源平布引滝 二段目

 

中と切が「義賢館の段」。通称「義賢最期」と云うは歌舞伎に於いてのみ? 

 和生さんの義賢期待に違わずかっこよかっためっちゃよかった!いつもより人形がでっかく見えて思わずプログラムでかしらを確認してしまった。やはり検非違使だった。あ~んかっこいいよ~ぅ。そうだ和生さん人間国宝だよおりゃうれしいよーぅ!

 

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イ14-00002-282   

 

25
第弐
おらが女房はナンナン/\ナ こりやよい女房エ たらいかたげてナナナン/\ナ こりや布
さらすエと諷ひ連 所も名高き石山寺 大慈大悲の御誓引も ちきらぬ
群集には知た顔にも粟津の辻堂親子の地蔵 誰いふとなく願込めに ちん
ばが直る目がひらく頭痛疝気の筋ばりも 霊験あらたあら不思議と 毎日参
詣夥し 道の邉りの水茶屋に暫しとたばこ足休め 何とおか様 きつい参りで嘸
銭儲け サア申し取分けふは観音様の御縁日 殊に日和もよしきつゐ参詣

と出端を汲んで指し出せば イヤいつでも時花(はやり)観音 八景は目に見ゆる ヤ見ゆる次
手に此辻堂の地蔵様 ひよつと目の願かけたれば 忽ち目が明いたといふて 夫レから又此
参り さればいの 此地蔵の奇瑞を 清盛殿へしらせて信心さしたは 石仏でさへふしぎ
が有に 勿体ない主様を鳥羽へ押こめ困窮させしまし 一門一家は栄耀栄華 どふ
で果てはよう有るまいと京中の取沙汰 まだ重殿がござりやこそ こちとらが夜がね
よい とかく信心/\ 此地蔵へも早う願かけるが仕合 悪口の世の中得ては狐の官
上り 狸の宿替じやのといひ立る それて皆人の気の廻り イヤおか様過分と茶


26
銭払ひ 我家/\へ帰りける 参詣多き其中に女乗物並べさせ 嬪附と京
家の奥方 石山詣の御下向 親子の地蔵へ御立寄りお先を払ふお供先 はい/\/\ 肩
ふる手をふる年栄(ばへ)も廿四五丁長羽織 諸士侍には惜かりし 茶店の脇に乗
物立たせ手をつかへ 最早是より辻堂へも一丁斗り 御乗物斗にてはお気づまり 暫く
おひろひ遊すも お気ばらしと伺へば ヲゝ早かりしと乗物を出る姿のうつ高き 葵御
前と聞へしは 木曾の先生義賢の御台所 茶店の床几にお腰有り のふ折平
けふ自らが石山詣と立 此粟津の辻堂へ来りしは 此頃人の風説に 親子の地

蔵は 霊験あらたにましますとの事故 只の身ならぬ自ら初産の願込め 何とそ
親子の身二つと 思ふも女の愚痴心 義賢様へ申なばお叱りはしれた事 願ひの為
に持たせし絵馬 そなたの細工の切張も いかふ見事に出来ました 其絵馬是へと
有ければ ハツア是は/\御前様 結構なお詞 拙者めも先月より お屋敷へ御奉公仕
れば 何がな御意に預らんと 手筒の細工も当座の間似合 イヤお嬪衆 待宵姫
様には お乗物からお出なされず 葵様もお独りにてお淋しからんと 心を付ればお嬪の
柵(しからみ) 待宵様は先程より お痞(つかへ)おkとつて心よからず 葵様はお先へ御参詣遊ばされ


27
お下向待受け其間に御養生との御事也と申上れば 是はマア自らに 最前からしら
せなんだ ドレお見舞と乗物へ立寄給ふが イヤ/\少の気の結(むすぼ)れならん 自ら斗り参詣
せう 供廻りは二三丁も後にとゞまり 嬪一人 家来一人連ゆかふ イヤ折平めがお供夫レ
は餘り軽々しい イヤ/\そなたは爰に残り待宵御寮の御用も聞きや お気のうかぬは
痞のわざ そなたは又痞直すが上手じやげな 侍共 其絵馬持て供せいと 心も 軽
き御参詣 道もしづかにしと/\と 上美て粋なは奥ゆかし 未知には嬪柵小笹 お乗
物に寄りこぞり サアお姫様 お気ばらしにあれへお遊ばされ居ながら近江の八景

