源平布引滝 三段目

 

 冒頭に葵御前と九郎助一行による九郎助宅への道行が付いてそして

「矢橋の段」「竹生島遊覧の段」「九郎助住家の段」と続く。

竹生島は行ったことないのら~行ってみたいのら~。

 

 

読んだ本 http://www.enpaku.waseda.ac.jp/db/index.html

イ14-00002-282   

 


47 左頁
第三 道行形見の奇生(やどりぎ)
忍ぶ身に 堪忍ぶのは心にて済ませば済みてつらからず
恋の忍びはつらけれど 逢て語れば晴もする 世を忍ぶ身
のせつなさは 肌に釼や旅の空 義賢の御台葵御前夫の
別れの悲しきに たゞならぬ身の物思ひ 九郎助や太郎吉にいさ
められつゝ行先は 人に大津の町つゞき おしやれ女か目をとめ
て 見るもさがなや恥しと 笠を人目の 関の戸や 三


48
井の麓の別れ道右へ行のか 左へか こちへ/\と ふいてよせ
たか濱風は 浪も静に打出の濱 石場通れば舟人が 陸(くが)を
ござれば三里の廻り 舟にめせ/\ 目馴れぬ舟の 櫂も櫓も
なくかき廻す 所ならひかようした物よそれも帆かけて ひえおろし
浪にゆらるゝ丸太舟のらぬも惜しし 乗るも物うし真野の浦
賤の男の引網に目に洩る 魚は多く共我身にかゝる網ならば
何とて遁れ負すべき 憂目をとふて見るめとは関の 名のみぞ

?(うらめし)や それも理りけふ有てあすなき命もろこ川 渡りて行ば
番場村 ぜゞの足代木(あしろき)いつしかに 愛護の若の古跡ぞ
と教申せば実に誠 此若君は継母の妬によつて此里で 身
まかり給ひし其恨 麻に成共苧(を)に成るな 花は咲く共桃なるな
と いひ残されて粟飯を参らせたりし兄弟の宮居斗ぞ沖の
嶋 かとりの浦はあれかとよ あれ/\あれを御らんぜよ 都の富士
はひえい山 近江の富士はむかで山 七巻まいて勢田の橋 射


49
留た所を矢橋共 やぐらといふて此さきに弓矢納めし 所も有
名のみぞ残る秀郷は 恋のわけしり色しりて 龍宮城の聟と
なり三国一と名も高き 見上れば 伊吹山より立煙 さしもしらじ
なもゆる思ひはと 恋によそへし歌人も あつまのはてへうつ
されて ついには苔の下にすむ 我も夫の御最後に別れて出
てひなの土 埋もるゝ身はいとはぬかもふ今頃は我夫が お腹めしたで
有ふかと 思へば胸も張さける 苦しいわいのと地にふして 泣こかれ給ふ

にぞ お道理様やと供泣にないて渡るや雁金の 落つる濱辺は
堅田の浦 娘子供があつまりて やしき出たときや別れて出た
が今は まがきあたりを小歌ぶしエ おふ太郎さま/\太郎さまを見たか 今
は思ひのたねとなるエ 諷ふ小歌に太郎吉が 腹ないお子様もりして
しんじよ てうち/\あはゝ つむりてん/\や 天の教か腰かけ
茶やで 姥かもちいやコレお茶一つ はな香もよしや 梅の木の
如在もなしにいたはりて 住家も ちかきいなり山小野村 さして「急行 

 

堅田の浦

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50(裏側)

 

 

矢橋街道

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51 (矢橋の段
来る人と野に立人に物とへば先へ/\と教られ 心も関の明神もよそに見
なして走行 小まんは御籏肌に入そこに隠れ爰に忍び 葵御前や爺親に
追付足も石場道 渡しも暮て舩もなく 三里廻ればおのづから 馴染の道も
長々と勢田の長橋打渡り 矢橋の浦に着けるが 秋の月さへ曇夜の朧月
かげ濱伝ひ 追かけ来る侍は 高橋判官が家来塩見忠太 手の者引連ヤア
待て女 儕木曾先生義賢に頼れ 源氏の白旗隠し持たる由 降参の下部
が白状 急いで白旗渡せばよし さないと忽ちこな微塵覚悟ひろげと呼はつたり

