傾城阿波の鳴門 八つ目 巡礼歌の段

 

 

http://www.bunraku.or.jp/pdf/mini2017_03.pdf

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856220

 

 
巡礼歌の段

阿波鳴門 八ツ目

 

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2
傾城阿波の鳴門 八段目
よしあしを 何と浪花の町
はづれ 玉造に身を隠す
阿波の十郎兵衛本名隠し
銀十郎と表は浪人内証は

 

 

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3
人はそれ共白浪の 夜の?(かせき)の
道ならぬ 身の行く末ぞぜひも
なき 人の名を 神と呼るゝ其
神は 京の吉田の神帳に入た
神かや入ぬのか やぼ共見へぬ

悪ずいほう とつぱかぶの武太六
が 蚤取眼(まなこ)に暖簾押上 銀十
郎内にか用が有て逢にきた
と 云声聞て女房立出 ヲゝ武太
六様かよふお出 久しう逢ぬが

 

 

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4
まあ御無事で イヤコレお内儀 あは
ぬの無事なのと地を打たせりふ
じやない ならず者の伊左衛門に
借た金 爰に銀十郎が請合
でけふ中に済ます筈 それで其

金請取にきたのじや きり/\
あはして下されと 声も辰巳の上り
口 尻まくりして高あぐり ヲゝ其様に
声高に云ずとしづかに物を云
しやんせ こちの人は夜が更たので

 

 

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5
今昼寝して居られます 何じや
昼寝じや 夜が更たとは エゝ聞へ
た 夜通しのてこつりかい よい機嫌
じやな てこつる金が有なら借た
金戻して行と いふに女房ふしん

顔 魚釣に行く小金が入かへ ヤ
そりや何いふのじや テモお前てこ
つる金が有なら 戻していけと云
しやんすじやないかいな わしや又
沙魚(はぜ)釣るやうにしらさ海老で

 

 

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6
つるかと思へば金で釣てこといふ
魚はどんな魚でござんすそ エゝ
すいほうのかゝに似合ぬきつい
太郎四郎じや 金を(え)にする
魚が有てたまる物か コレてこ釣る

といふはのれこさの事じやはいの
こなたもすいほうの女房なら
ちつとてんしよでも覚へそふな物
じやながなァ 今の世界に青二
ぬ者と お染久松を語らぬ者は


7
疫病を請取といの こんな事いふ
間はない 銀十郎/\起てこんかい
こはい事は何もない 高が借銭乞い
にきたのじや 起きざ起こしに行くぞ
よと わめくをなだめる女房も

もてあつかふて見へにける エゝあた
やかましうぬかすので あつたら
夢をさましおつたと 欠(あくび)まじくり立
出る 銀十郎が寝ほれ声 コリヤ
銀十郎 わしやマア夢所じや有る


8
まいがな けふ中に戻さふと約束の
通り受取に来たのじや サア今渡
請取ふ いやといや此証文で直ぐに
代官所へお願ひ申すが わりやでんどへは
出られぬ身分じや有にがなと 病

づかすは疫病の神ろ名のつく
奇特なり ハテやかましい日暮迄は
けふの内大方工面も出来て有る
是から直ぐに先へいて才覚して
くる程に 大義ながら晩方こいと


9
聞て遉強ふも得云はず ハテ晩方迄
なりや待てやろ 其かはりに暮六つ
をごんと打つと 直ぐに請取にくる程に
其時に成てからならぬなどゝ ねだ
切りはつた所で三どつぱ打たれた様に がつ

くりさそのじやないかよ今度違へは
直ぐに代官 サア呑込で居る 最一度往
たら慥に工面出来る金 我も逝ぬなら
連れだとかいと 云つゝ出る袂をひかへ 其
様に慥にいふて何ぞ宛の有る事か 又


10
間ちがへば気の毒な まあ二三日も云
のべて イヤならぬ 二三日の事は扨置
半時も待つ事ならぬ サア/\こいと
せち立る 武太六ともなひ十郎
兵衛我家を出てゆく跡へ

引違ふていきせきと飛脚
と見へて草鞋がけ 内を覗い
て 申し此状届ますと投出す
一通 女房取上うは書に 銀十郎
殿へ急用と書た斗で下の名は


11
内義様覚がござりますか 私
も人伝(づて)にことづかつてまいり
ましたれど 必ず先へ直々にと 念
入て申されましたが 内方へくる
状かなと 念を入れば アゝ成程/\