を 折平殿の道案内 サア/\お出とほのめけば ヲゝせはしなや騒がしと 立出給ふ 待宵姫
月の笑顔の目のはりや男見るめは格別に 忽ち痞折平が顔に見とれる御風情
中にも小笹は発才者 コレ折平殿 お姫様への御馳走に八景の物語 夫レおいやとおつ
しやるならつもる咄の寝物語 こちらは合点のふ柵殿 それ/\ どふで石山参りじや
物 お怪我のない様に頼ますと 押やれば顔真っ赤 イヤ何様はやセ社めが 口不調法も
結句お慰み アレ御らうじませ 向ふに見へましたが比良の暮雪 こちらがと立上り手を
じつと取 近江八景知っている 比良の暮雪面白ない 云事有りと引寄せられて猶


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赤面 アゝ申し/\ こちらが勢田の ヲゝ初心らしい 顔真赤に勢田の夕照 いつぞやから
あの衆頼?(くどけ)ど一夜も粟津の晴嵐 コレそちら向ずと こちらを三井のかねての
思ひ 胸はどき/\矢橋の帰帆 惚れた約束堅田落雁是 からさきは夫婦ぞやと
思ひ切て抱付 柵小笹は気をのぼしよう/\お姫様 八景の濡事 アゝ気の盡(つき)がな
をつたと女同士は嬌(なまめ)かし 柵は気転者 コレ茶店のかゝ様 弁当ひらく所はないか アイ奥
の床几の簾の内 夫レは幸いナア/\お越追付お下向 先ず/\お出とむりやりに今更心
恥しくいやじやおゝじやの真中の簾引上入給ふ 早夏の日も未の刻歩み来る侍は 平

家譜代のお傍さらず 瀬尾の十郎兼氏 人引連いかつ顔 茶店にどかつと
大あぐら ヤア女郎め 茶店の主はうぬめよな 此粟津の石仏へ 夜毎日毎に往
来群集と聞えしに違はず此茶店も 参詣のやつらがあだ口場 打こぼつて仕
廻ひおらふと 平家の権威鼻高々鼻の先なるだばこ盆 蹴飛し蹴かへす灰ま
ぶれ 茶店の嬶は逃て行 折から吹くる山嵐 土砂共に一くるめ御座も吹ちる風
に連れ 辻堂の絵馬一枚深田の洫(いぢ・はじ)へ落ちつたり 十郎目早くソレ取上よ 畏つたと
家来共 深田へ飛込泥打ふり 手に渡せば ムゝ切張の飾り馬 願主は木曾先


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生義賢妻 ムウかやうの事あらんと思ひ此詮議 辻堂へ人を寄せ 平家の事
共悪様に云ふらし 源氏に心を寄せさする企て陣立ての飾り馬 此絵馬こそ能き証拠
清盛公へ云上し泡ふかさんとかけ行首筋 折平透さず引ずり戻し 絵馬引たくり
はね飛せば ヤアこやつ何者慮外千万 エゝ聞へた 絵馬をかばふは合点たり 其絵馬こ
そは詮議の手がゝり我に渡して縄かゝれ組踏みのめして御前へ引こか 何と/\と反り打かけ
てひしめけば から/\と打笑ひ 貴様も 年に不足もない侍 一合取ても知行万石取て
も武士といふ字に違ひなない 人の名を問はば我名を名乗るが武士の道 ふ行儀な

お侍 此絵馬は身が主人の奥方御産の願ごめ 風でちつたは太郎坊のわざ 泥坊
武士共指でもさゝば腕首切て切りさげんと 茶店の屋根に絵馬差し込み 羽
織ひらりと裾はせ折て ねめ付ければ だまれ二才め 扨は義賢めが家来よな
かくいふ平家の御内 瀬尾十郎兼氏 此粟津の辻堂へ人を寄せ 源氏の残
党をかたらひ平家をねらはん企て 殊には義賢仮病を構へ出仕もせず 彼の是御疑ひ
の筋も有故 吟味に向ひし此瀬尾 洛中洛外はいふに及ばず 公家武家町人の
家居迄 平家をさみする奴原は 絡め来たれと清盛公の諚意に任せ なら人禿を


