夏祭浪花鑑 九段目 玉島徳兵衛内

 

読んだ本 http://www.enpaku.waseda.ac.jp/db/ ニ10-01283 

 

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第九 親と子の縁を繋た 貫さしの捕縛

名物は刃物唐海月 備前備中両国で骨といはれし一寸徳兵衛命にかけて九郎兵衛を
隠しとげればけふも又 庄屋代官の呼使是非なく行て留主の内 飛脚とおぼしき撥鬢(はちびん)男
門口より声高に 一寸屋の徳兵衛殿は爰かの 大坂から来ましたと ふん込足もわらちがけ お辰は
かけ出是は/\遠々の所よふこそ/\ シテ大坂はどこ どなたと問ば男はあたりを見廻し大坂は高津町釣
舩の三婦殿からの使い 夫婦共いはるゝには永々九郎兵衛殿をかくまふて下はつて過分にえんす したが
此間は其邊へもづきが廻り ごろ付と聞たによつて 九郎兵衛殿を迎いにやります 此者と連もつて

戻してくつさんせといへでゝえんすと 常云付けぬ口上を 云廻すれば 目高な女房打うなついて成程
/\ 即ち隣の明き家に忍ばして置きました 連れましていんて下さんせ 大義ながらと頼に幸い そんなら出
舩も待て居る筈 連立ていになしよ 隣の明き家はドレどこと 門口出るを後ぴつしやりかきがねかけ
て コレ大坂飛脚置て貰はふ 此国に御詮議は夕エ(夕べ?)からのもめ出し 夫レか聞へて迎いにきたとは アノ五
十里隔た大坂へ鳥が触れたか風がいふたか 元来此方にかくまいねばかまはぬ事 しやが都合が悪い
出かけ直してござんせと ずつかりいはされ飛脚はきよろり 立はたかつて居る所へ どふじや/\様子どふじや
と尋寄ルはなまの八 アゝしくぢつてのけて様子はしれぬ あの体ならば九郎兵衛は此内におらぬであろ


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オナ と耳に口寄せ コレかふじやによつておらぬであろ 頼まれた佐賀右衛門殿へ申上げ 浜辺の方を詮議
せうと いふては囁(さゝやき)うなづき合 いづく共なく立帰る 様子を立聞お辰は安堵 扨こそ飛脚は廻し者徳
兵衛殿の内になら 鼻そいでいなそふにと 云つゝ立寄り戸棚をたゝき 九郎兵衛様今の飛脚は廻し者
おまへをかふした所に忍ばして置きまするも あんな事も有ふかと主のりかん ちつとの間のんきさせ
ましよかと 錠押明くれば戸をひらき 手足をのばして團七九郎兵衛 テモだるや/\窮屈や おきれば
つかへるねればすくばる 帖(たゝみ)提燈の様に成て 足も腰もめり/\/\ アゝ退屈な事 おか様 磯之丞殿
はどこぞへそいかれましたか アイ出の口の小座敷に本読でゝござんする アまた気がつけふが 最前きた

飛脚めは慥こつぱの権めが声じやが アそんな事でもごんしよかへ 佐賀右衛門に頼れかきあるく
と見へた あいつらに恐れこんな窮屈なめして居よより 早ふ名乗ふて出て仕廻が付けたい アゝ又
そんな事いはんすかいな 磯之丞様の先途を見届けさせんと 連合ふ徳兵衛殿の心遣い 夫レを無にして
早ふ死たいか イヤサ夫レばつかりで九郎兵衛程の者が逃げ隠れる 殊に徳兵衛の志やぶるは 人でも杭でも
ないとこたへては居れ共 最前の様な赤犬めがうせると 飛出て骨がひしぎと成る 是がわしが病で
えす コレそんな時にはな 大坂に居やんすおかち様や市松の事思ひ出したがよいわいな といはれて又も
故郷の事 思ひ出する折からに 表へ帰る主の徳兵衛 こりや何で門口しめたと云つゝしやくる潜り