小まんは身がため帯引しめ 草津石部の間では 百人にも千人にも勝つて万と
付られて 人も知た手荒い女 覚もない事云かけて後で難義をしやんなとよはみ
を見せず 云放す ヤア不敵な女 何程包隠しても 訴人有ば遁れぬ/\ 家来共
懐へくつ/\と手を入て どこもかしこも捜せ/\ 畏たと家来の大勢 取てかゝつて懐
の 白旗取んと組付をしつこいお方と引ぱづし 首筋取て杓子(えのころ)投 抱付家来を
其上へ 餅に重て男の女夫後ろからとは物好と 腰でしやくつて負投背投げ
在所力の引臼投ころりころ/\/\ 腰骨背骨踏つ蹴られつさしもの大勢


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持ち倦んで見へければ 忠太苛つてヤア女と思ひ用捨すりや 付上つたかびつ切め ぶち
放して奪取れと 下知に従ひ?(つばな)の穂先小万も爰ぞ命の際と 用意の
懐剣逆手に持寄ばつかんと 目をくばる シヤ小ざかしいふん込ち 女一人にへろ/\武士切
てかゝればひらりとはづし なくれば飛でこなたを突き 持たる籏の威徳をかり 男勝
に働けど大勢に切立られ モウ叶はぬと覚悟を極め ヤレ待てやべ白旗渡そ
此場の命助てと 懐の御籏をば 指し上げ見すれば忠太はえつぼ ヲゝさもあらん 家
来共助てとらせと立よつて取んとするをけさにすつぱり ソリヤ赦すなと大勢が

一度にかゝれば叶はじと 青切たか湖へざんぶとこそは 飛込だり ヤレそつちへうせたとこつち
へと 追かけ廻れど陸と海 小まんは元来水心浮ては 沈み沈んでか 姿を隠す月夜
かげ嶋有方へと游行 志賀の浦へと漕ぐ舟は平家の公達宗盛君 竹生島(←竹生島遊覧の段
下向の御船飛騨左衛門お伽の役 石山の月御上覧と 夜の八景月夜かげ 向ふより
来る小舩は斉藤市郎実盛 舟印を見るよりもやがて漕寄舩張に手をつ
かへ 若君の御船と見奉り 御機嫌能く御下向恐悦至極と相述る 宗盛君おとなし
く 父上の代参とし 竹生島へ詣でしに水の風景詞には尽されず 其方はいつくへ行


53
ぞと有ければ さん候清盛公の上意によつて 源氏の胤を詮議の役 瀬尾の
十郎と某に仰付られ 瀬尾は先逹て草津守山の民家を捜し あれ成る明神が茶
屋にて出合約束 一方ならぬ大事の役義 早暇と漕出すを飛騨左衛門暫し
と呼留め 申さば若君初めての御代参 祝ふてお盃も頂戴 朧月夜にしく物
はなしと申せばさへぬ月にて一献ひらに/\と留るにぞ宗盛も供に 兄重盛のお気
に入すげなうは帰されず 是非に舩へと仰も重く 然らば御意に任さんと乗りうつれば
飛騨左衛門 ソレ盃改めよと 瓶子もかはり献々に暫く時も移りしが 何見つけ

けん飛騨左衛門 舩張にかけ上りあれ見られよ実盛 慥勢田唐崎の邊に
多くの松明舩の篝火 口論か海賊かと 宗盛君も実盛も評議區
/\成所へ 小まんは平家の舟ともしらず 游付んと心は早浪 白旗口にひつくはへ
逆手を切て游共 向ふ風に吹戻され浪に もまるゝ有様を 目早き実盛すかし
見るより アレ/\ あれへ慥女と見へて 海上遥かに游ぐ者有 正しく水に溺る体 見捨
て殺すは本意にあらず 水練手練の者なきか アレ助けよ殺すなと いへどあせれ
ど誰有て水底しれぬ水の面 飛込む人もなかりける 小まんは一生懸命の 気は


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鉄石でも風と浪 次第によはる身の苦しみ エゝ口惜しや爰で死るか情なや せめて
最後に親達や 我子に逢たや顔見たやと 思へばいとゞ吹流され 舩を寄ても隔て
られ危うく見ゆれば実盛も 見殺しにする不便やと余所の哀れを見捨兼 思ひ
付たる三間櫂 おつ取海へざんぶと打込 龍神感応いのれや女と 呼はる声が力草
情の心通してや 流るゝ櫂は小まんが傍へ 寄ど其儘しがみ付 一息ほつと次たるは蘇
生(よみかへり)たる心地也 櫂を浮木のかた游たぐり/\て御舩の傍 寄と其儘実盛が 首
筋掴で舩へ引上 薬を用ひ身を温め様々 いたはり気を付くれば 小まんは始終

