源平布引滝 序段

 

序段で題名に「布引滝」と付く理由がわかる。

平清盛が登場する。

 

読んだ本 http://www.enpaku.waseda.ac.jp/db/index.html 

イ14-00002-282

 

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待宵侍従
優美蔵人 源平布引滝
序段

檀強の不臣神宗の盛業を妨げ 邦家陽九
の厄に当り一朝馭(きよ)を失ふて生民塗炭に堕とは
今此時代七十七代後白河院の御宇 赤白の籏
翻り 鉦鼓も響く大内山 ヲロシ「叡慮穏かならざりし 源平
両家の戦ひいかゞあらんと 南面の簾高々と上させ 玉
座をしめてましませば 大納言成忠卿 百司百官座を


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列ね評議 區(まち/\)なる所へ 瀧口の官人罷出 安芸守清盛の使ひ
とし 平家の侍参りしと しらせと供に出来るは長田の太郎末宗
白木の臺に白旗のせ家来に持す首桶を 恐れもなく庭
上に畏り 此度待賢門の軍(いくさ)破れ 源の義朝野間の内海へ
逃下りしを 親にて候庄司忠宗 首取て叡覧に備へ奉る 即ち
是が源氏に伝る白籏也と指し上れば 成忠取て玉座に備へ
叡覧の趣承はり 御階(みはし)を立出 末宗近ふと呼寄 汝が親は源

氏の譜代 主を討たる高名 叡覧浅からずといへ共 誠や源治は
多田の満仲より武勇の家筋 一類も多からんに待賢門へは出合
ずやと 心に含む情の詞 末宗から/\と笑ひ 其満仲が末葉に多
田の蔵人行綱といふやつ 紀州新宮に隠れ 一とせ清盛熊野詣の
道を遮り 既に生捕るへきを運つよく逃延び 草を分て捜せ共今
に行方しれず 有にかいなき頼政は重病 外に近い一類とては木曾の
先生義賢斗 こやつ元来大腰ぬけ 現在兄の義朝が討るゝに 迎馬


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一疋出さぬ臆病者 おそらく平家の太刀先にはまけい修羅も叶
はずと 広言追従半分いはせずイヤこりや長田 此成忠は娘園生
を重盛へ遣はし 平家とは親しき縁者なれ共 清盛の夫行跡汝等迄が
広言過言 行末何共覚束なし 其首を持帰り宜敷葬り 源氏に
も恨を残さぬやう 重盛に云聞せよ 罷立との一言に工合違ふて
長田の太郎 恩賞褒美も云出し兼 せめては親の長田には 一ヶ国
でもくれそな物とつぶやき/\立帰る 主上は玉座の内よりも成忠

卿を近く召され 朕が思ふ子細有 木曾の先制義賢を 召寄よとの勅
諚にて 御簾さがれば百司百官其旨早く云伝へ 成忠卿も諸共
に暫く次へ立給ふ 召に従ひ先生義賢衣改め繕ひ逸(いちはや)く 階下に
膝を屈すれば しらせの鈴の音聞へ勿体なくも大望は 御階間近く出御(しゆつぎよ)
なり 此度兄義朝が兵乱 其身都に有ながら 出合さる心底不審(いぶかし)さよ
との勅命に はつと義賢頭をさげ 兄にて候義朝 左衛門督(かみ)信頼に組し
平家の奢りを砕かんと都を騒す 其身不肖ながら禁庭守護の


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役を蒙り 兄弟迚朝家を捨て味方にも参られず 無念の敗北不憫
の最後 恐れながら御賢察下されよと涙と 供に奏すれば 君御涙をうか
め給ひ 奢る平家は日に栄へ 頼みに思ふ源氏は亡び 朕が不徳のなすわざと
思へば いとゞ悲しきぞよ 同源氏の末の子に 多田の蔵人行綱といふ者有由
心を合せ義朝が追善供養 跡念頃に弔ふべし 密かに送る布施物と御衣の
袖より白旗を 下し給へば義賢は爰かと斗り走り寄り 直には恐れと大紋の袖
にも餘る有がた涙 ハゝゝはつと庭上頭を摺付け二拝有り ヤ人に語るな 悟られ

