女殺油地獄

 

 

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     イ14-00002-140 

 

 

2
上巻 女殺油地獄 作者近松門左衛門

徳庵堤の段

ふねはしんぞののり心サヨイヨエ 君と我と われと君とは づに
のつたのつてきた しつとんとん/\しととん/\ しつとゝあふせの
なみまくら さかづきはどこいた 君がさかづきいつものみたや
むさしのゝ 月の 月の夜すがらたはふれあそべ はやし立たえい大さ
わぎ 北の新地のりやうりちや屋 あるじなけれとさく花や
後家のおかめが請こんで きやくのかへ名はらう九とて生れは

 

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3
みちのくあいづにて名代ながさぬかねつかひ 此頃なには此
里へのぼりつめたよ天王寺屋 小ぎくを思ひ 思はれたさに な
まず門よりゆら/\と 野崎参りのやかた舩 卯月中はのあつ
あつさ末の うるふにおいぐりてまだはださむき川風を 酒
にしのぎてそゝり行 しゃくざいれうぜんめうほつけ こん
ざい西方めうあみだ したばじげんくはんせ音 三世のりやく
三ねんつゞき 去々年つちのへ亥の春は うらやせごやにつみ

ふかく はりくしばこや じゆずぶくろ そこに日のめも見ず
しらぬ 一もんふつうのしやじやう迄 せんしゆの御手の つかみ
どり しまわうどんの御はだへにたちま地なちのくはんぜ音
去年はわしうほうりうし しやうとく太子の千百年忌 これ
又くせの大ひのけしん つゞいてことし此さつた さくら過にし
たざとの たれとふべくもなかりしにらうにやくなん女の 花さき
て 足をそら/\空次風に ちらぬ色かのだて参り おとな


4
わらべもうたふをきけば 行もちんつ 帰るもちんつ 又くる人
もちんつちりつて チリテワテ つ手をたのみののり合舩は かり切る
よりもとくあんづゝみ ともにへさきをこゝざ付てよその
ひらつのふねの内 きやくは是見よ顔じまん やゝ共すれば
ちはごとの それにまかせた身の上も 人もはづかし気づまり
と 小ぎくはおかへ一とびに ひらりぼうしのふか/\゛と まゆは
かくせどとりなりの 町でなごやのむな高帯はおさゝに 露

のたまられぬしまつさんやうせちべんも 人にたそ
よれしなにこそよれつ もつれつ みちくさに 人
のことくさアゝむつかしく うるさくにくゝいやしく 我
ともぶねを小手まねき これの見さんせナ あたごの山に
ヨエ ぢんのけふりが 三すじたつけふりガナぢんの ぢんのけふり
が 三筋たつ 四すじにわかれ 玉はこの 是よりたつみなら
かい道 うしとらすみはやはた道 玉つくりへは ひつじさる にしは


5
もときし京ばしやのだのかた町 やまと川 爰は名にあふ
じやみやうの松 御代長久のおか山を 哥にはしのびのおか
ともよみ さらゝ山口一つばしわたしてすくふ御くはんりき
むりやうむへんのじゆふくかくじげんじしゆしやうねび
くはんおん しんとくだうしやの御ちかひ とふもかたりも
ゆくふねもかちゞひらふももろともにまよひを
ひらくこしあふぎみたうに ねんじゆをくりかへす

所をとへば 本天満町まちのはゞさへほそ/\の 柳腰やなぎ
かみとろりとせいもたね油 はいくは紙こしえの油夫は てし
まや七左衛門妻の野崎のかい能参り 姉は九つ三人娘たく手
引手に 見返る人も 子持とは見ぬ花さかり 吉野の吉の字
をとつてお吉とはたが名付けん お清は六つ中娘 かゝ様ぶゞが
のみたいもをかふしそばの出ちや屋 見せ 爰かりますとやすらひ
ぬ 是も同町すじむかひ かはちや与兵衛まだ廿三親がゝり


6
同しやうばいの色友達刷毛の弥五郎皆朱の善兵衛 のざき参り
の三人づれ万事を爰とのみあげし ねざめさけ重五升だる
坊主持して北うづむ 小きくめが客とつれ立よし/\と下向
するも此節と のさばり返つてくか道の ちや見せのうち
より申々与兵衛様 爰へ/\と呼かけられ ヤお吉様子供衆つれ
ての参りか 存たらつれに成ませよ物 七左衛門殿は留主なさ
るゝか いやこちの人も同道二三げんよる所もあり 追付爰へ見くる

はづ おつれ衆もマア是へ ひらに/\としいられてたばこ一ふくいたさう
かと 腰打かくるものんこらし 何と与兵衛様 はんしやうな参りではない
かいの よい衆の娘子達やおいえ様かだ アレ/\あそこへきらやうそめの腰がはり
嶋じゆの帯しやじやはひの/\ ソレ/\/\そこへ嶋ちゞみにかのこの帯 慥に
中のふうと見た又一倍見ごとでは有ぞ いか様わかいお衆が此よなおりに
あんな見事な者引つれ ぜいのやりたいは道理 こな様もつれ立たいものが
あろ こんな折に新地の天王寺や小きく殿か 新町の備前屋松風殿か なんと


7
よふしつているか なぜつれ立て参らんせぬと ばつとのすれはすはと
のり 残多いあつはれけふは物の見事なことて 参りのくんじゆにめをさまさ
せうと 此中からもがいたれどびぜんやの松まぜめは先やくが有て もらひ
もかしもならぬとぬかす 天わうし屋の小きくめは野ざきへは方がわるい
どなたの御意でも参らぬといひ切 それに聞て下され 小きくめがけふ
会津の客にあげられ 早天から川御座で参りおつた いなか者にしま
けては此与兵衛がたゝぬ 小きくめが帰りを待て一出入と 咄の内から

二人のつれ うで押もんでりきみかけ 鬼共組べきいきほひ也 それ/\
とつには落ずかたるに落ると 利口そうにそれが信心のくはん音参りか
けんくはののら参り かはしやんすお山もけいせいも何やの誰何やのたれと
親御達かよふしつていとしぼや そちへは与兵衛めが間がなすきがな入ひた
つており 異見して下されとわしらめうとに折入てくどき事 こちの七左衛門
殿もいやらぬ事は有まい さだめしこな様の心には 所こそあれ野かげの 
ちや見せでわかい女ごのざまで 入子鉢の様なめん/\の子供のせは斗


8
やきおらず 小さし出たとにくかろが 此諸万人のくんじゆをつきのけおし
のけめに立ふうぞく 本天満町かはちや徳兵衛といふ油屋の二ばんむす
こ ちや屋/\のわけもろくに立ず あのざま見よとゆびさしするがせうし
な こうとうな兄御を手本にして あきんどゝいふ物は一文銭もあだに
せず すゞめのすもくふにたまる  ずいふんかせいで親達のかたたすけと 心
願立さんせ脇へはいかぬ其身のせうごん ハア気にいらぬやら返事がない
姉おじやはやう参らふ 道でこちの人にあはしやんしたら 本だうに待て

いるといふて下さんせ ちや屋殿過分とたもとより置ちやの銭の
八九文 四分におもく五文には かろ/\しげの物参り別れてお吉は通り
ける 悪性にうはぬりすうかいしゆの善兵衛 あの女は与兵衛が筋むかひの
かゝ様でないかい 物っごじもとこやら恋の有うつくしいかほで 扨々かたい女房
じやな されば年もまた廿七 色はあれど数の子程うみひろげ 所
帯じうて気がこうとうよい女房にいかひ疵 見かけ斗てうまみのない
飴ざいくの鳥じやと笑ひける かくとはいかでしろうとの いなかの客


9
にあげられて つれてあかしの後家まじりかはりちんつの国なまり
やつしは甚左衛門幸左衛門思案ごと四郎三がうれい事 ちんつ/\ちんちり
つてつて日本一のめいじん様やつちや/\とほめる哥よりほめさする 金ぞ
諸げいの上手成 そりや/\来たぞと三人が手ぐすね引たる顔色 小
きく達めにはつとおどろき 申くはしやさん 同じ道斗気がつきる 始の舟
に乗たいとすそかい取て立やすらふ さきに与兵衛ほばしら立跡に二王
のはりばん立 与兵衛せくな女郎とつめひらいて男たてい 会津らうそく

がふんだてしたら こちふたりがしん切てふみけしてくれると ざうりを
腰にうでまくり 客はてんどうくはしやも下女もうろたへ 小きくをかこふ
てうぞふるふ 小きく殿かつた なじみの与兵衛がかるからはいごかせぬと ちや屋の
せうぎに引すりすえ 是ばいた様やすお山様 野ざきは方がわるいとなたの
御意でも参らぬと 此与兵衛とつれに成をきらひ すいた客と参れば
方もかまはぬか 其わけ聞ふとりくつばる 目玉のきもん金神(こんじん)もなごや
かに河与様 かどがとれぬの 小きくとかふ名が一つ出られば 与兵衛といふ名は


