
見まほしし なふ宮様と有りkwれば さればとよ そなたの父管丞相いかなる事の誤り
にや 押こめの身と成るも我々出でし後なる故 正しくはしらね共 やがて赦され有り
ぬべし 兎にも角にも我が身は今売る飴のごとくにて 傘に覆へる日かげの身 いつか
とけなん心ぞと 御仰も桜丸 左様にては候はず御忍びましますも 飴をば上に君を下
取りも直さずあめが下しろしめす瑞相にて候と 申し上るに宮は猶勿体なしと身をすべ
る野路の畦道 そろ/\と蕨が裾に手を入れて裾ひるがへす裏模様とめ木に草も
芳しき 春の野面にむれる蝶 袖にとまらば羽摺りて鏡絶やせし けはいせん 爰に我名を

かりやの里 今苗代の時を得て 民の手業も遠目には いとめづらかに 引鶴の
声に千歳もかはらじと 契りし今の閨の内宵よりしめてねる夜さは 月は出る
やら曇るやら 枕とる手に寝てとく帯のいかいお世は/\ 枕とる手に寝てとく帯
のいかいお世は/\ 結ばぬ夢を覚ませとや 春の風ぬるみし空の快よく 行く手の森の
人音に 見付けられじと手ばしかく 又忍ばする飴売が 片手に太鼓片手に撥 声おかし
くも拍子どり こんりや/\/\/\ 是は天子の始めなされた神武飴迚 神武天皇
飴がお好きでねらしやりましたる名物飴をば こちも仕なろて嬶らや嫁らが 紅(もみ)の
たすきをしんどろもんどろかけてしんどろりもんどろりとねりしやりましたを買(かを)


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なら今じや/\と売る声の 子供あつめに子の親が 袖のみやげを買いに来て
認(したゝ)める間の取沙汰に 惜しや都の管丞相筑紫へ流され給ふ故 津の国安
井に風待ちしておはしまするはいたはしと所縁(ゆかり)としらず 告て行 後のおどろき
悲しみは箱を細目に顔斗り 何道真は左遷とや 父上安井にましますとや
せめてお顔が拝みたい どふぞお舩の出ぬ先に 逢せてたも桜丸 頼む/\も
しどろにてわつと斗りに泣給ふ 声をも人にしらせじと喇叭の笛に紛らして 夫れより
道を横切りに 一荷(いっか)の涙になひ行く 先は何国ぞ津の安井の岸の安からぬ
思ひ重ぬる

 

安居天神(大阪市天王寺区

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安井汐待の段)「哀れさよ 世につれて海の面も風さはぐ 湊に御船止(とゞ)めしは

菅原の道真公終には讒者の舌強く覚へなき身に罪極り 筑紫宰府へ
流罪の籠船(ろうせん)津の国安井に 着しかば警固の武士は法皇の旧臣院の廰
判官代輝国 逢坂増井に陣幕打たせ見る目厳しき鑓長刀 数多の官人
四方を囲ひ出舩を松の下かげに日和 見合せ居たりける 判官代輝国海の
面を見渡し 幕絞らせて丞相のおはします 籠輿の本(もと)に手をつかへ 沖の
様子を窺ふ所に 五三日も御出船の日和共相見へ申さず 此所に逗留
有ふより 河内国土師の里へお越あつて 伯母覚寿公共御暇乞
候へかしと申し上げれば管丞相 おもやつれたる御顔ばせ 物見より顕はし給ひ


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院の御所に使はるれば 上を学ぶ下々迄情け有る武士(ものゝふ)よ 斯く囚れとなりし身を
赦しおくらば我よりも おことが罪はいかにせん 思ひ寄らずとの給へば コハ有り
がたき御仁心 左程尊き御方の お為に成りて咎めにあはゞ死後の面目
子孫の誉れ 殊に私業ならず法皇兼ての仰には 土師の里に伯母有ると
聞き及ぶ 津の国にて汐待ちの隙あらば 暇乞させよと密々の御仰せ 何憚る
事もなし御心置なく土師の里へお出でと すゝめ申せば管丞相 都の方を
打ちながめさせ給ひ 世に有りがたき法皇の御心や 天子に父母なしといへ共現在
の御父君 其御力に及ばずして斯く囚われと成るは いかなる罪のむくひぞや はか

