夏祭浪花鑑 一段目 お鯛茶屋

 

読んだ本 http://www.enpaku.waseda.ac.jp/db/index.html ニ10-01283

 


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団七九郎兵衛
釣舩三婦
一寸徳兵衛   夏祭浪花鑑

第一 色の水上汲分た 御鯛茶屋の塩竃

諸行無常と響つゝ 菩提をしらする遠寺の
鐘 生者必滅四季転変の花の色定めなきは
娑婆世界 爰に六孫王の御孫多田の満仲
の御嫡子 摂津の守源の頼光とて 智
勇尊き 大将有 しかるにいか成る御宿運にや 御心


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比例ならねば渡辺の綱 坂田公時 卜部末武 臼井
定光 其外残る諸大名思ひ/\に相詰て御機嫌
いかゝと窺ひ居る 中にも渡辺すゝみ出申すやういかにかた
/\゛ 此度君の御病気は御心のむすほふれと覚ゆる也
御慰みを催して御心をはらしなば然るべしとのべければ 人々頭
をかたむけていまだ詞も出ざるに 公時やがてすゝみ出
先ず某が存候は 夫れ人の心をいさむる事 酒宴に増したること

は候はず 唐土楽天が酒巧讃を学び 御庭前に酒の泉を湛え
美女を揃へ 今様朗詠さま/\゛に 音声微妙を尽さん事いかゞ
あらんと申さるゝ 渡辺綱是を聞き 尤も面白は候へ共それは異国の
諺也 ちかき我が朝の風景を申すべし 嵯峨の天皇の御宇かとよ
融(とおる)の大臣といひし人 思ひや空に陸奥の 血鹿の塩竃を堪
忍び 六条河原の院に塩竃を移し 難波の三津の浦よりも
うしほを汲ませ遊興有りしは 何とやらん妙なる様に存れば 御庭前


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塩屋の体をかざり 美女をあつめ蜑乙女に作り 汐汲体の遊
景はいかゞあらん去ながら とかく書付けを取て言上然るべしと やがて一々相しる
させ 扨人々を召しぐして 御前をさしてぞ出らるゝ 御前になれば 右のし
だいを言上有る 頼光御らんじ 先ず以て某か病中を悲しみて せい/\゛を尽
さるの段 誠以て祝着せりいづれも宜敷事なから 中にも此
血鹿の塩かまの事は 我さかんのいにしへ陸奥へ下りし時 少しは見
物申して有る 昔の体一入なつかしく思ふ間 先ず塩竃の風景望み也

と御機嫌宜敷の給へば俄に用意と 聞へける 心も詞も 及ばれ
ず 上下しやれたる遊びとて さゞめき渡る海げしき 目元に汐を
汲む海士は 血鹿の塩竃引かへて 千話の塩がま是や此 君が心を汲みて
しる 賎(しづ)が手わざのしほらしき 色と情けのふたりづれなるかならぬか鳴尾
崎 けふ打とけてあはぢ嶋 通ふ乳守の廓にて 幾夜かさねん香田
の端花の顔はせ吹付ける それ/\こはい東風かぜのばつと吹井の 浦かと
よ 我名をとはゞ琴浦が 里に有しはきのふけふ 興も一入増るらん


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いざ/\汐を汲べし サアのふ汐をくまづよづ たんぶ/\と汲分て持つや
田子の浦京からげの汐衣二月の 雪と見なせば消ましき寿成りと
悦びける 時に紀州熊野の別当あはたゝ敷く参上し ヲツト待て貰ふ
扨も若王寺の ハテサテ浄瑠璃待たてや ヤイ茶平そりや
どふじやい 別当の装束けさ衣を忘れたか きのふの役割おのれ酔ふて
覚へぬな 玉嶋礒之丞は源の頼光殿 此大島佐賀右衛門は渡辺
の綱 公時は此御鯛茶屋の亭主 八百屋の末武久三の定光琴

浦すの汐汲で 跡目論の浄瑠璃狂言 是迄塩梅がよかつた
頭取 何と言い付るぞいと しかられて公時も 茶平何とうろたへてじや
衣装来て出なをした いや/\/\/\出なをし所ぢやないわいの
頼親の調伏より大な事が出来てきた ムウ来たとは何が 来まし
た/\ しかも歴/\ ムウ又礒之丞貴様の迎ひか 面倒ないなして
しまやれ いなせ/\と放埓の 腰押し悪事の佐賀右衛門にさかなやふ
はとのせられて コリヤいねといへ/\ いなずばはやうほひいなせと 酒がいはする


