桂川連理柵 帯屋の段

 

 お半が可哀想で可哀想で、長右衛門がアホでマヌケで泣けてくる。
 お腹の子はどーするつもりだったんだ長右衛門。ざけんな。ったく。

 

 

読んだ本 http://www.enpaku.waseda.ac.jp/db/index.html

     ニ10-02409 

 

29 左頁
 帯屋の段
柳の馬場を押し小路 軒を並べし呉服店 現銀商ひかけ硯
虎石町の西側に主は帯屋長右衛門 井筒小帯の暖簾をかけ
直(ね・値)如才も内義のお絹 気の取苦しい姑に目をもらはじと襷褌がけ
洗濯物をひきのしの皺は寄ても岩畳(がんでう)な 母のお戸瀬は勝手を出
朝飯の箸下に置くとかけ出した長右衛門 もふ昼過たに戻らぬは 河東で
呑居(すへ)て居るので有ろ お絹 ちつといはしやれいの イエ/\遠州の殿様から請け


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取りの脇指し 研ぎ屋からくると其儘 蔵屋敷へ持て参られました サイノ
脇指び研ぎが出来ましたと持て往た斗りに かふ隙が入て内の見廻しが出
来るかいの 同し事でも弟の義兵衛めは かゆい所へ手の行やうに精出す
のに エ兄のぬるまにこまつたと 継子を憎み実の子を 持てはやしたる贔屓口 
聞兼て隠居繁斎 数珠つまぐつて奥より出 アゝおばゝ聞づらい 死
れた隣の治兵衛殿が五つに成る迄育てられた長右衛門 無理に貰ふて家の
根つぎ 死だ先の女房は 隣への義理が有とあらい詞も遣はなんだに

長右衛門が成人以後後妻に直つた身をもつて 連れ子の義兵衛ばつかり
を大事にかけ 兄が事といふとがみ/\/\/\ エゝちと嗜めやれ 嫁女 気
にかけてたもんなと 女房にかはる仏性 ヲゝ其結構を見込んでの 身体を
さゝほうきにする長右衛門 随分と可愛がらしやれ アゝやかましや/\
お絹 隠居へ連て行て 昼寝なとさしてたもと 負けて居ぬ口逹々には 後生
の邪魔と繁斎は 裏の隠居へ嫁引連れ 行と 戻ると一時に 義兵衛はとつ
かは内に入り 母者人聞かしやれ 一昨日兄貴が取りに往た駿河び為替 まだ金を


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見ぬ故 合点が行ぬと飛脚屋へ行てとふたれば 一昨日長右衛門殿に渡した
と 為替手形を出して見せた すりや為替の百両は 兄貴が宙でくすね
たに極まつた ヲゝそふで有ろ 戻りおつたら吟味して 親父殿の顔当 ぐつといが
めてよい楽しみ 今一つよい事は 昨日登つた浜松の五十両も 金戸棚の
合鍵して コレ見や ちよろり盗んで置たは金の入るわがみにやりたさ
為替の金をくすねたからは 是も兄めにぬり付ける 出来た/\ 此五拾
両はの コレかう/\と囁く弟 兄長右衛門は棒鞘の一腰腰に差しつまる

難義を何と投げ首し しほ/\と帰る我家の内 見るより戸瀬はやんぐはん
声 五町か十町有る屋敷に半日の上(うは)うつて内の事は何に成る 朝から
藝子やおやまぐるひも あんまり張でござらふと わめくは隠居の耳へ
筒ぬけ 又鬼婆がしやら声は長右衛門が戻つたかと お絹を連て親繁
斎 さつきにもいふて聞かすに 長右衛門さへ見りや噛み付くやうに 近所の手前
もちと思や 長右衛門も肚餓(ひだる)かろ お絹早ふ飯をかましや イヤ飯所じやない
とはにやならぬ事が有る コリヤ長右衛門 一昨日取に行た為替の百両 ドレ金見