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出し置け共 此邊迄は手が廻らず 其絵馬こそ能き手がゝり ソレ家来共ひつくゝれ
承はると寄る所を はり退けぶちすへ蹴飛せば 出るに出られぬ待宵姫 葵御前
は物かげより始終の様子見るよりも かけ寄て押隔 マア/\暫し待てたべと 押しつめ さが
れ折平 さがらぬか推参者め 家来の慮外は主人の慮外 殊に物詣での道姫ごぜ
の供先女と思ふて我儘かゆるさぬぞと気色改め 是は/\瀬尾様とやら マア御覧し
ませ 不調法な家来を使ふも此身の不運 自らが葵と申て義賢の宿の
妻 今日此辻堂へ参りし事 義賢殿に沙汰も致さず 石山詣と偽り

自らが初産の願ひも女の鼻の先 必ずお疑はらしてたべ 夫義賢の病気も
常ならず 御出仕も怠りし故 第一は其願ごめ 此上は清盛公へあがらぬ様にお取成し
瀬尾様頼上ます お意路のよいはお顔で知れる物 和らかな御生れ付きコリヤ折平
憚りながらあなたを手本以後を嗜め ナア申し瀬尾様 /\/\と口車 さしもの十郎
ぐにやとおれ 是は/\御挨拶 先程からとやかくと 申すも忠義を存るから シテ義賢
殿には御病気ちと御快全かな 御用に取紛れお見舞いも申さず 宜敷御
伝へイサお下向なされ 然らば家来が慮外は お赦しなされて下さりますか ハテ何の


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/\最早お別れまだ見分の役目有 しづかに/\おさらばと 家来引連行過る 跡
には待宵葵御前 どふやらかうやら云くろめた 憎い瀬尾の十郎めが 内兜
見ておらりころりは済だれど 穢れし此絵馬上げられず 爰に捨るも名の穢れ館
へ持て早帰れ 乗物参れにはい/\と心は済めど葵御前 木曾の名字の
飾り馬 深田へ落しも果ての世に思ひ合する「しらせかや 水上は流れも清き(義賢館の段
白川に美麗を好む一構へ 源氏の末孫木曾の先生義賢を曽兄(さいつごろ)義
朝野間の内海にて討死の 思ひは血筋胸一つ心も心よからねは 出仕打止め病

気いひ立引籠る世の成行は是非もなし 館は物音しと/\と葵御前待
宵姫次の間に立出給ひ なふ待宵様 殿も今すや/\と御寝なる 此間は
こちらが気ばらし そもじも嘸お心づかひ 嬪共琴持てこいと有ければ 申し葵
様 なぜ其様に自らに結構過ぎた御挨拶 義賢様の娘なればやはりお前の娘
同然 夫レをまあ小姑応答(あしらい) 迷惑に存ます さればいな此葵は お前の母御
様へ宮仕へ お果て遊ばしてより引上られ 申さばお主 殊に只ならぬ身の自ら 慥に
左孕みは御男子のしるし ましてや初産うみならひはない物と覚え有る女中さへ


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其時々の祈り祈祷 日外(いつぞや)粟津の辻堂親子の地蔵尊は霊験あらた
と聞及んでの願ごめ 絵馬の細工の飾り馬武士の第一と心をこめし自らが願ひ
夫レさへも俄風に吹ちらされ 深田へ落しが気にかゝり 何とぞ身にさゝはりも
なく御誕生有れかし 母が身は先立つ共と 思ふ程猶そもじが大切 物かたい挨拶
はおなかのやゝの教へにもと 真実見へし御めもと 待宵姫もお道理としほれ入
たる折からに 表使ひ罷出 先刻より門前に近江の百姓九郎兵助と申す者 親子と ←
見へて三人連 折平に逢はしくれよと申す故 暫く待たせ候へ共 殿へ直(じき)に御頼

の説も有ると 何分聞入申さず いかゞはからひ申さんやと 伺へば葵御前 殿にはお
疾(わづら)ひ故御出仕もなされず 折平大切のお使い故帰りもしらず 自らが逢はふ苦しう
ない是へ通せのお指図に 其儘表へ急ぎ行 引違くる耕作親仁 在所育ちの
ぼつか/\ 小まんよ 太郎吉よ 爺に逢はすぞこい/\と勝手白洲んl縁先を見る
よりはつと手をつかへ 小まんよ坊主よアレ拝め 打敷の様な結構な着物きてござます
が これんの旦那様のおか様そふな こちらの振袖の姉様は旦那殿の妹御か 尊
や有難やと 伏拝むこそ殊勝なる葵御前はしとやかに折平に逢たいと 尋


