読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/10301710
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「つゞき」ぬひ殿の
おたねをやどし
てをります
此ことばかりは
とゝさん
ゆるして
くださんせ
トなげくを
きいて「ヲゝ
しらぬこととて
それきいては
そなたがもつとも
とかふいふうち
もう日ぐれ
こよひは
とまつて
ばゝや
あねに
あふた
がよい
おちつく
ことばに
よろこふ
道芝がきゆ
るその身と
しらつゆにはや
さそひくる
入あひの
○道芝がなまくび
むぜう
とつ
ぐる
野寺
の
ねぶつ
人も
とだえて
もの
さびし
「さいはひ
人の通りも
なし向ふの
どばしで
ひと
思ひに
「とゝさん
何を
いは
しやん
す
「アイヤ
向ふの
どばしは
人の通る
たびに
あぶないと
いふ事
「エ何のあぶ
ない事が あろ
わたしがさきへ
わたるはいな
「ヲゝさうじや/\
どうでわたらにや
ならぬ身のうへ
おねんぶつ申てわたつたが
よい「マアぎやうさんな
はしひとつわたること何のくが
ござんせうトしらぬがほとけ
眼兵衛が心は鬼の目になみだ
つゝみづたひの野べおくりうしろげさに
きりたをしかへすかたなにとゞめの
ねぶつなむやはかなき道しばの
露のうき身ぞあはれなる
○道芝がぼうれい
○これより「五段目 眼兵衛内 おなじく腹切」
○源蔵がつまおらいはをつとに
わかれおやざとにありて源蔵
よりのおとづれを
まつうちに
母大病の
床にふし
とても大金の
やくしゆを用ひねば
へいゆすまじとの
事かうしんふかき
おらいなればひそかに
くをたのみて
大いそへ身をうり
けふ百両のかねを
わたしむかひの
くつわや来る
よしに
さだまりぬ
かくとは
しらがの
母親は
やまひ
のとこを
よろぼひ出る
をりから
ひごうに
きえし
道芝が
こん
ぱく
「はゝさま
久しう
ござんすと
いふにびつくり
「モシはゝさま
はなしたいこと何やかや
おくへきてと道しばは
母をともなひ
入にけり「次へ」
「縫殿のお胤を宿しております。この事ばかりは父さん赦して下さんせ」と嘆くを聞いて、「おお、知らぬ事とてそれ聞いてはそなたが尤も、とこう言ううち、もう日暮れ、今宵は泊って婆や姉に会うたがよい。」落ち着く言葉に喜ぶ道芝が消ゆるの身と白露に早や誘い来る入相の無常を告ぐる野寺の念仏、人も途絶えて物淋し「幸い人の通りも無し、向こうの土橋でひと思いに」「父さん何を言わしゃんす」「あいや、向こうの土橋は人の通る度に危ないという事」「え、何の危ない事があろ。私が先へ渡るわいな」「おお、そうじゃそうじゃ、どうで渡らにゃならぬ身の上、お念仏申して渡ったがよい。」「まあ仰山な、虫一つ渡る事、何の苦がござんしょう。」と、知らぬが仏、眼兵衛が、心は鬼の目に涙、堤伝いの野辺送り、後ろ袈裟に斬り倒し、返す刀にとどめの念仏、南無や儚き道芝の露の浮き(憂き)身ぞ哀れなる。
○道芝が生首
○道芝が亡霊
○これより「五段目 眼兵衛内 おなじく腹切」
○源蔵が妻お来は夫に別れ、親里に在りて源蔵よりの訪れを待つうちに、母大病の床に伏し、とても大金の薬種用いねば平癒すまじとの事。孝心深きお来なれば、密かに苦を頼みて大礒へ身を売り、今日、百両の金を渡し、迎いの轡屋来る由に定まりぬ。斯くとは白髪の母親は、病の床を蹌踉い出る折から非業に消えし道芝が魂魄、「母様久しうござんす」と言うにびっくり、「もし母様、話したい事何やかや、奥へ来て」と道芝は母を伴い入りにけり。