なの浮世や浅ましの身の果てやと三世を悟る御身にも 世をつらしとの御述
懐 哀れにも又いたはしし 日和見の船頭罷り出で 今朝の天気合まだ二三日
も御逗留と存ぜしに思ひの外立直り風治まり候へば出船の御用意と
いふより輝国ヤアだまりおろ 立直るまじき日和立直つたとぬかすからは 能き日和
の悪しく成るもおのれが眼にかゝるまい イエ/\左様じや御ざりませぬ 二八月は船頭の
倦(あぐみ)時 得手は手の裏かへします ソレまだぬかす左様な手の裏かへす日和に大切な
流人の船出さるゝ物か イエサ是は慥にヤア狼狽者 向ふ山の雲がかゝつてまだ四五
日も御出船の日和はない いらざるおのれが奉公ぶりと叱付ればびっくりし いかな巧しやな


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船頭でも此暴風(はやて)には仕様がないとつぶやき/\入りにける 管丞相は輝国がこゝろ
ざし法皇の 御心の有りがたさに 河内の国へ赴かんと 仰せ豊に安々と御輿とゞまる
所迚 井の字を居(いる)と書きかへて 安居の宮と末の世に仰ぐも神の威徳かや かゝる
折から桜丸宮姫君を御供申し 先に進んで馳せ来たり 管丞相御流罪と承はり
縁類の者暇乞の願ひ 又一つには科の様子も承はりたし 御役人へ直談と立ち寄るを
数多の官人 ヤア直談とは慮外者暇乞とは無法者 油断ならずと取り巻くを それと
悟りて輝国 ヤ聊爾すなと押ししづめ 科の様子聞きたくば云って聞かさふ 上より
咎めの条々具(つぶさ)に云い開き給へ共 斎世の宮とかりや姫密通の言訳御存じなきとて

あかり立ず是非なく科に落給ふと 聞いて悲しくかりや姫宮諸共にかけ出給ひ
何我々故囚われとや 情けなや浅ましや不義は一人が誤りぞ 流しなり共切り成り共罪に
行ひ丞相を助け得させよ 父上に逢せてたべ対面させよと二方は
泣きさけび給ふにぞ 輝国遙かに頭をさげ 恐れながら御対面有っては弥丞相の
罪重く成る道理 元此おこりは去る頃 君天子に成りかはり御姿を唐僧に写させしは
管丞相の斗ひ 唐土(もろこし)迄天子と思はせ我が娘を后に立て外戚とならん下工みと
讒者の舌にかゝる内宮姫を連れ御出奔 弥それと叡宣(えいぶん)い達し罪なくして罪に
沈む 殊に姫君とは親子の中 是天子への恐れ有ればよもや対面候まじ 兎角此上


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管丞相の為を思し召せば 是よりかりや姫と御縁を切られ 二度禁庭へお帰り有って
謀叛なき趣きを仰せ分けいれ 丞相帰洛を御願ひ候へかしと 申上れば斎世の宮 我
故罪に沈むも悲し 又我をのみ恋慕ひ付添来る契りをば 見捨てて何といな
れふぞとかっこち給へば姫は猶更父の為には怨敵(あたがたき)我を罪して御流罪を 赦して
たへ人々と伏沈み/\ 消入る斗りに泣き給へば 媒(なかだち)したる身に取て つらき苦しさ桜丸 骨に
も身にもしみ渡り 思へば/\我ならば此恋誰かれ持たん 科人は外ならずと悔めど今
さら詮方も涙先立つばかりにてとかふ 詞もなかりしが 立直つて宮のお傍に恐れ入り
私元は土百姓の倅 御扶持を下され君の舎人を勤むるも皆管丞相様のおかげ

