散茶女郎の事 咄の絵有多

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1242667

 

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散茶女郎の事
さんちやといふは
寛文十年に
はじまつて今
子の年まで百
十年になる。
いわゆる。今の
ちう三なり。その
ころ。さんちや女郎
は。かぶろ一人をつれ
し也。宝永年
中。新丁中あふみやの
みやこちといへる
さんちや女郎かふろ二人
をつれて道中し
ければ所のとしより
とがめけるに一人は
妹女郎の虎也
といふ事にて
すみぬ それより
たれ/\もついの
かぶろをつれるに
なりたり。今に
いたりて 中あふみや

 

 散茶と言うは、寛文十年に始まって、今子の年まで百十年になる。
所謂今のちゅう三(昼三・中三)なり。その頃散茶女郎は、禿一人
を連れしなり。宝永年中、新丁中近江屋のみやこち(都路?)と
いえる散茶女郎、禿二人を連れて道中しければ、所の年寄り咎め
けるに、一人は妹女郎の虎なりという事にて済みぬ。それよえい誰々
も対の禿を連れるになりたり。今に至りて、中近江屋

 

 

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みやじは通り名とす
むかしはかふろにあふぎや
ぞめをきせしをだてと
せりかふろのびふくをきるは
ちかきころよりはじまる
今も正月松の内
いつれのいへにてももめん
のそめもやうをきせる
事こじつ也 又む
かしはみなぞうりをはきしに中右
角町ひしや?右衛門かゝへの
ふやうといふ遊女こまげたを
はきはしめしより
のちみな女郎のはき
ものとはなりぬ江戸丁
松はや守衛門かた
にては今に
ねんしそのほか
いわい日には
くまげたを
もちいず

 

みやじ(宮路?)は通り名とす。昔は禿に扇や(屋?矢?)染めを
着せしを伊達とせり。禿の美服を着るは、近き頃より始まる。今も
正月松の内は何れの家にても木綿の染め模様を着せる事、故実なり。
又、昔は皆草履を履きしに、中右角町ひしや?右衛門抱えの芙蓉と
いう遊女、駒下駄を履き始めしより、後皆女郎の履物とはなりぬ。
江戸丁松葉屋守衛門方にては、今に、年始その他祝い日には駒下駄を
用いず。

 

 

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