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やう 爰へ出せと いはれて吐胸の長右衛門 イヤ折角参つたれど 先の亭
主が折節留守 金は明日請取る約束 コレ/\兄貴 ぬけ/\嘘を云しやんな
おりやたつた今先へいたれば 金はこなたに渡したと 為替手形を出して
見せた ガそれでもこなた請取ぬか サア夫レは 金はあすの約束で 先へ手
形はやるまいがの サア夫レは コレ/\義兵衛 詮議にや及ばぬ もふ河東へ飛だ
じや有ろ 昨日登た五十両も心もとない サア爰へ出して見せい あつといふ
より長右衛門 巾着の鍵こて/\と金戸棚の引出し明け ヤアこりや五十両

の金がない どふした事と驚く夫 お絹も恟り繁斎も供に驚く呆れ顔
ホゝゝホゝゝ ヲゝ盗人たけ/\゛しい 錠のおりた此戸棚 鍵持た者が出さいで誰が取る 是も
お盗み遊ばしたの ヲゝ天晴な家の根継ぎ 親父殿の安堵で有ろ 嫁御嘸嬉しかろなふ
イヤ母者人夫レばかりじやない まだ/\どめつそうふな事が有はいの 隣の娘おはn
と 兄貴が懇ろして居ると近所からいひ立てれど いとしなげに兄貴に限つて
猥らなといふか おとなけないそんな事 よもや有るまいと思ふたが 違ひないはコレ
此状 ヘエ口の間は取てのけて 伊勢参りの下向道 石部の宿の仮枕今しも


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忘れ兼まいらせそろ どふぞ/\今一度嬉しき御げんを願ひ上げ候 長様まいる お半より
ハゝアませたり/\小げへたれ ヤアそりやそれた不義徒 兄弟同然といひ
恩有る家の小娘をそゝなかし 嫁入の邪魔をよふ仕たなァ コレ親父殿 なんと
がみ/\いふが無理か 水晶輪(りん)のやうな義兵衛 贔屓口でござるかやと 悪は
悪でも当座の理詰 長右衛門は身に冷や汗 親繁斎も胸せまり 長右衛門
エゝ情ない事してくれたな 色は心の外といへど あんまり図のない取合いで おりや
世間へ顔が出されぬ 嫁女の里へもどの顔さげ どふ挨拶の仕やうが有らふ ゆび

をさゝれぬ帯屋の家 暖簾に泥をよふぬつたと 始めて聞いた親の恨み
胸に釘打つ長右衛門 面目涙にくれ居たる お絹は舅の傍に寄り 一図にお
聞きなされてはお腹の立も尤なれど 長右衛門様に不義はない ありや相手が
違ひました コレ/\これお絹女郎 今読んだをどふ聞かしやつた 其上にコレ長
様まいる 貧乏ゆるぎもならぬわいの サア其長様がきつい間違ひ お半様の
色の相手は 内の子飼の長吉ちやはいな ハゝゝハゝゝこりや臍が石橋まふはいハゝゝ
まだ/\とせり合より 長吉内にか ちよつと来てたも ちよつと/\と門口から


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どやげば隣の内より長吉 としや遅しと走りくる 義兵衛は落つく
布袋形(なり) コリヤ聞け長吉 われとそちのお半女郎と 念頃しているといやい
覚へないとさつぱりといへ コレ/\コレ長吉殿 爰じや/\ 合点か 覚への有る事いふた
がよいと お絹が?(めまぜ)呑込む長吉 皆様の手前も面目ないが 伊勢参りの戻り
石部の宿屋でお半様と女夫事 アイ 念頃して居ますからは お半様はわし
が女房 ヤイ/\/\そりや何ぬかす コリヤやい ナ 此状に 長様まいるお半より
エゝ義兵衛様しちくどい 長様まいるはおはもしながら此長吉 エゝ何の事じやい テモ