なと猶有がたき詔(みことのり) 折から東門ひらく音 平の清盛参内とほの聞こゆれば
あら六ヶ敷(むつかし)と帝は玉座へ入御なる内 安芸守平の清盛天位も恐れ
ぬ我慢の相 御階のもと迄つか/\と立入 ホウ義賢早くも参内 是は公家
原も見へぬが 天奏は誰役成ぞ イヤ手前も只今参内 天奏の公卿は
何れ存ぜず ムウ貴殿もしらずや よい/\ 天奏の役人なくば直に奏問申
さんと 階上るを義賢引とめ 貴公安芸守にていまさら昇殿は赦されず
玉座間近くは恐れ/\と いはせも立ずヤア何恐れ朝敵を亡し叡慮を安くさ


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するは誰がいあげ 余人は格別此清盛に罰も祟もない 小しやくな事をと
叱付け 又かけ上るを猶引留 忝くも日の御神より伝はり 天津皇(いつき)のまします御座(みくら)
踏あらそふとは勿体至極身の程省(かへりみ)給へと 恥しむればくはつとせき上 ヤア爰な
源氏の死損ひ 冥加しらずの匹夫め 兄義朝と一つ所にぶち放す奴なれ共 手
指しをひろがぬしほらしさに 見遁して置くを有がたしと思はず 清盛に向ひ案外
千万 今一言ゆつて見よ 腮(あごた)二つに引さかんと 掴みつかん勢ひにちつ共臆せず 禁
庭守護は爰が役義 其階一寸でも足かけて見られよ 禁獄の罪遁れ

ずと忍びの柄に手をかくる ヤア其腮をと猶苛(いらち) 罪かゝつて一掴と思へどこなた
も名高き大将 寄ば切んの其勢ひ ぢりゝ/\と付廻し 既にあやうく見へたる所
へ 成忠卿かけ出給ひ ヤレ勅諚有暫くと 重き仰に流石の清盛 義賢は猶
仁義の勇士はつと斗に控へいる 成忠卿笏取直し 双方の争ひ君叡慮をいた
め給ひ いづれをいづれと御批判なし 先ず清盛の直奏承れとの綸命と宣ふ
内より イヤ別儀でなし 最前長田太郎に義朝が首持参させしに 六条川原へ
曝せよと有仰はなく 葬つて弔へとは何の事 源氏の族(やから)をいたはる勅諚合点が


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いかぬ 先ず其節指上た白旗此方へお戻しあれ 朝家に上置くは心元なし サア只今請
とらんと手詰になれば成忠卿 イヤ其白旗は平家に有て益なし 御殿に置くも
穢はしと 衛士に云付け 焼捨られしといはせも立ず ヤア其云訳くらい/\ 是に源
氏の余類もおれば やつたやら 焼たやら疑しい天子の御心 直に逢て直詮議
とかけ上る階の 半ば過ると玉座の簾さつと上て怒りの龍顔 見るよりぞつと
身の毛立ち さしもの清盛目くるめき縁より下へ頭転倒 我日の本の神
の徳蹴落し給ふと見へにける 御簾さがれば清盛は人心付きすつくと起 ヘエ口惜

やいづれかはらぬ人間 王位迚天からもふらず地からもわかす 位おろさば常の
凡人 見よ/\鳥羽の離宮へ押込め 追つ付け此怨(あた)報はん 一家の好(よしみ)も成忠是
切 籏の詮議は義賢とすつと寄ればすつと寄り 御殿でなくばと奥歯に釼 籏
はとふつと睨みし眼 勅諚ごかしに納る公家 右近の橘左近の桜 中に紅梅指し交り
花ふみちらす 九重や 盛あらそひ 立帰る 頃は如月半ばの空 雲間に轟き   (←)
雷(らい)の音 発し始る其日より 心ときめく 景色かな 難波六郎常俊は清盛の下
知を請其名も高き布引の 漲り落る瀧壺を 分け入り見よとの仰にて身


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には腹巻 小手脛当 さしもりゝ敷出立て 岩根岨(そば)立岸かげに窺ひ
寄ぞ不敵なる 跡より山路をしづ/\と立出給ふ小松の重盛 ひつ添ひ来るは高
橋判官長常 見分の役承はり いかつがましく付慕ふ 重盛岩根に腰を休め
何高橋 我此所へ来りし事 全く遊覧慰みならず 又是成る六郎えひもよらぬ
役目を受けし子細を語らん 父清盛常に弁天を信じ 平家の長久を祈りし所
不義の霊夢を蒙り 此瀧壺の中にて 家の盛衰を心見よとの御告げ
去に依て水練手練の其方に云付くる 併し幾裕(ひろ)と知ぬ水底へ分入る事