下の名はなけれ共 うは書の手は慥
にこつちに見知りがござんす置て
逝んで下さんせ 夫も今は留守
なれば帰られ次第見せませう
マア門入(?はいつ)てたばこでも アゝイエ/\まだ外(ほか)へ


12
届る状 急用なればもふお暇 お返
事有ば跡からと 云捨出る町飛脚
元来し「道へ立帰る 跡打詠女房が
心がゝりと 封押切り 読む度毎に
恟りびくり ヤアこれいや是 夫銀十郎

殿を始仲間の衆へも吟味がかり
詮議厳しく成たる故 とらへられし
者も有り 最早遁れず立退けとの
しらせの状 スリヤ夫十郎兵衛殿の
身の上も けふ一日にせまつた難義


13
昨日長町裏で危ふい所を漸遁れ
ヤレ嬉しやと思ふもなく 今又此状
の文体では 中々こふして居られぬ所
我迚も女房の身 殊に衒(かたり)の同類
なれば 罪科遁れぬ夫婦が命 今

更驚く気はなけれど 一合取ても
侍の 家に生れた十郎兵衛殿 盗
賊衒と成果しも国次の刀詮議の
為 重い忠義に軽い命 捨るは覚
悟と云ながら 肝心の其刀 有り家も


14
知ぬ其内に 若し此事が顕れては
これ迄尽せし夫の忠義 皆むだ
事と成るのみか 死んだ後迄盗賊
に 名を穢すのが口惜い 盗み衒も
身欲にせぬ 女夫が誠を天道も

憐み有って国次の 刀の詮議済む迄
の 夫の命助けてたべと 心の内に
神仏(かみほとけ)誓ひは 重き観世音 ふだら
くや 岸打つ波は みくまのゝ なちの
お山に ひゞく瀧つせ 年はやう/\


15
とを/\の 道を かけたる 笈摺(おいつる)に 同行
二人としるせしは 一人は大悲のかげ頼む
ふる里をはる/\゛ こゝに紀三井寺
花の都も 近くなるらん 巡礼に
御報謝と いふも?(やさ)しき国訛 テモ

しほらしい巡礼衆 ドレ/\報謝しんぜふ
と 盆にしらげの志 アイ/\有がたふご
ざりますと いふ物ごしから爪(つま)はづれ
可愛らしい娘の子 定めて連れ衆は
親御達 国はいづくと尋ねられ アイ


16
国はあはの徳嶋でござります
ムゝ何じや徳嶋 さつてもそれはマア
なつかしい わしが生れも阿波の徳
嶋 そしてとゝ様やかゝ様と一所に
巡礼さんすのか イエ/\其とゝ様や

かゝ様に逢たさ故 それでわし
一人西国するのでござりますと
聞てどふやら気にかゝる お弓は
猶も傍に寄り ムゝとゝ様やかゝ様に
逢たさに西国するとは どふ


17
した訳じやそれが聞きたい マア其親
達の名は何といふぞいの アイどふし
た訳じや知ぬが 三つの年に とゝ
様やかゝ様もわしをばゝ様に預けて
どこへやらいかしやんしたげな それ

でわたしは ばゝ様の世話に成て
居たけれど どふぞとゝ様やかゝ様
にあひたい顔が見たい それで
方々と 尋ねてあるくのでござり
ます とゝ様の名はあはの十郎兵衛


18
かゝ様はお弓と申ますと 聞て
恟りお弓は取付 コレ/\/\アノとゝ様は十郎
兵衛 かゝ様はお弓 三つのとし
わかれて ばゝ様に育てられて
居たとは 疑ひもなき我娘と

見れば見る程稚顔見覚の有
額の痣(ほくろ) ヤレ我子かなつかしやと
いはんとせしがイヤ待て暫し 夫婦は
今もとらるゝ命 元より覚悟
の身なれ共 親子と云へば此子に


19
迄どんな憂き目がかゝらふやら それ
を思へばなま中に 名乗立して
憂目を見んより 名のらで此
儘かへすのが 却て此子が為なら
んと 心をしづめよそ/\しく ヲゝ

それはまあ/\年はも行かぬに
はる/\゛の所を よふ尋ねに出さしやつ
たのふ 其親達が聞てなら嘸
嬉しうて/\飛立つ様に有ふが儘
ならぬ世の憂きふし 身にも命


20
にもかへて 可愛子をふり猶国
を立退く親御の心 よく/\の事で
有ふ程に むごい親と必ず/\恨ま
ぬがよいそや イヤ/\勿体ない何の
恨ませう 恨る事はないけれど