藝気のないやつと 義兵衛は天窓(あたま)かきむしる 見るにお絹は心地よく 申し
かゝ様 現在恋の本人が出たからは 夫に不義はござりませぬぞへ ハテそりや
もふしよ事がない が為替の百両はどこへやつた サア/\長右衛門白状
せい 申し母者人 いかにも百両の金は わたくしが悪づかひ なれど五十両
金は存じませぬ こりやどこぞに 合鍵した盗人めが 有なら出せ 其盗人
は サア誰じや 鍵を持てけつかつて 盗人は外に有るとは 仏のやうな義兵衛や
母に ぬり付けふと思ふのか 乞食の子やら 盗人の子やら しれぬ捨子の儕(うぬ)とは


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違ふ 素性正しいこちら親子に 科を着せふとする横道 サア/\五十両
行場をいへ ヤいはぬと斯じやと棕櫚箒振上げてりう/\/\ 肩腰分かず
打すへる こりやあんまりとかけ寄るお絹 箒をしつかと動かせず エゝ/\/\お
前はなァ 何とした 何としたとは胴欲な いかに胤腹わけぬ迚 そふむご
たらしうはせぬものじや いはぬが礼儀孝行なれど お前方の氏素
性も あんまりあやはぬけぬぞへ サアいひませふか いはふかと 腹立つ儘の捨
詞 まじめに成たる母息子 長右衛門は女房を引のけ母者人に向ふて慮

外な悪口(あくこう) サいひやまぬか 置からぬか 何いはしやんす 礼儀も人に寄はいな
なんぼ結構にあしらふても 噛みわけの有る母様じやない エゝわしや腹が立つ/\/\
と 身をふるはして無念泣き 心根不便と引寄せて 道理じや/\ ガコリヤ 親じやは
やい親じやはやい 親といふ字で何事も 虫を死なす胸の中 思ひやつてくれ 女房
共と拳を握り 男泣 ヲゝ夫々 親じや/\ 親に向つて何を不足 コリヤ義兵衛 ちつ
とかはつて箒の役 擲きのめして金の行方を ヲツト合点と棕櫚箒 振り
上る手をぐつと捻上げ ヤアわれにはよふ擲かれまい 見事兄をわりやぶつか イヤ弟


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がぶつのじやない おれが名代にどつかして 金の白状さするのじや イヤ白状も
糸瓜もいらぬ 兄に指でも差したらば 此繁斎がぼいまくるぞ コレ親仁殿 金
を盗んだ長右衛門 なんでこなた贔屓する ソレ夫レが大たはけの親玉とやらじや
長右衛門は此家の主 百五十両が千両でも 我物を我つかはふが まきちら
さふが心次第 夫レを取た盗んだと 詮議たてあほくさい づけ/\物をぬ
かしたら 昔の飯炊お竹にぼいさげ 長右衛門女夫が草履直さし 親子
共にぶちのめさせて責めつかはすぞよと 道を立てたる爺(てゝ)親の 情けに女

夫は有がた涙 親子はふくれる焼餅顔 アゝ義兵衛草臥た 臺所で
一盃せふかい ヲゝ夫レがよごんしよ コリヤ長吉めうせい 儕にや大分せりふ
が有ると 弱みを見せぬ親と子が 跡に引添い出来合の 壺をかぶ
た色事仕打連れ 勝手へ入る跡は 早暮かゝれば下男 燈す八方行燈の灯
仏壇の御明かしは年寄役と繁斎が こて/\ 燈せどしめり居る 女夫
の者を膝近く 一年/\尻がぬくもり 道も義理もしらぬばゝめ 追いま
くるも合点なれど 七十に近い繁斎 女房の離別がみめでも


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ないと 堪忍の胸をさすつて居る したが否(いや)といふが応といふが
近い内隠居へ呼取りおもやの事は構はすまい 女夫ながら夫レを楽し
みに 煩はぬやうにしてたも 長右衛門も何や角や気のもめる事も
有らふが浮世に長ふも居ぬおれに 逆様事やど見せてたもんな
物のたとへはアノ御明し 僅か燈心一筋でも 油との持ち合で燈つて有る
油は繁斎 燈心は長右衛門 暗いといふてはかき立て ずり込むといふてはかき立
段々とかき立て/\ もがきあせつて燈心が無(なふ)なれば 油が有ても家