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戸の 音に驚きそりや又人よと九郎兵衛を むりに戸棚へ押入れて 錠おろす音叩く音紛れて
ヲイとこたへさへ声とまくれて明けに出る ハテ扨昼中ねしめて置くと猶人が不思議立る いかいあほう
では有はいのと 云つゝ入ればさればいな こな様の留主の内 大坂からじやといふて赤犬がきてな ワリヤこつ
ぱの権めであろ ムウしつてかへ ヲゝサアけふ代官所で様子を聞けば 大坂表より九郎兵衛が生国和泉
の国へ訴え有て 大鳥佐賀右衛門といふ奴詮議に下りしとの噂 こいつねふかい悪者 犬に犬を入て
かぎあるかすと聞た 例へ一家で有ふが 女房子で有ふが 肌の赦されぬ時節 磯之丞殿も内
にいやるか 出あるかれぬ様にいへと心を 付る折からに所めなれぬ侍の編笠取て内に入り そつじながらお身

が此家の亭主一寸徳兵衛といふので有ふ 身共泉州濱田の家中 介松主斗と云者 初対面
でおじやる 赦しめされと座をしむれば お辰はきよろ/\徳兵衛は 聞及だる名苗字に上足おろし座
をさがり 成程拙者が一寸徳兵衛 珍ら敷お尋ね何の御用と手をつけば 外の義でもない 此家に玉
嶋兵太夫子息磯之丞がお居やるで有ふ 迎いに参った逢せておくりやれ 是は思ひ寄ぬ仰
シテ御迎の筋は 善でござりまするか悪で御ざりまするか ヲゝサ悪共/\ 磯之丞には盗賊といふ
御不審が立た エそりや又どふして/\と 女房諸共仰天すれば 戸棚の内にも身をもむ音
一間に立聞く磯之丞こたへ兼て飛で出 おか久しや主斗殿 シテ此磯之丞を盗賊とは何を以て


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おつしやる 御返答によつて牢人の切味お目にかけると切刃を廻しせきにせいて詰めかくれば ホゝまた
侍の性根残つて珍重/\ 盗賊の筋は御自分 国方でお預の 千手院力王のお刀お蔵
の内にて紛失 ヒヤア大鳥佐賀右衛門申上るには 磯之丞殿のお刀を盗んで売代なし傾城を受け
出したと悪説を云出し お耳に入て親兵太夫殿は物頭へお預け 拙者に御自分の有所を尋ね 屹度詮
義を糺せよと御上意 よもや左様な所存に有るまいなれ共一生けんめい サア返答有れと云
かけられ ハツト当惑さしもの徳兵衛 磯之丞は猶赤面の覚なき身の気はうろ/\せん
たつき切腹と 脇指し抜くをお辰は押留め コレお前はうろたへてか 但お身に覚が有か云訳なされ云訳

をとあせれば無念の歯をかみしめ わが傾城狂ひももと佐賀右衛門めがすゝめ とはいへ今さら侍の
武具馬具をしろなして 身請したと云訳がどふ成る物ぞお内儀 是皆お主と親の罰 思ひ知
ての切腹ともぎ放すを主斗は声かけ ヤア覚なき身が切腹して 親迄恥辱をあたへるかと 一句で
とめられ死もならず ハツト斗に忍び泣 心を察し ホヲ兎角力王のお刀 尋ね出する身の云
訳 先ず夫レ迄は貴殿は科人 其儘には指し置かれず イサ旅宿へ同道致さん お立有れと引立られ ぜひ
なくすご/\立出るを 徳兵衛立寄もぎはなし コレお侍様 此磯之丞殿は手前の客人 詮議があらば此場
でなされ 旅宿へやる事成ませぬ とこはばりかゝればやはらを入れ ホゝ尤去ながら 詮議をとぐるは有


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論のさた 磯之丞殿限りよもや左様な不所存は サないと思はゝ同道御無用 イヤサそこが主命 一旦
御不審かゝりし者 見逃し置いてはお上へ不忠 イヤそりやそつちの御かつ手斗 友達共より預つた若い人に無
実を云かけ 其あかりの立迄と連立て貰ふては マゝ此徳兵衛か男が立ぬ サアそこが了簡 お身は
高が町人 身共は武士 サ其武士じやによつて猶ならぬ なぜ/\ 徳兵衛が町人が百姓ならば渡しもせまい
小見すもいはふが相手が侍 じやによつて預つた人を渡した 刀がこはさといはれては 此男一生がすたる 夫レ共
是非受け取て帰りたくば コレ此首と一所に ハテ一度死で二度死んと台座すへたる大あぐら命をちつと
投出したか 流石の主計も道理には 当てる刃のはがねもなまり 暫し思案し差したる刀さや共投出し