10
三つ出る程ふかい/\と いひ立られらふたりの中 つれ立て参らぬも
みんなこな様のいとしさゆへ 人にそだてられけしかけられ何じやの わしが
心はせいもんかうじやと ひつたりだきよせしみ/\さゝやく 色こそ見へね河与
が悦喜 忝いとのびた顔付客はたまらずそばにどうと腰かけ 小きく
どのお身は聞へぬ いか成縁にか会津様程いとしい人は 大坂中にないとゆ
つたぞよ 国本のぐはいぶん身の大けいと 大じの金銀を湯水の様に川遊び
ちよがらかされにや来申さない 其男か聞まへで 夕べのことくいはない

けりやとや/\通りのむや/\のせき 二度とこし申さない どうだ
/\とせめけぶ いひあはせし二人のつれつか/\と寄て ヤイもさめ 此
女郎こつちへもらふ置て帰れ 但あづまみやげに川のどろ水ふるまはふ
かと 両方より立はさみなげてくれんずつらかまへ ばんどう者のどうつ
よく 何さぶい/\共 人おどしのかいなに色々のほり物してけんくはに事
よせ ふところの物取と聞及ぶ びんぼうといふぼうにすねをなぐられ 腰
ひざも立ぬ遊女ぐるひ 上方のどろ水よりおうしう者のどろ足くらへと


11
つゝと寄け上る足首 はけがおとがひけちかへられ どうとまろん
ころ/\/\小川へだんふとはねおとされ 是はと取付かいしゆか大じのいのとの
たま ちゞみ込程け付られとんびがかけたなむ三と あきれてそらを
みち/\/\ ばらはい/\にげてゆくえいはなかりけり 友達なげさせ見てい
ぬ男 さかさまにうへてくれんとむずとつかめばふりはなし ヤちよこざいな
けさい六 えらほねひつかいてくればいと くらはすこぶしを請はづっしてはぶち
返し たゝき合つかみ合ふ なふ気の通らぬ是どうそと 中へ小きくが

かせに入アゝけがさしやんすな大しの身と くはしやがかこへは下女も手を
引立へだつ そりやけんくはよと諸人のさはぎ ちや屋は見せを仕廻ふやら
二人はぜつたいぜつめいの ぶち合組合つゝみおかたきしふみくづし 小川にどう/\
おちわかれ もくずどろ土まいごみ砂 互になげかけつかみ かけ打あひ
打付あつらひ手なき相手せうぶきこん くらべと「見へにけり をりも
あらめ嶋上こほり高つきの家の子 お小せう達のしゆつとうおぐり八弥
馬上に上下御代参のかちわかたう そろひばをりのこいがきにちえのわの


12
大もん手 ふりの先供はい/\/\/\の声をも聞ず与兵衛がたくりかけて打
どろすな 出合ひやうしに馬上の武士のあはせ上下かいく迄 ざつくとうしろ
も時の運 くりけたちま地どろ付げはいがいくらもしづまらず 与兵衛も
はつとおとどく所それのかすなとかちの衆 はら/\と取まく中 相手は
川をわたりこし小きくもくはしやも手ばしかく 参りの諸人にまぎれて
のく かちかしら山本森右衛門与兵衛が 両すねかいてきやつとのめらせ
ひざをせぼねにひしぎ付る アゝお侍様けがでござるこめん成ませ おじ

ひ/\とほえづらかくご こいつちよくはい者 お小袖馬具もどろをかけて
かがといふてはすまぬ つらを上いと首ねぢ上 ヤア森右衛門殿おぢじや
人 ムゝ与兵衛めと互にはつとおどろきしが ヤイおのれは町人いか様のち
じよくを取てもきづにならぬ 旦那より御ふちをかうふり 二字を首
にかけたる森右衛門 りよぐはい者を取ておさへ おいと見たれば猶なすけ
られぬ 討て捨る立ませいと小うでを取て引立る馬上の主人
ヤイ/\/\ヤイ 森右衛門 見れば其方か大小のさや口つめやうがゆるさうな ふと

13
さやばしつてけがでもして 血を見れば殿の御代参叶はず帰らねば
ならぬ 下かう迄はずいふんさや口に心を付て森右衛門供をせい/\ ハア 
はつとお詞忝く おのれ下かうには首を討 しばしの命とつきはなし 随分
おぢがめにかゝるなといひたけれ侍気 声せぬなつの手ふりうぐひす
はい/\/\ ぶけのいきかたなづまぬ御馬あしをはやめていそがるゝ 与兵衛
うつとり夢かうつゝかえひたることく なむ三おちの下かうに切らるゝはづ
きられたら死ふ しんだらどうしよと心はしづみ気はうはもり 逃てくれう

とかけ出 ハアあくいけば野ざき 大坂はどちらやら方がくがない こつちは京の
方あの山はくらがり 但ひえい山かどこへいたらはのがれうと 眼も迷ひ
うろたへアどうせう 何とかゞ笠お吉と見るより地ごくの地ざう ヤアお
吉様下かうか わしや今切らるゝたすけて下され 大坂へつれていて
下され 後生でござると泣おがむ イヤこちやまだ下かうじやないわいの
七八町いたれどあんまり人せり こちの人待合せに爰迄帰つた エゝけう
となげな身も顔もどろだらけ 気がちかふたか与兵衛様 尤々けんくは


14
してどろをつかみ合 はね馬に乗た侍に そのどえおがかゝつてそれで
下かうに切らるゝはづ 頼ます/\と立さらず エゝあきれはてた親御
達の病に成がいとしぼい むかひとどしのけん/\共ならず 茶屋の内けつて
ふりすゝいでしんぜましよ 顔もあらひとつとゝ大坂へ帰つて 以後をたし
なましやんせ 又爰かりますおきよゝ とゝさまが見へたらかゝにしらしや
やと ふたりよしずのおくながき日かげもひるにかたふけり さそや妻子
が待らんと弁当かたげかた/\に あねの手を引てしまやの七右衛門 のど

がかはけとのむ間もいそぐ ちや屋のまへにて中娘 アレとゝ様かとすがり
寄 ヲゝ待かねたかかゝはどこにと尋れば かゝ様は爰のちや屋の内に 河内屋
の与兵衛様とふたり帯といて べゝもぬいでゝござんする ヤア河内屋与兵衛め
と 帯といてはだかに成てじや エゝ口をしいめをぬかれた そうして跡はどうじや
/\ そうしてはな紙でのごふたりあらふたりと 聞よりせき立七右衛門かんしよく
かはり眼もすはり門口に立はたかり お吉も与兵衛も是へ出よ 但出ずばそこへ
ふんこむと 呼はる声にこちの人か 子供かおひるのじぶんもわすれ どこに何して


15
いさしやんしたと 出る跡から与兵衛が 七右衛門殿めんぼくない ふとしたけんくはに
そろにはまり 色々お内儀様のおせは 是も七右衛門殿のおかげ 忝いといふに
びんさきかみのわげもどろまぶれ 身はぬれねづい腹立やらおかしいやら あいさつ
もせず是お吉 人のせはもよい頃にしたがよい わかい女がわかい男の帯とい
て そうして跡で紙でぬぐふとはびろうしごくうたがはしい よそのことはほから
かしてサア/\参ふ日がたける ヲゝ/\待ていましたくはしい事は道すがらと あねか
手を引おとはだく 中はてゝ親かたくまにのりのおしへも一つは遊山くんしゆを

わけてぞいそぎける 与兵衛ひとりちや屋の見せ とほんとしている所に ていしゆ
をはじめあたりざい所の者共五六人 さきにから爰な人は参り下かうか 一つ所に
うろ/\とがてんいかぬ サア通つたと追たつる 折からはい/\/\の声にまじわる
くつわの音 おぐり八弥下かうのかち立与兵衛うろたへにげそこなひ 押わる
供さきおぢのめに かゝるふしやうの出合かしらひつとらへねぢすえ さいぜんは
御さんけい今は御下かうつゝしみなし 討て捨ると力のつかに手をかくる まて/\
森右衛門 その者は討て捨んとはなぜ/\ きやつはさいぜんのりよぐはい者 他人ならば


16
少々は見のがしにもいたして 御めんなされくだしおかるゝ様の取なしをも申べき所
きやつが母はせつしやが兄弟 げんざいのおい何共つけかたしと申もあへぬに
シテ其とがといふは何こと 御尋に及すごふくにどろをなげかけ 御身をけがしよこしたるとが
いや/\此八弥か身をけがせしとは心得ず 是見よきるいのいづくにどろがつい
たるぞ イヤ召かへられぬいぜんのお小袖 されば/\ きかゆればどろをかゝら
ぬも同然では有まいか 御意とは申ながらすでに御馬のくらあぶみもどろに
そみ おかちてお帰りなさるゝは 旦那にちじよくをあたゆるりよぐはい者と 申