は暗やみ 其気の細い燈心一本 高が町人の身の上でも是が恥の
立ぬとは 畢竟心が狭いといふ物 じつとこたへて気をかき立てさへせね
ば いつ迄も身は有明行燈 遠州の御用も相替らず聞く様に 親に
安堵を頼むぞやと くゝめる様に箸折かゞみ 心は真実かゞむ腰のして
仏間へ入にけり 親の慈悲心刃にこたへ差うつふいたる夫の傍 いはんtご
すれど胸ふさがり暫し 詞も出ざりしが 申し長右衛門様 道理は道理なれど
お前はきつう済まぬ顔じやが 必ずひよんな思案やなど 怪我にも出して


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下さんすなへ 姑様や小舅につらい気兼も辛抱も おまへといふ人有ばこそ
十年連れ添ふ女房の手前 立たぬ事も何にもいらぬ おやま狂ひも芸子
遊びも そりや殿達の器量といふ物 お半女郎と二人の中 ひよつと私が
しつたかと 云訳にさしやんす媒酌(なかうど) 愚鈍な者でも女房じやと思ふての
心づかひと 心じや拝んで居りました 其返報ではなけれ共 縁組を変改は 年
端の行ぬアノ子でも若しやお前の楽しみに なりもせふかと心の奉公 わいしゃとふ
から知て居れど 悋気所か顔へも出さぬは 気の毒がらすが笑止なと結構な

舅御や 意地くね悪い姑御の 耳へ入かと夫レが悲しさ わたしも女の端じや物
大事の男を人の花 腹も立し 悋気の仕やうも まんざらしらぬでなけれども
可愛い殿御に気をもめし煩ひでも出よふかと 案じ事して何にも云ず
六角堂へお百度も どふぞ夫に飽かれぬ様 お半女郎と二人の名さか 立た
ぬ様にと願立てもはかない女子の心根を 不便と思ふていつ迄も 見捨てず添
て下さんせと 夫の膝に打伏てくどき立たるぞいぢらしき 長右衛門も目を摺り
赤め 女房共忝い いやる事が道理だらけ 道理のないはおれが身一つ 去


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ながら百両の金を色づかひといつたは嘘 そなたの弟才治郎が 死ぬるを助けた
雪野が身の代 エゝそれはマア サゝゝ堅ふ此事いふまいと思ふたれど 浮気
らしい色狂ひと思はれまい為のいひ訳 嫁入のひへた侘じやと思へば 惜ふ
思はぬ為替の百両 又五十両の盗人はしつかと知れて有れど 詮議すれ
ば不孝に成る 此二口の訳はさてど 面目ないはお半が事 時のはづみと
云ながら らつちもない事したと 我身ながらも愛想が尽き 連れ添うそなた
に顔上げて いふもいはれぬ身の誤り 美しういふてたもる程おりや面が

かぶりたい 堪忍してたも こらへてたも 併し是身もさつぱり埒明けて仕廻ふ
たれば 何所へなり共嫁入せふ 親父様の有がたひ異見といひ ハテ誤つ
て憚らぬおれが身の上 何にも案じる事はない 兎角是迄の事
は コレ誤つた/\ エゝ訳つけもない女房に何の侘 もふ/\此事はさらり
と流して 又云出さぬかための盃 わしや肴拵らへふ 一つあがつてちと
お休み そんならそふせふ アゝ気草臥かふら/\ねふたい 其間も一睡 ヤツ
ころりと転(こけ)る夫にあてがふ枕 蒲団打着せ女房は 勝手へとつかは


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行顔を 蒲団の中より手を合せ 不所存な長右衛門を男と思ふて
辛抱する 心いきの嬉しさ過分さ 千万年も連添て 礼が云たい
堪納させたい 取訳て五つからお世話なされた親父様 末期の水も上げま
せず 逆さま事の嘆きをかけるは 不孝なといふか道しらず さつきの御
異見お絹が心底 聞けば骨身を裂るゝ苦しみ 親父様の御了簡 お絹
が心は捌けても 捌けぬ物はお半が腹帯 死なしやつた治兵衛殿 お石
殿へは恩を讐(あた) 其上屋敷持て行た正宗の差添は いつ擦かへられ

