夏祭浪花鑑 七段目 長町裏

 

読んだ本 http://www.enpaku.waseda.ac.jp/db/  ニ10-01283 

 

 

 

73左頁
第七 男が欲を止兼た 紅粉紋の色入帷子

神と仏を荷なひ物はやし立てたる下寺町 高津宵宮の賑ひに紛れていそぐ舅
義平次 かどの簾を細引きでくる/\巻の俄網 追立行を後よりも ヲゝイ呼かけ飛
来る聟の九郎兵衛 なむ三宝と横切るにあせ道行かば追つゞき かごの棒つかんで畠中
どうと打すへどつかとすはりほつと一息つきあへず コレ申親仁様 此女中はしつての通り恩有る方か
らの預り人 夫レをこなたがとこへ連てござる こりやてつきりと悪者に頼れ金にする気で
有ふ そふしられては此九郎兵衛が顔が立ぬ わるいぞへ/\ 此中も内本町の道具やで田


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舎(いなか)侍に出立 贋香炉を取て五十両の衒りと ヘエゝ見さけ果た 重て屹度いふてから
が嗜む心も有まい コレかごの衆 大義ながら其かご後へ戻してと舁上げさすれば コリヤ待て九郎兵衛
嗜むる心が有まい見さげ果てたとは忝い 其あいそづかしを待て居たはい 去年おれが娘を女房
にして 慰み者にしているサア揚代??(もら)ふ ヤイ爰な恩しらずめ 儕は元宿なし團七といふて 粋
方仲間のにあるき 貰い喰いで暮しておつたを引上て 堺の濱で魚売させ まだ其上
に娘のおかちをてゝくり 市松と云子迄へり出さしおつた 月々のあてがひ取よさに 目を眠
て居中 乳守の町で喧嘩仕出し 和泉の牢(むし)へかまつて 百日の上女房子をたが養ふた

と思ふ サア夫レは皆其元様のお世話 ぬかすな せめて其入目を入合そふと思ふて もふけ事に
おれば 儕が道具やの内におつて よふぼく上さしたなァ イヤ夫レは其場のつい またぬかすか
けふ事浦をちよつろまかしてきたのは 惚て居る佐賀右衛門殿へ渡し金にする気 イヤサ夫レで
は顔が 立ぬか アノなが/\おとがいを養ふていた此 此 此顔が立ぬか 但こちらの此 此 此ほうげた
か立ぬかと 立蹴にはつたとけられても 舅は親と無念を堪へ 歯を喰しばり居たりし
が 兎角侘るにしくはなしと もみ手の上に膝折かゞめ 段々の仰 一つとて返す詞も御さりま
せぬ なが/\のお世話の上又しては金儲を妨げ お腹の立は御尤 もふふつつりとお邪魔は致ます


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まい があの女中の事斗は イヤならぬ サア素手でお侘も申ますまい 友達共が頼母子を
致してくれまして 爰に三十両ござりますれば是をお前へ渡しましよ 身の代に取たと思召
琴浦殿を三婦が方へ戻して下され 外へやつては此九郎兵衛がとふも立ませぬ 情けじや
慈悲じや親仁様 一生の無心申 申 コレ申と 手引袖引膝をつき無念涙の男泣 親と
いふ字は是非もなや 義平次も三十両当分取に少はやはらぎ 琴浦をあつちへ渡せば百両
が物慥に有共 かゝりやつながる娘の縁 たゞやつたと思ひ三十両で戻してやろ コレかごの
衆 今乗てきたところ迄かご戻して かご代も存分先で取れいと 悪気付くればこんな時

よいねだり取サアこいと きほひいさみのかごの者きた道へ又荷ひ行 サア約束の三十両
受とろ 渡せのさいそくに いや其金爰にはござりませぬ 宿へ帰つて才覚と立んとする
を飛かゝりかんづか掴んで引たをし エゝ腹の立/\/\/\/\ むま/\と一ぱい 何の申左様ではこざり
ませぬ 内へ帰れば心当かまあ/\/\爰を赦して ヤアどこへ/\ うぬが様なまいすめはこふし
て腹いよふか イヤこづしてくれうかと ねぢ廻し引廻し 踏だり蹴たりあげくには 砂にすり付
石に打付け引廻し/\ 引廻されても手向ひのならぬも無念さ口惜しさ こたへかぬれば其つ
付何じや 肩ひぢはつて其眼付何じや コリヤヤイ舅は親 アノ慮外ながら 親に向つて


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白眼けつぶすぞよ 無念なか口惜いか ムゝゝゝ泣か かはいやなァ さすりいがめてやろふ 此せつたのかはくら
へと にじり付られ歯きしみはぎり すかしながめて おのりや脇指さいてびこつくか 面白い きら
れう どこへ跡へ寄りおると 付廻してひつとらへ 見ごと此赤いわしてやつて見るかと持そへ引抜 サア
是で切れ/\ サア/\切らぬかやい 何のわたしがおまへを イヤ切気で有ふ/\/\ 切れう切て貰はふ 一寸切
たら一足の竹鋸で挽返す サア切て見よと 指し付け突付もぎ取ん/\とせり合中 思
はず舅が耳の根ずつかり ヤレ人殺しよ親殺しと 叫声に折よくも 祇園はやしんたいこ
かね 九郎兵衛は殺す気もないに因果と舅が大声 切た/\と人寄の 声を留めんと又

ざつぷり あたりほとりを見廻してうろ付中につかみ付横にはらへは又すつはり 人はこぬか
と気もそゞろ 松の内行提燈の あかりがいやさにどつさりの 音ははやしに紛れても
紛れぬ命のおはり際 うんと帰れば是非もなくも取ておさへてとゞめの刃 ぐつとさしこむ
其内に間ぢかく聞へる神輿の太鼓 死骸を池へ投込/\ 血汐を流すはねつるべ
くむ水即ち三途八維 我身にかゝる罪とがをあらひ落せどにごり井の みづ
より清き夏神楽ちやうさよふさの御輿の俄 是幸いと紛れ込遁出た
る千歳楽 万歳楽や娯楽橋 命のせとの札の辻八町 目とぞ まぎれ行

 

 

一説に長町裏泥池があったとされる場所

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