徳兵衛其方は性根魂のすはりし男 見込で武士の一腰を預る コレ指し添え斗りに成たれば身
は町人 何と町人じやが 磯之丞を預くれまいか ムウすりや此一腰を ハテ刀に恐れぬそちが云訳 シタリ
御勝手に連まして御ざりませ スリヤ得心のめさつたの ソレ女房共日がくれそふな小提燈でも上げ
ませい イヤ夫レには及ばぬ 過分/\と引連出れば門迄見ま送り 申お侍様 ちと御無心が御ざりまする 何か/\
去方から頼まれました アノ此刀お買いなされて下さりませ ハテ此刀は其方へ イヤ代物には磯之丞様の
お力成て下さりませと渡す心のしほらしさ いかな武士でもほろりとおれ 気遣めされな請取
たとあいた腰をばふさぎ行 互の心丸つばの 金の目貫に銀の縁 よい拵へのさや持と頼みて こそは


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別れ行 黄昏過て とほ/\と女子供を引連て 慥爰らと釣船は門口そつとエ爰じや 九郎
兵衛の女房や息子の市松連て下つた 徳兵衛マア悦びや 磯之丞殿がずか上やられた 彼
中買の弥市めは根がお尋者で 伝八が書置の手が違ふたも何にもなしに さらりると事が済
小道具やの孫右衛門の悦び 娘のお中と琴浦殿を兄弟分にして 磯殿の出世を待て居ら
るゝ 又此一人も何やかやで連れて下つた おか様まめに有たのと 取まぜ咄せば女房お辰 コレマアよふ連
まして下らんした おかち様市松殿も大きう成て ヤレ久しや珍しや サアマアこちへと挨拶も身に付
様に思はれて 本にマア何からお礼申ませうやら 連れ合九郎兵衛殿のおせわ 詞では云つくされませぬ

してマア弥まめで居られますかな まめな共/\マアちよつと逢せませうと 立を徳兵衛コリヤ待女
房 逢すとは誰に逢す ハテ九郎兵衛は北国へ下つて爰には居ぬが エいやさ例へ居にもせよ 一
旦隙やつた女房に逢様な未練者でない 元より此内には居ぬ いぬといふに気を付よと叱り込
せば辰も気が付 本にわしとちた事が麁相/\ 天に口とやらいへばノウ徳兵衛殿 夫レが直にかへに耳 ソレイノ
何にも云れぬおかち様 アレあの戸棚の物いふ世の中じやわいなァ エそんならあの戸棚 コレ内義テモ逢
事はならぬ爰には居ぬ といはれておかちははる/\゛と逢に下りしかいもなく涙も胸にせまりしが 縁切た
は表向心の縁は切ね共 去り状取たが誤りなら 成程わたしは逢ますまい 其代りに市松に逢てやつて下


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さんせ 主も定て逢たかろ 顔見せて下さんせ おせわの上のお情けと 嘆けば三婦もしほれながら あの
通りに常住泣て居らるゝ 内儀にまだ得心もさせよいが 難義をするは此坊主 とゝ様に逢たい
/\と泣てばつかりおつて 此間は物も得喰おらぬ あんまり見るめがいた/\しうて後先思はず連て下つた
内義に逢す事ならざ こいつ斗りに逢てやつてたもらぬか アゝコレらつちもないこなた迄が同じ様に其
逢いたい見たいをこたへるが 天の責め網のかはりに辛抱さしたかよい イヤ徳兵衛もふ天の網がかゝつたはい
のソリヤどうして コレ是見てたもと市松が肌をぬがせば懐手錠 ヒヤアこりやせ伜に手がせか いとし
や此子をげしにんかと お辰が泣声もれ聞戸棚 九郎兵衛は身も世も有れず 我子にうきめをかきよ