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の有るはそなた衆か 遠い所を遥々と 折節悪ふ折平は殿の御用 帰りは知れず其間
は 休足しや苦しうない心安ふのお詞に 風呂敷包こて/\と心も吉野の丸盆
に はつたいの紙袋 手に持ながらホゝゝゝ 是はマアさもしけれど私がおみや 花の都
へこんな物と母も叱られましたれど しれた在所のふつゝかを直ぐにみやげて下さりま
せ マア是迄は折平殿せんどお世話に預られました お礼やら何やらかんらお恥かしう
ござりますと 目元口元取形も浅黄帽子のこぼれ梅 こぼれかれる物ごしは
京恥しき風情也 待宵姫も御挨拶御らうじませ葵様 いたいけな稚な子

の人おめせぬも育ちのよさ そふしてそもじは折平の兄弟衆か イヤ/\ 小まんはおら
が独り娘 折平と二人中の鎹(かすがい)坊主でござります ムゝそれならあの小まん
女郎は 折平のお内儀かや ハテきよと/\した姉様 内儀共/\きつい内義所
に此太郎吉めが生まれた晩から家出して 今年で丁ど七年 何が廿二三の油ぎ
つた結構な田地を捨て 此お屋敷に奉公も新参と聞き付け お隙貰て
おらは隠居様 小まんは又七年ぶりの年貢の来るを 一時に取にくる気でござ
ります どふぞ折平にお暇遣はして下さりませ アイとつ様の申されます通り


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何とぞお上の了簡 コレぼんち そなたもお願ひ申しやいのふ アイ爺様におは
れていにたい 抱かれたいと ぐはんぜなうても真実心 ヲゝわれが抱きたいより 嬶が
先へ抱かれたがると 指合構はぬ在所育ち 地に鼻付て願ひ居る 待宵姫
は始終の訳聞く程心よからぬ顔 葵御前聞し召 扨も/\じほらしい親子の願ひ
併し最前も聞通り折平は大切のお使い帰りも知ず 夫レ迄は館にいや帰り次第
自らが暇遣はし願ひの儘 親子連にて国へ戻す かういへばどこそ又気に立お
人も有けれど 諸事は自らが心に有る 申し待宵様 此衆を奥の一間へ御同道

何にもおつしやるな 親子の衆 マア/\奥へのお詞に エゝ有がたや忝やと親子が
三拝 待宵姫もおとなしく 然らば皆の衆サアこちへ 夫レならばお詞にあまへ
奥座敷へ参りましよか 高上り御免成ましよ 小まんよ太郎吉よ草
鞋失ふなと結び合せし親子の縁 嬪婢が案内にて打連れ奥にぞ入に
ける 時しもあれお庭の切戸 折平只今罷り帰る 誰そお取次とぞ控へいる 待宵
姫は走出思はず庭へ折平が 胸ぐら取て気のせく儘 物をもいはず身もだ
へし恨み涙ぞわりなけれ 折平一圓合点行かず コイヤ何じや待宵様 お嗜みな


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されませ 此堅いお屋敷 ひよつと殿のお耳へ入たら 折平めが首ころりいやな
事/\ ヲゝいやであろ すまんと云て子迄なした夫婦合 内証で呼にやり 使いを
かこ付け道にて相談 何しらぬ顔にて隙貰はせ ほんにむごいつれないどふよくと
声を 得立ぬ忍び泣 何小まんが屋敷へ来りしとは夢にも存ぜず 拙者めは
殿の御用にて只今帰りがけ 即ち此 御文箱 ヲゝ其返還 直きに義賢受取らん
と 病気屈せず刀提げ ヤア遅かりし折平待宵には此場に用なし奥へ行
コリヤ/\それ奥の小座敷に内証客も有る由 折平が使いの返事次第

様も有り馳走せよ いけ/\折平 使いの口上 多田蔵人行綱殿に対面
せしか お返事は何と/\ ハア殿の御口上 多田蔵人行綱様の御住宅は 烏丸
との仰せを受け 何が其近辺足手かいさまに尋ね候へ共 左様のお屋敷もなく
夫レ故すご/\罷り帰りし無調法 今一応とつくりと 承はり参るべしと 申上れば ムゝして
其状箱は 即ち是にと指し上れば 文箱の紐とく/\改め状取上 折平 蔵人行
綱殿に対面も遂げず 手渡しもせぬ此状の封印はなぜ切て有る ハイ いやさ
多田蔵人行綱へ遣したる密書の封印 おのれと切たる謂れなし 折平はいかに