あくればたまれ/\ 馬のかいぐにどろのかゝる物ゆへに あおりといふじは
どろをへだつとかく どろのかゝらぬ物ならば何しにへだつるといふじの
入べきぞ ちじよくもりよぐはいもとがもなし ぶしたる者のちじよくとは
たゞ一しづくの小ごり水も 名字にかゝるはあらふにおりずすゝぐにさらず
あれらていのざう人身がめからはどろ水 どろより出てどろにそまぬはち
すの八弥 みやうじはけがれぬたすけてやれ ハアはつと又ありがたき
きよいを大じにふる手をそろへあしそろへきやうれつ たてゝぞ

 

 

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17
中之巻 (河内屋内の段
ぎやてい/\/\はらぎやてい はらそうぎやていぎやてい/\ はらぎやてい
はらそうぎやてい おんころ/\えんだりまとうき おんあびらうんけん おん
油屋仲間の山上かう ぞくたいながらすどのお山 いんがう請たるわか手の
せんだち新きゃくまじり 十二とう組呼出すほらのかい/\しげい成こんがら
づえ 腰にこし当首にじゆずきんちやく代の水のみ 河内屋徳兵衛見せ
さきに立より 何と与兵衛内にか/\ かう中何毎なふ お山つとめて有がたい

けふの下かうはしれた事 念頃な友達はくはづ迄とむかひにじや おぬしひ
と見ぬはきしよくでもわるいか 忝い御りしやう見てきた 是がみやげ
先はなさふ 西国者とやら 両がんつぶれた十二三なめくらが 大くはんかけて
山上し行じや様をおがむ中 両方共にくはつとひらき おざゝの坂をつえも
つかずつゝつとさがる お山のしゆがかんがへ アゝ有がたい 此秋から世の中なをる
御つげ あれがてんいかぬか ちいさいめくらは小めくら 則米くらひらいて やす/\
とくだり坂はさがり口とのおしへ 手すきなら夕方おじや 色々お山の咄で


18
たびのつれをはらそうきやてい きやてい/\とのゝめきける 親徳兵衛
走出 わかいしゆ下かうかしゆせうにござる こちのどろめは山上まいりの
行じやかうのと ことしも身共が手から四貫六百 じゆんけい町の兄
太兵衛から四貫 以上拾貫ちがひ銭取てどれとこにむかひも出をら
ぬ 神仏のはぢも思はぬどろく者 友達がいに引しめて異見 頼ますると
いふ所へ おくより母親両手にちやわん なふ/\めでたい下かう マア一つづゝまいれ
こちの与兵衛が山上様へうそろいた其とがめが 妹むすめのおかちが十日斗

かぜ引て枕あがらず いしやも三人かへても今になつがさめかね せつくは
近付 むこを入るだんかう極り さきからはいそいでくる何かに付てめうとの
くらう 皆与兵衛ののらめが行しや御へうそついたたゝり おわかいしゆ
おわびのきとう頼ますと しみ/\゛かたればかう中の先だち いや/\お心
のたゝりなれば与兵衛にばちがあたるはづ えんの行しや共いはるゝ仏が
じやくはいらしう何の脇がゝりなされう むすめごのねつ病は又外の事
その様なわづらひにはくすりもいしやもいらぬ事 皆様しらずか あんまり


19
きめうでいみやうを しろいなりほういんと申今の世のはやり山ぶし
与兵衛も爰めししつていよ 此ほういんをたのめば本ふくはたつた一がち これ
からすぐに立寄 たのむにいなは有まいと かたれば悦ナウ/\忝い 是も行じや
のおしらせわたしはいしやどのへ参ります 是でゆるりとおやすみ /\と
立出ればしや我々もめん/\の 親々さいしの顔も見たし 互に無事で悦
のかいふくがうぶくあくまをえらふしんごんの 声もちり/\はら/\ぎやてい
おんころ/\にわかれ帰りける きやくな弟に似ぬ心 じゆんかえい町の兄

河内屋太兵衛用有げにもうかぬ顔付 ヤ太兵衛来てか おかちが気色

見廻り かき出し何かいそがしい時が見回に及ぬ事と いへは太兵衛どばち
かく寄 母には道でおめにかゝり 立ながらくはしう物語いたせしが 高つきの
おぢ森右衛門から たつた今ひきやくの状に もつけな事がいふて来まし
た見さつしやれ 跡の月御主人の供して野ざき参りの折ふし こくどうの
与兵衛めも参り合せ 友達をけんくはにつかみ合ふひやうし 御主人へだん/\の
りよぐはい当座与兵衛めを切ころしぬしも腹切がてんの所 主人の


20
御れうけんおとなしく こと相すみ帰つて後 御家中町屋是ざた のめ
/\とつらさげてほうこうならず いとまを願ひらう人し四五日中に大坂へ
くだり 二たび侍の立べきしあんせずば此ぶんて刀はさゝれぬとのぶん
てい也と いふよりはつとひざを打扨こそな どこぞでおほごとしたさふ
と思ふづほ かてゝくはへておかちがわつらひおぢのなんぎ また此うへにどろめが
何をしださづやら 分別にあたはぬとあたまをかけは イヤ分別も何もいら
ぬい ぼい出してのけさつしやれ ぢたいおやぢ様が手ぬるい 私と与兵衛

めは おまへのたねでないとてあまりに御しんりよが過まする 腹にやどつ
た母じや人とつれそふおまへ しんじつの父と存る やがてむこをとる
程せたけのびた おかちはぶちたゝきなされても あんだらめにはこぶし一つ
あてずほだえさせ 万事にえんりよが皆身の仇 たゝき出してこちへ
こさつしやれ どれぞひとい主にかけためなをしてくれませうと いへば
親は無念顔 エゝ口をしい 尤まゝてゝなればとて親は親 子をせつかん
するにえんりよはないはづなれど そなた衆兄弟は身共が親かたの子


21
親旦那わうじやうの時は そなたが七つのらめは四つ ぼんさま兄様 徳兵衛
どうせいこうせいといふたをきやつがきつとおぼへている かゝも始はおか様
の内義様のといふた人 おぢ森右衛門殿がレウケンでそちか家を見
すてゝは後家も子供もろたうに立 とかく森右衛門次第に成てくれと
だん/\の頼ゆへ 親方の内義と此ごとくめうとになり 親方の子を我子
としてもりたてしかひ有て そなたはじぶんのひとりかせきもめさるゝ 与兵衛め
にあきなひの手をひろけさせ手代も置 くらの壱けんも立る様にとあがい

ても しりのほどけた銭さし かごで水くむごとく跡からぬけ 壱匁まう
ければ百匁つかふこんじやういけん一言いひ出せは千言でいひかへす エゝもと
が主筋下人筋の親と子 くぎこだへせぬ筈身のきやうがいが口をしいとはをくひ
しばれは サアこなたの其正ぢきを見ぬいて どろく者めがしたいがいにふみ付る
親仁様のかげてこそ 親子三人橋にも寝ず 人の門にもたゝずみやうせき立
て下された 其悪徳は本の親にもかはらずこと毎度母も其悔 子供に
えんりよ有からは げんざいにやどした母にも気かねが有かと思はぬ心おかるゝ


22
いんぐはざらしの物にならずにあきはてた 太兵衛たのむ江戸長さきへも追
くたし死をらばしに次第 二たびつらも見とふない みぢんもあいぢやく残らぬと
によらいかけて母がいひ分からは何御えんりよ かんだうなされとひやう義の
声にめをさまし アゝづゝないかゝさま/\かゝ様はまだ帰らずかと おかちがくるしむひやう
ぶの内 門にはものもう 河内屋徳兵衛殿は此方か 山上かう中頼みにつけ
いなりほういん御見廻申とあん内す 扨はおかちがきたうなさるゝか一だん/\
私は高つきの返事がいそく おいとま申すとおもてに出 徳兵衛宿に罷ある

早々御出忝し あれへお通りあそばせと 太兵衛帰ればほういんははしの
間にこそ通りけれ ふみしめもなく 世の中を すへり渡りの油屋与兵衛
うりだめ銭は色ぐるひ しぼりとられてもとも利もかすも残らぬあふら
おけ おもげに見せる あせはなつ 中はすゞしき明だるを になふて宿へ帰りしが
めづらしいお山ぶ こなたは見しつた白いなり殿 妹かひやう気のいのりのため
か あの付物が そなた衆のいのりでのいたら此与兵衛が首かけ 母じや
人はくすりとりにか ぎばでもいかぬしびやういはれぬきぼねおらるゝ ヤこれ


23
親仁殿 おかちがわづらひより何より大じが有 其当座に母じや人には
いふたれどそれよりはつたりと打わすれ けふと思ひ出しあきなひやめ
て帰つた 跡の月野ざきでおぢ森右衛門様に行合 わざ/\ひ
きやくもやる所幸いの便親達へいふてくれ 主人のかね四つ宝三貫目
あまり引おひ 此せつきにたてねばせつふくかしばり首一しやうの無心
兄太兵衛はぎりも法もしらぬやつ さたなしに三貫目とゝのへ 与兵衛にもたせ
て下されとだん/\のことづて 弐貫目や三貫目でおぢに腹きらせて