手を合せ どなた様かは存ませぬが 神か仏か有がたいお情 わたしは小まんと申て此邊
の者 年寄た親も有 七つに成子もございまする 死ではどふもならぬ命 お助け
なされて下されし 御恩はいつか報ぜんと供に一礼を 聞て実盛 イヤ其方が運
のよさ あれに御座なさるゝは 平家の御公達宗盛公 御舩のおかげで助かつたお礼
申せと いふに恟り 何是は平家の船とや ハアお有がたうござりまするといふ声供に
身をふるふ 飛騨左衛門目角に立 平家と聞て驚しやつつら 先ず儕は何ゆへに
女の身にて海上を游しぞ イヤそれには ちつと様子が サア其様子ぬかせ アイあい


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といへど云兼る 折もこそあれ高橋が家来共 小船に取乗声々に 其女
こそ源氏方白旗隠し持たるぞ 油断有なと呼る声 扨こそこやつ曲者と
飛騨左衛門飛かゝり 腕捻上れば小まんは声上 ナフけふはいか成悪日ぞ 死る命を
助りて 嬉しと思ふ間もなく 此修羅道の責は何事 情なや浅ましやとはぎしみ
歯ぎり身を震はし もだへ嘆けばヤア何ほざく サア命惜くは白旗渡せ イヤ渡さ
ぬ/\ 女ながらも見込れて 預つた物むざ/\と 譬死でも白旗放さぬ ヤア胴
性骨のふとき女と 懐捜せば右手(めて)に差上 かう握つたら金輪ならく籏は切

てもちぎれても 一念凝た此手の内やみ/\と渡さふかと あせれど遉女業
既に危うき所を実盛 につくき女と籏の手を ぱつしと切て水中へ白旗諸共
なむ三宝白旗取んと過たり ハハはつとけうてんは粗忽と見へて 情なや
ヤア/\船頭共白旗が 水に慕ふて流れしぞ 櫓櫂をはやめて追かけよ 早く/\と
はやての下知 畏つて船人が櫓拍子揃へてえいさつさ えいさ/\えいさつさ さつさ逆
まく浪切てあてどもなしに尋行 暖かな雪が見たくば秋又ござれ 畠は(←九郎助住家の段
白妙雪かと見れば 小まん小よしが綿為業(しごと) 歌に諷ふは近江路や 小野


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原村に住馴て 夫は九郎助娘は小まん 我は小よしの霜かづき 雪と霜を くり
わける 立て綿繰のくる/\と廻る三里の船よりも 手廻しよいは百姓の安芸の
半ばとしれたえい のらはいつでも隙だらけ 主の甥矢橋の二惣太大道横に
門口から ハこりや精が出ます 今年の綿も百目喰いにくいますか ハア甥
のとのごんせ いつにない和(やう)はりと綿挨拶 九郎助殿の留主を考へ何ぞ種ま
きにか イヤ伯父貴の留主はしらぬが たつた今一寸見へて われとは不通でこち
の内へは寄せぬか 根性も直つたらちと頼事が有 今度都から歴々の女中を

お供して戻つた まさかの時力に成てくれぬかといはるゝ ハテ五十度や百度
嘩した迚 身は泣寄頼れませうと約束した 何とて其女中といふは 木曾
先生義賢様の御台 葵様といふので有ふがのと うら問かゝれば サア顔は
青い手は真黒 どこぞの飯焚に孕して 連て戻つたので有ぞいの アゝ
わつけもない あのこんにやく玉見る様な親仁に 誰がねふらす物で けふ石山
参りするといふて寄られ 残らず咄聞た隠すまい/\ ムウすりや孫の太郎吉
を連て 網持ていかれたが ヤアやあとは親父殿は草津川へ鮒取にいかれた


57
わいの それに石山参りとはまだ/\しい大きな嘘 ヲゝ奥に居る女を 親父
の妾(てかけ)といふのも嘘 うそと嘘とが出合たからは いつそ誓文払いに打まい
て聞かそふ 義賢は女房葵御縁はお尋者 訴人すると金に成 早先
逃げて申上げて置いたれど 有さまを仲間へ入れると づきが廻つても高ぶけりさせ
ぬ わけ口うあらふが一味する気はないか ヲゝよういふて下さつた マア親父殿に問
てから それ問てたまる物か 其こなたの気を知て 留主の間へ来たら 骨
鱠(なます)くはせといふて拵へて有ぞや アノ鮒のか インヤ寄棒の イヤもふそれも伯父

