生写朝顔話 五ノ口 帰り咲吾妻の道草  大切 駒沢上屋敷の段

 

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     ニ10-00109

 

 

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 帰り咲吾妻の路草


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咲た桜になぜ駒つなく 駒がいさめば花がちる/\ 其駒沢を 恋したふ 桜にあらで朝顔が 姿も昔に帰り
咲髪も嶋田と立か弓 引も契らぬ海道に誰も 人目を大井川 跡に見付や濱松の 憂き艱難に引っかへて 昔語
とあらひかへ白すかかけて二川や かいしよらしげにちよこ/\/\とあやみし 姿も吉田御ゆ赤坂宿を打過て藤川
縄手に 休らいけり ヲゝほんにわしとしたことか夫に逢ふが嬉しさに供も構はすうか/\と 先へ走むと思ひしが
此関助何してぞ ヲ/\と打招けば 跡におくれて関助が 双紙の鑓をふりかたけアリヤサコリヤサとつかけべい
先のけろ おなべかかいもりねれたかもてこい合点じや 夕べも三百はりこんた してこいな とつこいふれ/\ふり
こんた 恋しとのこはあれでおないか是てもないかナイ/\/\ 似ぬこそ道理逢ふた/\ちがはぬものは貞女と忠義

追付廻り岡崎や 軈(やか)て鳴海と関助か 縁起祝ひし言の葉に 深雪嬉しく ヲゝ関助か遅かりし そなたを跡にふり
捨て歩むも女のがんまちと 嘸や心にかおかしかろ 面目ないと詫言に 何が扨/\拙者めもあなた様の御供申し 駒沢様と
祝言有やうに 此跡の宿の氏神は 縁結びと聞し故 心願こめてヲゝそれは嬉しい去なから そなたも兼て知る通り
夫に添れぬ因果の縁 死る所を助りて 二度東の我夫に 逢へばどふしてこふしてと 心はちゞめもつれ合 しめて から
んた松の草其みどり子を うみ落し ねん/\ころんや ねんねがもりはどこへいた とことはしれた其人に
逢ふて恨をなんとまあ とふ云てよかろやらなんと庄のゝ憂思ひ ヲゝお道理/\ あなた様より関助
が 三々九度ふはござれども 追付婚儀の取結び 其時ひけめははれ奉公 ふり込/\御祝儀の 中に見ことは


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花の銭 駒の手綱をひかへ綱揃へやり持 花の銭並松の音もゆたかに ササンサシヤン/\しやんと納めた ハゝゝゝ
勇笑ふて行先は伊せ路と伊賀の国境栄へ栄ふる坂の下 里の童か声々に 朝顔の あしたに咲て夕べ
には 露の命も恋故ならば わたしやいとはぬいとやせぬ ソレ/\/\そふじやいな/\ 朝顔の名にこそ立れ幾秋も
ほんの心も色故ならば わたしやいとはぬいとやせぬ ソレ/\/\そふじやいな/\諷ふ声々身の上に ひつしと思ひ
石部川 花香もこもる梅の木をたとりて 急く道のへに咲乱れたる朝顔に むれ飛ふ蝶のおもしろく
うかれ/\て主従か浪花路さして「急ぎ行

  駒沢上屋敷の段

浮(うかめ)る雲に譬たる 不義の富貴に引かへて 月日を揜(おほ)ふ村雲も今時を得て春渡り 新に造る普請の
結構玉を欺く駒沢が 直なる心の上やしき 殊に今日は殿のお入とさゝめいて嬪はした取々に掃除しもふて寄こぞり
コレ菊のけふ殿様のお入とて此やうな結構な御さしきをそうぢしてきれいなことしやないかいのふ サイノ其きれいな
次手に 爰の旦那治郎左衛門様 広い大坂中にお最一人とない器量よしあんな殿様を夫に持 奥様に成る人は仕
合せ物じやないかいのと ちよつと寄ても男の噂 口かしましきは端女の習とこそは見へにけり 程なくどの様御入と
下部がしらせに嬪共 ソリヤコシお成しや旦那様に 申上ふと打連て皆々奥へ入にけり 大内之助義興はさいつ
頃ゟ東国にて 大友の残党を誅伐し本国へ帰館有路次の席(序?)に駒沢が 上やしきへぞお成有 お供に


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は岩代多喜太肩ひちいからし入来る 主御小沢次郎右衛門 へり下り頭をさげ 殿には益御機嫌よく御座遊され
愚臣か弊居へお成とは冥加至極有難き仕合と手をつけば 此程大友の残党等近国に徘徊致よし
軍慮をめぐらし只一戦にに責討んと 評議まち/\汝も其旨相心得一条に勝利を得る術(てだて)有やいかに/\と
有ければ岩代はしや/\くり出 イヤ/\其軍あぶない/\大友の残党迚あなとりかたし今諸国へ討残たる
残党共スハ合戦と聞ならば 蟻の如くに集り蜂のことくに起りなば ゆゝしき大事ならん カ其時には味方は
小勢 譬へ鶏卵をもつて盤石を打様なものそんなあぶないことをせふより又大礒へ行て傾城買が 増しで
有ふと 己が悪事をしらばけに 大友一味の奸曲を 夫レと駒沢心にうなづき 軍のことは跡での詮議先ず今日は御