こなた衆のぐはいぶん世間が立まい けふは二日きはといふてあすあさつて
ばんじをさし置けふの中三貫目とゝのへてわたさつしやれ あす夜明
にかけ出せばひる迄にいてもどると たつた今ぢき筆のおぢのふみ
のうらをもて にくゝおかしく いかなおぢでも 主のかね引あふ様な侍 腹
切らせたがまし 何じやこだくさんに三貫目 三匁もおじやらぬ おぬし
があきなひきよ年から一文も見せぬ さんやうしたら三貫めや四
貫目はのこるはづ やりたくばそのかねやれ 追付むこを呼入る だいじの


24
むすめが病気どんなひやうぢやうするひまがない ヤほういん様お待
遠 いかちがやうだい御らんなされ下されと余のこといふて取りあはず ヲゝ/\ 手
がらにむこがよはれふばよふで見や けんぶつせうと親のまへに足ふみ
のばし そろばん枕のむなざんやうぐはらりとちかふて見へにけり ちゝが
そろ/\だきおこすおかちが顔のおもやつれ ほういんとつくと見 ムゝ年は
いくつ 十五やみ付は跡の月十二日 ムゝやくしによらいのえん日 十五はあ
みだとくはい中のしよじやくくりひろげゆひを折 しさいらしきこは

付 そも/\ほうだうびくの上るりにいわく あみたとやくしは御夫婦と
云々 則此病は一時もはやくむこ殿を呼入 ふうふに成たいと思ふ気
病に 少外の見いれ有といふより徳兵衛尤顔 ほういんづにのり
いなり大明神のししや白きつねのをしへ かみすじ誰もちがはぬいのrかぢ
もくすり同然 神仏にもそのやく/\ ねつ病さましひやすいは ひえ
いさんの廿一しや あたゝむるにはあつた明神 あたまの病はあたごごんげん
足の病はあしく仏 はしり人ぬす人 いごかせぬはふどうのかなしばり


25
がいきをいのるはかぜのみや らう人達のおひやみにはしらひげ明神
しらがやくし わかしゆの病のいのりにはだいじ大ひの地ざうぼさつ
かるたのえの付きたうにあざふの明神しやかむに仏 どう取のいの
りは 四三五六しや大明神 八つこうなくのやしろ 別て此ほういんが得物
銭に伴ひやう物のさうばあきなひ あげふとさげふと高下はじゆう
持のお方がねあげしたい折りには つよ気に 上り高間がはらの八
百万神 はたした衆のさかりをいのるは 高きお山を時の間にふもとに

さがり さがのしやく やすいの天神 持とはたと両方一どのいのりには 高
からずやすからず中を取て河内の国 高やすの大明神 ほうりきの
あらたな事たなゝ物取て来るごとくれいもつは大方三十両 何時でも受取 いて一
いのりとしやくぢやうふり立いらたかじゆずさらり/\と押もんたり 印をもいまだむす
ばぬに病人おもだき顔を上 なづいのりもいらぬきたうもいや おかちが病なをす
にはむこ取のだんかうやめてたも あの与兵衛がわかげゆへしやくせんにせめらるゝ
其くるしみがめいどのくげん是ぞかしやくのせめと成 ながれつとめの女子成共 与兵衛


26
がけいやくの思ひ人を請出し嫁にして 此所帯を渡してたも ぜひにむこを取ならば
おかちが命は有まいぞ 思ひしつたか思ひしれとあたりをきろ/\ねめ廻し アゝつゝない
くるしいともだへわなゝきそゞろこと 父はおどろき色ちがへ ほういん少しもおくせず 汝ぐはん
来いづくより来るとつく去れ/\ 行者の法力つくべきかとれいしやちやうをちりゝん
がら/\ きう/\によりつれうとせめかくる 与兵衛むつくりとおき 何をしつてされ/\
どう山ぶし置おれと落間にかばとつきおとせば ヤア山ぶしの法をしらぬか 印を見せ
ずば置ましと かけあがりん/\れいりん/\ 引ずりおろせば父かけあがるふどうのしん

ごんどたくたぐはつたりばつたりだ 引ずりおろされ山伏もしやくぢやうがら/\ 命から/\帰り
けり 与兵衛親のそばにひざまくり 是親仁殿 今のそゞろ言みゝへ入たか しんた人をま
よはせ 地ごくへ落ても 此与兵衛がすいた女房もたせ しよたい渡すことはいやかなら
ぬか ヤイかしましい あたりとなりも有ぞかしよつほどにほたへあがれ 此徳兵衛は しんだ
人の跡式とらいでも 五人七人はゆるりと過るすべしつたれど 年忌めい日もとふらひ
地ごくへ落さずまよはせまいために名せきついでくらうする わごりよがすいたお
山請出し女房にもたせ 半年もたゝぬ中 しよたいやぶつて親方のとふらひもなら


27
ぬ様には得せまひ 扨はぜひむこ取て 妹にしよたい渡すな ヲゝわたす ムウよふ
いふた道しらずめと立あがり うつぶけいふみのめらし かたぼねせぼねうん/\/\と
ふみつくる なふかなしや浅ましい兄様と 妹がすがればおかちかまふな あいつが腹の
いる程 存分にふましや/\と 身もはたらかず座もさらず 思うとたへかねあんまり
な兄様 わしは何もしらぬ者しれうのついた顔して此よに/\いふてくれ そ
れからはおきないもせい出し 親達へかう/\つくしさからふまいとのせいもんたて そ
れが嬉ひ斗にやみほうけた此なりで こはい/\おそろしいしにんのまねして

うそつかせ とつ様をふんづけつそれが親かう/\か 年よつたとゝ様めでもまふたら
それは/\聞事じやないぞとすがり取付泣わめけば いきめらうめぬかすまい
とせいもんたてゝ口がため につくいほうげた しれうより此与兵衛といふいきれうの
くるしみ おぼえておれと同じくがはとふみふせたり やみつかれた妹をふみ倒すかち
く生めと 取付てゝ親はつたとけとばし 腹の入程ふめといふたな 是で腹をいる
わいと 顔も頭もわかちなくさん/\にふむさい中 母立帰り はつと斗くすりなげすて
与兵衛がたふさ引つかんで よこなげいどうどのめらせ乗かゝり めはなのいはせぬに


28
ぎりこぶし ヤイこうさうしめだいばめ いかな下人下らうでもふむのけるのはせぬこと
徳兵衛殿は誰じや おのれが親 今の間に其すねが くさつておちるとしらぬかば
ちあたり おとましや/\ 腹の中からめくらで生れ手足かたわな者もあれど
たましいは人のたましい おのれが五たいどこをふそくにうみ付た 人間のこんじやう
なぜさげぬ てゝ親がちかひしゆへ母の心がひがんで わる性根入といはれまいと さす
手引手に病の手 おのれが心の釼で 母がじゆ命をけつるまい おのれせんど
も高つきのおぢごがお主のかねを引おひしとよふも此母をぬく/\とだましたなァ

たつた今兄太兵衛に行合 おのれが野ざきのあばれゆへおぢは侍一分たゝず らう
人し大坂へくだるとの便 おのれがうそがあらはれた 其時母がつか/\と親父殿へはなし
跡でしれては扨は親子のいひ合とうたがはれ 夫婦の義理もかけはてる 内でも
外でもおのれがうはさろくなことは一度も聞ぬ 其たびごとに母が身のにくを一寸
づゝ そいで取様ないんぐはさらしめ 半時も此内に置ことならぬ勘当じや出て
うせう 出され/\とぶつゝくはせつ たゝく片手に押ぬぐふ涙手のひまなかりけり 此
与兵衛が爰を出てどこへいく所がない ヲゝおのれがすいた お山が所へ出てうせうと小


29
かいな取て引出す ナフ兄様追出しわしは此跡取こといや こらへてしんぜて下されと
取付ば 何しつてのいておれ 是徳兵衛殿 きよろりと見ていて誰にえん
りよ エゝはがいひ たゝき出してくれんと ?(おうこ)追取ふりあぐればひらりとはづしひつた
くり 此おうこでわごりよをぶつとはた/\と打つくる 徳兵衛とびかゝりおうこもぎ
取 つゞけ打に七つ八ついきもさせずぶちすえ はつたとにらむめに涙 ヤイ木てつ
くり 土をつくねた人ぎやうでも たましい入れば性根が有 みゝあらばよふきけ
此徳兵衛親ながら主筋と思ひ 手むかいせず存分にふまれた 腹をかつたう

