生写朝顔話 二ノ切 大磯揚屋の段

 

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     ニ10-00109

 


42左頁最後
  大礒揚やのだん
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すけんぞめきでむく鳥がむれつゝ来つゝき格子先 叩く水鶏(くいな)の口なめ鳥
か ヲゝちつともさへつかまいとのはる霞 諷ふ声々浮立て たそや行燈の
影光る 恋と情の中の町 分けてへる松葉やの 座敷は絹てふき磨き
目を驚かす斗なり 此家の亭主仁左衛門袴引上げはしり出 ヤレ/\いそがしや
/\ 女子共まだ粧荘(みしまい)しまはぬかいエゝべん/\と埒の明ぬけふは助大尽の御趣
向で廓中の色達を惣揚にして大踊りとの御注文コリヤ女共花も生け直さし
炉の炭もついでおけ コリヤ/\やり手共料理場の拵へはえいかととへヤイ男共芸者

衆せきにつけよ皆えいか/\アゝしんど 人をつかふのも大体の事ではないと はくし
かけたる八百萬神の髷さへ うなづく斗天窓振立しやべりける 岩代多喜
太奥より立出 ナント亭主踊りの拵へ所持万端 手つかひはよいか大かた殿のお
成に間も有まい 芸者太鼓を大門口追迎ひにやりやれ ハイ/\そこに如才は
ござりませぬ モフとふに御迎ひに遣はしました頓(やが)てお出でござりませふ トレ私は
勝手へ参り 御肴の差図して置ませふと 肩から爪の長廊下 すべりちらして
走り行 引違へて赤星運八 いかつかましく入来り コレハ/\岩代氏 万事御苦労


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に存じます ヲゝ運八殿 今日のお役目御苦労/\ シテ放埓之助はまだ参られ
ませぬか サレバ/\大門口の茶やで 彼の傾城瀬川といちやくちや/\余り埒が明ませぬ
から 身共は先へ参りました ヲゝそれこそ究竟チト其元に申談する子細あれど
爰は端近万事は奥にて左様/\と打点首(うなづき) 奥の一間へ入にけり 誰も知るまい
二人か中は 筆と硯か知ばかり 数多の芸妓(げいしや)に囲まれて大内五助義興は色と酒に
乱れ足千鳥が崎の屋敷より けふも廓の色通ひ 現(うつゝ)たわひもなり振りも夫
こと多喜太は立出て コレハしたり我君 明け暮れアノ掛け物の絵のことく引付てござり

なから大門口のお契りは 余り御念が入過ましたと いふに義興につこと笑ひ エゝ
ふ粋なこといふな/\ それは格別 聞けば国元から来た新参の田舎者 身に目見へと
願ふ由兼ての趣向の通り踊り最中へ呼出し 場うてをさすが一興 ナ用意かよくば
踊りを始めい/\ ハゝア畏まり奉る しかし一家中の内より 抽(ぬきん)でゝ来る程の駒沢 もし
御諫言申時は アゝ又しても諌め/\と此仙境へ通ひ初ては釈迦如来が五百羅漢
連れて来て意見しても 毛もない事/\サ所を諌める臨機応変 アゝ人どい/\命の
かけがへが二三十あらば知らぬ事 慮外申さば コリヤ五郎政宗 ハア天晴大丈夫其お心


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を見る上は大丈どの始め拙者め追安堵仕りました イヤコリヤ岩代行燈より燭
台をくはつと燈させ 踊りを始め駒沢めを呼出せ ハゝア委細承知奉る ソレ女子供
早く踊りを始めさせい家来衆は駒沢を呼び出し召れといふに心得花車仲居酒
宴の設けとり/\゛に 既に踊りを始めけるヤア面白の四季の詠めや 春は上野の
花盛り雲にかげらふ両国の涼みの花火星下り 秋は賑ふ御殿山 山王堤に降り
積る 雪の景色も面白や 音頭を囃子三味太鼓 手振揃への花かさや
かざす姿の花紅葉 お召に依て阿曽次郎 今は駒沢次郎左衛門と名も改る