例えなき大役と 仰に六郎はつとひれ伏 戦場の討死も 清盛の御心に叶ずば
犬死も同然 譬へ水底にて相果る共 君命に従ふは武士の本意 御賢慮
いため下さるなと詞立流に云放せば 佞人邪欲の高橋も御尤/\いづれの水に
相果る共主命 御用意よくば早御出 成程雨もおだやみ 御見分の御苦労なき
中 若し水底にて毒気に当らば 我君にも是がお別れ ホゝ随分堅固で立ち
帰れ 是にて暫く安否を待たれば つと斗に立上り 彼の瀧壺に指しのぞめは 落瀧
つせの涛々(とうとう)と渦巻 立る水煙渕水(えんすい)岸に 満々と藍を染なす水の面 岩


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角に飛上り 瀧壺きつとねめ付けて まつさかさまに飛入るを見るに肝をひやし
ける 高橋も負ぬ顔つか/\と指し寄り ハア水練も一通りは武士の嗜 難波は
遖(あつぱれ)銘人/\ 併し合戦の場にて逆とんぼりもうたれまい とかく我等が鍛練した
弓馬の道か肝要とへらず口いふ折も折いづくよりかば射たりけん 矢一つ来つて重盛
の 身を除け給へば長絹(ちやうけん)の 袖をふはとぞぬふたりけり 高橋見るより立上り ヤア者
共油断すな 此山陰に忍び者こそごさんめれ 君に錆矢を射かけし狼藉 捜し(?)
出してくゝし上 それ追い出せと下知に従ひ郎等共 爰よかしこと山陰松が根

狩立る 重盛少しも騒せ給はず かゝる山中 狩人なんど徘徊してのそれ矢ならん
是式に驚く事ならずと 宣ふ折節山間より追立かこむ曲者 狩人出立のほゝ
そ頭巾 頬見へわかぬ作り髭 弓矢手挟み飛で出有あふ者をはり退け投げ退け ヤア
蠅虫めら 悪くたかつて首と胴との二つ物 怪家まくるなと罵つたり 高橋いらつて
手ぬるし旁(かたがた) 物ないはせそ蠅打搦めとひしめけ共 動せぬ曲者大将めがけ真一文字
につつと寄 智勇兼備の重盛公はつたとにらませ給ふにぞ 覚ずしさつて
たぢ/\/\ つまづく所を大勢遁さず落合て 組伏縄をぞかけたりける 邪智深


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き高橋判官 曲者を御前に引すへ 定めてこいる源氏の余類 一とせ清盛公
熊野詣の折から狼藉せし 多田の満仲が末葉多田蔵人行綱といふ
やつならん サア有りやうに白状ひろげと 星をさゝれてはつととむね 遁れる
たけはと膝立直し コハ思ひ寄ざる御尋 某義は此邊の狩人 年経(ふる)鹿をめ
がけ切て放したそれ矢 思はずも御大将の袖を貫きしは 言語に余る不調法 何とぞ
此場を遁れんと狼藉の働きも 妻子を育む命の惜しさ 御了簡の節
もあらば冥加に余る仕合せと 地に鼻付けて侘れ共 ヤアぬけ/\とした云訳其

手をくはふや 頬(つら)を彩(えどつ)て作り髭 ほゝそ頭巾で面体を隠すは源氏の残党に
極つた あやちの知ぬしやつ頬滝壺で洗ふて見んと 引立行を重盛ヤア待しばし
と呼とゞめ 高橋が疑ひ尤なれ共コリヤ是を見よ 当代用ぬめづらしき鏑矢と
とつくと見給ひ ムゝ彼が白状の通り猟師ならん 頬を隈取隠せしは狐を釣る者
狐の皮をかぶると聞く 人間に怖じ(?)る獣姿を隠すは一理有と云ながら うろたへた猟師
め僅かの小鹿一疋目かけ 本望とげんとは少い(ちいさい)/\ 近国他国の狩人を集め 今
日本にはびこる 熊猪の一類を 一つに集めて打取ふとはなぜ思はぬ 迚も一人にて

