二代尾上忠義伝 二段目のつづき~三段目の文句

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/10301710

 

 

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「つづき」そも/\ぬひの介みさをひめと
こんいんをいなみえんいんにおよぶは
みなけいせいみちしばといふものに
なれそめかよひ給ふがことのもと
なりとありてきびしく
くるわがよひをとゞめられ
道芝はぬひの介のふつに
おとづれなきをこひこがれ
かねて源蔵はぬひの介の
ともにてくるわへも
かよひ来てちかづきなり
たのもしくおもふ
ことあればこれらの
ことをたのみたく

 

 

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 長谷でらまうでに
かこつけてたづね来り
わかとのゝ事
とやかくと源蔵に
わりくどきたのみ
けるにぞ源蔵も
もてあましいかにも
あはせるくふうもと
こんたんばなしの
さい中へ酒かふて
もどる女房お来
それと見るより
つつと入り男と
女のむなづくし

 

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 「エゝにくていらしい
男づらとわめき
ちらすまちがひ
りんき「イヤあの
女中はな「ふるてな
いひわけその手には
ゆかぬテモあつかはな
女づらドレその

 

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 かほをと
さし
のぞ

「どう
やら
おまへは
見た
やうな
「わた
しも
おまへを
「そちやおみやとは
云やせぬか「そんなら
あねさんお来さん「ヲゝいもと

 

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 なつかしやほんにおもへば此子が九つのとし
わしが六病かんがへのたつきなく手越の里へ
とゝさんがやらしやんして今は道芝といふときいた
ばかりと互に手をとりてをとらいがうれしいかなしい
わびなみだしじうをきいて源蔵が「しらぬこととて
わかとのといひかはしたけいせいがあしがるふぜいの

 

 

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われ/\がいもとゝしれてはたがひのさまたげ
ひとまづくるわへ立かへりゆるりとやかたへ入れる
くふうさたをまちてト源蔵がことばをたのみに
道芝はわかれてくるわへかへりけり

 

 

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 さて源蔵はつく/\゛としあんをきはめ女房にむかひ
「とてもあしかるふぜいにてふうふ此ざまにてくち
はてんはくちをしきことなりわれ
おもひもうけしむねあれば
しばしの内おやざとへ
もどりわかしゆつ
せの時を
まち
よび
よせるを
たのみに
おやぢ
どのへも
やうすをつゝみじせつを
まつてくれよかしと

 

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わりくどきたのみ
けるにはじめの
ほどはしやう
いんも
せざり
しが
お茶も
なみ/\
ならぬ
かしこき
ものなり

一もつある
をつとのしんてい
やがてことばに
したがひてすえ/\゛
までをきやくし
わかれけるはげに
かなげなる女なり

 

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 「これより三段目文句」
こゝにかまくら
くわんれい
持氏卿のやかたは
らうしんのめん/\
しうくわいありて
ひやうぎあるは

 

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春(青)川家の
そく女みさを
ひめこんいん
えんいんせば上意
をそむくのおそれ
これひとへにぬい
の助どのけいせい
道芝とやらんに
まよひ給ふゆえと
此義ひやうぢやう
まち/\なりけり

 

 

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 「続き」そもそも縫之助、操姫と婚姻を否み延引に及ぶはみな傾城道芝という者に馴れ染め通い給うが事の元なり、とありて厳しく廓通いを止められ、道芝は縫之助のふつに(ふっつり)訪れ無きを恋焦がれ、予て源蔵は縫之助の供にて廓へも通い来て近付きなり、頼もしく思う事あれば、これらの事を頼みたく、長谷寺詣でにかこつけて訪ね来たり。若殿の事とやかくと源蔵に割り口説き、頼みけるにぞ源蔵も持て余し、いかにも会わせる工夫もと、魂胆話最中へ酒買うて戻る女房お来、それと見るよりつっと入り、男と女の胸尽し。「エエ、憎体らしい男面、と喚き散らす間違い悋気。「イヤあの女中はな、」「古手な言い訳、その手には行かぬ。テモ篤皮な女面。ドレその顔を、」とさし覗き、「どうやらお前は見たような。」「私もお前を」「そちゃお宮とは言いやせぬか」「そんなら姉さん、お来さん!」「おお、妹!懐かしや!ほんに思えばこの子が九つの年、わしが六病、考えのたつき(手付き・生計)無く、手越の里へ父さんがやらしゃんして、今は道芝というと聞いたばかり、と、互いに手を取り手を取らいが、嬉しい悲しい侘び涙。始終を聞いて源蔵が「知らぬ事とて若殿と言い交した傾城が、足軽風情の我々が妹と知れては互いの妨げ、ひとまず廓へ立ち帰り、ゆるりと館へ入れる工夫。沙汰を待ちて」と源蔵が言葉を頼みに道芝は、別れて廓へ帰りけり。


さて源蔵はつくづくと思案を極め、女房に向かい「とても足軽風情にて夫婦この様にて朽ち果てんは口惜しき事なり。吾思い設けし胸あれば、暫しの内親里へ戻り、我出世の時を待ち、呼び寄せるを頼みに、親父殿へも様子を包み、時節を待ってくれよかしと、割り口説き頼みけるに、始めの程は承引もせざりしが、お来も並々ならぬ賢き者なり、一物ある夫の心底、やがて言葉に従いて、末々までを契約し、別れけるは実に健気なる女なり。


「これより三段目文句」ここに鎌倉の管領持氏卿の館は老臣の面々集会ありて評議あるは、春川家(狂言では細川家)の息女操姫、婚姻(を)延引せば上意を背くの恐れ、これ偏に縫之助殿、傾城道芝とやらに迷い給う故と、この義、評定まちまちなりけり。