ちいさい時別れたれば とゝ様やかゝ
様の顔も覚ず 余所の子供衆が
かゝ様に髪ゆふて貰ふたり 夜は
抱かれて寝やしやんすを見ると
わしもかゝ様が有るなら あのやうに


21
髪結ふて貰はふと羨しうござん
す どふぞ早ふ尋ねて逢たいひよつ
と あはれまいかと思へば それが悲しう
ござんすと ないじやくりするいぢらし
さ 母は心もきへ入思ひ 扨も/\世

の中に親と成り子と生(むま)るゝ程 ふかい
縁はなけれ共 親が死だり子が先
立たり 思ふ様にならぬが浮世 こな
たもどれ程尋ねても 顔も所も知
ぬ親達あはれぬ時は詮ない事


22
もふ尋ねずと国へ逝んだがよいわいの
イエ/\ 恋しいとゝ様やかゝ様 譬へいつ迄
かゝつてなと 尋ふと思ふけれど 悲しい
事は一人旅じやてゝ どこの宿で
もとめてはくれず 野に寝たり山に

寝たり 人の軒の下に寝てはたゝ
かれたり こはい事や悲しい事 とゝ様や
かゝ様と一所に居たりや こんなめには
逢まい物を どこにどふして居や
しやんすぞ 逢たい事じや逢たいと


23
わつと泣出す娘より 見る母親は
たまり兼ヲゝ道理じや 可愛やいぢ
らしやと 我を忘れて抱付前後 正
体嘆きしが 是程親をしたふ子を
何と此儘逝なされふ いつそ打明け名

乗ふか イヤ/\それでは此子も同じ
罪 其時の悲しさを思ひ廻せば
逝なすか為と ヲゝ段々の様子を聞き
我が身の様に思はれて 悲しい共情け
ない共 いふに云れぬ事ながら 兎


24
角命が物種まめでさへ居りや
又逢はれまい物でもない コレ仕付けぬ
旅に身をいため 煩ひても出りや
悪い どこをしやうどに尋ねふより
其ばゝ様の方へいんでいるとの 追

付けとゝ様やかゝ様が逢にいてじや
程に 悪い事は云ぬ 思ひ直して
これから直ぐに国へいんで 随分まめ
で親達の尋ねて行かしやるを待っている
のがよいぞやと なだめすかすを聞き


25
分けて アイ/\忝ふござります おまへが
其様にいふて 泣て下さりますに
よつて どふやらかゝ様の様に思はれて
わしや爰が逝にとむない どんな
言なと致しませふ程に 申しお家様

お前のお傍にいつ迄も わたしを置
て下さりませ エゝ悲しい事を云出して又
泣かすのかいの さつきにからわしも子の
様に思ふて 爰に置きたい逝なしとむない
と 様々思ひ廻せ共 爰に置ては


26
どふも為にならぬ事が有によつて
それで難面(つれなふ)逝にすのじや程に聞き
分けていんだがよいぞと 云つゝ内へ
針箱の底をさがして豆板の まめ
なと悦ぶ銭別(はな)と 紙に包で持て出

何ぼ一人旅でも たんと銭さへやりや
とめる わづかなれ共志 此銀を路
銀にして 早ふ国へいにや 必々煩ふて
ばしたもんなと 銀(かね)を渡せば押戻し
嬉しうござんすれど 銀は小判といふ


27
物をたんと持ておりますそんな
りやもふさんじます忝ふござります
と 泣く/\立つを引とゞめて それはそふでも
是はわしが志と 無理に持してちり
打払ひ コレもふいにやるか名残が惜しい

別れとむない コレ今(ま)一度顔をと引寄
て 見れば見る程胸せまり離れ
がなたき憂き思ひ それと知ねど誠の
血筋名残 おしげに振返り どこをどふ
して尋ねたら とゝ様やかゝ様にあはれる


28
事ぞ あはしてたね 南無大悲の観音様
父母の恵も深き 粉(こ)川寺 仏の誓ひ頼もし
きかな 泣々別れ行跡を見送り/\延び
上り コレ娘ま一度こちら向てたも 折角
長の海山こへ艱難してあこがれ尋るいとし子