貴が切々くはして味覚て居る 扨は留主にも拵へて置いたか しかも筋鉄(すじがね)の
入だのが ハテ念の入たる事 あほう律義で金儲しらぬわつ達 あた面倒
ないんでくりよ ハテまあ遊んで一本まいれ イヤ又馳走に逢ふより おとゝに来
ましよと足早に いふた事共はげ天窓(あたま)帰らぬ内と出て行 世に連てかはる
住居や憂思ひ 義賢の御台お愛御前 只ならぬ身の満(みつる)月 影を隠
する一間より 打しほれ出給ひ ナフ内儀 いかふ烏(からす)の鳴く音も悪し 心にかゝるは
小まんの事 便りもないか音もせぬか 九郎助も太郎吉もまだ戻らず


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やゝ有ければ 又わつけもないお案じ 連れ合の咄の様子では まんは大から行
平の跡を慕ひ あてどもなしにいた物でかなござりましよ 烏鳴が悪い
とおつしやれど ありや御平産が有ふと悦び烏 親父殿はお前へ上ます
るといふて 近江の名物源太郎鮒打にいかれました 網の目に風溜ると
惣々の息精でもお産を安うさせますると 力付けても付けられても 昔に
かはる落人の 御身の上ぞいたはしき 主九郎助網提げ 戻るを太郎吉先走り 祖母
さん大きな物がかゝつた おれが見付けたおれが取たと小踊して悦ぶにぞ ヲゝでか

しやつた/\ アレお聞遊ばせ御運のふなを大きな物がかゝつたといな ドレ見ま
せうか親父殿 ホウ見せう共/\ 気疎(けうとい)物じや 恟りすなよ 飛も弾(はね)もせ
ず動(いごき)もせぬ 廿四五年物の人魚 隠すが秘密と表引立 よつ程稀有な
源五郎鮒 驚くまいと網よりもほふり出したは女の片腕娘の手共しらで恟り
ソリヤ見たか 羅生門から奪ひに来る きをひ口でも伯母に見せなと仇口いふて
も傍へも寄らず 太郎吉はおかしがり テモ臆病な死だ手が何でこはいと打笑ふ
イヤまた気味がようもない コレ親父殿こりやまあどこから取てござつた されば(?)


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草津川の下は湖からの入込 鮒の溜りが有ふと網持てかゝつた向ふへ其肘(かいな)が
流れてくる 孫めが見付て取てくれとせがむ よしない物と思へど 手に持た物が
好もしさに一網くらはして引上 握り詰ている白旗を放して見れ共放れぬ いか成
者の肘ぞ弔ふてもやらふし 第一此絹をはづして見たさに持て戻つた 御台
様とそちとして 腕首しつかり持て居よ 力に任せもぎ放そふ サア持て/\と
指し付けられ こは/\゛ながら 御台と供に手をかけて 引どしやくれど放ればこそ
ほつとあくんでこりやいかぬは いつそ手の内切わつと立を太郎吉コレぢさま

おれ放しふかと立寄ば アゝおけ/\人形の首ぬくとは違ふ 持た絹をはやぶり
おろと 叱れど聞かずいや/\/\ あの持た指を一本づゝ放せば放れると 大ませ者
のわんばくが手を懸れば忽ちに五つの指は一度にひらき 白絹我子へ渡せしは肘に
残る一念の思ひはいとゞ哀れなり 不思議なららも指押ひらき 見るよえい御台はヤア
是は源氏の白旗 自らが家の重宝 スリヤ此白旗持た此手はといふた斗に九郎
助御台 虫がしらして女房も若しや娘の肘かと いはず語らず三人が顔見合
て一時にほつと溜息つく斗 かゝる折から平家の侍斉藤市郎実盛瀬尾


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の十郎兼氏 二惣太が訴人に依て葵御前を詮議の役 村の庄屋付従
則是が九郎助が所 御案内と戸口にかけ寄り打たゝきお上よりお尋の事有 明た/\
とつかふど声 扨はと九郎助コリヤ女房 平家方より源氏の胤を捜すと聞た 先ず
御台様を忍はせよ まさかの時はコリヤ/\かうと 耳へ吹込奥へ追やり 門口明れ
ば両人はいあがて内へぞ入にける わけてけにくき瀬尾の十郎 床几にかゝり 何九郎
助といふは儕か 木曾先生義賢が女房 葵といふ孕み女かくまひ置いたる
由是へ引出せ 詮議する事有と てつべい押を少しもひるまず 是は思ひも