みの母に今のさま 脇から見るのもおつたいなふて身がふるふ 今ぶつたも徳兵衛は
ふたぬ せん徳兵衛殿めいどより手を出してお打なさるゝとしらぬかやい おかちに入
むこ取といふは跡かたもないこと エゝ無念な 妹にめうせきつがせては口をしとはぢいり
こんじやうもなをるかと一しあんしてのはうべん あの子はよそへよめりさするきづか
いすな たにんどし親子と成はよく/\たしやうのぢうえんと かはいさはじつし一ばい ほう
さうした時日しん様へぐはんかけ だい/\の念仏すて 百日ほつけに成是程万めん
どう見て 大きな家の主にもと でつちもかはずかたにぼうかせぐ程つかひほつく お


30
のれ今のわるざかり 一はたらきかせぎ五間口七間口のかどはしらの 主にと念願を
立てこそあきんどなれ たつた一間まなかのかどはしらに念かけ 母に手むかひてゝを
ふみ行さきいつはりかたりこと 其こんじやうがつゞいたらかどばしらは思ひもよらず ごく門
はしらの主にならふ 親は是がかなしいとわつとさけび 入ければ エゝもどかしい徳
兵衛殿 石になぞかけか様子口でいふて聞やつか 出てうせ/\うぢ/\ひろかば
町中よせて追出すと 又追取て母がつゝはるおうこのさき こはいめしらぬ無法
者 町中いふにぎよつとしてとむねつきたるけでん顔 なふ兄様出してわしは

跡に残らぬと すがる妹を押とゞめきり/\うせう おうこがくらいたらぬかと ふり上
こすり出されて こゆるしきいのほそみぞも 親に別れの涙川 徳兵衛つく/\゛とうし
ろすがたを見おくちて わつとさけび声を上 あいつが顔付せいかつかうせいじんするいした
がひ しなれただんなにいきうつし あれあのつじに立たるなりを見るに付 与兵衛mうぁ
追出さず だんなを追出す心がして もつたいない かなしいわいのとどうとふし 人めも 恥ず
に泣声 にくい/\も母のおやたしなむなみだこらへかね 見ぬかほながらの
ひあはり 見れともよその絵のぼりにかげも かくれて


31
下之巻 (豊嶋屋油店の段

ふきなれし 年もひさしのよもぎせうぶは家ことに のぼりの音のざはめくは
おのこゞ持の印かや 娘斗のてしまやはていしゆは外のかけ一まき 内のしまひと
小はらひと油うつたりもうたりに 三人の娘のせわ まあ姉からとくしげ取出し
ときぐしよ 色かもみ込ばいくはの油 女はkみよりかたちより 心のあかをすきくしや 嫁
入先は 夫の家さとのすみかも親の家 かゞみの家の家ならで家と いふ物なけ
れ共 たが世にゆかし定けん 五月五日の一夜さを女の家といふぞかし 身の

いわひ月いわひ日に何ごとなかれ なで付て かみ引ゆづのつまくしのはの
ハアかなし 一枚おれた あきれてとんとなげぐしは 別れのくしとていむことをと 口
にはいはず気にかゝりなんぞのつげのおくしかや かけも十(とを)に七左衛門大かたよつ
て中もどり ア思ひの外はやいしまひ 内のはらひもさらりとしまひ 両がへ
町の銭屋からともし二升ばいくは壱合 今橋の紙屋から通ひ持てともし一升
当座能に付て置 まあせんそくしてはやうおやすみ あすはとふかられいに
出さしやんせ いや/\はやうすまれぬ 天満のいけだ町へいかねばならぬ フウ


32
きやうといもうよいわいの いけだ町は北のはて 近所のかけさへよつたらば過て
のこと こな人何いやる せつきによらぬかねの過てよつたためしはない けふくれて
からわたさふと詞つがふた つい一走いてこふ 此うちかひに新銀五百八十め
さいふの銭もとだなへ入てぢやうおろしや やがて帰ろと立出る申々 そんなら酒
一つ姉 それかんして進じやと 立てとだなへとつくりからちろりへうつせば アこりや
/\ かんせいでも大じない さかなも盃も入らぬ 中がさしへて持てこい 夜が
みじかい気せくそこからつげ あいとはいへどとゞしては手もとゞかねは立あがり つぐ

もうくるも立酒をお吉見付てそりや何ぞ いま/\しい子供はぐはんぜが
ないにもせい 立酒のんで誰を野おくり ア気味わると いはれて夫もちやつ
と腰かけ取なをし かけこひに行門出にはか行の立酒 此世にのこらぬ/\と
いはふ程なをあはれ世のながき別れと出て行 母を見ならふ 姉むすめ
夜るのふすまをしき/\に 御座よ枕よかやのつり手は 長けれどとゞかぬ
足のみじか夜や おでんをろくにねさせて かゝ様もちとおやすみといひ
ければ ヲゝてかしやつたとゝ様もまだおそかろ かやの内からおもてはかゝが


33
気を付る わが身もねゝしや いえ/\わたしはねむたうござらぬと いひ
つゝねふるもおとなしし 此せつきこすにこされぬ河内屋与兵衛 手はづの
合ぬ古あはせ 心斗がひろ袖にさげたる油の二升入 一しやうさゝぬわきざしも
こよひこじりのつまりの分別 かつてしつたるてしまやの 門の口のぞくうしろ
より 与兵衛殿じやないか ヲ与兵衛じやが誰じやとふりかへれば 上町の口入わたや
小兵衛 アこなたばしゆんけい町へゆけば 本天満町おやごの所へといはるゝ 親
御へゆけば追出した爰にはいぬと有 貴様は留主でも判は親仁の判

新銀二貫目こよひのびると明日町へことはる ハテ爰な人はいきかたのわるい
手がたのおもてこそ壱貫匁正味は弐百め こよひ中にすませば別条ない
やくそくではないかいの されはあすの明六迄にすめば弐百匁 五日の日がに
よつと出ると壱貫匁 もと弐百匁を壱貫匁にしてとれば こつちの徳の
様なれど 親仁殿にひどうのかねを出さするがせうしさに こなたひいきでせつ
くぞや こよひきつとすましや 小兵衛こりや念いるゝな 河内屋与兵衛男
じや/\ あてが有 には鳥のなく迄には持ていく ねむたくと待てもらを はて


34
こよひすまして入用なれば あす又すぐにかすはいの こつちもしやうばい壱貫
めや弐貫匁は何時でも 其男気を見とゞけたと 詞て与兵衛がくびしめ
るわたや小兵衛は帰りける 与兵衛見事に請合はうけ合しが 一銭のあても
なしちや屋のはらひは一寸のがれ ぬきさしならぬ此弐百匁 有所には有ふ
がな せきはひろし弐百匁などは 誰ぞ落しそふな物じやと うしろを見
れば小ちやうちん 河いふこもんじはこつちの親仁なむ三宝と さいたる見せに
ひらくものひつたり身を付身を忍ぶ 徳兵衛は気も付ずてしまやのくゞり

そつと明 七左衛門殿お仕廻かとつゝといれは 是は/\徳兵衛様 こちのはまだし
まはず 天満のはて迄いかれまし わたしは取まぎれお見廻とも申さぬに
よふこそ/\ 此程は与兵衛様のことに付 いかひおせわでござんしよと かやより
出れは されば/\ こなたはおさない娘御達のせは 我らはせいじんの与兵衛にせわを
やく いづれの道にも子にせわやむは親のやく くらう共存ぜね共引付て一所
に有中は気も落付 あの様なむほう者をかんだうすれば やけをおこしあす火に入も
かまはず ばう判似せ判壱貫匁の銀に十貫匁の手がたして 一しやうの首つなかる


35
ためしも有事と思ひなから うみの母の追出すを まゝてゝの我らけいはくら
しうとめられず 聞ばしゆんけい町兄が方にいるとやら もし此あたりへうろ
たへて見へましたら 七左衛門殿御夫婦いひ合せ てゝ親はがつてん すい分母にわび
事いたしとしやうほね入かへ 二たび内へもどる様に御いけんひとへに頼み入
こちの女房おさはが一家一門皆侍 そのならはかしか思ひ切ては見かへらず 義理かた
ひうまれ付それに似ぬどうらく者 本親の旦那もきやうぎつよく ぎりも
なさけもしつたる人 ふたりの子供に心をつくすは皆古だんなへのほうこう 今与兵衛

めを追出し 一しやうあらひ詞も聞ぬ親方に くさ葉のかけより恨をうくる ぶ
くはほうは此徳兵衛ひとり すいりやうなされお吉様と たばこに涙まぎらして
むせ返る こそ道理なれ ムウゝゝ思ひやりました こちのも追付帰られう あふ
ておはなしなされませ いや/\いづかたもこよひのことばんじのおしやま 是此銭
三百 女房がめかほを忍びついふところへ入て出た 与兵衛めかうせたらば追付
しよ気におもむく さつはりとはたの物でもかいおれと ゆめ/\我らの名を
出さず七左衛門殿の心付か どう成共御きてん頼入とさし出す うしろのかど