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狩出す事叶はずばな 弓を袋に治て時節を待ち 判官縄解け追払へと 寛仁
大度の仰せには さしもの幸綱今更面目なくも顔隠す 高橋は呑込ず ヤア
余り御了簡過る 今草を分けて尋る多田の蔵人行綱ならば 助た跡で清盛
公の御咎め 仰分けられ有べきや 譬へ行綱にもせよ ねらひし矢つぼははづれめし
捕るゝ程の運命 何程の事仕出さん 父清盛の咎あらば 日本は庭籠の
鳥 何時でも重盛が取り得させん コリヤ/\狩人 小松のかげの獣は一疋も取得
る事叶はぬ ナ 此場を早く立され/\それ縄とけとの仰せにほどくる高手小

手 仁者に刃向ふ釼もなくすご/\立て行綱は 過分と礼も目の中に 角を立
てぞ別れ行 程なく件(くだん)の瀧壺より水逆立って巻上るに 連れて六(?)郎浮出
浪かき分て游ぎ寄り こなたの岸につつと立上り 浮沓しごいて一息つぎ 物をも
いはず茫然たり ヤア六郎が帰りしぞ 心気労(つかれ)ん介抱と仰に従ひ高橋諸共
抱き抱へんと立寄ば イヤ御介抱に及ばず それへ参つて言上と重盛の御傍
に畏り 仰に従ひ瀧壺の水底にわけ入 十町斗沈むと存ぜしが 龍宮城
共云つべき気色 楼門高く麗/\として 宮殿樓閣錦の戸張の其


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中に さもうづ高き女性まし/\ 何国よりいか成者ぞと御咎 某は平家
の家臣難波太郎常俊と申す者 主君清盛弁財天へ家の繁栄をい
のりし所 盛衰は布引の瀧壺の中にて尋ねよとの爰の告 去によつて某
に仰付けられ 是迄分入り候と申上しに ?女答へて宣く アゝラいらざる弁天の
教へやな 清盛儕が武威にほこり 日の御神の御末を恐れず 帝を鳥羽
離宮に押込め奉り 終には天の咎を請け 其身斗りは子孫迄絶果ん
事眼前たり 譬此事告しらす共おのが高慢の邪智に従ひ かへつ

て神社仏閣を破却せん事疑ひなし 必帰つて云聞すな 我詞を背きなば
汝が命立所に失はんと 微妙の御声いかつて聞へ立云給ふと思ふと早身の
毛もよだち忽然と 浪にゆられて瀧壺へ立帰り候と語る中よりはたゝ
かみ物さはがしく成ければ ヤレ六郎 制せられたる物語 云顕したる咎によつて 龍
神祟りをなすと見へたり 急いで此場を立ちされと 御意 をも待ず イヤ害有る事は
某覚悟君には早く御帰国と すゝむればいやとよ 求(もとめ)かたきは一人の勇士難
を見捨る法や有る 汝此場を立さらずば 我身も供にと有がたき 恵みの上意


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にもならず 然らば暫く岩窟にも身を忍び害を遁れん おさらばと
立上る 又も頻(しきり)に雷電の 耳をつらぬき五体に響き 稲妻眼をとつるに
恐れず 天を睨み地を蹴立 谷合さしてかけり行 猶も雨風震動して 篠を
乱せば高橋わな/\ やれ者共御傘持て 二階の有家居はなきか ヶ様の時は耳が
邪魔 目をふさぎ御帰宅とすゝむる中にくはら/\ひつしやり 重盛四方を見廻した
まひ 正しく今のは落たる音 六郎が身の上気づかはし 高橋参つて見届帰れ
イヤもふ拙者は御免/\ かうした時の多くの御家来お出/\とすゝめに従ひ下部

共多勢を頼みに走り行く 高橋はうろ/\きよろ/\ いらざる六郎長物語 エゝいふな
といふ事いはぬがよいに 人迄肝を冷さする 武勇は勝れて居ながらも 所構ぬ
めつぽう人 落かゝつたらどふせうと 遁げ廻る其中に空晴渡れば家来共追
々に立帰り 難波殿は掴れしと相見へ 太刀も此ごとくこだ/\に打おり
着せし着込もちぎれ 小手脛当迄拾ひ集め帰りしと申上れば重盛公 御
涙を浮め給ひ 人の運命ははかられず 最前我に錆矢を射かけし曲者 助かる
命時の運 遖忠義の六郎があへなき最後も時の運 委細の事を高橋判