に ふしぎと逢ひはあいながら 名乗らで逝なす
母が気は どの様に有らふと思ふ 狂気半分
/\は死んでいるはいの まだ長生(おいさき)の有る子をば
親故路頭に立たすると其儘そこにどうど
伏しきへ入る斗り嘆きしが 起き直つて涙を押へ


29
イヤ/\どふ思ひ諦めても 今別れては又あふ
事はならぬ身の上 譬へ難儀がかゝらば
かゝれ 又其時は夫の思案 程は行まい追
付いてつれて戻らふそふじや /\と子に迷ふ
道は親子のわかれ道跡をしたふて 尋行

既に其日も入相のかねの工面も
引違ひ 我が家戻る十郎兵衛が
巡礼の子の手を引て 女房共戻つ
たぞと 内へ這入て見廻し/\ こりや
日くれ紛れに火も燈さず どこへ


30
いたとつぶやき/\ 行燈ともしたば
こ盆 提げてどつさり高あぐら コレそこ
な子爰へおじや 今戻る道筋を
ソレ乞食共が寄集まり わがみを
剥いで銀(かね)取ふと ぬkしておるを聞た

故 それでおれがつれて戻つたが わが
身や銀でも持て居るか アイ余所
の伯母様に貰ふて持て居まする
ムゝ何がそんな事を悪者共ががん
ばつて ヲゝあぶない事/\ そして其銀は


31
それ程有 ドレ伯父に見しや アイ
是程ござんすと 貰ふた銀を差し
出せば ムゝこりや小玉が五十両斗り
もふ外に銀はないか イエまだ小判と
いふ物がたんとござんす 何じや小

判がたんと有る アノ小判が てもマアそれは
よい物を持て居やるの コレ此邊りは
用心の悪いによつて 其様に銀
持て居ると 今の様に人に取られて
しまふ ドレ伯父が預つてやらふ爰へ


32
出しやと 武太六に約束の足しに
もなろかと心の工面 だましかくでそ
合点せず イエ/\此小判の財布には
大事の物が包んで有る程に 人に見
せなと祖母様が云しやんしたに

よつて たれにもやる事成ません
と 大事にする程猶見たく おどし
て見んと目をいからし 其様にかく
すと為にならぬぞよ いたいめ
せぬ内ちやつと伯父に預けて


33
おきや それでも大事の銀じや
物 サア大事の銀じやによつて 持て
いると為にならぬ 片意地云ず
と預ておきやと いふ程こはがる
子供心 こんな所に居る事いやと

逃出る首筋引掴めば アレこはい/\と
泣出だす コリヤやかましい/\ 近所へ聞へる
声が高いと口へ手を当て コレこはい事は
ない 有る様はわしもちつと銀の入事が
有によつての 何ぼ程有るか知らねど


34
二三日預けてたもや 其内には又拵へ
て戻そふ程に まあそれ迄はこち
の内にゆるりつと逗留しや 又観音
様へも伯父が連て参る ヨよい子じや
聞き分けてサア ちやつとかしてたもと 両手

放せばがつくりと そこへ其儘倒るゝ
娘 コリヤ/\何とした/\ どふしたと いへども
さらに物云ず 息も通はぬ即死
の有様 ヤ南無三宝 コリヤ/\目がまふた
か コリヤ巡礼の娘やいと 呼かけ/\口


35
押明け コリヤ気つけも水ももふ叶はぬ
ホイ はつと斗に俄かのはいもう エゝ声立て
させじと口へ手を当てたが 思はず息
を溜め それて死んだり ハアゝこりやマア
不憫と斗呆れ果てたる折からに

表へ聞こゆる音は 女房ならんと
蒲団で死骸 つゝみ伝ひをいき
せきと戻るお弓が ヲゝこちの人戻つ
てか サア/\ちやつと往て尋ねて/\と せき
切る女房ヤイたわけ者 後先も云ず


36
尋ねてとは 何を尋ねて サアお前の留守へ
国に残した娘のお靍が ふしぎと
爰へ来たわいの ヤ何じや娘が来た
とは そりや母者人と一所にかどふして
きたぞイエ/\お靍一人でござんする

様子をいへば長い事 ふしぎに娘と
知た故 飛び付く様に思ふたれどな 悲しい
事はお前もわしも お尋ねの身分なれば
今も知れぬ身の罪科(つみとが) 何にも知らぬ
娘に迄 供に難儀をかけふかと わざ