よりはと戸を押やぶつてコリヤ/\/\ 爰をこたへるが男づくのきり合 此時兵衛が志を破るのかと 声かけら
れて出もならず 是非もなき身の悔み泣き 胸に 涙ぞせきのぼず お辰は市松撫でさすり いとしやの
不自由に有ふ 他人のわしさへ悲しい物二親の心はとの様に有ふぞ 徳兵衛殿了簡付てたつた一目 イヤ其
手がせ猶合点がいかぬ 舅殺しにさすまい為女房と縁きらした スリヤ義平次とはあかの他人 他人を
殺した九郎兵衛が子迄に難儀がかゝるとは 三婦殿こなた縁切た事申し上げずか 申し上げた段ではないが げず
のちへは後の悔み 義平次を殺したは六月の十一日の夜 暇の状は七日後 やつぱり舅殺しに成て市
松へ手錠 あんまり見るめがかはいさに ?をおとりにして九郎兵衛を尋(?)出しませうと願ひ申て連れて


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下つた其心は いつそ親子三人連れで筑紫の果へもやる思案 預つてきたおれが難儀はコレしらが首
一つ 願ふた後生はなし是も慈悲 そなたもじひどふそ逢してやつてたも/\ 頼む/\と親子も供に余
義なくいふに徳兵衛は ずつと立て幸いと湯玉の立つ茶びん引さげ コレおかち殿三婦殿 此内に九郎兵衛が居
ぬといふ証拠 見て疑いをはらされよと たぎりしにへ湯を縁がはへさつと流せば下よりも あつや/\と逃げ出る
こつぱ すかさすかけ寄そつ首つかみ コレ見られたか三婦殿 最前から虫の音かとまつた故にらみ付て
置いた 飛脚にうせたもこいつであろと ひつかついて門垣へ打付んとする所へ 又も飛出なまの八 コリヤさ
せぬと取付を儕もかゞんでおつたかと もみ合内にこつぱは遁れ 九郎兵衛が有り所は慥に戸棚の内と

叫てかけ行を 夫レおはして八を蹴飛し 追かけ行ばやるまじとつゞいて走なまの八 夫レ又やらじと釣船
も後を慕ふてかけり行 二人の女房はあぶ/\とお辰は猶も夫は気遣 おかち様留主頼と云捨
小づまひつぱさみ 飛がごとくに行後におかちはうろ/\あたりを見廻し 人かげなきを幸いと市松連て
戸棚の戸を 明んとすれば錠おりたり エあんまりな用心と 戸をこと/\打叩き 九郎兵衛殿まめで
居て下んしたの 此子も元より逢たがる わしも逢て一通云訳せねば心が済ぬ あたりに人もご
ざんせぬ 戸棚の戸を引はなし顔見せて下さんせと いふも涙のしやくり声 戸棚の内には泣音を隠し
市松よ わりやとゝがかはりに手がねをうたれ 嘸かいながぬける様に有ふな そふいふ難義


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がかゝろとしたら何んで大坂を立のかふぞ 今では徳兵衛への義理が有て うす紙一重の戸も破
られず 此家で命を捨てる事もならぬ とゝが顔が見たくば 獄門にかゝつて見るか 縄かゝつて逢ふ
より外逢事も有まい おかち坊主めが手ははなれはせぬか イエ/\ちつと斗り水ふくれに かはいや
喰入様に有ふ きつういたむとはいかぬか 次第にしまつていたむかして 此中はしく/\泣てばかり居
ます 市松とゝ様にちやつと物をいやいのと 戸棚のそばへ押やれば コレとゝ様かゝ様と一所に内へ
戻つて下され マア顔見せて下されと 戸棚にすがれど手は叶はす あせり嘆くを二親は内と外
との諸涙 こたへ兼て思はずもわつと斗りに泣さけぶ 早廻りくる報の刻限こつぱがしらせに捕手の

人数 表口より所の代官 裏口よりは大鳥佐賀右衛門 捕た/\と乱れ入 脇はかまはす戸棚をかこひ
九郎兵衛が有所は此内戸を打めげと玄翁かけや ノウコレ明えっとかけ寄女房 家来の大勢
手ごめにし情なくも打砕く 二枚戸砕てはら/\とすはやと思へば内は明がら なむ三宝 後ろを切
て逃げたるぞ つゞけや来れと佐賀右衛門 追かけ行ば女房も死は夫と諸共にと 市松連て後に付き
裏道さしてかけり行 表は大藪十重二十重 おつ取巻し中にもこつぱ なまの八か待かけて遁れぬ覚
悟と捕りかけたり 九郎兵衛はえてに帆 儕等二人を待兼しと弓手と馬手に引受けて 小枕返しにどつ
さりどさり 加勢が捕たと取付を何ひろぐと捻じ上げて よは腰ぽんと命の蹴上げ 其間にかゝる


