夏祭浪花鑑 六段目 釣船三婦内

 

読んだ本 http://www.enpaku.waseda.ac.jp/db/  ニ10-01283 

 


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第六 男の意地を立ぬいた 焼鉄の女房作

賑わしき難波高津の夏神楽 ねり込ふり込荷なひ込 てうさようさのだて提
燈門の揃へは地下町の 印を見世にいよ簾 並ぶ家居の其中に釣船三婦が内
客は内証預りの乳守の太夫琴浦と 結び合たる磯之丞見世を揚屋の祭
見に 口舌仕かけてすね合て炎のきせる打たゝき 煙くらべのひんしやんは火皿も湯に
成る斗也 三婦が女房は料理拵へ火鉢にかけし焼物を あをぐかたてにコレ琴浦
様 もふよいかげんに中直つたらよかろがの 道具やの娘お中殿とやらを三婦殿が送ていた

も 悋気しんきな顔かいやさに 夫レに何ぞやふしくた様におまへも粋の様にもない
男に勤奉公をさしたと思たがよいわいなと 挨拶すれば アノおつぎ様のいかんす事はいの
お中殿と心中に出た清七男 中直つた迚面白ふもござんせぬ じたい娘の有る内へ奉公
にやらんした 九郎兵衛様が聞へんませぬ アコリヤ九郎兵衛に恨みいふ気なら此清七男にいへ 三
婦のせわしてたもるのも九郎兵衛の顔から 其恩の有人を恨さするはおまへの業 いふなやい
すへ膳と鰒汁を喰ぬ男の内ではない ソレ其口か猶にくいと せり合中へ主の三婦数珠
つまぐつて門口より 女房共今戻つた 祭の料理出来て有かと 内入よきに次もほ


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れ/\゛ できて有る/\ 誂えの鯵の焼物 摺り立汁に皮鱠 ヲツト夫レでくへる/\ シテ道具屋
の娘女は戻してきてか ハテ人の大事の娘匂引(かどはかし)たといはれて 磯殿の男が立ぬ 首くゝつた
伝八めに何もかも負せ金の事もさらりと済む 中買の弥市を殺した事は 彼のかき
置でしてやつたと思ふたが いやな風説が有る お二人も聞しやませ 其書置の手が伝八が手
でないと 一門共か云出し御詮議を願ふとの噂 スリヤ磯之丞様を大坂の地には置かれまい
と 九郎兵衛もいふおれも思ふ マア当分立退す相談といふても当所なしにやられもせ
まい よいほどなけんひき マア端近へ出て人に顔見せるもわるい 殊に琴浦殿は目かける奴

の有る身の上 女房共も女房共 なぜ表へ出しまするぞと 叱り廻せば ソレ見さんせの えようらし
い恨気所か 事によつたら二年三年別れ/\にござろもしれぬ 暇乞と中直りの汗を一度
にかいて置んせ うぢ/\せずと琴浦様連れましていかんせと 粋な女房の挨拶もよい
おれ口とコレ磯様 いふ事がたんと有る サアござんせと手を取ば ふいとふり切ふ行儀せまい 三婦が
きつと見て居やると おどけをしほに二人連 手を引合て入にける ドリヤ焼物を焼立てて祭
進じよと立つ女房 表へ廿六七な所めなれぬ笠の中 そこか爰かと見廻して 下荷
物の世話なさんす 三婦様といふお方は 爰らではないかへと 問門内より爰でござんす どな


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たじや わしじやわそといへ ヲゝよふござつた アリヤ徳兵衛のお内儀じや 是はしたり サアマアこち
へと挨拶を馴染にして打上り 三婦様には先程九郎兵衛様でお目にかゝり 何かのお礼を申しまし
たがおまへには初めて 私は備中の玉嶋におりまする辰と申して 徳兵衛女房でござんする
コレハ/\よふのぼらんしたなァ アイまあ連れ合徳兵衛殿事は わづかな科で 国を立のかれまし
て 和泉とやらに居られましたを 皆さん方か世話にしてしばらく大坂の住居 生付が
あらこましい喧嘩といへは一番がけ 肌刀さ?た様な人定めて何角おせわがちと 一礼いへば アよ
そがましい何のお礼 イヤもふあらこましいは何方も覚の有る事 手前の人も五六年以前迄は