36
口お吉様お仕廻かと おとづるゝは女房お沢か声徳兵衛びつくり ハツあふてはき
のどくかくれたい そつじながら御めんなれとかくるゝかやのうしろかげ 是々徳兵衛殿
我女房にかくるゝとは何事と 声かけられて夫もはいもうお吉もどまくれ
あいさつなく そとには与兵衛サア母のかまがわせた 何いはるゝとくるゝのあなみゝを
付てぞ聞いたる 女房お沢腰打かけ ナフ徳兵衛殿七左衛門様もお留主といひ 内の
ことはそこ/\に いつあはふとまゝのむかひどし 互にいそかしいきはの夜さ 爰へは何の
用が有悪しやうする手でもなし ムウ夫与兵衛めが事くやみにか いかにまゝしい子

なればとてあんまりに義理過た しんじつの母が追出すからは こなたの名の立
ことはない 此三百の銭のらめにやるのか つね/\゛に身をひづめしまつしてあいつ
にやるはふちへすつるも同然 其あまやかしが皆どくがい 此母はさうでない サア
かん当といふ一ごん口を出るがそれかぎり 紙子きて川へはまらふが 油ぬつて火に
くばらふがうぬがざんまい 悪人めに気をうばゝれ 女房や娘は何になれ サア/\
さきへいなしやれ と引立る袖をふりはなし エかくむごいぞやさうでない うまれ立
かゝ親はない 子が手よつては親と成 親の始は皆の子 子は親のじひで立


37
親は我子の孝て立 此徳兵衛はくはほうすくなくこんじやうで人はすかはず共 いつ
でもおはてし時のそうれいには 他人の野をくり百人より 兄弟の男子に先
ごし跡ごしかゝれて あつはれしにびかりやらふと思ふたに 子は有ながら其かひなく
むえんの手にかゝらふより いつそいきだおれのしやかになひがましでおじやるはと
又むせ かへるぞあはれ成 ア与兵衛め斗が子ではない 兄の太兵衛娘なれ共おかちはこな
たの子でないか サア/\はやふ先へと押出す ハテいぬるならつれ立ふそなたもいじや
と引立る 母のあはせのふところより 板間へくはらりと落たは何ぞ ちまき一わに

銭五百 なふなさけなやはづかしと 我身をおほひ押かくし声を上 徳兵衛殿まつ
ひらゆるして下され 是は内のかけのより与兵衛めにやりたい斗 わしが五百ぬ
すんだ 廿年そふ中きやくしんへだての有やうになさけない たとへあの悪
人めおだん義に聞様な しゆかはんどくのあほうでもあじやsたいしの鬼子でも
母の身でなんのにくからふ いか成悪ごう悪しんがたい内にやどつてあの通りと
思へば ふびんさかはいさはてゝおやの一ばいなれ共 母がかはひら顔してはへだてた心に
あんまり母があいたてないかうばりがつよふて いよ/\心がなをらぬとさぞにく


38
まるゝはひつじやうと わざとにくい顔してぶつゝたゝいつ追出すのかん当のと
むごふつらふあたりしはまゝてゝのこなたに かはいがつてもらひたさ 是も女の廻り
ぢえゆるして下され徳兵衛殿 わしにかくしてあの銭をやつて下さる心ざし
詞ではけん/\とkんどんにいふたれど 心て三度いたゞきし 何をかくそふあい
つはりつぱずきもするやつ 取わけいわひ月びん付もといをとゝのへ 人まじりも
したからふ うまれて此かたせつく/\しうぎかゝぬに此月斗 身いはひも
してやりたさ 見ぐるしい此ちじよくをさらすも お吉様たのんでとゞけんため

まだ此うへにこんじやうのなをるくすりには 母がいききもをせんじてのませといふ
いしやあらば 身を八さきもいとはね共 一しやう夫の銭かねもしひらなかちがへ
ぬ身が 子ゆへのやみにまよはされぬすみしてあらはれた はづかしゆこざると
斗にてわつとさけび入ければ だうり/\と夫のなげき子を持身にこたへ
行すへ思ふお吉の涙折からなくかの声もいとゞ涙をそへにけり やいはひ日
に心もないなきわめきふてうほう 其銭もお吉様頼み 与兵衛にやつておいとま
もうしやと いへ共女房涙にくれ こな様のやつて下さる其ふかひ心さしに


39
ぬすんだ銭なんとやらりよ ハテだいじないひらにやりや いやゆるしてくだされと
めうとがぎりのやるかたなさお吉も 涙とゞめかね アゝお沢様の心すいりやうしたやり
にくいはづ 爰にすておかしやんせ わしか待ぞよさそな人にひらはせましよ アゝ忝いとて
ものおなさけ 此ちまきも誰ぞよさそないぬに くはせてくださんせと 又なき
出す二親の 心へだてぞぬくゞりども子のふかうよりおちたるくろゝあけて
「ふう婦は帰りけり 父母の帰るを見て心一つに打うなづき わきざしぬいてふとこ  
ろにさいたるくゞりさらりとあけ つと入よりむねもくろゝもおとし付 七左衛門殿は

いつ方へ定てかけも寄ましよと 余所の方からうらどひける 誰かとこそ思ふたれ
与兵衛様か こな様は仕合な 後共いはずよい所へござんした 是此銭八百此ちまきこ
な様へやれと天道からふりました いたゞかしやんせ なんぼうらう人でもきわの日のたから
まんがなおろとさし出せば 与兵衛ちつ共おとろかず 是が親達のかうりよくか ハテはや
がてんな追出した親達が なんのこな様へ銭かねをやらしやんしよ いやかくさしやるな
さきにから門口にかにくわれ なが/\しい親達のしうたん聞て 涙をこぼしました ムゝ
そんなら皆聞てかよふがてん参りしか 他人でさへめを泣はらした 此銭一文も仇


40
には成まい はだ身に付て一かせぎおふたりのそうれいに りつはなのり物に
のせうといふ気がなければ 男でもくいでもない それを御そむきなされたら
天道のばち仏のばち 日本の神々のさかばちがあたつて しやうらいがよふ有まい 先い
たゞいてとさし出せば いかにも/\よふがてんしました たゞ今よりま人間に成てかう/\
つくすがつてんなれ共 かんじんおじひの銭かたらぬ といふて親兄にはいはれぬしゆ
び 爰にはうりためかけのよりかねも有はづ新でたつた弐百匁斗 かん当のゆり
る迄かして下され それ/\/\ おくを聞ふより口聞どこに心がなをつた うそ

にもかねかしてくれとはいはれぬきり 世間のぎりをかいても かねかつて悪しやう所の
はらひして 跡からだん/\いこふでな 成程おあねはおくのとだなに上銀か五百め余り
銭も有は有ながら 夫の留主に一銭でもかすことはいあかな/\ いつぞやの野さき
参りきる物あらふてしんぜたさへ ふぎしたとうたがはれ いひわけにいくかかゝ
つたやらなふうとましや/\ 帰られぬ内其銭持てはやういんで下さんせと
いふ程そばへにじり寄 ふぎに成てかして下され ハテならぬといふいくどい/\ くどふ
いふまいかして下され イヤ女ごと思ふてなぶらしやると声たてゝわめくぞや ハテ与


41
兵衛も男 二人の親の詞がしんこんにしみこんでかなしい物 なふるのあなどる
のといふ所へゆくことか 何をかくしませう跡の月の廿日に 親仁のほう判して
上銀弐百匁 今ばん切にかりました ヤまあ跡を着聞て下され 手がたおもては上
銀壱貫め かつたかねは弐百匁 あすになれば手がたの通壱貫匁でかへすやくそく
それよりもかなしい親兄の所はいふに及ず 両町の年寄五人組へ先様から
ことはる筈 今に成て此かねのさいかく 泣ても笑ふても叶はぬこと じがいして死ふ
とかくごし 是ふところに此わきざしはさいて出たれ共 たゞ今両親のなげき御ふ

びんがりを聞ては しんで此かね親仁のなんぎにかくること ふかうのぬり上身上の
はめつ 思ひ廻せば死るにもしなれず いきてはいられずせん方なさに見かけて
の御無心ぞや なければぜひもなし有かね たつた二百匁で与兵衛が命をついで下
さるゝ御恩徳 よみぢのそこ迄わすれうかお吉様 どふぞかして下されといふめの色
も誠らしくそうした事もと思ひなからかねてのいつはり是も又其手よと思ひかへし
て フウゝまが/\しいあのうそはいの まだおひれ付ていはしやんせ ならぬといふてはき
つうならぬ 是程男のめうりにかけせいごんたてゝも成ませぬか ハアはあ何とせう


42
かりますかいと いふより心の一分別 そんなら此樽に油弐升取かへて下さりませ
それは互のあきなひ内かしかりせいでは世がたゝぬ 成程つめてとうりばにかゝり きゆる
命のともし火は油はかるも爰の間と しらで升取ひしやく取 うしろに与兵衛が
じやけんの刀ぬいてまて共見ずしらず いはふてせつくもお仕廻なされ こちの人共
わり入てさうだん 有かねなればやくに立まい物でなし 五十年六十年のめうとの中
も まゝにならぬは女のならひ かならずわしをうらんでばし下さるなといふ内に とも
にうつるやいはのひかりお吉びつくり 今のはなんぞ与兵衛様 イヤなんでもござらぬと