37
と親子の名乗もせず 気強に云
て此内を逝なし事は逝なしたが跡で思へば
思ふ程 どふも捨てて置かれぬ故 直ぐに跡
から尋ねに往たれど かげも形も知らぬ故
お前と手分けして尋ねにと思ふて

戻つた サアちやつと尋ねてと 聞くや
聞かずに ヤイたわけめ どんな事が有
迚 おれにも知らさず追いなすとは
鬼でもそんな胴欲な事はせぬはい
イヤこふ云ては居られぬと かけ出だしが コリヤ/\


38
そしていくつ斗りでどんな着物きて居る
ぞ 知れた事年は九つ 中形のふり袖に
笈摺かけて 何じやアノ笈摺かけて アイ
笈摺も二親び有る子じやによつて
両方は茜染 アノ茜染に中形 アイ ホイ

はつと肝に焼鉄(やきがね)さゝるゝ心地 エゝコレ
隙が入る程心が済まぬ お前は跡から
わしや先へと 云捨てかけ出すお弓を
とゞめ コリヤもふ尋ねずとよしにせい 娘は
とうから戻つている エ戻つて居るとは


39
そりやどこに ソレそこの蒲団の内に
よふ寝入て居るはいと いふにふしんも
立縞の 蒲団を明て顔見るより ヲゝ
ほんに娘じや ヲゝ嬉しや/\ お前もこん
な事ならとふからそふと云たがよい 人に

いきせいもまして エゝ嗜みましやんせと
恨みながらも気はいそ/\ 何とマア
見やしやんしたか 大きふならふがな
そしてまあめつそうふな いかに草臥れ
て居れば迚からげもおろさず笈


40
摺もかけたなり ドレ/\帯といてゆつ
くりと 久しぶりて母が添乳(そへぢ)と笈
摺はづし帯とく/\ 見れば手足
もひへ渡り息も通はぬ娘の死
骸 ヤアこりや娘は死で居る どふし

て死んだどふしてと 余りの事に涙も
出す立たり居たり夫の傍 あの
娘はドゝゝゝどふして死だ お前様子知て
じや有ふ サアいふて聞かして/\と気も
取り登す有様を 見るに皮肉も離


41
るゝせつなさ ホゝ道理じや尤じや
様子といふたら因果づく さつきに内へ
戻る道 其娘が銀を持て居るを
非人共がよふ知て 取るの剥ぐのと聞いた
故 可愛そふにとつれて戻り 様子を

聞けば銀も有る故 少々成共武太六に
返す工面 二三日借してくれと 訳をいへ
共子供の事 声山立てて泣きわめく
近所の聞へが気の毒さに つい口を
押さへたが 息が詰つて ソレ 其様に死んで


42
しまふた エゝいぢらしい事したと 余所
の様に思ふたが それが娘で有たとは
物の報ひか因縁事 コリヤ こらへてくれよ
女房と 聞く程身も世もあられぬ悲し
さ そんならお前が殺さしやんしたか

ハアてもさても是非もなや 情けなやと
母は死骸を 抱き上げ コレ娘 是程むごい
親々をよふ尋ねてきてたもつたの 一人
旅で留めてはなし 野に寝たり山に
寝たり こはい事や 悲しい事もとゝ様や


43
かゝ様に逢たさ故といやつた時は
悲しうて/\身ふしも胸も砕ける様に
有たれど そこをじつと辛抱して
親共云ず逝なしたはの わがみが可
愛さ斗り 其時留めて置たらばこふ

いふ事は有まいに逝した故の此
間違ひ それから起つた事なれば
殺さりやつたもわしが業(わざ) コレ堪忍
してたもや/\ 年はもいかいではる/\゛
の道をいとはず苦労して 親を尋ねる


44
孝行娘 親はそれには引かへてむごふ
難面(つれなう)追返し まだ其上に親の手で
殺すと云はマア何事ぞ 別れにいやつ
た巡礼歌 父母の恵も深き粉
川寺 どこに是が恵が深いこんな

むごい親々が広い唐にも天竺
にも最一人と有る物かと 死骸の顔
に我顔を 押当て/\抱きして 泣涕(りうてい・きゅうてい)
こがれ伏し沈む 銀十郎も後悔の
五臓をしぼりしが いふて返らぬ


45
事ながら 金の有る事得知ずばこふ
いふ事は有まい物 金が敵と死骸
の懐 さがして財布取り出だし 中改む
れば 金三両 コリヤ是わづかの金 いかい
事も有る様に思ひ違ひがやつはり