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官 父清盛に言上せよ 平家の武運も空恐ろし 父のぶ道の横車直ぐなる
道の小松原 山路踏分け帰国の 中こそ「ゆゝしけれ 時は平治に改り   ←
二条院良仁親王 十六歳にて御位ぶ即(つか)せ給へば 安芸守平の清盛 西八
条に御殿を構へ威光潮の涌くがごとく 天にも登る我慢の勢ひ花館こそ賑
はしき お家譜代の旧臣越中次郎兵衛盛次か女房桜木 跡に続て上総五郎
兵衛忠光が妻の若草 愛に愛持つ二人連れ 間の襖の立明に行儀作法のしと
やかさ 裲姿春めきて実も桜木若草のねよけに見ゆる容義也 イヤ申

桜木様 いつ迚もお早い御出仕御苦労に存ます 是はしたり若草様 御苦労と
は勿体ない おまへもわたしも御譜代の妻 是に付けてもいとをしきは 難波六郎
常俊殿の奥方 何時知ぬは武士の身の上 戦場にての討死は皆覚悟の前 尤も
此度布引の瀧の御用も ほかならぬ主君のお為に夫の別れ 夫故御出仕もな
されぬは御尤 常俊殿の忠義の死を感じ入思召 跡目相続とのお上の仰 お慈悲ぶ
かいじやないかいなと 女房同士は打寄ると 男の噂跡や先悔むも誠の心也 表の方騒し
く 下れ/\さがらぬか下主めさがりおらふを声耳つぶし 鏡とぎ/\飲ねばとがぬ鏡磨(とぎ)


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エゝ鏡とぎとぞしやべりける 奴共口々に ヤアくらひどれの売人め 出ずは引だしぶち
のめせと 割竹持て立さはぐ ヤアやましい口鬚殿 テモはへたは/\ 貴様達は髭を生やす
が商売 我等は又髭をぬかすが商売 其商売の御用有て此座敷しつて
参つた鏡どぎ 鏡とぎ/\/\ といで やりたい世の噂 ハゝやくたいもない事を ハゝゝ鏡によらず
人の性根の曇をみがく商人(あきんど) 安芸守殿の奥方に用事有て参つた 又茶碗
で一つ呑でも参つたじやて 何と奴達好もしいか 飲ねばふらぬ奴達 エゝ奴達とぞな
ふられて こいつ慮外千方 ワレぶてよくはせとひしめけば 待々下部と押鎮め 申し桜

木様お聞遊せしか 御台様へ御用と有からは 聞捨にもナ申と噂半ばへお嬪時子の
前御是へお越としらすれば コリヤ下部共 下りませい /\にナイ/\と 其儘表へ逃て行
清盛公の御台所時子の前 しづ/\と御座に付給ひ 桜木若草 様子はあれにて
聞つるぞ 自らに用事有とはあの者な 用事の子細は何事成ぞ 包ずかせと有
ければ 何の隠す事はござりませぬ ハテモ高が鏡を人に譬へて申さば後白
河の帝様 それを鳥羽へ押こめ苦しみを見せます 其黒雲は誰でゑす 清
盛様の息がかゝると忽ち曇る コリヤ/\だまれ/\と桜木若草 てもとまらずイヤ


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だまるまい かう口車の水銀(かね)で磨ぎかけた最中 鏡は御正体 三種の神器
其一つ 八咫の鏡は直ぐ成る教へ 人の上にもかんがみる迚和訓の読くせ 昔鏡の真
丸は政道第一 金の世界はひづみ返た髭抜鏡 うはべはぬつぺり裏は恟り 人の大
きう悲しむ事 何と聞へたか 又かう申すが慮外と有て 御咎あらば再び内を見ず
鏡 百に一つもお聞届有ならば 智恵ふり出した徳鏡と 詞に角をのべ鏡遖
男の 天下一 時子の前始終の様子聞こし召し 尤々面白い鏡の譬 まだ聞く事も有
頼み事有奥へ/\ 桜木若草同道あれ 然らば我等も御供 慮外ながら御案

内と 仰に付添鏡とぎ 後の出世の姿見と打連てこそ奥に入 御殿のやり
戸あらゝかに立出給ふ清盛公 いつにかはりし面色も薄紅梅の小具足着し 上
には直垂悠々と 大広間に出給へば 御家の子進野次郎宗政御前に参上し
仰に従ひ大納言成忠卿御出の由言上仕り候へば 鳥羽の離宮へ御院参御
帰館あらば直ぐに御殿へお越なりと 申上ればヲゝさも有なん 然らば早々是へ通せ 先ず
/\軍の陣立せん 銘々に対面ソレ呼出せと床几に座し一々次第に御覧ある
まつ先かけて飛騨の左衛門 仰も重き大鎧金作りの太刀刀ぴんと反つたる鎌髭