わきざしうしろに押かくす それ/\きつとめもすはつて なふおそろしいがんしよく 其右
の手爰へださしやんせ おつとわきざし持かへて是見さしやれ 何もない/\と
いへ共お吉身もわな/\ アゝこな様は小気味のわるい かならずそばへよるまいと 跡し
さりして寄門の口 明て逃んと気をくばれど ハテきよろ/\何おそろしいと 付
廻し/\ 出あへとわめく一声 二声待ずとびかゝり取て引しめ 音ほね立るな
女めと ふえのくさりをぐつとさすさゝれてのうらん手足をもがき そんなら
声立まい 今しんでは年はもいかぬ三人の子がるらうする それがかはいひし


43
に共ない かねも入程もつてごされ たすけて下され与兵衛様 ヲゝしに共ないはづ
尤と こなたの娘がかはひ程 おれもおれをかはひがる親仁がいとしい かねはらふて
男たてねばならぬ あきらめてしんで下され 口で申せば人か聞 心ておねぶつな
むあみだ なむだみた仏と引よせてめてよりゆん手のふと腹へ さいてはえぐりぬいては
切 お吉をむかひのめいどの夜かぜ はためくいどののぼりの音あおちにうりばの火も
きへて 庭も心もくらやみに打まく油ながるゝち ふみのめらかしふみすべり 身内はち
しほのあかづらあか鬼 じやけんの角をふり立て お吉が身をさくつるぎの山

もくぜん油の地ごくのくるしみ のきのあやめのさしもげに ちゞの病はよくれ共 くはこ
のごう病のかれえぬ せうぶ力に置露のたまもみだれて いきたへたり 日頃の
つよきしに顔見て ぞつと我から心もおくれ ひざぶしがた/\がたつくむねを押さげ
/\ さげたるかぎを追取てのそけばかやのうちとけて 寝たる子供の顔付さへ我を
にらむと身もふるへは つれでからつくかぎの音かうべの上になる神の 落かゝるかときもに
こたへ とだなにひつたり引出すうちかい 上銀五百八十匁よひに聞たる心番 ねぢ込ねぢ
こむふところの おもさよ足もおもくれて はくひやうをふむ火へんふむ 此わきざしは


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せんだの木の橋から川へ しつむ来世は見へぬさた 此世のくはほうの付時と内をぬ
け出一さんに 足にまかせて をしてるや なにはのはるは京にまけ京はなに      ← 豊嶋屋逮夜の段
はのけしきより おとるみな月なつかぐら くるわ四筋は四季共にちること しらぬ花揃
よねのふうぞくあげやのかゝりふじも及ばぬ恋の山 第一日本のめい所なり一年三
百六十日 もん日が三日ららぬとてくつはゝなけく 女郎はそれ程きやくいやつかい
を けんかいに行きゃくも有 このんで頼みたのまるゝ きやくは一きはいかつげに かごをとば
するあげやかいやく あふぎて信夫ちや屋のきやく 一座あそびは女方めく かたで

かぜ切からぞめき くらいをとふはいなかきやく 寝て物たるなじみきやく 大こ過てと
さゝやくは女郎の手もめのふる廻きやく 親おやかたのもつきゃく有 我身上のめつ
きやく有いきゃくもまじり行く通ふ 道の間をしばらくも口たゞ置は恥らしく やゝしや
物まね 地の物まね 小歌上るり口てんがうにし口東口々に 行も帰りもさはり
なきゆふへ/\の大よせは ゆたか成世のいさをし也 されは山本森右衛門が身持
のしらせにおどろき 暫く主人にいとまこい大坂へ立越しが 女ころしてかねとりしも
慥にそれとはしれね共 しうぼくの見る所与兵衛にゆびさす身のはうらつ


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もしやとせんぎもよりつかねは先々尋くるわの内 東口にて尋しにそんじよそ
ことはをしへしがと いづれもをなじつほねのかゝり 爰やびぜんや 是やをしへし備前
かと 見まがいたゝずみいる折ふし 手にかき高なふみ持て西の方からくるかぶろ 是々
物とはふ びぜんやとかけいせいやはいづかた 其御内に松かぜと申けいせい 御存
ならばをしへてたへ 我ら当初ふあんない 頼入とぞかたくろし フウしさいらしい物の
いひ様 備前屋は此家 物のはしに戸のさいた きやくの有つぼねが松かぜさまで
ござんす コレお侍様 左の足上さんせ ソレ/\又右の足も上さんせ ヲゝよふ上さんしたい

かいせわのと なぶつてひんしやん行過る 所がらとて人になれ きがるいやつと打笑ひ
をしへしぼねに立よれば 内に火かげは有ながらとぐちひつしと立つめたり 扨
こそきやくは与兵衛独り 出るをとらへあはん物と 待間程なくとをひらき
あみ笠かづき立出るすかさずむずとひんだかゆる 女郎もつゞいてこりや誰
ぞ そつじせまいと引わくる くるしからずそつじてない おのれ与兵衛めかくれたらば
あふまいかと 笠引ちぎり顔見合せ ヤアこりや与兵衛でない人たかへまつひら/\
めんぼくなやと腰折て手をすれば きやつも忍ひの恋やらん うなづくばかり


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顔かくし東の方へ走り行 かはちや与兵衛にふかい中と音に聞松かぜ殿 きのふにも
けふにも与兵衛は爰元へ参らずか きづかひのない用事有て尋る者 かくされては
かれがためならず サアまつすぐか聞たい/\ まちつと先に見へまして 是からすぐに
そねさきへ叶はぬ用とてござりんした 何じやそね崎へ なむ三宝おそかつた せつしや
も跡から参らずは成まい つい手にも一つ尋ませう 五月のせつくまへか 後か 六月へ入てはやう/\
六日 其間に爰元で金銀のはらひ かねたくさんにつかふたはこざらぬか是もかくさずお
しらせなされ どうごさんすぞかねのことは存やせぬ やり手におといなさりんあせと いひすて

つぼねについと入 是は我らふてうほう よしそれとても与兵衛にあへばしるゝ事 道もいsつたかそ
ねざきへたつた一とび 一走としり 三のづ迄ひつくらげもみに もふてぞ 君を待夜はよや
よやよ 西も東も見なみもいやよとかく待夜は 北がよい されにもまちは まちながら こ
ちからひたと行通ふ 道のいぬさへ見しる程うつゝぬかせしかはちや与兵衛 小ぎくにあふせをたの
ものかりよ新町の 花を見すてゝしゞみ川爰の花屋にたどりよる 後家のおかめ出むかひ
たま/\見へるおきやくにこそ よふお出がさうおうなれ与兵衛様は爰が家 ちとふうかはり御出をやめ
て もどらしやんしたか 小ぎく様呼ましや 内はうへ下座敷もつまる はまのしやうぎで大く


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酒もりきり/\とのみかけましよ 小ぎく様サア爰へあんどうに油さしや 油のつい手に
やの女房ころし 酒屋にしかへて幸左衛門がするげなころしては文蔵にくいげな 与兵衛様
まだ見ずる 小ぎく様つれましてちとお出 やれお盃持てこいとたつたひとりてべり
立る 後家たしなめちと人にも物いはせい 生れて与兵衛こんなむさいしやうぎの上で 酒
のんだ事なけれどけふはゆるす 東どなりかりたして 与兵衛が座敷ぶんに一つこしらや ざい
もく大く諸しき諸入め見ごとに我ら仕る きつい物か/\ エけびた此かまぼこのうすひ
切やうはと せんしやうたら/\゛あばれ酒しばらく時をぞうつしける 与兵衛爰にいるか し

らすことが有て来たと はけの弥五郎しやうぎに腰かけ 我を侍がさがすぞよ ヤして
そりやどんな侍がと 胸にぎつくりよこたわるも心につゝむあくじのかたまり にはかにてんどう
うろ/\まなこ ハテきよろ/\すないやい きのふから兄が所へ来ている侍じやとやい アゝそれで
落付た高つきのおぢ森右衛門 あふてはなんぎ爰へ尋てこふも忘れぬ はやにはづして
あひ共ないと思へときうにもたゝれねば 何がなしほにと見廻し/\ アゝ思ひ出した 新
町に紙入わすれて来た 中にうめく程かね入て置たつい一走取てこふ はけもこいとたち
出る小ぎく引とめ アざは/\と何じやの 有所のしれた紙入あすなととらんせ イヤそうで