鬱散を晴さん為奥の亭にて麁茶一服献上いたし奉りたしいざ/\御入下さるべしと 申上れば義興公 しづ/\
立て入給ふ 早日も西に傾て黄昏近き秋の空 心もいきせき関助が 忠義一図に深雪をば 伴ふ心のいそ/\
と漸爰に着にけり 関助は小腰をかゞめ ハイ御免下さりませふ 私事は芸州岸戸の家老秋月弓之助が
家来関助と申奴めでござり升 殿方に御取次下されませふと 云声漏て治郎左衛門 一間の内より立出る 見る
に深雪は飛立嬉しさ のふなつかしや我夫と抱つきたさ今更に邊りを見やりもぢ/\と 赤らむ顔の色も
香も尽せぬ奇縁ぞわりまけれ 治郎左衛門打解けて イヤナニ其方が聞及し関助とやらが長/\の介抱
何角の世話 ホイ過分なるそよ イヤノウ深雪日外嶋田の宿にてふしぎと廻り逢ふたれど大切成る殿のお供


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先日家中の手前と云わざと其場はしらぬ体 シテ其砌徳右衛門を頼みそなたにあたへし薬にて眼病
も平癒せしかと云は深雪は今更に 過越かたの憂き艱難思ひ出してつらへ涙先立斗也 関助は引取て
イヤモそれに付てもお咄し申上れば長々しいこと 仰の通り少しも違はす御病気本復其場所へ参り合せ直様
是迄御供 申駒沢様の御きげんの体を拝しまして下郎め安堵 深雪様には嘸々お嬉しうござりませふ
と互ひに顔を見合せて 悦び合こそ道理也始終を聞て治郎左衛門 ホゝウ是迄かんなん心苦して廻り逢た
もつきせぬ縁し幸今日は殿のお成なれば委細の訳を言上しおゆるし有た其上は友白髪迄添遂
ん カ何角の咄しは身が居間で関助共に先あがれと詞に二人が飛立斗春待かねし鶯が梅に初音の

心地して悦び入んとする所へ ヤレマテ汝等大内之助義興 得より是にて承知せりと悠然として立出給ひ駒
沢に打向ひ イヤナニ夫成深雪とやらんは 岸戸の家来秋月弓之助が娘とかや 今改て夫婦となさん我目通り
祝言せよ ソレ/\用意と御下知 はつと答て持出る長柄の銚子蝶花形千代も替らぬ高砂の尾上
の松こそめでたけれ 祝ひ納る其所へ様子をとつくと岩代多喜太 一間の内よりのさばり出目くら
こじき朝顔も 今では武家の御内実前代未聞の此せんさく ドリヤ拙者も罷て又後則御祝儀申さん
駒沢殿 何がな意地持詞を残し立帰らんとする所へ ヤア/\大友一味の反逆人そこ動なと呼かけられ恟りふり向其所へ
ヤア/\治郎左衛門殿暫くお控下さるべし駒沢三郎春次夫へ参つて明白に申上んと 云つゝ出る若侍見るゟ岩代詰寄て


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ヤア汝は幼少の時逐電した駒沢了庵が実子庄一郎 シテ其方か証人とはホウ某日外麻耶ヶ嶽にて
浮洲の仁三と仮(かり)名して大友に付随ひ術を持て打てし薬王樹を奪返し守護し奉りて国元へ立帰る
其砌播州舞子の濱の松原?山岡玄番より其方へ内通の飛脚に出合しめ上て状箱引取よく/\見れば
汝が工み 又先刻其方が懐中より取落したる コレ此一通開き見れば山口へ合体したる悪事の次第委細知たる
此又体(?)日外嶋田の宿にて浪人を語らひ此下やへ忍ばせ置毒薬を持て某を害せんと斗る人非人何と
是でも返答有や サアそれは此書面の言訳有や ナア夫はサア サア/\/\返答いかに岩代と 流るゝ水の弁舌も
実駒沢了庵が子息とこそはしられける岩代は破れかぶれモウ是迄と抜放し 切て?(かく?)るを関介隔 駒沢

様へ御目見へに己が首は此奴が婚礼の御祝儀貰ふて呉んと立?(かく)る ヤアちよこざいな一文奴ばらし
て呉んと切かくれば こなたも心得渡り合 暫く時をぞ「うつしける 先取れて岩代はたぢろく所へ
付入て苦もなく首を打落せばホウ出かした/\関助とやら下郎ながらも遖ういやつ以後は三百
石を与へ侍に取立呉ん 又庄一郎は今より 駒沢了助と名を改 猶忠勤をはけむへしと残る方
なき大将が仰に人々慶儀の感涙智仁勇有君子国 例(ためし)を爰に竹本の其一ふしに千代
こめて語り伝へし物語文才青き翠(みどり)松かはらぬ色の若枝をからさぬ御代ぞめでたけれ

嘉永三載戌正月叢板 清書 和田正兵衛 同幸次郎 筆