寄らぬお尋 左様なお方此内にはといはせも立ずヤアぬかすな 儕が甥の矢橋の
二惣太 此瀬尾へ両度の注進 遁ぬ所白状ひろげ イヤ譬甥が申ませふ
が 此垣生(あばらや)に左様なお方 毛頭覚ござりませぬと云放せば実盛 コリヤ九郎助
とやら悪い合点 当時平家の威勢を以て 源氏の胤を胎内迄御詮議
懐妊の葵御前かくまひ有事現在の甥が訴人 爰を能く聞け 譬源氏の
胤成り共女ならば助けよと小松殿の情 それに逹て争ふと踏込で家捜し
為に成まい白状と事を分けたる一言に はつと吐胸の思案も出ず 是非


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に及ばず手をつかへ 成程故有て葵御前をかくまひ申し当月が産み月 未だ
女共男共定められぬ懐胎 御平産有迄を 私にお預け下されと願へは十郎
ヤアしにふとい親仁め けふ産かあす産かとべん/\と待ふか 胎内迄捜せと
有御上意は腹裂て見よと有仰 則裂役は某見分は是成実盛 葵
御前を是へ出せ 腹裂て見て女ならは助けてくれる 隙とらずと早く/\ アノ
懐胎を腹裂けと有 ヲゝサ清盛公の仰せ ホイそれはあんまりおどうよく 一人なら
ず二人の命 何とぞお情て当月中を イヤそりやならぬ サアそこを イヤしち

くどい親仁め 奥へ踏込み引ずり出し源氏の胤を絶やしてくれんと 立を九郎
助ヤレ待て お慈悲/\と手にすがり嘆き とゞむる折からに 俄かに騒ぐ一間の内
女房の声として九郎助/\御台様がけが付いたちやつと/\と呼にける はつと
驚きかけ行を瀬尾はやがて引とらへ ヤアどこへ/\腹裂れるがせつなさに 産だ
とぬかすか合点がいかぬ 誠産だが定(ぢやう)ならば其がき是へ連てこい但踏込見
届ふか 何どじやどふじやとせり立られ のつ引ならぬ手こめを見るより是非
なく/\も女房が錦に包み抱き抱へ 果報拙き源の御行末と斗にて涙


62
ながらに立出る 九郎助はせきにせきコリヤ女房 男子なればお命がない 女か/\と
問へど答へず打しほれ 詞なければ瀬尾の十郎 ハフゝ男子に極た 其がき是へと
もぎ取を実盛おさへて イヤ見分は某が役改た上お渡し申さん 水子是へといだき取
男子を女子にくろめんと心配れど目先に瀬尾 油断せぬ顔工面皺面こゝぞ
絶対絶命 男子成共変生女子と 絹引まくればコハいかに 朱にそまりし女の
肘 是はと驚く実盛より瀬尾は恟り 是産だか/\と興さまし呆れ果たる斗也
九郎助ぬからず女房引寄せ ヤイ爰なうろたへ者め 木曾先生義賢様の御台

が 肘産たといはれては末代迄お名の穢れ なぜ隠しとげおらぬと 真顔で叱れば
真顔で受け サアわしもそふ思ふたれど あんまり詮議が厳しさに 是非なう
持て出ましたと 手不義も和もよい手な身がはり是も娘が忠義かや
邪智深き瀬尾の十郎にが笑ひして ハア工だり拵たり 日本は扨置唐天竺
にも肘を産だ例しはない はとのかいの売僧(まいす)めらと 睨廻せば実盛イヤ例ないとは
申されず かゝるふしぎも世に有る事 ムウこりや聞き事 かゝる例が何国(いづく)に有る ホウ申さ
ぬ迚御存あらん 唐土楚国の后桃容夫人 常にあつきを苦しんで鉄の柱


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をいだく 其精?宿て鉄丸を産 陰陽師占て釼に打す 干将莫邪
が釼是也 察する所葵御前も常に積聚の愁(しやくしゆのうれえ)有て 導引針医の手先
を借 全快の心通し自然と孕る物ならん ハテあらそはれぬ天地の道理今より
此所を手孕村と名付くべしと さも有そふにいひしより今も其名を云伝ふ
遉の瀬尾も云廻され ハテめづらしい肘の講釈 其旨清盛の御前へ参り
披露する 其腕急度預たぞ ヲゝ申訳は実盛が胸に有 ホウ腹に手が
有からは胸に思案が有筈 先へ帰つて注進と 表へ出しが屹度思案し 思ひ付い