晴小袖おめず臆せず入来れは 兼て差図を受たる踊り子 右に左とさゝゆるを 寄ず
さはらずよけ通す 夫レと尻目に岩代多喜太 駒沢殿御前成そ控へさつしやへ ハゝはつと飛しさり
故実を正し平伏す 大内五助はもつれ舌 駒沢了庵か跡目治郎左衛門とはお手前な ハゝ御意のことく
駒沢二郎左衛門め初て御機嫌麗しき御尊顔を拝し奉り大慶至極に存じ奉り候と相述ぶる
ムゝ顔を上げい ハゝヲゝハア 田舎者にはよい男じや ヤイ儕此度参りしは 予が遊興を諫言の為か アゝイヤ全く以て
然らば又何の為 ハゝア恐れながら申上奉る此度伯父了庵病気付拙者に家名を譲り跡目の願ひ
後室様の後免は被りながら未だ殿様へ御目見へ仕らねば家老中へ願ひを上是迄推参仕つて?り


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升アゝコレ駒沢殿鼠取猫爪隠すと 詞を餌(えば)に殿へ取入 古手な術(てだて)の諫言申そふといふ下心で御座有ふ
がた コハ迷惑成御疑ひ 拙者め片田舎に生い育ち 遊所とやら廓とやら 終に見たこともござらねば
一つにはお目見への御願ひ又二つには暫時成共君のお傍に相詰御酒のお間(あい)でも仕らば生涯の
本望と お叱りも顧ず此仕合岩代殿何卒よきに御取なし偏に頼奉る ヤコリャ面白見事御身が
お傍に相詰?御酒のお間をすりじや迄イヤモ不調法ながらと案に相違の受け答へ 工合違ひに
岩代は飽(あきれ)て詞なかりけり 大内之助は機嫌顔 ホゝういやつ/\治郎左衛門盃くれふ ハゝハア アレ/\皆さん聞
しやんしたか 又還元とやらでこはいめ見るのかと思ふたにテモ粋なお方衣紋付なら物ごしならどこ

やらのお方は雪と墨 ドレわしがお酌でふはいな エゝコレ逢坂さんのまんがちなあなたがお酌は此蝶山
ハゝゝコリヤ最早悋気か 取置てつげ/\ アイ/\サア申駒沢さんとやら 一つ呑しやんせいな ハゝア然らば頂戴仕る
と猶予もなく大盃 たんぶと受てすつとほしハア中々結構成御酒 シテ此盃はいかゞ仕り升ふ ヲ見
事じや押よふハアコハ有難き仕合と 又引受て呑ほす酒量 大内之助も興に入 テ扨気味のよいやつ
馴染みの為其盃を多喜太へさせ 畏り奉る然は失礼ながら岩代氏エゝめつぞふな/\身共は朝夕
殿に付添栄耀栄花の酒ひたし餓鬼が水見た様に此大盃ては中々いけぬ アゝイエ/\岩代様殿さんの差
図駒沢様のさゝしやんした盃呑しやんせねば比興で?んせふヲゝそふて?んすサア/\太夫主の云んす通り


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比興ぞとおまへも一つ呑しやんせと 無理につかれて顔しかめ エゝ胴欲な者共と つぶやきなから一口
二口 フル/\/\中々むいきには呑れぬはい ハゝゝハレ口に合似合ぬよはいやつ ヤイ駒沢岩代が呑かねをる何そ肴をして取
せハゝア御意ではござり升れと 御前では余り恐れ イヤ/\苦しうない サア/\所望じや/\ ハア然は御免と立上り扇を
しやんと身の構へ テモ扨もわごりよは踊子が見たいか踊子が見たらば 北嵯峨へこされの北嵯峨の踊は
対の帽子(えぼし)をしやんと着て 踊るふりが面白い吉野初瀬の花よりも 紅葉よりも恋しき人は見たい
物よ 所々お参りやつてとふ下向召れと かをえちやかおふて参らしよハゝゝゝ尾籠の段は真平御免
下さり升ふ ヲゝ中々出かす/\ ナンハ太夫よい酒の相手が出来たではないか 此上奥座敷でわつさりと

呑直そふ駒沢も跡からといといふもしどろに立給ふ岩代は仏頂づらイヤ武芸の外は心がけぬ
身共 以後は舞でも稽古して太鼓持の仲間人を致そふと 何がなあたるにくてい口 瀬川はそれと
目配せに 新造禿は義興公 手引袖引奥の間へ打連れてこそ入にけり 照りもせず 曇りも果
ぬ春の夜の 月に栄へある 庭桜 そよ吹く風に誘はるゝ 花の吹雪を打興し詠め入たる駒沢が
目元ちらつく酔心 こなたも同じ酒機嫌 所体崩して傍に寄イヤ申駒沢様助様の無理じいて
お前も定めし酔しやんしたで有ふな マア酔覚しに一ぷくと 煙管にちよつと吸付け煙草 是も勤めの
愛想かや コレハ/\忝い当時全盛の君様が お志しの此煙草 イヤモ禄知行にも勝つた賜取あへす賞翫