夫レは/\喧嘩好てな 仮初にもちよつと橋詰へ出て貰ふが毎日毎晩 夫レも又直
れば直る物 今では虫も踏殺さぬ仏性 アレあの様に片時も数珠を放さず 腹の
立つ事が有れば念仏で消して居られます 嬶が云通り常住是じや/\ ハテナア夫レは結構な事
イヤお内儀徳兵衛も同道で下られますか サイナア女房の思ふ様にもない聞て下んせ
お国の咎めも赦(ゆり)ていにきたを ヤレ嬉しやといふ気もなふて マア四五日も後から下ろ先へ
下れとひつしよなさ 未練そふに付はつても居れず ぜひなふ先へ下りますと 咄の内
に三婦が女房思ひ付たる一つの頼み 云出すしほに茶を指し出し イヤ申お辰様 馴々しいがお前


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へちつと頼申たい事がござんす 何とわしに頼まれて下んすまいかとうらどへは 立直つて襟?
合せ 玉嶋の田舎に住でも一寸徳兵衛女房辰でござんす 頼むと有を一寸でも後へ寄
ぬが夫のしにせ 引きはせまいマア云て見さんせ マア忝いお礼から申ます 定めて徳兵衛様の咄で
聞て御ざんしよう 和泉の國濱田の御家中玉嶋兵太夫様といふお方の御子息磯之丞様と
云が 様子有て町奉公なされてござつた所に 若気の至りで人を マア大坂に置ぬ首尾 今
も今迚かけさせまする相談 此お身をどふぞマア私が方へ預りましよ アノ預つて下んすか
そこを引かぬか一寸が女房は殊に其親御の兵太夫様へ釣てはちつとこつちに由縁も有 預つて

連まして帰りましよ そんならそふして下さんせア落付た/\ テエ呼ましてきませうと立つを
釣船コリヤ待て女房 女さかしうて牛買はれぬといらざる儕がさはい 頼でよけりやおれが頼
磯之丞殿をお辰殿へ預けては此三婦が顔が立ぬ ナアそこを外へ頼るがあなたのお為 マタぬか
す男の一分捨さすか 面よごさすかたわけめと叱り飛ばされもぢ/\うぢ/\ 徳兵衛女房聞
とがめ イヤ三婦様 むりに頼れたふて云ではないが わしが其人預ればおまへの男の立ぬはどうして
但し女てまさかの時役に立ぬと見すへてか まんざらひちりかすりをくふ様な ア女子でもご
ざんせぬ 一旦頼むの頼れたのといふたからは 三日でも預からねば顔も立ぬぞへ 立てて下さんせ親仁


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さんと からい女房の詞の山椒茶びんあたまをうごかする イヤどふいふてもア預けては此三婦が
男が立ぬ サア其立ぬ訳聞ふ いか様夫レには様子があろ そりやマアどふして立ませぬ ホ立ぬ
といふ訳は 内儀の顔に色気が有る故 徳兵衛が思はふにも 三婦といふ者は能年をして不遠
慮な 身に火の付いたがせつない迚 若い女房に若い男を預てやつたは聞へぬと 思ひはせまいか
又思ふまい物でもない あなかちこなたにかぎつて そふした事は有まいけれど 分別の外といふ
事が有 によつて又疑ふまい物でもない がない事じや/\ ない事じやによつてけつく戸が立ら
れぬ 腹立まいぞや/\ いつそこなあの顔がいかんて有か半分そげても有たら 徳兵衛も

なん共思ふまい又世間も済 おりやせい文コレ此数珠にかけ預けたい/\ こなたの根性を
見すへたによつて が万々が一徳兵衛が立ぬ事が出来ると おれは勿論九郎兵衛迄が 男が
すたる といふ事は有まいけれど 外といふ字で預にくい マアそふ思ふて下あれと 事を分けたる
一言に連添女房も理に伏くし お辰は元より詞も出ず 指しうつむいて居たりしが 何思ひ
けん立直り火鉢にかけし鉄橋の 火に成たのを追取て 我と我手に我顔へ べつたり当て
る焼鉄にうんと斗に反返る 是は何故何事と夫婦はあはて抱かゝへ茶よ水よといたは
れば 正気付きしか むつくと起 なんと三婦様此?でも分別の外といふ字の色気か有ふ


