読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1242667
15
散茶女郎の事
さんちやといふは
寛文十年に
はじまつて今
子の年まで百
十年になる。
いわゆる。今の
ちう三なり。その
ころ。さんちや女郎
は。かぶろ一人をつれ
し也。宝永年
中。新丁中あふみやの
みやこちといへる
さんちや女郎かふろ二人
をつれて道中し
ければ所のとしより
とがめけるに一人は
妹女郎の虎也
といふ事にて
すみぬ それより
たれ/\もついの
かぶろをつれるに
なりたり。今に
いたりて 中あふみや
散茶と言うは、寛文十年に始まって、今子の年まで百十年になる。
所謂今のちゅう三(昼三・中三)なり。その頃散茶女郎は、禿一人
を連れしなり。宝永年中、新丁中近江屋のみやこち(都路?)と
いえる散茶女郎、禿二人を連れて道中しければ、所の年寄り咎め
けるに、一人は妹女郎の虎なりという事にて済みぬ。それよえい誰々
も対の禿を連れるになりたり。今に至りて、中近江屋
みやじは通り名とす
むかしはかふろにあふぎや
ぞめをきせしをだてと
せりかふろのびふくをきるは
ちかきころよりはじまる
今も正月松の内は
いつれのいへにてももめん
のそめもやうをきせる
事こじつ也 又む
かしはみなぞうりをはきしに中右
角町ひしや?右衛門かゝへの
ふやうといふ遊女こまげたを
はきはしめしより
のちみな女郎のはき
ものとはなりぬ江戸丁
松はや守衛門かた
にては今に
ねんしそのほか
いわい日には
くまげたを
もちいず
みやじ(宮路?)は通り名とす。昔は禿に扇や(屋?矢?)染めを
着せしを伊達とせり。禿の美服を着るは、近き頃より始まる。今も
正月松の内は何れの家にても木綿の染め模様を着せる事、故実なり。
又、昔は皆草履を履きしに、中右角町ひしや?右衛門抱えの芙蓉と
いう遊女、駒下駄を履き始めしより、後皆女郎の履物とはなりぬ。
江戸丁松葉屋守衛門方にては、今に、年始その他祝い日には駒下駄を
用いず。