たる詮議の種それよ/\と點頭(うなつい)て逸(いつ)足出して走り行 音しづまれば葵御
前 太郎吉連て立出給ひ 聞及びし実盛殿 お目にかゝるは初て 段々のお情
忘れ置じと有ければ 是は/\御挨拶 某元は源氏の家臣 新院の御謀叛
より思はずも平家に従ひ 清盛の禄を喰むといへ共旧恩は忘れず 今日の役
目迄受たも危きを救はん為 然るにふしぎなは此肘 矢橋の船中にて某が切
落した覚有 慥に此手に白旗を持ちつらん 御存なきやと尋れば 成程/\其籏も
手に入しが 其切たと有者の年恰好は ホウ年頃は廿三四 せい高く色白成女


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慥に名は小まんと 聞より九郎助夫婦共 のふ夫レはわしが娘の小まんじや まんじや
とうろたへ嘆けば御台も供に 扨こそそれよと骨身にこたへ 太郎吉は只うろ/\と
わけも涙にくれいたる 九郎助は老の逸徹 息も涙もせぐりかけ コレ実盛殿
娘が肘は何科有て切たぞ むごたらしい事仕やつたのふ 此娘には六十に余る親も
有 七つに成子も有ぞや よもや盗も衒もせまい 何誤りで 何科で サア
それ聞ふ/\とせちがひかゝれば女房も どふじや/\親父殿 體はとこに捨て有
次手に夫レも聞て下され ヲゝ夫レも 今頃は犬の餌食 当座に死たか 生て

いるか サア有やうにいへ いはぬか 情じやいふて下されと夫婦が 泣出す心根を 思ひ
やつて実盛 扨は其方達は娘よな 聞も及ばん宗盛公 竹生島詣下向          ←
の御舩 勢田唐崎の方へ漕出す所に 矢橋の方より廿(はたち)余の女 口に絹を
引くはへ ぬき手を切てさつ/\と 浮いつ沈みつ游くる あれ助よあれ殺すなと舷たゝいて
あせれ共 折からひえの山嵐柴舩の助けもなく 水におぼれる不便さに三間櫂
を投込で ねんなう御船へ助け乗せいか成者ぞと尋る内 追手と見へて声々に
其女こそ源氏方 白旗隠し持たるぞ 奪取ばひ取れと 呼ばはる声を聞しより


65
舩に居合す飛騨左衛門飛かゝつてもぎ取ん イヤ渡さじと女の一念 若しや白
旗平家に渡らば末代迄源氏は埋もれ木 女が命にかへられずと白旗持たる肘
をば 海へざんぶと切落し 水底へ沈みしと 船を汀へ漕戻し體は陸へ上置しが廻り
/\て此内へ白旗諸共帰りしは 親を慕ひ子を慕ひ 流れ寄たる不便やと
涙交じりの物語 聞程悲しく夫婦はせき上 道理で孫が目にかゝり 取てくれいと ←まで
わんばくも 虫がしらした親子の縁 三人かゝつて放ぬ白旗心よう放したは 我
子に手柄させたさか 死でも夫程可愛か 手にとゞまつた一念が物いふ事は

ならぬかと 御台諸共すがり泣くより 外の事ぞなき涙おさへて太郎吉 ずつ
と立てヤイ侍 ようかゝ様を殺したなと くつとねめたる恨みの眼 自然と実
盛肝にこたへ ホウ健気也 たくましや 母が筐はソリヤそこにと いふにかけ寄肘
を抱き かゝ様呼で此手をば 體へ接で下されと あなたへ持行こなたへ頼身を投伏
て泣しづむ かゝる嘆きに折も折 所の者共死骸を持込 コレ/\是の娘が切れて
居た 肘がかたし紛失した 外はまんそく渡しますと云捨てこそ立帰る ヤ太郎吉
よかゝが顔 是が見納め見て置けと いふにかけ寄りいだき付き コレなふかゝ様拝ます 無


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理もいふまいいふ事聞かふ 物いふて下され 祖父様侘言して下されと 泣こが
るれば ヤレ侘事に及ふか こつちよりあつちから物いひたうて成るまいけれど 此世
の縁が切てはナ 互に詞はかはされぬ 死骸の有り所をとふぞまあ 尋ふかと思ふたれど
なまなかに持て戻り顔見せたらたまるまいと そちがねる迄待ていた ヘエ男勝り
な女で有たが それが却て身の恐(あだ)と成て死るか可愛やと 悔み涙に女房も
嘸死しなにこなたやおれに 云たい事が有たであろ 太郎吉よ水汲で 樒(しきみ)の
花で手向てくれ いや/\おりやいやじや かゝ様が物いはにや聞かぬ/\とわんばくも 夫