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な 出来た お内儀 磯之丞殿事を頼ます スリヤ預て下さんすか 唐(から)迄成りとつれ立て
下され アゝ嬉しうござんすそれでわしも立た 磯之丞様の親御兵太夫様は備中の玉嶋
が御生国 徳兵衛殿の為にもわしが為にも親方筋 其御子息様を預からいでは連合の
男も立たず わしも主へ立ぬによつて 親の産み付たまんそくな顔へ疵付て預る心 推量
して下さんせと 語るを聞てお次も涙三婦も涙の横手を打 ハテ徳兵衛は頼もしい女
房を持たなァ なぜ男には生れてこぬぞ あつたら物を落してきた ソレ女房共 奥へ伴
ひ磯殿にも引合せ備中へ下す心拵へ お内儀 疵は痛みはせぬか 何のいな我手に

した事恥しと袖覆ふ おしや盛りをちらせしと 三婦が女房はいたはりて一間へこそは連て
行 早暮ちかく 生なれの立るでもなし横に出る 男仲間のはね出されこつぱの権
なまの八 獅子に雇れ赤頭 せんまの形を其儘に 三婦殿内にか宿にはと つき
声やり声にじり込む ホこりや二人ながら祭の形 まだ仕廻ずか 呑みにきたのか 今
看経(かんきん)しかけて数珠の手が放されぬ そこらに樽があろ一ぱいせい なむあみだ/\ 膳
棚に蛸があろぞ なむあみだ仏/\ それを肴と口ではぶつ/\ つまくる数珠と挨拶
を取まぜ後生仏性 こなたは牛頭馬頭(めづ)悪鬼株ひざ打たゝいて 八よ親仁に今の


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をいをかい ハテぶつ/\を聞て居よより云出せ/\ コレ三婦殿二人が連立てきたは こなたに
貰ふ物が有てきた花がほしい花下はれ ヤア/\何じや花をくれい ヘエ扨は留守の間へたん
じりでも持てきたな ヲゝ獅子持てきて美しい花を見付て置た 去る侍に頼れ其花
を貰ひにきた 八よ 夫々ついつかんできてしんじやうといふて お侍を宮の内に待たして置た
前なら腕づくで貰ふけれど 白髪のはへた人をそふも成まい 但こみずいふて見る気か
金にでもする気かと しかける喧嘩を数珠で紛し エ若い者といふ物はづは/\と嗜
め/\ わいらは住吉で初て逢て夫レからの出合 もふ根性が直つたと思ふたが フム其侍と

いふは 大鳥佐賀右衛門といふわろで有ふがな マアそんな物コリヤいんでいふには琴浦には
磯之丞といづて れつきとした男がござるといんでいふてくれ こな親仁は おいらを子供の様
に思ふそふな ヲゝおれが目からはいなごの様に思ふ ドリヤそんならつかんでいのかと 立上つて両人が
奥をめがけ欠入所に 襖かつと押明け脇指さげて三婦が女房 コレこちの人わしやさつきにから
聞て居たが こな様もふ堪忍が成まいがの 嬶五六年願ふた後生を無にして いつそ切て仕廻
ざ成るまい ヲおんな事もよござんしよ が あんまり夫レも不便な事でも有 イヤこんな時切た
切る時も有まいと 云ふ二人はうぢ/\きよろ/\ 性根をすへて身を固め 面白い切られう 脛腰