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頬(づら) いかつがましく詰かけたる 負けまじ物と高橋判官長常 総角(あげまき)高く結びさげ
草摺きらめく御殿の庭 御意に入んと出立たり 次に進むは長田が嫡子太郎末
宗 平治の軍に義朝を討て捨たる高名を したり顔なる出立に 風呂の手柄の
其印 桶革胴の鎧着て 越に帯せしいか物作り 我一番に責入らんと 勢ひ
こふでぞ 見へにけう 遥か跡より盛次忠光 仰は何か白糸縅(おどし) 銘々の重代腰に
はせ参りたる家の子郎等 其外 近国在番の諸武士共 馬に鞍置く間
もなく ひし/\/\と暫時が中 西八条の御庭 せばしと詰かけたり 清盛公にこ/\

顔 ホゝ花やか也 神妙/\ 上総越中子細は未だ得知れまし 清盛が憤りは是迄数
度の戦ひに命を戦場に投打 君の為に民の愁いを退け 義朝が謀叛右衛門
督信頼以下の逆臣悉く討亡し 天下安全に治りしは是我勲功ならずや 夫レ
に何ぞや昇殿の望も聞入ず 剰さへ源氏の白旗いづくに有り共行方知ぬは 正しく
木曽の先制義賢に渡し 多田蔵人行綱なんどゝいふ源氏の残党をかたらひ
平家を亡す帝の謀叛聞捨ならず 此方より打破り 帝を取て 流し者 成忠成
親(なるちか)親子の者 異議に及はゞ切て捨よ 此事必ず重盛に沙汰無用 いざ討立


18
の御勢ひ 越中上総詞を揃へ 御憤り御尤去ながら 成忠卿は正しき重盛公
の御舅 今一応御評議然るべしといはせも果ず ヤア我詞は綸言同然 聞かぬそ
いふなと宣ふ所へ 成忠卿御入也 と知すれば 是へ通せ皆々奥の小庭へ控へ居よ
用事あらば呼出さん 急げ奴との御仰 力及ばず越中上総是非なく奥へ急ぎ
行 斯く共しらず 大納言成忠卿 何心なく長廊下 行き過給ふ後ろ進野次郎宗政
小腕(がいな)捻上げ諚意成るぞと引すへる 清盛怒れる大声上げ ヤア科はいふに及ず
覚へあらん 鳥羽の離宮へ日毎の院参は 源氏の残党をかたらひ 白旗

を渡し我を亡ぼさんと明白せり 御邊一家の好み速やかに白状せられよ 命は助け
流し者返答有れと荒気に少しもわるびれ給はず コハ勿体なき帝への御疑ひ 侘し
き鳥羽の住居参り仕ふる者もなく 漸(やう/\)西光法師某只二人と企てなそとは曾(かつ)
以て存寄ず 又昇殿の御望み成忠宜敷奏問せん ヤアぬつべりの間に合ソレ次郎
縄かけよ 承はると立寄れば 暫く/\と錦の戸張 押退けさせて時子の前 桜木若草
伴ひ出 ヤア卒爾なと押とゞめ なふ清盛公子細あれにて承はる 成忠卿息女
園生の方は 重盛の婦妻と定まれば舅君 殿を責むれば則ち娘を責る


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道理親として子を悲しまぬはなき物 殊に御身は厳島明神の霊夢を請け給ひ
布引の瀧にて難波六郎常俊が あげなき最後も神の告 帝を苦しめ奉らば
其罪立所に御身に祟り 心の鬼の火の車 ぐれん大くれんの氷も炎と燃浅間
敷死を遂げ給はば 自らが嘆斗か重盛の孝行も水の泡 御本心に飄(ひるがへ)され思召
止つてたべ さがなき民の口にかけ 逆臣よ道しらずと洛中の恨み謗(そしり)御耳へ入さるか 情
なや 成忠卿必ず騒せ給ふなと こなtがを思ひあなたをいさめ 恐るゝ事なく詰寄給ふ
後には二位の尼君を 云傳へしも理り也 何洛中の奴原が 悪口雑言とは皆帝