ばつかりが道理じやと思ひ やる程いぢらしし 実盛始終手を拱(こまぬき) 人々の愁嘆
に涙とうかむ工夫 思ひ付て傍に立寄り 斯くかい/\゛敷女 譬片腕切たり迚 即
座に息も絶まじきが 白旗を渡さじと 一心腕に凝かたまり 五臓に残る
魂なし 再び肘を接ぎ合さば ?徳帰り息する事もあらん 誠に彼眉間尺
か首三日三夜煮られても凝たる一念恨みを報ぜし例へも有 今此肘に温り
有るもふしぎ 又は御籏の威徳もて 切たる肘に白旗持たせ 物は試しと接ぎ合
せば 我子を慕ふ魂魄も御籏の徳にや立帰り 息吹返し 目をひらき


67
太郎吉どこにぞ 太郎吉と いふに恟り ヤ蘇生つたは爰に居る 爰に/\と
取縋る ナフ御台様 白旗はお手に入たか 太郎吉にたつた一言 いひたい事がと斗
にて今ぞはかなく成にけり アヤアこりや小まんよ コレ小まん 小まんやい ハア可
愛やな モウそれが遺言か 云たい事とはヲゝ合点じや/\ そちが節目の事で
あろ 何を隠しませうぞ此者は 二人が中の娘でもござりませぬ 堅田の浦に
捨ててござりました コレ御らふじて下さりませ 此懐に持ております用心合口
金刺といふ銘をほり付け 此は平家何某が娘と 書付もござりますれば

若し親達が尋てこふか 取返しにもこふかと 夫レばつかりを案じて居て 今
死ふと存ませなんだ 生返つたが猶思ひ あんまり是はどふよくな ほいないわ
かれと取付てわつと 斗に泣いたる 供に悲しむ葵御前只ならぬ身にせき
のほす 五臓の苦しみ御産の悩み 実盛驚き ヤアこりや夫婦の者 泣て居
る所でなし 御台は産の悩み有 いたはり申せと一間へ伴ふ間ももなく 用意の
屏風引廻し お腰抱くやらはやめやら 祖父祖母伯が介抱に 心利いたる実盛が
彼の白旗を押立れば 実にも源氏を守りの印 若君安々御誕生初声


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高く上給ふ 父義賢の稚君を直ぐに用ひて駒王丸 後に木曾義
仲と名乗給ひし大将は 此若君の事なりし 九郎助嘆も打忘れ お生れ
なされたいと様の 御家来に此太郎吉 ヲゝそれ/\ かゝるめでたい折なれば 実盛
様御執成(とりなし)と 願へば頷き ホウ幸い/\ 死たる女の忠義を思へば 骸は灰に成す共
一心の凝り塊りし肘 うかつに焼き捨てがたし 其手を直ぐに塚に築(つき) 太郎吉が
名を今日より 手塚の太郎光盛と名のらせ御誕生の若君木曽殿へ御
奉公 則是が片腕のよい御家来と披露する 御台は気色を改め給ひ

尤父は源氏なれ共 母は平家の何某が娘と 九郎助の物語 一家一門
広い平家 若し清盛が落し子もしれず まつ成人して一つの功を立てた
上でと仰に実盛ハア御尤至極/\ 先ず此所に御産有りて 若君御誕生
と聞へては一大事 義賢の御生国信州諏訪へ立越 御家来権の頭
兼任に預け 御成人の後再び義兵を上給へ 九郎助夫婦供とすゝめに
任する表の方 いつの間にかは瀬尾の十郎 小柴垣より顕れ出 ヤアそりや
ならぬ/\ 折有んと思ひし故 死骸を持たせて窺ひ聞く 義賢が?男子


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とあれば見遁しならず いで請取らんとっかけ入れば実盛やがて立ふさがり
アゝこおれ 貴殿も生き通しにもせまい 海共山共しれぬ水子 見遁しやるが
武士の情け ヤアいふな実盛 扨は汝二(ふた)心な 平家の禄を喰(はん)で源氏の胤 
を見遁す不忠 ぐつとでも云て見よ じたい此くたばつた女めが 白旗奪ひ
取たるゆへ 平家方は夜がねられず 思へば/\重罪人めと 死骸を足
蹴にはつたと蹴飛し サア生れたかきめ渡せ 異議に及ぶとなで
切と飛でかゝるを太郎吉が 母の譲(ゆつり)の九寸五分抜くより早く瀬尾が

