越前守繁長は謙信虎千代の幼年より補佐したる
実に開国の元老なりされば彼大戦には海津の押に
屯なししが西
条山の武
田勢
追々
川中嶋へ
帰着なし
午の刻
過る頃より味方の籏色甚あしく
大将の萊菔折懸の馬印敵中に漂ふ
さまを遥に見て籏本を救ずんはあるべ
からずと川原面へ引返せば敵将馬場信
房が陣より打
出す鉄砲雨よりしげく
先手の軍卒すゝみ兼しを繁長馬より
飛でおり己に
つゞけといふ儘に兼て造せおいたる鉄
楯重さはかり難きものを軽々しく
差かざし煙の内を進行さま
凡人の所為にはあらじと
人みな舌をぞ巻たりける
応需 柳下亭種員誌
甲越勇将伝 上杉家 廿四将 本庄越前守繁長
越前守繁長は謙信虎千代の幼年より補佐したる、実に開国の元老なり。
されば彼の大戦には海津の押えに屯(たむろ)なししが、西条山の武田勢
追々川中島へ帰着なし、牛の刻過ぐる頃より味方の籏色悪しく、大将の
萊菔(大根)折懸の馬印、敵中に漂う様を遥かに見て、「旗本を救わずんは、あるべからず」
と川原面(おもて)へ引き返せば、敵将馬場信房が陣より打ち出だす鉄砲雨より繁く、
先手(さきて)の軍卒進みかねしを、繁長馬より飛んで降り、「我れに続け」と言うままに、
かねて造らせ置いたる鉄(くろがね)楯、重さ量り難きものを軽々しく差しかざし、煙の内を
進み行く様、凡人の所為にはあらじと、人皆舌をぞ巻きたりける。