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と尋られ イヤ其御状の封印切れしやら 文箱其儘持参せし拙者め曾(かつ)以て
存じ申さず だまれ折平 此使いは大切の密書成ぞと 口上迄云付遣はせし
に 存ぜぬとは紛はし 但途中にて披見し 六波羅へ訴人せしか イヤ訴人何どゝは勿
体ない 其御状に 左程の御大事御座有り共さら/\存ぜず 憚りながらとつくと御
賢慮をめぐらされ 下さるべしと手をつけど 然らば知らぬに一定せり えいは勝手へ
参つて休息せよ ハアあつとはいへ共立兼る 早行け 畏り奉ると すご/\歩む切戸
口 行綱お待ちやれ 何と イヤ多田蔵人行綱殿 義賢が物語る子細

有 先ずお待ちやれと呼かけられつか/\と立帰り顔きつと見上げ 此折平を行綱と
呼かへす所存はいかに ホゝ此義賢が眼力慥に貴殿と見極めたり 封印切し
其返翰(へんかん・返書) 早見たしと星をさせ共ちつ共臆せず 其行綱といふ者は源氏
の末孫 兼て平家のお尋者 扨は貴殿詮議仕出し 清盛へ訴ふる所存
よな ホゝ疑ひは尤 心底を顕はさんと ずんど立て縁先の 元に植たる小松の
一本かなぐり抜き 心をこめたる覚の手の内てうど打たる手水鉢片側微塵に
飛ちつたり サア義賢が心底斯の通り 折平屹度ながめ入 ムゝ水は陰 木は


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陰中の陽也 陰陽合体せし石面打かいた心は ヲゝサ二つに破(わる)べき手水
鉢 破ぬは持(たもつ)水の源 扨は貴殿は昔を忘れず 源氏に心を ヲゝ推量の通り
木を以て岩を砕き舌を以て人を損ふ平家の我儘 今義賢が心底を云聞
さん 和殿も遁れぬ源氏の末 打明て語られよとのつぴきならぬ詞の端 折平
辞する色目なく 懐中より認め置きし密書取出し 封印切し其返翰と手に渡
せば 早くも披(ひら)き逐一に読終り 横手を打てさこそ/\ 源氏を忘れぬ思案
の底 そこは端近先ず/\是へと式礼に 然らば夫レへ推参とおめず臆せず鰭(ひれ)

ふりたる 魚と水の源氏の流 誠に武士は武士也ける 義賢は懐中より
正八幡の白旗恭敷く床柱のかけ竿取てかけ置席を改め同し源
氏の身なれ共時代に連て下様の奉公 嘸無念に思されん 貴殿日外(いつぞや)
此館へ新参に来られしより 只者ならぬ面体と 思へどうかつに問れもせず
多田蔵人行綱へ名宛の使い きやつ下郎ならば其儘に立帰らん 我名を以
て我への使いと心付ば 途中にて披見せぬ事よもあらじと 心をくだく義賢
が思案の的 はづれず当る弓矢の道 包せずも明かされたり これも偏に此御


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籏の源氏を守りの威徳ぞと 籏に向ひ頭をさげ 悦び涙そ理りなる
蔵人眉をひそめ 第一不思議は此御旗 平氏の軍に義朝の首諸共 清
盛が手に入しと伝へ聞 貴公の手に入たるは子細有へし 是に付ても清盛が我
儘 時至らねは力なし 我も源氏の嫡流多田満仲の末孫たりしが 為
義の勘当請け様々に身を隠し近江の片邊り九郎助といふ土民の方に隠
住み 時節を待し此年月 時こそ有当春津国布引の瀧にて 重盛
に出くはし 能き敵に向ふたり只一矢にと引しほり ひゝふつと放すねらひはそれし

運の尽弓 やみ/\と絡め捕れ既にあやうき我命 情け有る重盛狩人に云
ほぐし 命助かり其場を去り 恩を怨(あた)にと貴方へ奉公 時有ば此無念打帰より折
を窺ふ折平が身の武運 ひらかぬ事の残念/\ なふ其無念より義賢が参
内の時しも有れ 兄にて候義朝が首 此白旗諸共に清盛が下知を受け 長田
太郎が実検に備へし時 胸に盤石 おされぬは平家の権威 義朝が首大
にさらせよと 六はらの衢に獄門にかけさせ源氏の司我為の兄の首 鳶烏
の餌食となし 現在弟は平家に下り礼儀の烏帽子大紋着し いかめしき供