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ない/\ ふところがおもたふなければつんとあそぶ心がせぬと 袖引はなし二人つれ ねから
わすれぬ紙入のからぜいはいていそぎける あついちや四五ふくのむほどの 間もすかさす森
右衛門あんどうめあてに花屋の門口 くはしやにあはふ爰へ/\と呼出し かはちや与兵衛が跡追て
参つた 二かいにいるか下座敷か罷通るとつゝと入 是々申 新町に紙入わすれたとてたつ
た今お帰り 何だ帰つた まだ梅田ばしこすかこさすか是はしたり又跡へん しからば明日
にも与兵衛が参次第酒でものませ爰にとめ置 早く本天満町かはちや徳兵衛方
迄きつとしらせ たゞ今参りかけさくらいや源兵衛へも立寄ぎんみいたせば五月四日の

夜大金三両銀八百請取たと有 爰元へは何程はらつた かくしては其方がために
ならぬまつすぐにいへ/\ わたし方へも五月四日の夜に入て 大金三両銀壱貫文 シテ其
夜は何を着て参つた ひろ袖のもめんあはせ色は慥花色かしつかちとは覚ませぬ
ムウよい/\ はいれ/\ といひすてゝ もと来し道を引かへし又新 町へと へんじやうなんし
のぐはんを立女人しやうふつちかひたりぐはんいしゝどくびやうとうせいさいどう
ほつぼだいしんわうじやうあんらくこく しやくのめうい 三十五日おたいやの心ざし お同行衆寄
あつまりつとめもすでにおはりける 中にも同行中の老たい張紙屋五郎九郎 きのふけふの


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様に思ひしが はや三十五日のたいやに罷成 廿七を一ごとして帰りよのわうし へいぜいの
心立人にすふれ 上人の御恩徳ほうしやの心もふかゝりし 此世こそけんなんのくるしみ有共
みらいはもろ/\のごうくをのぞき 本ぐはんわうじやうたがひはよも有まじ 此御さいそくに
心おどろき いよ/\一へんのせう名も悦んでおつとめなされ かならずなけかせらるな七左殿 殺し絵t
も其内しれませう たゞ御そく女のかいはう第一 先立人もそれをこそまんぞくと しめせば
有がた涙ぐみさ様共/\ お吉がことは思ひわすれ是も如来のおかげと しん/\けんごに悦び
をかさね ぎやうぢうざぐはにせうみやうはかゝしませぬ去ながら おとのおてんめは二つ子ちが

なふてはとふびんに存 しんだあくる日かね付て余所へもらかします 姉はよふいひ聞せた
ればがてんして かうはなのきれぬ様に仏だんについて斗いますが なふ中娘めが朝からばん
迄 かゝ様/\といふてほへおります 是にはこまりはてmしたと ちやつとうしろのかべむいて声
を のんだるすゝりなき 尤さこそと同行衆も ぬらさぬ袖はなかりけり をりふしいまのけた
うつばり 返るねつみのけしからず けたてけかくるすゝぼこり ほうぐをちらりとけ落してねづみの
あれはしつまりぬ ソレ何やら落た七左殿 俄に是はと取上れば半切紙に一つがき
十匁壱分五リン野ざきのわり付 五月三日と斗にて誰への名あてもなく 色


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こそかはれ所々ちにそまつたるかきおし一通 ふしぎの物と手に取廻し 是はたれやら
見た手じやはいの 我らもどふやら見た手のふう アゝかはちやの与兵衛/\ それよ/\と四五人の
口も与兵衛に極れば思ひ出して七左衛門 誠にしんだもうしやが物かたり 四月十一日
我らふう婦野ざき参りいたせし日 かいしやの善兵衛はけの弥五郎 かはちや与兵衛三人
つれて参りしと咄せしが 其わり付に極た お吉をころしても大から是でしれまし
た 三十五日のたいやにあたりねづみが是を落すといふも もうじやがしらせにうたがひない
是も仏の御恩徳 アゝなむあみだとひれふしてよろこぶ心ぞ道理成 きみわるな

がらをり/\のとひおとつれも我したと 人にいはれしさとられしと一ばい大へいそらさぬ顔
かはちや与兵衛でやすとつゝと入 つい三十五日のたいやに成ましたの ころしたやつもまだし
れずきのどく千万 したが追付しれましよと 我と口からむかふの吉左右 七左衛門しり
ひつからげよりほう追取 ヤイ与兵衛女房お吉をよふころしたな おのれは爰へしばられにきた
か のかれはないとぼうふり上る アゝ七左つれうじするな シテおれがころした其せうことは いふな
/\ 野崎参りのわり付十匁一分五リンといふかき付 所々にちも付ておのれが手にまがひ
ない 此外にせうこが入り同行衆とらへて下されと つかみつかんていきほひ なむ三宝あらはれし


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と、つき上るむねのどう気じつとおさへてにが笑ひ 此ひろひせけんいくたりも似た手が
有まい物でなし 野崎参りの入用はおれがもめ わり付も何にもしらぬ よい手をして
ばかひろぐな おのれ迄もおなし様に 立さはいで何としおる まつかうするとつかみ付を
取てなげ よれはけたをしふみこかし 一世一どの力のだしば ぼうねぢたくり一ふりふればわつと
にくるすきをうかゝひにけんとすれは にかすなと追取まくに庭の内を追つかへしつ
二三ど四五ど すきを見合ぐらりぐはらりとにげ出る 門のまへに 両三人どつこいとつたと
むながいつかんでねぢすゆるは けびいしの別当大里のちやうのくはん人也 跡につゞいておぢ

森右衛門声をかけ 最前より各々表に立給ひ 家内の一々残ず聞とゞけられしぞ 必みれん
にちんするな エせひもなや ナ世間のふうぜつ十人が九人おのれを名ざす 聞たびに此おぢが名をすい
量せよ ことあらはれぬ先達国へも落すか さなくばじがいをすゝめ恥をかくしくれんと 新町そね
崎行先々を尋ても 跡へ廻り跡へまはり出合ぬはおのれが運の極め それ太兵衛其あはせ是へ
/\ 則五月四日の夜ちやくし出たかおのれがあはせ 所々のきは付こはばり大里のちやうより御ふしん たゞ今
しやうぜきのじつふ おのれが命しやうじ二つのさかひ成ぞ 誰か有酒々 あつといふよりちろりかんなへ
手々に引さげさら/\さつとこぼしかけ かゝるおい持弟持心をくたく涙の色 さかしほへんしてあけのち


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しほ おぢがおい顔を見合てあつとより外詞なくあきれ 果たる斗也 与兵衛かくごの大音上 一生
不孝放埓の我なれ共 一紙半紙ぬすみといふことついにせず 茶やけいせい屋の払は一年
半年おそなはるもくにならず 新銀壱貫匁の手がたかり 一夜過れば親のなんぎ 不孝のとが
勿体なしと思ふ斗に眼付 人を殺せば人の嘆 人の難儀といふことに眼つかざりし 思へば廿年来の不孝
無法の悪行が ま王と成て与兵衛が一心の眼をくらまし お吉殿殺しかねを取しはかはちや与兵衛 仇も嘆
も一悲願なむあみ陀仏といはせもあへず取て引敷なは三寸にしめ上れば 早町中がかけ付/\ すくに
引立引出す果は千日千人聞 万人聞ば十万人残る方なく世のかゝみつたへて君が長き世に清からぬ 名や残すらん

 

 

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 追記:杉本文楽。清治さんの三味線序曲。前衛のように響きブリテンのようにふたつの旋律が同道し、足取りは三連符に早まって黄泉へと一筋まっしぐら。カオス(音響的な意味で)とフラクタル(清治さんの自己相似性。観音巡りを髣髴とさせる部分などで感じたが三味線の作曲とはそうしたものといつぞやどこぞで読んだ。数多ある既存の手を新たに組み合わせ組み直しながら曲を構築していくのが三味線の作曲手法だと。)を経て静寂の中に滴り落ちるは油かお吉の血か与兵衛の冷汗か。そこには慥にお吉が倒れ傍らに茫然自失の与兵衛が佇んでいるのであったよ。←オレの妄想に過ぎないけどでも風景や物語が映像となって目に浮かぶのがよい曲の条件の一つなのだオレにとっては。清治さんダンテ神曲とか古事記イザナギイザナミとかも作れそう。すげー。豊嶋屋の段「前」と「奥」。これもすべて清治さん作曲とのこと。すげー!原曲を覚えていないので比較はできないが、詞章は省略されていないにもかかわらずテンポやよし。そして登場人物の心の動きがわかりやすい。より三味線で心象表現がなされているっぽい。豊嶋屋「前」の杉本氏作の屏風がステキ。杉本作品はレベルが高くて今迄その良し悪しがさっぱりわからなかったが、あの屏風と屏風の使い方はステキ。ほんとオシャレ。なんにせよ9000円だった。いやはや本公演の方が安いとは。言うまでもなく本公演の方がガッツリ聴けて見られる。杉本文楽80分間の価値は、清治さんの新曲と幸助さんの与兵衛アンド一輔さんのお吉体験に尽きる。 国立劇場でまたやってくれないかなぁ女殺油地獄。オシャレじゃなくていいからさ、ガッツリドロドロって。やって。