因果と 云つゝ引出す財布の内 十郎
兵衛殿夫婦の衆へ ムゝコレ書いたは正しう
母の筆と 封押し切て読む文体(てい) わざ
/\認(したゝ)め送りまいらせそろ 国を立ち退かれし其
日より 案じくらすは互に親子の愛


46
着にて 浮世の中のならひなれば
くどふ筆には記さず候 第一に申したきは
日外(いつぞや)申し越されし国次の刀 郡兵衛に
心を付て密かに手助けを求め 詮議
致し候所 則郡兵衛盗み取り サテ ソコナ所持

致し候段 慥に聞き出し候故 早速詮議
と思ひ候へ共 女(おなご)の身でなま中の事を
仕出し 返つて妨げに成てはと差控へ 是
元の有家(ありか)を尋ね詮議させんと 孫の
お靍諸共に 旅の用意いたし候内


47
遁れぬ無常の風に誘はれ 力及ばず
身まかり候故書き残し申し候 ヤ スリヤ母人は
お果てなされたかいな ムゝ此一通届き次第
早々国へ立帰り 国次の刀を取戻し
立身出世を草葉の影より くれ/\゛も

待ちまいらせそろ スリヤあの郡兵衛めが所為(しはざ)で エゝ
母人の御最後残念至極といひ
ながら 有がたき刀の有り所 これと申す
も母の御恩 ハアゝ忝し嬉しやと嘆きの
中の悦びを 聞てお弓も顔を上げ


48
お袋様の御最後一日の介抱もせ
ずに別るゝ不孝な嫁 せめて筐の
其お文 わしにも読ませて下さんせと
一通取て涙ながら 外に申す事はなく
候へ共 孤(みなしご)となりし孫が事 これのみ

黄泉(よみぢ)の障りに候 神仏けのめぐみにて
つゝがなふ其元にもしも尋ね逢たらば
随分/\大事に育て給はるべく候 それは
/\器用者にて物もよふ書き琴も
弾く 第一に縫物が手利きにて縮緬


49
どんすの衣装迄手際よふ仕立て
候様 おしへ置まいらせそうろう 是斗はばゝが自慢に
候まゝ 対面の後縫はせて御覧な
され 夫婦ながら誉めてやつて給はる
べく候 ヲゝばゝ様の冥加ない 常々から虫

持ちにて 桑山がよふきく候故 たんと
持たせて置き候まゝ もし虫でもおこつた
ならば 此子の年の数程御呑ましな
さるべく候 どふも/\大切に 育て頼み
上げまいらせそうろうべく 是程大事にばゝ様の 育


50
上げて下さんした物 思へば/\胴欲な
惜しや悲しや いぢらしやと 又も正体な
かりけり ヤアいつ迄云ても尽きせぬ嘆き
刀の有家知れる上は 彼の地へ下り詮議
せんと いさむ折から表の方 俄かに

さはぐ人声足音 十郎兵衛きつと
心付き コリヤ/\女房 あの物音必定
捕手に違ひない 何百人取巻く共
刀を我手に入れん内は 切て/\切抜ける
と 娘の死骸引だかへ 泣入る女房を

 

 

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51
引立て/\一間の内へ入にける 程なく
来る捕手の大勢 ヤア/\盗賊の
銀十郎本名は阿波の十郎兵衛
此所に隠れ住む由 武太六が訴人に
よつて召捕りに向ふたり尋常に縄かゝ

れと声々いへど音せぬは 風を
くたふて逃げのびたり 家内残らず
打ちこぼて 人数は半分裏道へ
追はれ/\といふ下家(したや) 天井戸障子
仏壇戸棚 粉もなく砕く壁下地

 

 

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52
透き間ももらさぬ大勢の捕手
相手に十郎兵衛が大わらはに
はたらくを 我組とめんと追取り
巻き さし付ける松明の火花を
ちらして「いどみしが 十郎兵衛

一人に切りまくられ皆蜘蛛の子
のちり/\゛に 逃げ行く透間に女房
が此間にちやつと十郎兵衛殿 ヲゝ合
点とかけ出だしが 立ちとゞまつてコリヤ女房
娘が死骸は何とした そりや気

 

 

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53
遣ひござんせぬ コレ此通りと死骸の上
落ち散る戸障子積み重ね 松明の火
を差し付けて 人手に渡さぬ火葬の
いとなみ 南無阿弥陀仏と合はす
手もわかれ別れて 「立出る