39
廻り草葉の影より見給はゞ 嘸口惜しう思されん ナフ行綱殿 義賢殿程拙き
源氏の末いつか会稽の春に逢ひ家名の花実を咲せんんと 拳を握り牙
を噛み 身をふるはせし血の涙五臓を しぼる斗也 アゝよしなき落涙に肝心の事失念
せり 迚もかくてもながらへぬ 某が一命 夫レ故何とぞ和殿を機關(かたらひ) 始終の本意
を達せんと 思ひ廻する折に幸い 近江の九郎助といふ百姓 貴殿を尋ね来たりたる
様子は残らず聞置いたり 我娘待宵姫はからず貴殿とかたらひしも 我大望
の能き便り先ずは因みの盃せん 九郎助小まんに対面有と詞も終らん表の方 清

盛公の御上使と呼はる声 騒がぬ義賢読めたり/\ 此御旗の詮議なるべし
構はずと先奥へ諸事は葵に云付置く 委細聞かれよ早とく/\と進やり 御
白籏を取納め心静かに入にける 待間程なく 上使の役高橋判官長常 引続
て長田太郎末宗 首桶携(たづさへ)のつさ/\上使にならび着座する 館の主木曽
前生義賢出向ひ 二人が前に両手をつき 何でも御苦労千万 此間より
風邪(ふうじや)に犯され出仕も怠り候故 不礼の長髪略衣の此儘 御用捨に預りたし
と挨拶有れば いや義賢殿長口上取置いて 高橋が上使の旨を能く聞かれよ 此


40
後白河院を鳥羽の離宮へ押籠め奉る 清盛公の御憤りは 貴殿の
兄義朝が首討取り 源氏重宝の白旗手柄の印 叡覧に備へし所其白
籏は焼捨しと 成り忠卿のぬつぺり是御咎めの第一 此籏の行所も大方合
点たり 所に貴殿の病気心得がたく思召 白旗の義存ぜぬか存ぜしか急度
糺し来れよと 長田太郎両人承りし上使の趣き斯くの通りと相述れば コハ存じ寄ざる
御疑ひ 御尋の白旗 後白河院の手に入しは 清盛公こそ能く御存知 義
賢曾て存じ申さず 立帰つて此旨申上られよ ヤア過言也義賢 高橋判

官は清盛公の上使 御邊源氏の末なればこそ御疑の筋も有 所詮論は無
益ソレ末宗 ヲゝサ合点と首桶取出し 蓋押退け是見られよ 義朝がくたば
り首 鳶烏の喰らひ残し籏の詮議の責め道具 存せぬに極らば髑髏
脚(すね)にかけて誓言せえられよ 現在兄でも朝敵 いやかおうか是かうと 蹴やり
蹴飛す傍若無人 一間に窺ふ行綱が切て出んのはやる気を まふたで止める
気の張弓 高橋長田ははね袴 股(もゝ)立きりゝと中に取巻き ヤア猶予す
るはしれ者 サア髑髏を蹴るか 白旗を渡すか 何と/\ときめ付ればにつこと笑ひ

 

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きやう/\敷詮議呼はり 白旗の義は元来(もとより)二心なき義賢が 髑髏蹴て
疑を晴さんと すんど立ちは立ちながら肉身分けし兄親 いかに時代なればとて 経陀羅
尼の弔ひなく土足にかけん勿体ないと 身の毛逆立つ苦しみは地獄の呵責
目のあたり 障子一間の行綱が柄も砕けと握り詰め 息を呑でぞ 控へいる 長
田太郎大口明き ハゝゝゝ 義賢が二心 ひつくゝつて清盛公の目通り 水くらはせて白
状させん腕を廻せと寄所 其手を直ぐにひつ担ぎまつさか様に頭転倒(づでんどう) 高橋
透さず飛かゝる 首筋掴んで六七間投げられひるまず切かゝる 得たりと行

綱死物狂ひ まつしぐらに切立てられ さしもの高橋受流して たぢ/\/\ 叶はぬ
赦せと逃げ帰る 長追い無用と呼とゞめ 長田を引上げ縁板ににしり付 ヤイ天
罰しらぬ愚直め 三代相恩の有人を失ひ 剰さえ白骨迄土足にかけし其報い
義朝の頭にてうめが頭の弔ひ軍 ひしつたか人畜めと頭微塵に打砕
かれ 無念/\のあをち死天罰の程ぞ心地よし 音に驚き葵御前 待宵諸
共出給へば 行綱はつと心付き 高橋めを討もらしたれば此所に猶予ならず 片時も
早く落用意 とせき立ればイヤ/\ 義賢が運命今此時に相当り譬へ此場


