読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/10301710
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大杉が立身みねにあさ日ののぼるがごとく
又紙崎はえんがはのふもとにくもる
むらさめとふりゆく身こそあはれなる
大杉はくわん/\と大もんの袖かきあはせ
「イヤ何紙崎どのそれがしひつぴより
かゝるりつしんきでんにはかへつて御いみ
さかえおとろふは世のつねなげき給ふな
此大杉がをり紙もつてごぜんあしくは
はからはじといへども紙崎はもく
ねんとしほれいたるに正げんは
こえあらゝげ「ヤア/\軍平ソレ
紙崎をぼつぱらへイザ/\
大杉殿ごぜんへともに
お目見えとぜん
だいみもんの出世のたもとひるがへし
てぞ入にける
しじふのやうすさいぜん
より尾上はひと間を
立出て「ヤレ紙崎さま
やうすはのこらずきゝました
心元なきおいへのありさま
「ヲゝやさしくも申されし
われそのもとの中心を
見こみたのみおく
一大事をぢごてん善
殿をはじめ
かとう
どの仁木
なんど花の方
御しんしをうし
なはんとさま/\゛の
かんけい何とぞきでんの
上のあんぜん
おいへの長久
たのみ申すと
なみだにくれて
たのみけるともに
をのへもなみだに
くれしばし
もくして
いたりしが
「こゝろえ
ました
紙崎さま
さいぜん
岩藤が
おとせし
みつしよ
後日の手がゝりせんぎのたね
「ホエオなるほど/\こゝろ
ならざつてんぜん
岩藤それがしに
なりかはり
ずいぶん忠きんたのみ入ると
忠臣義女のたましひを
あかしちかひて
わかれけり
○源蔵はみちしばを引とらへ
はや/\やしきをたちのけと
おひやる所へ縫の助は
道芝はいなさぬとさゝゆる
折から当番のさむらひ
あはたゝしくかけ来り
何ものかほうぞうを
きりやぶりつぎ目
のりんしを
うばひとり
たち
のきの
すぐ
さま
御ちう
しんと
いひ すてゝ
ひきかへす
ハツト
ぎやうてん
ぬひの
すけ
「次へ」
(左頁上)
畑「ヤイ源蔵
うぬが舌ゆへ
兄少ぜんは
君のかんどう
なんぢが
くびを
あにへの
テみやげ
わが
かん
どうの
わびのたね
たつる
じせつだ
かんねん
ひろげ
源「ヤレはや
まるな
はた助殿
そこもとが
あにをおひ
うしなひ
主人をどく
さつせんと
したるは仁木
正げんばうけい
あらはれさがみ川へおち行しぞ
あとぼつかけて兄へのかうを立られよ
「スリヤみな仁木がたくみなるかヲゝがつてんだ
大杉が立身峰に朝日の昇るが如く、又紙崎は縁側の麓に曇る村雨と降り行く身こそ哀れなる。大杉はかんかんと大紋の袖掻き合わせ、「いや何紙崎殿、某匹夫より斯かる立身、貴殿には却って御意味、栄え衰うは世の常、嘆き給うな。この大杉が折を以て御前悪しくは計らわじ。と言えども紙崎は黙然と萎れ居たるに、正げんは声荒らげ、「やあやあ、軍平は紙崎をぼっ払え。いざいざ大杉殿、御前へ共にお目見え」と前代未聞も出世の袂翻してぞ入りにける。
始終の様子、最前より尾上は一間を立ち出で、「やれ紙崎様、様子は残らず聞きました。心元無き御家の有様」「おお、優しくも申されし。我そのもとの忠心を見込み、頼み置く一大事、伯父御天膳殿をはじめ、方人(かたうど)の仁木なんど、花の方御親子(ごしんし)を失わんと様々の奸計。何卒貴殿の働きにて、御身の上の安全、お家の長久頼み申す」と涙にくれて頼みける。共に尾上も涙にくれ、暫し黙して居たりしが、「心得ました紙崎様。最前岩藤が落せし密書、後日の手懸り詮議の為。」「ほお、なるほど成程、心ならざるてんぜん(大膳?)岩藤、某に成り替わり、随分忠勤頼み入る」と忠臣義女の魂を明かし誓いて別れけり。
○源蔵は道芝を引捕え、早々邸を立ち退けと追い遣る所へ縫之助は、道芝は往なさぬと障(ささ)ゆる折から、当番の侍慌ただしく駆け来たたり。「何者宝蔵を切り破り、継ぎ目の綸旨を奪い取り、立ち退きのすぐさま御注進」と言い捨てて引き返す。はっと仰天縫之助!「次へ」
(右ページの上)
畑「やい源蔵、うぬが舌故、兄小膳は君の勘当、汝が首を兄への手土産、我勘当の侘びの種立つる時節だ観念ひろげ」源「やれ早まるな畑助殿、そこもとが兄を追い失い、主人を毒殺せんとしたるは仁木正げん、謀計顕れ相模川へ落ち行きしぞ。あとぼっかけて(追いかけて)兄への孝を立てられよ」「すりや皆仁木が工みなるか、おお合点だ!」