の事よ 安芸守平の清盛を恨み憎む其証拠 最前の鏡とぎ是へ出よ
と 仰せに従ひ磨き立たる鏡とぎ 大小立派裃も さはやかに立出たり ヤアほう
げた叩く鏡とぎはうぬめよな 誰赦して其侍 サア真直ぐに雑言の訳ぬかせ 陳ずる
においては首引抜て捨んずと 掴みひしがん勢ひにちつ共臆せず ホゝ此鏡とぎめは
近年御領に付けられ 武蔵の永井に居住仕り候へば 御見忘れも御尤 公達宗
盛公の御めのとに附け置かれし 斉藤市郎実盛 此度宗盛公 父清盛公の悪
心 万民の謗りを聞こし召ての御嘆き止む事なく 御尤と姿をかへ人の心を写し見る 鏡磨


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に成て忍び出 洛中の取沙汰 聞けば聞く程心よからず 其口写しを申上るも忠義
の一つと 謗りも顧みぬは恐れ有 去ながら 全く我本心より出るにあらず 是皆重盛公
の御指図 伝へ聞 ?縣山(れつけんざん)の慈童仙は 菊の葉に寿量品の文をしるし 仙宮
の流れに是を流す 其川下の民百姓 是を飲めば不老不死と成て長命也 然るに
其川の中間に院山の烏(からす) 其流をあふる時 水反(かへつ)て毒と成まつ其ごとく 帝
の御謀叛でもなきに 半途にて云ほぐし 悪し様の詮議是則ち毒と化すの道
理 一応も再応も御糺し有て然るべしと 憚る事なく諌めの詞 弁舌さつぱり

繻子鬢男水際の立武士(ものゝふ)也 てつぺい押の清盛 から/\と打笑ひ ヤア丁稚
めが味やるよ 現在?重盛は今日本の聖人と云ふらす 其異見さへ聞へぬ
此清盛 殊に儕は元源氏の家来 忠臣顔の諫言片腹いたし 立去やつと詞
の中 重盛公御入也としらせの声 清盛俄かに仰天 何小松が来りしかなむ三
毛虫殿 くすべ立るは知た事と 鎧の金物押隠し まじめに成ておはします いつにかは
りし重盛公 する/\と御座に付き邊りを見廻し 某只今院参の帰るさ 承はり候
へば御父清盛公には 後白河院を責崩し 日頃の御恨を赦せん為 軍御用


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意有と聞より其儘馳参じ候に 其御気色もなく いかゞして思召止り給ふ不審(いふかし)
さよ 重盛も兼て君に御恨有といへ共 臣として上を苦しめ奉る事あたはず 清
盛公は誰あらん 是迄の勲功諸人のしる所 夫レに何ぞや思召止り給ふ体 一旦仰出
れたる御事は 綸言同然何ぞとの御諚大きに相違仕候と 多年の諌め引かへて 進
る詞の智恵の海ふはと乗出す清盛公 ムゝ然らば清盛が帝を責る物な
らば 重盛も同心よな コハ仰共存奉らず 子として父に背きなは 末代迄も君の
穢れ いかてか違背候はん アレ聞たか旁(かた/\)うぬらが異見なんぞとは奇怪成 シテ/\重

盛 成忠が義は何とせん イヤそれは猶更気遣ひなし 正しき舅なる故 先ず成忠殿
から討つて捨ん 諸事は重盛に任せ ヤア/\実盛 大納言殿をを引立 小松が館へ
押込置き 是より某成親の館へ踏込搦捕ん 夫迄せかせ給ふべからず いさつゞ
け市郎と 成忠卿を引立させ足を早めて 出給ふ跡に清盛ぞく/\小踊 ヤア/\上総
越中皆々来たれ 何んと今の子細を聞きしか いつにかはりし重盛の短慮 親に似ぬ子が
有べきや 聖人と呼れたる小松さへあのごとし 清盛はまた今迄はようこらへた コリヤ/\時
子 もふ異見取置け ソレ長刀と 家に伝はる銀あ(しろかね)にて蛭巻したる小長刀弓手


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にかい込床几にかゝり 重盛の返答を今や 遅しと待たる所へ 斉藤市郎実盛
大汗に成てかけ戻り 只今何者共知す軍兵を引率し 御鎧をめがけ押寄候故 重
盛公打向ひ 敵を御防ぎ候間 越中上総かけ付け給へ早く/\とせき立る 清盛大きに
騒ぎ給ひ 何者が寄来るいぶかし/\ ヤア/\面々 爰構はずと重盛が加勢せよ 急げ
/\に畏り奉ると 上総越中飛騨高橋 長田を始め其外家の子郎党共
独りも残らず実盛に引添へて 重盛公へと走行 跡に清盛只一人 コリヤ/\桜
木若葉 汝等は跡より追つ付き 重盛が館の様子見分して我にしらせよヤレいけ/\