42
を落延びたり共 平家盛んの勢いに搦め捕られ 水責火責の生き恥より潔く
討死せん 行綱は待宵諸共此場を早く落延よ 人に面(おもて)を見しられぬこそ
幸い 鳥羽の離宮へ宮仕へ 待宵を官女とし其身も供に姿をかへ 折を窺ひ
玉体を奪ひ取て忍び出 院宣を申請け蛭が子嶋の頼朝に 心を合せ籏
上せよ 片時も早く立退け/\ 義賢が日頃の念願時来れば ハフア嬉しい/\有
かたしと 心詞も木曾育ち荒木を切て投げ出したり 待宵涙ながら御尤とは
云ながら 今討死遊ばすを聞捨てにして行かれうか ヲゝ我とても武士の身の此儘

に捨置かれず 寄せ手を待受け一と軍仕らんと 云せも立てず先生義賢 行綱が誤り
かみ掴み 待宵諸共縁より飛おり 裏門口がはと突出し跡ばつたり 義賢声を
あらゝげ 只今にも寄手来らは 蔵人行綱なんどと敵に顔(つら)を見しられ 頼み置きし大望
は何とする不孝者 サア行け 落ずは先へ切腹 アゝ申し誤りました 夫レならばどふぞ葵様連れ
まして落ませう 義理有る今の母上様に 常のお身でもなし おなかのやゝは自らが
現在の兄弟 是斗りはお聞きなされて下されませ まだぬかす 我迚も我子の事 思は
ぬにてはなけれ共な そち達は後白河院を奪ひ出すが忠義の第一 其忠義も


43
仕遂げさせず 足手まとひの葵を連れさせ 其身の難に命を果さば 腹な?
迄不忠者にするかうろたへ者 連れ行かんと思ふ心より 後にとゞむる義賢が心 推
量有れ行綱殿とどうど伏て 居たりける 蔵人手を打ちハツアそふじや実に尤 一天の
君の御大事奪ひ出し奉る 気遣い有なおさらばと 待宵姫を引立て思ひ切てぞ
急ぎ行 跡見送つて早いたか でかす/\ 親子が一世の別れ 命を捨つる役目をいひ
付け 情けらしい詞もなく 叱りまくつて追出せし 不憫やとひたんの涙にくれ 近く遠音
に響く責め太鼓 螺(ほら)吹立る陣馬の足音物すさまじく聞やれば ふるひ/\九郎助

親子三人連 申し/\旦那様 子細は残らず聞きましたが 小まんにも呑込ませ 中々
悋気所じやござりませぬ 奥様はおらが在所へ連まして行く胸 あれ/\/\胸が躍り
ます かてゝ加へて山上参りが有るかして螺貝がぶう/\/\ もふ爰へくるそふなとう
ろたへ廻るぞ道理なれ ヲゝ片時も早く連れ落ちよ 心かゝりは葵か身の上 身二つに
成たらば傅(もり)立て籏上せよと 懐中の白旗取出し手に渡し 大事にかけよ奪れ
ないで 晴軍の装束せんと云に心得葵御前 小まんも供に鎧甲太刀刀持つ
手に奥より持ち運びイザ御召とすゝむればから/\と打笑ひ 木曾先生義賢が


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討死と極めし上 平家無道の人畜めに 甲冑にて向はんは武具の穢れ 弓
矢神への恐れ有 螺貝太鼓に聞怖じして 鎧甲着せんは葉武者の業 誠
の武士にない事/\ 我に構はず早落よと 手づから素襖長袴取て着する後ろ
から 紐引しめる九郎助親子 エゝ構ふな/\ 最所から 落よ/\といふに聞入ずくずら
/\と お身も武士の妻ではないか 小まんも九郎助も詞が違ふぞ 落よ/\といふに
ぐずら/\とソレ刀ドレ刀よこせと烏帽子のかけ徳引結ぶ 間近く寄する鐘太
鼓 音はどん/\胸はどう/\動ぜぬ義賢 エゝこれお/\葵うろたへて搦め捕られ 腹

な?も討死さすか 最前から落よ/\と云付るに エゝどれ銚子持て 腹な?と
一世の別れ 盃せん小まんつげ/\ 我へ戻せとせき立れば御台はわつと声を上げ
是迄数度の御陣立て ものゝ具とつて着せ参らあせめでたう凱陣遊ば
せと 門出悦ひ申せしにけふといふけふ涙の別れ 顔見ぬお子にお盃 こはそも何
の因果ぞと 身をもだへ仕転び声も 惜しまず泣給ふ エゝ未練の涙に時移る
早くも落ちよと引立る 程なく寄する鯨波(ときのこへ)山も崩る斗り也 すはこそ大事と傍(かたへ)
に隠るゝ間もなく 討手の大将高橋判官長常 進野次郎宗政 捕手の人