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我儘八百 イヤ/\いつものとは違ひまする 泉州濱田のお屋敷から
御朋輩の介松主計(かすへ)様 堺のお鯛茶屋は是か 玉嶋兵太夫殿子息
同名磯之丞殿 明け暮是に居申さるよし承り使者に参つたと 乗物て
ぐはつたひし ヤア何じや主計がわせられた そりやマア何しにわせられた
エゝひよんな所へわせるわろと 驚く頼光あはてる綱 腕取られし?付きでも
口は利口にエゝコレ 磯之丞何をうろ/\ 主計がそれ程お身はこはいか 堅い
自慢の尤も?異見に来たに違ひは有まい 畏つたのぬらりくらり

当分遁れに間に合した 身共はそつと抜ていぬと立上れば これ佐賀右
気の悪い 貴様が取成しいふてくれねば仕廻が付かぬ イヤサつかふがつくまいが
身共は主計に逢ふては済まぬと 我身勝手のせり合なかば それもふ爰へ
お通りなさる 跡目論も取置けと手でに衣裳着かへるやら 訳も何やら
しらね共いひかはしたる夫マの為 ろくな事では有まいとそゞろ涙に汐汲
の 太夫さん エゝこれ/\泣く所じやない おまへは奥へ禿衆奥へ連れまし
てと 気をもむ身内の冷あせに 紅粉(べに)の兀(?はけ)たる公時が顔はまたらの飛入


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椿 首が落はしよまいかとさはぐ末武八百屋物 鳶田の見世へ出やせぬ
か 旦那様申し聞へませぬ やつはり久三が役相応米ふむ臼井がましじや
のに 定光尻がくるであろと 口合いやら泣き事やら引れ者の哥同前 夢中
に成るを踏み飛し どふで有ふとおりやいぬると 何義を人にぬり付けて いぬる
大鳥佐賀右衛門悪事と後にしられたり 酒に乱れても武士は武士 磯
之丞は着物きかへ コリヤ亭主茶平 わいらも皆勝手行く/\ 主計
に逢ふた其上はとふした事が出来ふもしれぬ 必ず騒ぐな出まいぞよ 太夫

も必ず出やるなと覚悟究めた詞の端 聞く気遣いは有ながら早次の間の
足音に 短気を出して下さんすなと 心ならすも打連れて奥の一間に
潜み居る 次の間も 嘸驚きつ主計とは女の名にも付くなれどそれにはあら
ぬ打かけは町と屋敷を合せ帯 かるた結びの折目高 下座に付けば磯
之丞喰ひちがふたる使者もふけ 裲姿に合点行かず そなたが介松主計殿
な 介松氏とは懇意にいたせば奥方も存じておる 但し主計はいつ女にな
られた 何用有ての只今のお出 先ずあれへお通りと慇懃にあいらへば


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主計様とはお目にかゝらふばつかりの作り名 お袋様からお使いに いふな/\ 殿
様お帰りなさるゝ故 留守にいておる親兵太夫も屋敷へ戻らるゝによつて
戻らぬ先におれに戻つて居よとの使いか 戻られうがとふせうかいんでから
又出にくい 往ぬまいと云からは 母者人がとんぼう返り仕やらふが 親仁が目
玉むかるゝたけはむきやつてもいぬ事ならぬ 勘当は御かつ手しだいといんていへ
又しても/\戻れ/\と 役にも立ぬ使いおこしやんな 遊びの邪魔に成ると
いへ 何じや異類異形な者が来てあへさがす きり/\いねと腹立声 アゝ

お見忘れも御尤 まへかどお屋敷に御奉公申しましたおかちと申す者 サアおかち
で有ふがおまけで有ふがいぬる事ならぬ/\ ならずばお帰りなされいでも大
事ない お使いの御口上は殿様明日お帰りの筈なれど 大井川で三日の逗留
安倍川で又五日の川留め道中八日のお隙入りお帰りも夫れ程延びる お留守
の間はお館に御用もなし お帰り迄はゆるりつとお遊びなされてこざりま
せと お袋様の粋な使い だが来てもお迎いかと思召てお逢なされぬ 折
から私もお願ひ有てお袋様へ参ました 出合頭のお使者の御用承


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つた私が作 主計様といふたりやこそ お逢なさるゝ様にも成るホゝゝお嬉しう
存じまする 御口上は此通りと 思ひの外に性悪の 腰押す母の御意はよし 下地は
好き也 ムウ川留めて戻りがおそい 夫れ迄はゆるりると爰で遊へといはるゝか そりや
ほんにか アイ アおれを産んだわろ程有る いかふ粋になられたの そふとはしらす
粗相した そんならばついちよつと 状おこされりや済む事を あつたら肝をひや
さした茶平勘六こい/\/\ おつと障子を引明けていそ/\ひよこ/\ ヲイデ/\ どふ
じや聞いたか 承りましたけうとい段か お袋様は日本一の粋大明神 浦様も