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立ぬ老耄切はづさして臺座後光 しまふてくれうと両方よりサア切れ/\とせがみ立 入身に
成て待かくれば 三婦はすつくと立身に成り 嬶モウぜひがない切てしまを イヤ夫レはイヤおれば切るは此
数珠と ふつつり切て後ろへ投げ サア是からが元の釣船 うぬらに刃物がいらふかとはつし/\と
踏たをし尻ひつからげ ドレ其脇指 ハテもふ刃物は入ぬでないか イヤ此がらくたは爪にもたらぬ
根ざしの侍めをばらして仕廻ふ 男の丸腰も見苦しいと 大だら腰にぼつ込所を どつこいそふ
はと右左掴み付く腕ぐつと捻上げ 嬶侍に追てこふ ヲいてごんせとやる女房行く男より気
の強さ 外へ押出し門びつしやり 三婦は二人を引立て宮の内へと 連て行 奥はしばしの別ぞと

事浦に呑込せ 酒汲かはす折からに 表へ来るは九郎兵衛が舅三河屋の義平次が かご
つらして戸をこと/\ 誰じやといふて明けに出る ホ三婦殿の御内室此中は逢ませぬ
いつ見てもまめそふな おまへも達者で珎(めづ)らしい何と思ふて サ年寄ると子につかはれ
まず 九郎兵衛がいふには 此中から悪者共が頼れて 琴浦殿を盗まんと念がける
定めて三婦も心づかひ 四五日こちへ取込でおいたら 灯台本暗しと気が付くまい 女夫の
衆の気休めに むかふてこいといふてかご迄おこしました 是迄はいかい世話と取つくろへば
ナンノお礼に及ぶ事 今も今迚いけず達がわつぱさつぱ つれ合は其出入にいかれました


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いかさま二三日此家をあらけ あいつらに鼻明すもこんたん 九郎兵衛様も其胸で俄の
迎いでござんしやう 舅御のおまへに渡すは慥 奥にじや呼できましやうと つい立いれは
義平次は かごの衆待て貰はふと 門につつぽり人影の見へぬを首尾と待居たる 奥は
盃取納め伴ひ出て琴浦が そんならわしも三ぶ様や九郎兵衛様に訳いふて 後から
行が合点か ハテそりや其時わしが又迎いにくると辰が挨拶 磯之丞も供々に一時には目
立故 猶以て連てはいかれぬ 兎角あの衆のいふ様にと なだめて別れ女良(女郎)はかご磯とお
辰は船場へと 表へ出れば三婦が女房 義平次様渡したぞ お二人様も御無事でと 暇乞も

挨拶も互の思ひ暮過て又の便りを松屋町 南と北へ引別れ 足早にそあゆみ行
宮には喧嘩/\とさはぐ中若い者共声々に 親仁殿もふよい/\ 高が逃る侍を相手にするは
おとなげない マアいなれい戻られと 徳兵衛九郎兵衛諸共に三婦を宥めて帰る店先女房
立てヨ皆様 出入の済み口どふじや/\ こちのがひけてはごんせぬか 年寄だけで気遣いなと問う徳兵
衛いかな/\ 昔のかはらぬ達者なわつ 八と権とを蓮池へ何の苦もなふどんぶりいはせ 侍はにけた/\
ヲそんならはいらんせ 祝ふてわつと酒にせう コリヤ女房気が付た 徳兵衛に取分けて内儀
の事を咄さにやならぬ 九郎兵衛にも安堵さそ サアまあ奥へと先に立 どりや内儀の


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御馳走をたへていのかと徳兵衛は伴ひ一間へ入にける 後に九郎兵衛立留り お内儀琴浦殿や
磯殿が見へぬが どこぞへいかれたか さればいなどふやらそぶ/\いふによつて お辰様に預け磯様は備
中へやる 琴浦様はたつた今おまへの方から迎いにきた ソリヤ誰が ハテ親仁様が見へて九郎兵衛
が云まする 四五日戻して下されとかごまで持たして迎いにお出 ヤア/\アノ此九郎兵衛がいふといふて
舅の親仁が連ていんだか ヲイノ シテ/\其かごはとつちへ 慥南の方へ それやつてはとかけ出
すをコレ待た気づかひな 迎にきた事おまへはしらずか しつたしらぬは後での事 イヤ
それ聞ぬ中は エめんだうなとはね飛し 舅の後を九郎兵衛は息をはかりに「追かくる

 

 

高津宮

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