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悪者二人 なぶり殺しと眉間かた先きられてどてをころ/\ 這い上れば切付る むしやぶり付けば
なきたおす訴人のほうびに此世の暇 めいどへうせいと両人を削いだり切たりはつたり なぶり殺しととゞ
めの刀其間に大勢立かゝるを なぎ立/\切りまくり藪の内へぞ身を忍ぶ かゝる騒ぎの折も折ひ
かれ来る磯之丞 云訳立ずしばり縄跡にしほ/\徳兵衛釣船 願ひのもみ手っも聞入れず 國へ
引た上の事主計が力に及ばずと 引立通るを佐賀右衛門夫レと見付けて小指し出で 是は/\主計殿 お刀の
盗人召捕れしは重畳(ちうちやう)/\ しかしはる/\゛と国方迄の連らるゝは国土の費(ついへ) 首にしてお帰りと
日頃の意趣を持かける イヤいまた盗賊の筋治定致さず 去によつて召連ると 云せも立す

イヤサ夫レは手ぬるし/\ 盗人たけ/\゛しいといつ迄も諍ふ物 コリヤ拙者にお任せと藪かげへ引すへさせ
こんなやつは手ばしkふ 臺座はなして仕廻ふがよいと 刀するりと抜きはなしふり上てうど打所を 主
計はすかさず其腕ねぢ上抜身もぎ取 ソレ磯之丞其刀吟味有れと いふにはつと空縄
はづしあかりにすかして ヒヤア是こそ千手院力王のお刀 扨こそしれた盗賊めと 引かつ
いてのめらすれば 徳兵衛釣船ふみ付/\ 小うまふ手盛をまいつたと 三寸縄にしめ上る 主
計はやがて声はり上げ ヤア/\團七九郎兵衛 藪の内にて様子は見るべし 殿のお刀尋出したる
功によつて 磯之丞は先知に帰る さすればそちが願ひも有まじ サア尋常に縄かゝ


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れと よばはる声を聞くより九郎兵衛 つま子を引連れゆるぎ出 忝き御さはい もはや浮世に
心も残らず いそいで縄と両手を廻せば ヲさもあらん 幸い縄かける役人是に有と立寄て
市松が手がねをゆるし コリヤ徳兵衛 ?は女房に付け離縁致したと申上ても 日限の相
違にてお上の疑いはれず 申し訳の為母がかはりに 市松に縄かけさせよ 但しは竹鋸を持たするかと
ぜひなき仰せに目顔をしかめ コリヤ市松とゝに縄かけてお目にかけい 本の是が親子の別れと涙
ながらに捕縛持せばおかちはわつと泣く斗り 市松はうろ/\と おりやそんな事いや/\/\ とゝ様と連立
て早ふいにたいかゝ様と すがり嘆けばしやくり上 夫レがけふ程ならばわしに如才かあるかいのと 親子の

嘆き九郎兵衛が身にしみ渡り人々も こたへ兼たる斗り也 時刻のびると徳兵衛はむり
に市松引立てて 縄をたぐつて渡すより稜手を持そへ サア九郎兵衛が親子の因果の
瀬戸 かすり疵でも負せる程にはたらくが縁切た印 こつちにも遠慮はない サアこい
やつと捕かけたり ヲゝ是も過去の約束事 めくるむくひは親子のきつな 切た印を是
見よと 抜身をふり上見かはす顔 とゝ様こはい伯父様爰をはなしてと 身をもみあせる
はしゆら道のくげんもかくやとあさましし すき間を見てむりやりにしがみ付かせば九郎
兵衛も 程よくどつかと大地にたおれ おさへて縄を懸るも涙わつと取付く女房を 押


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のけ突き退け介松主計 佐賀右衛門と諸共に国へ引てのさいはいと 引立させる天の網かゝ
りやつながる磯之丞 我が身にかへて命乞追付めで度吉左右と 情けもふかき備
中の 玉嶋にて徳兵衛が団七九郎兵衛捕たりしと 云伝へしはきりの縄 情けの縄と怨みの
縄 皆引連て和泉の国濱田の 館へ立帰る