追付け見だい明神にお成なさるゝ瑞相めでたし/\と そゝり立ればコリヤおかち
われへのけふの褒美には人に見せぬ取て置き 乳守の里から琴浦といふ
根引の鬼灯(ほおづき)丸?を拝まそふ 太夫/\と呼立られ つい爰には居るけれと
いても大事ないかへとおもはゆげに立出れば おかちはえしやくし手をつかへ おまへが
琴浦様かいの 若旦那のおいとしがり ほんに御むりと申されぬ お目元なら口
元な 殊にあなたをいとしぼがつて下さります ほんにお嬉しうござりますと やさし
い詞の?つく/\゛ ほんにわりや前屋敷にいたお勝 茂兵衛とやらか娘


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じやな さつきには腹の立と気のもめたのでとんと見忘れ コレ太夫 あれも
嫌ひてないぞいの 色事で屋敷出たがマアとふして出入をハアお赦しはなけれ
共 お願ひ有りて ムウ成程しつた/\ 去年の宝の市に 中間と口論して
牢舎した アイ/\其團七殿事に付いて ヲゝサ気遣いなく 喧嘩の相手の
中間が 主の大鳥佐賀右衛門はおれが友達 たつた今迄爰に居た 主計と云
名で聞おぢ逃げていんだ 弱いやつ おれがあぢよう云聞かせ 佐賀右衛門が申し
おつせばつい済む事 追付け事なうすましてやろ そんならどふておせわしておかち

様の気休め 佐賀様へ人やつてと女の事は女どし 名にも引かた琴浦がうらな
き詞に牽頭(たいこ)の茶平 サア/\めでたい埒明いた 此悦びにけふの趣向 跡目論
のさつきの残り 身物にはおかち様始めふでは有まいか 但夫れより飲みにして大きな
物で始めましよ お銚子早ふと叩く手の 返事もながき春の日の 浜辺の
磯な踏みあらし 見るめけやけき非人の喧嘩 取りさへ人も友つゞれ 待てよ放せ
と声かけ作りの下の騒ぎは こりや一興は跡目論より乞食論 頼光しやな
い貰ひこう 様子を聞ふと縁先から 見おろす下にふちたゝき ヤアこつぱめな


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コリヤ八よ待て イヤサ邪魔すなイヤサマゝ待て コリヤわれも仲間で口利く者 訳も
云ずにぶち擲き どふした出入じや云てからせい ヲゝ理屈かなうてせうか コレこいつ
めは此此の新茶 見れば骨もかたし 仲間に入れて大事ないと思ひの外横道者
大下茶屋から廿町余り 一文の銭貰はう迚追て来た旦那衆の巾着 
われが切てようおれに難儀させたな 大ずりめ 大盗人め コリヤヤイ此堺街道は
夜よなか銀(かね)持って通らふが 指さす乞食ひとつもない われが様なやつ生けて
おきや 仲間の者の足が上 そこのけあいつ打殺すと 掴みかゝるをマゝゝ待て コリヤ新

米よなまの八が云通り おのりやちよこ/\腰な物いぢるな そんな手より
盗人せい 但し盗まぬといふ云訳有らば サアこつtき出せまき出せと こつはの権にきめ
られて 頬も心もしよげ/\と こなた衆が皆尤も 盗ふと思ふてした事じやない
帯の間いから落ちかゝつて有たを ちよつと持たらずるりと抜けたが 盗み始めの盗みお
さめ 殺したか殺せ おれが段々なりさがつたざんげを聞いて下はりませと 詫びれば
上にはコリヤけうとい したが非人の云訳とは あふひ下坂じや有まいか 旦那夫れか
ら御らうじませと たいこが悪口耳にもかけず まあコレ二人ながら聞いて下はれ わし


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が親は太物問屋 大名の掛屋もして 羽がいの下で人の百も養ふいた者
それ程に仕出したわるじやによつて 何もかも始末しられたやら 四十過て
のひとつ子 おれとは違ふてよい衆付き合いさせにやならぬといふて謡をならふ舞
を習ふ 鼓の茶の湯の何のかのと付き合いに銭の入事ばかり 伽羅かける外
秤とやら手に取た事もない 綿が高いの 銭が安いの手代共が寄り合て 勘
定が合わぬの引くの出の そんな事は空吹く風 くつしやみしても人参ざんまい
物心覚へるとの友達にさそはれて 此堺の乳守へ来初め 太夫が傍では恥か

