生写朝顔話 大序 大内館の段 松原(多々羅浜)の段

 

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     ニ10-00109

 

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壱 大序  大内館のだん
  同奥  多々羅浜のだん
  序切口 宇治川舩のだん
  同口奥 真葛ヶ原茶店段
  序切  岡崎隠家のだん

弐 二ノ口 明石浦舩別の段
  口ノ奥 弓之助屋舗の段
  同切  大礒揚屋の段

三 三ノ口 小瀬川のだん
  三ノ中 麻耶が嶽の段口
  三奥切 麻耶が嶽の段奥

四 四ノ口 濱松小家の段
  四ノ切 嶋田驛(しゆく)宿屋の段

五 五ノ口 帰り咲吾妻の道草
  大切  駒沢上屋舗の段

 

(左頁これより本文)

増補 生写朝顔話  山田案山子遺稿 翠松園主人校補
  大内館の段
名妓紅仏(かうほつ)は李衛公が英雄をしたひ 玉翆連は
張君瑞が才情をあはれむ淫奔痴情と笑ふ人有
といへ共立通したる操の誠 美玉の瑕を隠しつべし
爰に鎮西の探題大内多々良之助義興公祖父の
家督を請継で坊長豊築の大事とし武威西国に


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輝けり 去頃より義興は鎌倉に在番有 本国には後室
園生の方女ながらも一国の政事を預る才智発明 折しも
禁庭の詔使(せうし)玉橋の局 はる/\゛周防へ下向あれば饗応の
役目山岡玄番之允(ぜう)邪悪を包む衣服の綺羅 相役
駒沢了庵は一家中の儒学の師範 四角四面に四方髪 道
を守りて相詰る 玉橋の局威義を正し 此頃中宮御所御不
例につき先格の通り当家の先祖林聖太子より相伝る 天竺

耆婆(ぎば)が所持の薬王樹を 御病床に掛置かせられたし迚
暫時借用の御使を蒙り 局司(つかさ)玉橋勅書を賜はつて下向
せり 拝見の上宝を早々に取上られて 然るべしとぞ述らるゝ
後室はつと手をつかへ 家督義興は鎌倉在番の留守
中なれ共 等閑(なをざり)ならぬ中宮様の御悩 家老中と得(とく)と評定
の上 勅答申上べしと 仰の下より駒沢了庵 何さま禁庭の勅令軽
からざれと申さば大切の国の御宝 一応鎌倉へ急使をたてゝ


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通達の上と 云せも果ず玄番之丞 ヤア出過たり駒沢 国家
老たる某をさし置き 是非の采配片腹いたし 今にもしれぬ御悩をば
べん/\と鎌倉迄問合せに遣はし 若し其内に御登遐(とうか・昇天)有ば 違
勅の科は何所へかゝる 馬鹿者の思案間にや合ぬと権威を甲に
やり込れば こらへぬ了庵膝立直し 国家の浮沈にかゝる御宝 念
に念を入る某 忠義の道に遠慮は致さぬ 殿の御目鑑(めかね)をもつて
儒臣たる拙者を馬鹿者とは 舌長なりと 既に珍事に及ばん気色

園生の方押なだめ 両人供院使の御前なるぞ 私のあらそひ
無用と 制し止めて局に向ひ 勅諚の趣き畏まり奉ります 宝蔵
より取出し とくと改め差し上る迄 奥の亭(ちん)にて暫く御休足 ヲゝ早速の
領掌(れいじやう) ヲゝ神妙/\ 一時の間も知がたき君の御悩 違背なく差上られ
よと 詞すくなき云渡し局は「立て入にけり 園生の方両人に打向ひ
勅命と有ば違背も成まし 自らは薬王樹を改め お局様へ差上ん
併し我子義興事 うす/\聞けば鎌倉にて遊所通ひ 諫言する程


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の者を手討にすると 家老冷泉帯刀より申越す 何卒本心に立
帰り早々帰国召るゝ様 斗らひ頼むと有ければ 駒沢了庵頭を下げ ハア御尤
の御意 お聞に達せぬ其内と 家中の内器量を見立 幾人となく
御諫言に遣はせ共 皆御手討になさるゝゆへ 只今は誰有て参る者も
候はず 某が一子祥一郎と申すは 幼少より我儘放埓ゆへ勘当仕る
又一人の甥宮城阿曽次郎と申す者 若年ながら一器量ある者
兼て拙者が跡目 彼にゆづり度念願 此義御免有においては 早速呼

下し鎌倉へ御諫言に遣はし申さんと 願へば玄番嘲笑ひ ハゝゝハテ仰々しい
諫言呼はり いまだ御廉中迚もなき我君 御勤仕のお気晴し 折節
の御遊興はどの大名にも皆有事 夫レに何ぞや 今も山が崩るゝ様に
度々御諫言申すがゆへ 却てお気が逆立てのお手討 其儘打やつて置が
上分別と さゝゆる心の下巧み 園生の方引取て イヤ/\ 豊前の大友滅亡の
後は 其残党当家に隙を窺ふ者少なからず 蟻の穴より 堤の譬へ 義興
が放埓打捨置ては 将軍家の御咎めも斗りがたし 了庵が願ひに任せ 阿曽次郎と