たもしらぬ贋もの 贔屓強いお留守居も お国へ取りなす詞はんし
今夜四つ迄に詮議仕出せと 御了簡は附いたれど 何所を詮議
も雲を闇 所詮生きてはいひ訳立たず 死なふと覚悟極めたれど 親
父様やお絹が顔 名残に一目と見に戻り 弥女房に苦に苦を
かけ 不孝に不孝の覆輪かける 此身は何たる大悪人 あいそもこそ
も尽き果てた 我身の上と忍び泣き枕も 漂ふ涙なり 同し思ひを信
濃屋の お半は胸のうきつらさ 余所目をつゝむ振袖の 内を覗(のぞ)ひ


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てよい首尾と そつと這入つて枕元 長右衛門様/\ 今朝下さんした
文の返事 ちよつと逢にさんじたと ゆすりおこせばとぼけた顔
フウお半か 返事に来たとは合点がいたか 成ほどお前のおつしやる
通り 得心して是切に とんと思ひ切ませふ ヲゝ出かしやつた/\ それで
互の身も納り 世間の噂もひとりやむ サア/\其心なら斯して居る
と又浮名ちやつと内へ逝んでたも アイ/\ わたしや是を限りに さつぱり
内へ帰りますが おまへは随分お達者で 見納めに今(ま)一度顔を よふ見

せて下さんせと 抱き起して顔つく/\゛見る目も明かれぬ雨やさめ
長右衛門も此世の別れと 口へは出さねど心の内 暇乞ぞといだき
しめ 何にもきな/\思はずと 煩らはぬやうに母様へ孝行 アイ
今迄はよふ可愛がつて下さんした 礼はいはずに気をもまして
アゝやくたいもない子じや 死別れではなし 縁は切っても朝夕見る顔
アゝいや/\ 誰も見ぬ中 サアいにや/\/\ コレ逝にやいのとつきやられ
名残も鴛鴦(おし)の離れ得ぬ 衾(ふすま)をわけて出て行果は 桂の川水


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に浮名を流すぞはかなけれ 虫が知らすか長右衛門 アゝどふやら
おかしい今のいにやう 合点が行かぬと門の口 落た一通灯かげに
透し 書置の事 扨こそなと かけ出しても宵闇に 影さへ見へぬ
四つ辻を 又かけ戻つて見る書置 仏壇の間に繁斎が 看経(かんきん)
の声いつよりも 無常を誘ふ鉦の音 南無阿弥陀仏/\ 南無あみ
だ仏 南無あみだ 南無あみだ お前と縁切り外(ほか)/\へ嫁入する心もなく
殊に誰ならぬ此身 世間へ知れてもわたしが恥はいとはねど お前の名を

出すが恐ろしく お絹様への侘云やかゝ様に叱られぬ中 桂川へ身を
なげ候 おまへは御無事で御夫婦中よふ おり/\には一遍の御回
向願ひまいらせ候 アゝ可愛や つき詰た娘気で 莟の花を
ちらさすも 皆此長右衛門がなしたわざじやわいの 南無阿弥陀仏
/\ なむみだ仏 南無阿弥陀仏 嘸やかゝ様の嘆き力落しと
存じ候間 江戸の兄様を呼び登し 朝夕の御介抱頼み上げ参らせ候 そ
なたが死んでは猶もつて 生きて居れぬ長右衛門 いつしよに死ぬるが


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親御へいひわけアゝいかさま因果は車の輪 十五六年以前 宮川
町の芸子岸野にのぼり 詰まらぬ事で桂川へ心中に出た所
先へ岸野が身を投げたを 見るよりふつと死に遅れ 人のしらぬを幸いに
其場を遁れ けふ迄は生きのびたが 思へば最期の一念で 岸野はお
半と生れかはり 場所もかはらぬ桂川へ 我を伴ふ死出の道連れ
是こそ因果の罪ほろぼし そふじや/\と観念し桂川へとかけ出す  (←上演ここまで)
道引違へ本間の五六 門口覗き相図の手拍子 長吉勝手を