承はりしといふより早く腰刀 しやんと小脇に物馴たるつま引て急ぎ行 清盛は
立たり居たり エゝ心せきやコレ/\時子 表門の櫓より軍勢の様子見てま
いれと 仰も果ぬ小嬪共申し/\御台様 敵の大勢此館をめがけ候と泣さけ
べば 清盛猶も仰天に赤う成青うなり 切て出んも独り武者 押寄るは何者と
茫然たる時しも有息次あへず 桜木がこけつまろびつ立帰り 只今是へ責め寄り
給ふは重盛様 一天の君に刃向ひ給へば 父迚も赦されぬは臣下の道と 皆迄い
はせずヤア/\何じや 重盛が押寄父迚も赦さぬとな エゝ早合点せしか呑込


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なんだ憎い?め イヤモ知恵の有世伜を持ば色々の難儀 といふて今更何
とせん ふつつり俺儘はいはぬと云聞せよ 早う/\に桜木は又引かへし行く道へ入かはつて
若草が申し/\清盛公 エゝ合点じや皆迄いふな 帝も鳥羽より助参らすかと
早くおへ/\ イエ/\夫斗でござりませぬ 成忠様へ何と遊ばすサゝゝ夫も助かといへ アゝ
嬉しや 夫で積(つかへ)がさがつたと是も同じく かけ出す 清盛ちだんた身をあせり エゝ
無念千万 我昇殿し位に即ばヶ程には得せまじと 一人つぶやき給ふ所へ 後白
河の御使として 西光法師を伴ひ 重盛の御台園生の方御前に 畏り

わらは是迄参りし事余の義にあらず 只今より是へ責寄せ給ふ 夫重盛の御心
底は 父清盛君を責むれば朝敵と成り給ふ 是を諌めんとすれば聞入ぬ御短慮
忠の道孝の道 立つべき為の計略一つには君を流罪の祟りもなら 一つには父の悪名
も消へ 三つには成忠卿の死罪も遁れ 彼や是やを思召ての謀(はかりごと) 必ずあしく聞召て
下されなと 夫(つま)の云訳我身の願ひ 滞りなき発明は実も小松の御簾中 ムゝ
然らば親への孝行に 重盛の計略とな エゝ口惜しや又騙れた そな坊主めは何の
用 さん候只今重盛公鳥羽へ院参有り 帝への奏問には 既に今日逆臣


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おこり 玉体を苦しめ奉らんとせしに 父清盛公の御働きにて逆臣悉く鎮りし御悦び
愚僧を以て御使いに参上せりと相述ぶる 何じや逆臣は清盛が鎮めしとな つべこべと
嘘つきめ ハテ是非がない 此度は宥免するとのお詞に はあ忝なやと園生の方 重盛
公も御安堵と 其儘前を立給ふ 西光法師も御供と 続いて立を首筋掴んで
どうと打付け足下に踏まへ 憎いづくにうめ 儕常々お傍を放れず 謀叛を勧むる故此大
事 マゝ何がな恨みの腹いせと 細首捻折體を縁よりがはと蹴落しアゝ嬉しや/\ 是で少し
は胸晴たり ヤア/\誰か有 参れ/\に飛騨高橋 長田を始越中上総 追々に立帰れば

ぐつとねめ 憎いうぬめら 能くも重盛が肩持て むごいめに合せたな 是からは逆車
何にも聞ぬ聞入ぬ 猶も帝を鳥羽に糾明 成忠成親親子の者共 之首切て捨させ
よ 今より我は太政大臣 宗盛を右大臣 一家一門悉く雲井に登る 我に背く奴原は
片端に遠島流罪 先ず義賢を討ち亡し 蔵人行綱さがし出して逆はりつけ 源氏
の輩(ともがら)根を絶さん 寄せ手かゝらば一陳に踏破り公家にもせよ 君にもせよ 今の
無念は暫時の中 エゝ腹立やさつくはいと 廊下の板敷どう/\/\ 風のおこ
れる其勢ひ 御殿に 響き鳴渡り 耳驚かす御威勢今に 其名を顕せり