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致すと 押戴けは ホゝゝゝ人を術ながらした云様 兼てお前は此里へ 忍び/\に通はしやんして多くの女郎衆に
詩文の指南助様へは沙汰なしに私も拙い文章の添削受しこなさんか 初てけづのお目見へしらぬ 顔は
していれど日頃短期なアノ殿様 ひよつと荒気はは出まいかと心の内で幾瀬の案じされども物馴れた
お前ゆへ 酒ぶりやら舞の手でそれは/\きついお気に入よふ是からはいつ迚も お傍放れずお顔
見せて下さんせへ コレハ/\御深切忝い イヤモ万事ふ骨の田舎者お引廻しを頼み入カそれは格別イヤ何瀬川殿
そもじは真実殿様を大切に思ふ気か 若し又外より根引せふと有ば其方へ得心か 所存の程聞たい
と様子有げな詞とは 思へどわざとそらさぬ顔 ヲゝ駒沢様とした事が私が気を知て居ていろ/\の

探り云殿様と私とは 初対面の其日から水も漏らさぬ二人の中 譬へ死でも中々にかはる心はござんせぬ
はいなホゝヤ遖貞女其頼もしい心底を見込頼入子細あり 何と頼まれては下さるまいか コレハ又改つた
お詞 数ならぬ私なれど身に叶ふた事ならば アノ頼まれて下さるじや迄 ヲゝくどそふしてお頼とはへ
ホゝ頼といふは外ならずと ずんと立て床の間の花生けの桜抜取て 瀬川が前に 差出しコレ此花は車返し
桜の数も多き中取分け人の賞翫する色香の妙成斗でなし 散さば清き花の本性譬へていはゞ
そなたの姿又 アレアノ床の掛け物は定めて聞きも及びつらん 唐土玄宗皇帝 御寵愛の楊貴
妃と 沈香亭に引籠り しめてうらんで横笛の 音に聞へし二人が中 天に有ば比翼の鳥地に


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有ば連理の枝と 契り合たる睦言も 果は馬嵬(ばかい)が憂き別れまづ其のことく此花も 千世も連
理の栄へをと思ふにかひも嵐といふ妨げに合時は 枝に別れの落花微塵 アノあつたら花を散
そふより 枝を分つて日影に生られ 仇に吹くる嵐をはよける思案がサ有そふな物ムゝそんなら連理の
栄へを捨て ホゝ手折るとも人なとかめて桜花けふ斗とそ盛りをも見めサとつくと思案して車返し
の其花を散らすか咲かすか二つ一つ 色よい返事を 待ていると 花に心をよそへ歌 詞残して駒沢は 一間へ
こそ入にけり 瀬川は跡を見送つて 芝暫し詞もなかりしが花打詠独り云 心ありけな花の譬へアノかけ
物になぞらへて ちらさぬ様との詞のはし 手折るとも人なとがめそ桜花と古歌引しはハテとふかなと

斗にて 散来る花の雪よりも 解けぬ思ひに打傾き 思案に暮し折からに禿しほりが走り来申々
太夫様 すけ様がさつきにから待兼てゝ?(ござ?)んす 早ふ座敷へ来なんせいな ヲゝ嘸尋て居さんせふトレゆき
やんしよとかい立ど 済ぶは胸の憂き思ひ 心は模稜(もれう)の手を引れ 奥の座敷へ入にけり 様子立聞岩
代多喜太 一間を出ればこなたにも窺ひ出る赤星運八 岩代様シイ声高し運八 新参の駒沢め てつ
きり諫言と思ひの外踊り狂ふて猶に放埓 合点行ずと物陰より窺ひ聞ば兼て此大礒へ入込
瀬川共馴染の様子 二人打寄じやらりくらり 花の譬へはどふやら気ふさい弥不義極らばこつち
の為には幸い究竟 放埓之助に毒を吹込只一討にきやつが寂滅 成程/\趣向の段取遖