脇腹 ぐつ突たる小腕の力 是はと人々驚く中 ようかゝ様の死かい
をば踏たな蹴たなと えぐりくる/\流石の瀬尾 急所の痛手に
どつかと伏す ヤレでかしやつた/\とほめそやしても夫婦共 跡の難義
を思ひやり胸轟かす斗也 暫く有て瀬尾の十郎 何と葵御前
是で太郎吉は駒王丸のお 御家来にならふ事 平家譜代の侍 瀬
尾の十郎兼氏を 討とめた一つの功 成人を待たず共 召つかはれて下さり
ませ 誠に思へば一昔 部や住の折から 手廻りの女に懐胎させ 堅田


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浦へ捨たる平家の何某は某 又廻り逢ふ印にと相添置きたる此釼 廻り
/\て我體 豁(あばら)をかけて金刺と成たも孫めが 不便さ故 初めての御
家来に平家の禄と嫌はれては 娘が未来の迷ひといひ一生埋れる
土百姓 七つの年がら奉公せば 木曾の御内にといふて二のなき家来 取
なし頼む実盛殿 サア瀬尾が首取て初奉公の手柄にせよと非道に
根強い侍も 孫に心も乱れ焼すらりとぬいて我首へしつかと当てて両
手をかけ えい/\と引落す 難波瀬尾と平家でも 悪に名高き其一人

最後は遉健気也 夫婦もなく/\其首を太郎に持たせ御目見へ 葵御前 
は若君抱き 初めての見参に 平家に名高き侍を討取たる高名 主従三世の
きえんぞと 仰せを聞くより太郎吉はつつ立ち サア是からはおれ侍 侍なればかゝ様の
嘆き 実盛やらぬと詰かけたり ホヲゝ遖々去ながら 四十近き某が 稚汝に討れて
は 情としれて手柄に成まい 若君と諸共に信濃国諏訪へ立越成人して
義兵を上よ 其時実盛討手を乞請 古郷へ帰る錦の袖ひるかへして討死
せん 先ず夫レ迄はさらば/\ 何れもさらば 家来共のりかへ引と呼はれば はつ


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と答て月額栗毛の駒を引出す 手綱追取乗中に 何国に隠れ居
たりけん 矢橋の二惣太踊出 ヤア先達て注進の褒美を無にした其
かはり 実盛か二心で 駒王丸を北国へ下す段々直に注進 詞つがふた争ふな
と云捨てかけ出す 実盛透さず馬上より用意の鎌縄打かくれば 首に
かゝつてきり/\/\ 引寄引上ひつ掴み遖儕は日本一の大欲無道の曲者と 鞍
の前鎌に押付けて 首かき切て捨ててけり 其後手塚の太郎 母が筐の小
相口 金刺取て腰にぼつ込 綿繰馬にひらりと乗り ヤア/\実盛 かゝ様

殺して逃るかいぬか もふおれは名は手塚の太郎コリヤ此金刺の光盛也 いな
ずと爰で勝負/\と呼はつたり ヲゝでかした/\ 蛇は一寸にして其気を得る
自然と備はる軍の広言 成人して母の怨(あだ) 顔見覚て恨をはらせ イヤ/\
申し 孫めが大きう成中には 其元様は顔に皺 髪はしらがで其顔かはろ ムウ
成程其時こそ 鬢髭を墨に染 若やいで勝負をとげん 坂東聞
の首とらば池の溜りで洗ふて見よ 軍の場所は北国篠原 加賀
の国にて見参/\ げに其時に此若が 恩を思ふて討すまい いき


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ながらへておつたらば 此親父めが御籏持 兵糧焚はわたしが役
首切る役は此手塚 ホウ ヲゝ 互に馬上でむんずと組 両馬が間に
落る共 老武者の悲しさは 軍にしつかれ 風にちゞめる古木の
力もおれん 其時手塚 合点/\ ついに首をも掻き落され 篠
原の土となる共 名は北国の衢(ちまた)に上げん さらば/\と引別れ 還るや
駒の染手綱隠れ なかりし弓とりの名は末代にあり
明の 月もる家をあとになし駒を はやめて立かへる

 

 

 JR手原駅前の石碑

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小まんの手塚(堅田の浦「おとせの石」)

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篠原古戦場 実盛の首洗池

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