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やらに家督申付る間 早々呼よせ鎌倉へ遣はせよ 玄番之丞はお局様の
おもてなし 此後迚も私の遺恨を差はさまず 家の長久頼むぞやと 物和ら
かに云渡し 入らせ給へば駒沢山岡 はつとお受は申せ共心隔つる忠不忠 玄番は
奥へ了庵は 家敷をさして立帰る 既に其日も入相の たそかれ時の暗紛れ 庭
の古井をぬつと出 傍(あたり)を見廻し呼子の笛 相図と見へて山岡玄番 一間を立出
見合はす顔 玄番様 コリヤシイ 音高し赤星運八 シテ/\首尾は何と/\ ハゝアお気遣ひ
なされますな 宝蔵へ忍び込盗取たる?符の尊像 イサお請取と差し出

せば ヲゝ出かいた/\ ソレ当座の褒美と懐中より 取出し渡せば取て押いたゞき
チエゝ忝い 此上は兼て申合せし通り 鎌倉へ立越何かの様子は跡より申上ん
ヲゝいかにも 岩代多?太と心を合せ 大内之助を馬鹿者に仕立上
将軍家より咎めの来るやう 殊に駒沢了庵めが甥とやら 近く諫言に
下る様子 必ず共ぬかりなき様 コリヤかう/\とさゝやけば ハア委細承知仕る
然らば此儘拙者はお暇 ヲゝ家中の者見付られぬ様忍べ/\に運八は
うなづき/\気をくばり表をさして忍び行く 玄番は御宝懐中へ隠す


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間もなく奥の方 御立ぞふと口々に呼はる声に鋲乗物御庭
先へかきすゆれば 早御立と館の後室園生の方 玄番もろとも
ひれ伏ば うや/\しくも薬王樹を 袖にさゝげて玉橋はしづ/\一間を
立出る 園生の方しとやかに手をつかへ お局御には遠路の
下向御苦労に存じますと敬ふ詞に局玉橋 ヲゝ見送り大義
いづれもさらばと夕ばへの胸の善悪白綾も 雲に色ます緋の
袴かゝげて移る乗物を 早かき出す仕丁共烈を揃へて「出て行

  松原のたん
周防の国山口は 北に険阻の山をひかへ 南は名高き大灘にて 多々羅の
濱へ打寄る 浪風あらき小松原 夜も早初夜にちかづけと 宿りさだ
めぬ野伏りの とも引かぶりあたりをながめつく/\思へば我身ほど 浅ましい
もおのがあらふか大内の家老駒沢了庵が一子共云れし身か 我まゝゆへに親
の勘当 何卒一つの功を立て それを土産に帰参の願ひと思ふに任せぬ身
の不仕合せ 非人と迄落ぶれて心をつくすかひもなき 浅ましの身の上と


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先非を悔み居たりける折しも聞ゆる数多の人音何事やらんとこも引かつき
木影へこそは身をひそむ 程なく来る供廻り 乗物立れば此方より 覆面
したる怪しの男 眼燈てらしちか/\とあゆみ寄 お頭首尾はと呼はる声に
乗物より立出る 白髪の老女 あたりを詠め ヲゝ山蛭(ひる)か 気遣ひしやるな首尾は
極上 ヲゝ出来た/\ コリヤモどふ有と案じ迎ひに来やんしたが それ聞て落付た 片時
も早う麻耶が嶽へ アゝコリヤ壁に耳ひそかに/\ シテ元舩は 多々羅の入江につないで
置やんした そんならそちは手下共を連立て先へ待て居や 何かのふてうは元舩で

せふ ヲゝ合点でござんす シテお頭は ヲゝそろ/\と跡から行 早ふ/\に心得て白丁着ながら
えぼしのゆかみ乱るゝ国の鼠ども 長柄長刀振りかたげ 元舩さして伴ひ行 跡に
老女はしたり顔 高良取出し打詠め 大内の重宝薬王樹 首尾よく我手に入からは
大望成就疑ひなし 此上は大内を亡し大友の家名引き興し 其虚によつて
あはよくば一天四海をホゝゝゝホゝゝゝゝと 独り笑みしてしづ/\と 入江をさして行形振怪しくも
又不敵なり 木蔭をそつと以前の非人 立出て 跡打詠めムゝハテ怪しき老女が
今の振舞 ムゝまさしく国家を望む曲者 住家は慥に麻耶がたけ


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ハテナとこゝろでうなつきこも脱ぎ捨てて見へかくれにぞ したひ行