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妙計カ若し其手で行ぬ時は ヲゝ其時はこりや斯う/\と耳に口ムゝスリヤ松が枝より油断を見済ましどつさり
と コリヤ必ずぬかるな 合点と さゝやきうなづきひそ/\と 悪事に念を入智恵も同じ穴成る狐武士
心奥の間奥座へ立 別れ「てぞ忍び行 一隻(そう)の臂(ひじ)千人の枕と 賦(ふ)せし詞の花に寝る 大内之助
は熟睡の胡蝶の夢や現なき 傍に瀬川は人しらぬ 心に思案有礒(ありそ)海 深き思ひにかきくれて 寝れぬ
儘にかたへなる 枕引寄細々と 書取る筆の歩さへ 強からぬ文の男文字 まいらせそろに引かへて 浮世の義理に
からまるゝ 思ひは紙や知ぬらん しほり/\も忍び声 アイと返事も長廊下 おいらん何でござりん
すと 来るわの訛も可愛らし アゝコレ大きな声しやんなと 云つゝ傍に気を配り 何かひそ/\さゝやけば

うなづき呑込気転者袖に隠して走り行 望月の 影に引てふ 夫ならで 四方を便りの駒沢は道の
枝折(しをり)を先に立 瀬川に忍び逢坂の関の 角戸を押明て差足抜足忍ひ来る それと見るより
正体なき 殿の寝息を窺ふ瀬川 そつと立退駒沢に さゝやき渡す返事の文 いつの間にかは岩代が
一間の内に窺ふ共 二人はいざや白紙の封押切て口の内 読めぬそぶりと岩代多喜太 ヤイ不義者見
付た動くなと 云つゝ一間を欠出れば二人は恟り大内之助 不義者待と刎ね起きて 刀するりと瀬川が肩
先 ばらりすんど切下られ アツと斗に倒るゝ深手 見向もやらす短慮の義興 駒沢覚悟と切かゝるを
飛しさつて身をひれ伏此治郎左衛門毛頭不義の覚候はず たつた一言申上たき一義有先ず/\/\/\


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暫くお待下されふ ヤア云な駒沢 先刻より空寝して窺へは予が目を抜て文の取やり不義でない
とは案外千万 ヲゝサ此岩代が見る共しらず ほてくろしい不義密通御手打は刀の穢れ縛り上て逆さ磔
ヤア/\者共 ソレ駒沢めを搦め捕れ 畏たと兼てより 木蔭に忍びの捕手の面々 十手打ふり欠け来り 腕を
廻せとひしめいたり ちつとも騒がずじろりと見やり ヤア仰々しい科人呼はりならば手柄に搦て見よと
云つ袴しほり上 待間もあらせす双方より 小脇に組付腕がらみ さしつたりと振ほどき右と左へ
づでんとう 続いてかゝる二番手が 打込十手かいくゞり ほぐれを付込瀧落し 底へ散乱三番手 大勢
一同に打込を 四大仏はらひ退け 秘術を尽くす働きに 取ひしがれてさしもの捕手 たじろぐ透(すき)を

人礫(つぶて)ばらり/\遥かに投げ退けヤア覚えなき身を理不尽の御政敗 科極まらぬ其内は めつたに縄はかゝり
申さぬと 云せも果ず岩代多喜太ヤアぬかしたり大盗人 不義の証拠は是爰にと落ちる一通差
出せばおつとり上て義興公 開き見れ共下ぬ漢文 コハ/\いかにと呆れ果暫し詞もなかりけり 手負
苦しき息をつぎ ノウ恥かしや 仮にも文のとりやりせしを 不義徒との御疑ひ さら/\無理と思はねど
勿体ないおまげを差置き 何だした心を持よふな 此瀬川てはござりませぬ コレとつくりと気をしづめて 其文
よんで疑ひを晴らしてたべといふ声も深手によはる息つかひ 岩代はせゝら笑ひハゝゝゝ工んたり拵へたりちん
ぷんかんの隠し詞角字で紛らす手も有事ヤア/\お傍付の儒者浅井順蔵 此文体読上げられよ