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数小手脛当に身をかため 中にも高橋大声はり上 ヤア/\義賢 汝源
氏の恩を忘れず 白旗を隠し置く事明白/\ 縄をかゝれと呼はつたり 義
賢障子押開かせ 悠々と床几にかゝり ヤア穢はしき討手呼はり 木曾先
生義賢が清盛に対面して何の用なし 無常の平家の幕下(ばつか)に付くも
胸悪く 兄義朝の弔ひに長田太郎は討ち留たり 汝にも死出の供 源氏
の武士にあやからさん ヤア/\葵 九郎助親子諸共に早立退けとの給へば ソレ
落人遁すなと 下知より早く捕手の人数 逃すなやらじと追取参り 心得

九郎助太郎吉を背中にしつかり槍一本 刀の抜身結び付け向ふて来るを
からさほ打 小まんは小づまかい/\゛敷刀かざしのめつた切 さしもの捕手も
切立られ後をも見ずして逃げ帰る 葵御前へ御籏大事と押隠し ぬけ
出んと見廻す所へ 高橋が郎等横田平内 すはやと見るより葵を取て引
伏せ 何なく御旗ばい取てかけ行く向ふへ 真っ黒九郎助戻り足 横田が諸脛からさほな
ぐりにとんぼう返り 俄か老耄逃さじと むしやぶり付けばまかせ合点と向ふ突き 籏を
かへせ イヤ渡さじと組つ踏んづせり合中 義賢縁より片手をのべ 兵内が髷掴んで


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ぐつと持上げ ヤア九郎助 爰構はずと御台を連ていけ/\/\ 命が物種合点と 孫は背(せなか)
御台も子持ち 仮初ながら四人連れ 命から/\゛落行 義賢御旗引たくり 儕も源氏
の弔ひ料理太腹あばらのえしやくなく 踏み付け/\蹴飛せば微塵に成て死てけり
小まんは大汗大息次き 太郎吉やい 葵様 九郎助殿と尋る声 コリヤ/\小まん 九郎助は葵を連れ
太郎吉諸共裏道より落延びたか 此籏を汝に渡す 葵に追付き身の上迄も くれ/\゛頼む
の後ろより 籏はやらじと軍蔵平内取たとかゝればかいくゝる ほぐれて両人前がはにしがみ付き 跡
よりやらしの雑兵共 心得小まんがなぐり立/\表をさして切結ぶ 義賢は御籏大事と

口にくはへ両手に軍蔵平内が 切てかゝるをかい沈む身のひねり 儕が刀合打ちに二つ
に成て倒れ伏す進野次郎宗政 義賢の?(よはごし)後ろ抱きにしつかと引しめ大音上げ 木曾
先生義賢を進野次郎が生捕たろあり合やつといふ間もなく 刀逆手に我腹へ
ぐつと後ろへ進野次郎が背骨へ抜け 裏をかゝれて金襖に 重なりながらのた打つ血煙り
?(もみぢ)を画(えがき)しごとく也 義賢両眼くはつと見開き 小まんはなきか 小まん/\と呼ぶ声に 敵を
漸大わらは見るより ヤア早御最後かいたはしやとかけ上がれば ヤア騒ぐな嘆くな 義賢が
切腹は覚悟の前 とかく大事は此御旗 葵に追付き手渡ししよ 平家の穢れをさつ


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ぱりと 切て捨たる我討死 潔き切腹と云聞かして悦ばせよ 思ひ置く事少しもなし
去ながら腹な?を只一目 是が残念/\とさしも我強き大将も子故の闇ぞ
道理なる アゝ迷ふたり/\ いではれ業の死出の供 小まん見届け物語れよと刀を抜けば
目も紅 よろめく次郎を大げさに 切て捨たる此世の輪廻 けさは則ち経陀羅尼
弔ふ菩提の拝み打 小まん其籏大事にかけよ アイ/\/\/\も後へひく ヤレ行け まだ行け
西方の 弥陀の御国へ帰り足道は二筋別れ道 迷ふなはくれなおひ
分け道 源氏の末は石場道 先であふみの鮒折と別れ /\に成りにけり