しうて爪くはへて居た物が 二度に成り三度に成り 四度めは面白し 五度めはかは
ゆふ成り それから連れも邪魔に成 十日も廿日も居つゞけのたはいなし 寄り障る
者皆追従 旦那くはつとに乗せ上られ粋といはるゝ嬉しさに こぬ日の紋日も
買ふ様に成てくると 始めにはにざりけり のらめ/\と親父の異見糸瓜の皮共
思はゞこそ 親を親共せぬおれを母者人はまだ抱へて かげへ成り日向に成り幾
度か女夫喧嘩 其母者人へは義理はなく 得手勝手の義理しやのしやばる
の それから身請ぜんさく 親方が高ばる 手代がこまるこつちはしこる親父はし


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かる ひつつかまへて二た月程座敷牢同前一寸も動かさず 物ほしい時分にむり
に嫁呼であてがふ 何が親父が孔明をやられても此韓信股はくゞらず 蹴飛て
置く故に五日帰りに直ぐに去り状 孔明が死んでから三国志の乱れ口 一七日立ぬ内彼の色
を請出して女房に持つと 家の手代は見限て引く様に成てくる 主が主ならけらいも
けらい しんきの手代は引負する田舎の客も余所へ行く しやう事なしに商売かへて
マア請け酒やと出て見れば よその飲人(のみて)はひつとりもなく 家内して飲みくる 当分いら
ぬ衣裳道具 質屋へ飛んで月の切れたも理の前 流れの者を女房心得た

因果まだ奇特にもお真向様は入残しの取り売で女夫くらす中チ 盗人に合火事
に合 ほんやしてもちよこざいでてらの銭皆はり込み 分散した賽の目で 死んだ
親父が草葉のかげからにらまれた 親の罰銀の罰身の程忘れた罰で つゞ
れ着る様に成たとは今では合点がいても跡の間 人の余りくふ様に成て くれぬ
物つい取気に成たのは 栄耀栄華にほたへ過し 罰の当りたい程当つた骸(からだ)
擲き成ど殺し成ど 存分にしてくれと 命惜しまぬ悔み泣き すゝり上/\ 涙に乱れが
身の上は 二人が身にも外ならず めんつに余る貰ひ泣 実にも 乞食の涙なる


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こつぱも涙押のごひ エイハ聞きや素性も能者也な母よ 堪忍してやれ
ヲゝわれがいふ事なりや赦してやる 重ねて盗みひろいだらほで打折るが合点か 中
直りにしたみ貰ふてきすほやかふ 板お造酒(みき)でも振舞へと 腹の酒樽詰
かけるは 伊丹にあらぬ菰かぶり打連れてこそ急ぎ行 始終を聞いて磯之丞
物をも云ず片隅の刀ひつ提げ立上れば おまへは何なさるどこへお出遊ばす
と 琴浦に咎められ イヤどこへもいかぬおりやいぬる いぬとは旦那そりやなぜ
に どふじやしらぬがおりやいにたい おまへがお帰り遊ばすとけふの私が使いの口上

お袋の御内意をむげになさるゝ同前 イヤサむげにならふがどふせうが 今の
新茶乞食が云分 おれが身持ちに違いない 胸にひつしとこたへてきて 爰にはどふ
も居られぬ/\ 内の首尾見て又こふ太夫 アイナそれもお袋様のお心休め
しやちかしいに又お出 松やの門迄走てたも おかちは別に戻れよと 居びたれ客に
いに神の付いてはそこにたまられず サアお帰りに漸と 息の出たるたいこ持ち 爰
は一番さつぱりといのふ峠の孫ちやくしときたはいな そゝるたいこが拍子には あはぬ
玉嶋礒之丞送られ館に帰りけり おかちも次送り見送りしが小戻りして縁


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先に 手を五つ六つ打鳴らせば ざは/\/\と立戻り 浜辺につくまふ以前の乞食 おゑ様
お首尾はよごさりましたか 首尾はよい共/\ そち達が身の上咄しで 唐の孔子
異見よりあなたおひとり御合点いて 館へお帰りなされたはいかひ働き お袋様のお
悦びおかちがけふの身の面目 礼をいはふと勝手より取寄せ置きし鋏箱 ふた押明けて夫々に
ちはる布子のゆき尺も あら男には大嶋と目利き手利きの仕立際 手でにたゝき裁
て コリヤお金迄下さりまする お袋様から当座の御ほうひ お有かたうこさりまする
さらば /\の悦びは おめでたい茶屋戎嶋おかちはやしきへ いそぎ行