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サ早く/\と呼はる声 ハツト答てひと間より立出る浅井順蔵 件の文を取て逐一に読下し ムゝスリヤ是唐土
楊貴妃か馬鬼が原にて玄宗帝に別れたる 最後の故事をつゞりし文章か不義の詞は曾てなしと
聞て暫く大内之助 ムゝソテ其子細は何と/\ ハアイヤ恐れながら其申訳は駒沢めか仕らんとおめる色なく座に
直り某伯父の頼に依て 国元へ下りし所養父了庵我を招き主君義興公鎌倉か(?)御身持甚だ
放埓御諫言申者は誰彼分ず即座のお手討是皆国家を望む倭人(ねいじん)のなす業先達て薬樹を
かたり取れ剰さへ?符の尊像紛失 等閑(なをざり)ならぬお家の大事 汝我名跡を受継鎌倉へ立越 いか
にもして我君に御諫言奉り 御本心になし参らせよとくれ/\の頼ゆへハゝア委細心得候と 夜を日に

継て当地参着仕れ共倭人讒者の妨げにて御目通りも相叶はず夫故忍んで廓へ立入詩文の流
行や是幸いと添削に事よせ瀬川殿に対面し心底をためし先刻床の間の掛物と車返しの桜
を以て 歌になぞらへ無体の恋慕心は命を所望の謎 それと悟つて禿を手引忍ぶ此身はハゝア
勿体なや 仮にも主君の思ひ人に 不義と見せしも国家の為 違ば其儘差殺し 返す刀に切腹
と 思ふに違ふ此文章身を捨しは楊貴妃か 馬鬼が原?最後の心 君の輿を本国へ
車返しは国家の納まり ヤモ驚き入たる秀作明文 遊女に稀成心の操 君のお為わざと御手に
かゝりしは 譜代の臣か戦場の御馬先の討死より 遥かに増る健気の覚悟ホゝ出かされたりと


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感賞の 水を流せる弁舌は実に類ひなき忠臣なり 聞て手負は起直り アゝ嬉しや本望や 申
殿様疑ひ晴して未来は夫婦と只一言 いふて聞して下さんせと 合す両手に血の涙 義興公
も不憫さに 後悔涙の声くもらせ ハゝア我ながら誤つたり 駒沢と云おこと迄放埓惰弱の義興
を 大切に思ひ一命を投うつての志 コリヤ嬉しいぞよ過分ぞよ 其貞心を露程も 夫と知なばうつ
ましきに 未来は一蓮托生と悔み給へば手負の瀬川 声に嬉しさ手を合しエゝ有がたや忝や
其お詞が未来の土産嬉しう成仏致します お前は目出たふ国元へ 車返しの桜花栄へ給ふと
冥途から 見るが此身の本望ぞやと いふ物のお名残おしや そも逢初めし其日より 比翼の

床のさゝめ云 連理とかはす睦言に千代もおはるな誓ひしこともあたし世の 義理ゆへはかなひ此最後
娑婆と冥途へ別れては 玉の罪を幻しに云伝やらんつてもなく 嘸や輪廻に迷ひましよ 名残をしや
とはひ寄て 覚悟極めし心にも 遉女の愛着心 見上見おろす暇乞あへなく息たへにけり 義興
公も今更に 不便の涙たもち兼 こらへかねてはら/\漲る瀧津駒沢も 主君の心思ひやり 胸満ち
くる潦(にわたすみ)袖に渕なす斗なり多喜太もとふやら底気味悪く 此場黒める間に合詞 殿さま本心に立かへり
給ふ上は 我々迚も大慶至極此様子を帯刀殿へ相達し 供に安堵をさせ申さんと 詞工みに云くろめ やしき
をさして立帰る 涙払ふて大内之助ヤア/\駒沢我国の主として 愚にも酒色にふけり 詩文の道に暗かりしは


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他門の嘲り家名の恥辱 今?心改めて 汝を師範に儒学をはけみ 主従心一致して宝の盗賊尋
出し 誅をせんないかに/\ ハゝアハゝゝゝ コハ潔い御一言某君を守護するならば国家に仇する倭人ばら 瞬く内に
詮議して 二つの宝奪返し 政敗せんは手裏に有 手始は真つ斯と 云より早く小柄の手裏剣 ねらひは
松が枝どつさりと 落る運八抜付に 肩先ばらり大袈裟切 ホゝ遖手の内見こと/\ 早御帰還と供ふれの
声に従ひ数多の同勢 広庭(ひろにわ)狭しと居並んたり イサ立と駒沢か詞に義興公 立出給ふ御目
にも 涙の玉や三つ瀬川流の郷の泡とのみ消し命は色即是空 花の姿も仇嵐散行死出の山桜 名残は
跡に残れ共 互に恥る主従が心に数珠の車返し花桜木武士の道の 道こそ「かんばしき