其恩有方を流罪させのめ/\見ては居られず と申してから我々風情の及ばぬ
所 輝国殿の仰のごとく 是より姫君と御縁をお切りなされ 他人と成っておひ有らば
よもや叶はぬ事も御ざりますまい 再び丞相様御帰洛有って後 表向きの御縁結び
暫し間のお別れ御聞き入れ下されよと 身にかゝつたるせつなさに 土にひれ伏し願ふにぞ
斎世の宮は猶涙 一旦館を出し身の面恥かし二度の恥と 仰に輝国詞をかへし
御館へこそお帰りなく共 法皇の御所へお越有らば猶以てお願ひ能き便り ひらに
是非にと勧むるにぞ 兎角なみだにくれながら姫君に指し向ひ 我恋草の思ひ
に迷ひ 丞相の帰洛を願はずば天道怒り給ふべし 契りは尽きずかはらねども


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親の為と諦めて 別れてたもかりや姫と涙と共に宣へば コハ勿体ない お嘆きを
うけるも元は自ら故 いつそこがれて死んだらば今の思ひは有るまいに お名残惜しやと御顔
を 見るも涙見らるゝも涙 かた手に 又逢迄は随分まめで おまへ様にも御機嫌でと
後は涙のすがり泣きわつと堪入給ひける かゝる折ふし 何れ共しらぬ女中の乗物つら
せ おめず臆せず判官代に指向ひ 私事はは土師の里立田と申して 管丞相の伯母の
娘と 聞くに嬉しきかりや姫 コレ姉様ナフ立田様かいのと 取付き給ふを突退けはねのけ
母の覚寿左遷の様子を聞き及び 年寄っての悲しみ御推量下さりませと いふ内
に又姫は取付き 其お嘆きが身に取って猶悲しいと 嘆くをふり切 何卒此所の汐待ちを土

師の里にて御一留あらば 心よく暇乞も致し度願ひ あすをもしらぬ老いの身の
少しは嘆きもとゞめたく無体な御訴訟 夫宿禰太郎が参る筈なれ共郡役も
勤むる身で身勝手な事申すもいかゞ 女の慮外は常の事と不調法も顧みずお願いに
参りし お役人の御了簡偏(ひとへ)に頼み上げますと願へば輝国イヤ一家の願い叶はぬこと
大切な囚人(めしうど)浪打際の一宿心元なく 只今用心の為土師の里へ立ち越る 一宿
は覚寿の元と 聞いて嬉しく エゝそれはマア結構な御用心と悦びいさむ立田が
袖 姫はひかへてコレ申し 迚もの事に父上にお目にかゝるお願ひと 頼む袂をふり放し
恐れ多い 丞相様へどの顔さげて逢はふと思し召ぞ 元あなたに菅秀才といふ


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お子のない先 母様がお前をば藁の上より遣はされ 私が為に妹でも今は菅
原の姫君様 勿体ない宮様へ恋しかけて今此大事に成ったでないか 恋は心の外
でもな 是はあんまり外過ぎて姉のわし迄人々へ顔が出されぬ 恥しと叱る心もはら
からの遉よしみと知られける 輿の内には管丞相態(わざ)と詞をかけ給へず 事をはか
るは判官代 ヤア立田殿今更御意見益なき事 コリヤやい桜丸何をうつかり
一時も早く宮を法皇の御所へ御供申せ 立田殿はかりや姫を御同道は必ず無用
合点か コレサ土師の里の親元へ 屹度お預けなされよと表を立って心はなさけ
立田が持たせし乗物へ管丞相を召しかへさせ 跡と先とは警固でかため御乗り物は

ゆるやかに 常の旅行同然に輝国が引添て土師の里へと急ぎ行く ナフ是父上
丞相と宮諸共に欠け行き給ふを桜丸が引とゞめ 立田が押さへて引わくる名残尽き
せぬ妹背の別れ おふきの別れと遉又 姉が情けで引合す いとゞ思ひは増井の
濱目は泣きはらす赤井の水 いつか安居と逢坂の水の哀れや泣き別れ さらばさらばと
「声残る 

 

 

増井の水 (大阪市天王寺区

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 杖折檻の段・東天紅の段へつづく