忍び出 兄者人大事ない爰へと 懐ろより取出す五十両 義兵衛から
請取た約束の骨折賃 件の脇指し持って来てか ヲゝ提げて来たと
金に引かへ おりや何にもわkをしらぬが 此脇差はどふした代物 骨
折にさへ五十両 義兵衛殿はよふ出すの ハテ其五十両も根は合鍵した
盗み物 此脇差は長右衛門が 遠州の殿様から請取て来た誂へ物 恋
の敵の意趣ばらし 石部の宿屋ですりかへたはおれが細工 なんとよいか
よい共/\ 夫レを義兵衛はどふする積り サア長右衛門のうつそりが 贋とも


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しらず研ぎにかけ 今日蔵屋敷へ持て往て えらふ目玉を貰ふて
戻り 今夜四つ迄い正真を渡さねば どんなぼくが来ふもしれぬ 所で
此正真を 義兵衛が外で尋ね出したと蔵屋敷へ持て行と 長右衛門は
呉服所をあげられ 大かた首も空へあがり物 義兵衛は褒美に二
代の呉服所 是もよかろが よい共/\ よふも揃ふた畜生めら ヤア
おりやちいさいから大坂の北浜に奉公 母者人の咄して聞けば 親父殿は是
の御隠居 繁斎様のお情で聚楽で八百屋商売 其縁で儕(うぬ)

迄お世話 七つの年に信濃屋へ奉公にやつたも繁斎様 所に悪(わる)
の義兵衛めが 贋侍を頼みに来たは どふでも帯屋信濃屋の
難義の筋を推量して 悪者仲間へはいつたも 此工みを聞かふ為 其
脇差はやつぱり贋物 正真はコリヤ指(さい)て居ると 聞て長吉ハア仕廻(しも)た
と 逃行がんづが掴みなげ 勝手をかけ出る母義兵衛 其脇指を
と取付くを ちよtこざいすなと左右り どつさりころりと投げ付くれば 長吉も
おき立て三人いつしよにむしやぶり付く 繁斎お絹もかけ出て 様子は


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聞いた三人共くゝれ/\といふ声に こりや叶はぬと三人は行方(かた)しらず
逃て行 五六はお絹に五十両 渡せば悦び コレ/\長右衛門様 金が出
たぞへ 何所にじやと尋ね廻れば繁斎五六 供々尋るおりも折
隣のお石がおろ/\涙 さつきにからお半が居ぬ故 尋ねて見れば
此書置 エゝと皆/\胸騒ぎ 長右衛門様も何所へじや知れ ヤア/\
と俄かの狼狽(うろたへ) 繁斎は気をいらち そちは早ふ其脇指遠州の蔵屋
敷へ 後日(ごにち)のいひ訳証拠の三人 追かけて引くゝれ 心得ましたとかけ行

五六 門へどや/\桂の百姓 氷りの淵に二人の身なげ 引きあげ
たれば見しつた顔 長右衛門様とおはん様 ヤア/\それはと皆
廃忘(はいもう) 呆れてけつく涙も出ず 男共も女子共も皆いじや
/\ 氷の淵が長右衛門様へ身をなげたといの こちもの共
も皆来い/\ おはんが長右衛門様で長右衛門がお半様じやといやい
エゝエゝふたりながら狼狽まい 高が氷が淵と桂川が心中
じやと 何をいふやらわけもなし 何ぶん早ふ最期場へと百姓


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共にすゝめられ 家内の男女呼つれ/\ 泣きに行くかや若鳥
の 声すみ渡る月かげの桂川へと急ぎ行 哀れを筆に
書留て治る御代の物語り咄しの 種と成にけり


   作者 菅専助
 
 安永五丙申歳
    十月十五日