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読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856756
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新古演劇
十種之内 戻橋 常磐津小文字大夫 直伝
岸沢式佐 節附
夫普天の下卒土の濱王土にあらぬ
所なきに何国に妖魔の住けるが睦月
の頃より洛中へ悪鬼顕はれ人を取夜るは
往来の人もなし去れば内裏の警衛に
都へ登りし源の頼光朝臣はいとまなく
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去る頃深くかたらひし惟仲卿の姫君へ
便もなさでおはせしが けふしも渡なべ
源次綱使に立し帰り道 卯の花咲て
しろ/\゛と月照り渡る堀川の早瀬の
流落合ふて水音すごき戻橋 武威
たくましき我君も恋は心の外にして兼々
かたらひ給ひたる惟仲卿の姫君へ密々
の仰せ被りて路次の用意に御秘蔵の
髭切の御太刀賜りしは武門の誉身の
面目片時も早く立帰り彼御方の御返じを
我君へ申上ん 夜更ぬ内と主従が行かん
となせし後より一吹落す青あらしに
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岸の柳の騒がしく心ならねばふりかへり
ハテ心得ぬ妖怪いづる取沙汰に夜に入り
ては表を戸ざし男子すら通行せぬに
女子の来るはいぶかしと 扨ては我らを
おどさんと姿をかへて妖怪がこゝへ来ると
覚へたり幸ひなるかな討とりて 君へ
土産にまいらせん 二人の者に打囁き
機密をさづけ退けて 己れ妖怪ござん
なれ 太刀引そばめほのくらき木下蔭へぞ
入りにける 又むら立し雨雲のかけもる
月をよすがにて たどる大路の人かげも
火影も見へず我影をもしや人と驚きて
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彼衣に身をば忍ぶ摺けふの細布ならず
して女子心に胸合す思ひなやみて来り
ける 卯月の空の定めなく降らぬ内にと
思へ共こゝは一條の戻橋見ればゆきかふ
人もない アゝ便りもなやと佇みてしばし
休らひ居たりける 綱は小蔭を立出て
女性はいづれへ参られるぞ わらはゝ一條の
大宮より五條の亘りへ参り升るが只
一人ゆへ夜道が怖くこゝに佇み居り
ました 怖ひと申は尤なり五條の亘りへ
参るとあらば某送りて遣はさう お詞に
随ひ升でばお伴ひ下さりませ 折から
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空の雲晴て月の光に見かはす顔 ハテ
あてやかな 水にうつりしかけを見て ヤゝ
今水中へ写りし影は エゝ 夜更ぬ内に
イサとく/\ 西へ廻りし月の輪に遠く望
めば愛宕山北野は近く清滝の森を
越へ来る時鳥初音ゆかしくふりかへり
見上る顔にはら/\と樹々の雫も雲は
こぶ雨かとしばし立休らひ あるき馴ぬ夜道
にて嘸草臥し事ならん イエわらはよりあなた
こそ足弱をお連なされお草臥でござり
ませう 暫くこれで憩はれよ 連立道に
馴やすら今は隔も中空の朧も春の名
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残りかな 都人とは云なからいともやさ
しき形風俗御身が父は何人なるぞ 父は
五條の扇折舞を好みて舞し故わらはも
幼いき頃よりして教へを受しが身の徳に
此程迄も或る御所に御宮仕へを致し
ました 恥かしながら某はいまた舞を見
たる事なし一さし舞を見せられまいか
御送り下さる其御礼に只今御覧に
入れませう 女性は扇かりうけて会
釈をこぼし進み出 空もかすみて
八重一重桜狩する諸人が群つゝこゝへ
清水や初瀬の山に雪と見し花の散
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ゆく嵐山惜む別れの春すぎて夏の初
めに後れにし花も青素に衣替木々の
翠の美しや イヤ面白き事なりしぞかゝる
技芸の有る事者を妻に持ながら能き楽しみ
いふをこなたは能きしほと 定めてあな
たは奥様をお持なされてゞござりませうな
いまだ妻じゃめとらぬが見らるゝ通りの不
骨者誰も妻になりてかない 何ない事
がござりませう お情深きお心に今宵ま
見へしわらはさへ縁しを結ぶ梅雨もがなお
もふ恋路の初蛍 言ひ出かねて胸こがし
若葉の闇に迷ふ者都女郎は取訳て
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姿やさしき花菖蒲引き連引かれつ沢水の
袖も濡にし事ならん 夫は御身の思ひ違
ひかゝる名もなき田舎節誰が思ひを掛
やうぞ イエ/\立派なお名故に 何立派な
名とは 当時内裏を警衛に都へ登りし
源の頼光朝臣の御内にて渡邉源次
綱殿故 ヤいかゝ致して其名をば 恋しく思ふ
殿御ゆへ疾より存して居り升る 恋しく
思ふといふは偽り御身が我名を存ぜしは妖
魔の術で有ふがな 星をさゝれて打驚き
何妖魔術とは 媚能き女に化する共其
本性は悪鬼ならん なんと 汝は心附さりしが
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月の光に写りたる影は怪しき鬼形なり
しぞ ヤ其本性を顕はせよ いふに妖女も
忽に憤怒の相を顕はせは 後に伺ふ郎
党が観念せよと附を事共なさす振
払ひ 我は愛宕の山奥に幾歳住て天
然と業通得たる悪鬼なり車輪の如き
目を見開き炎を吐しありさまは身の毛
もよたつ斗りなり 扨こそ悪鬼でありし
よな イデ此上は汝を我隠れ家へ連行ん
こしやくな事を 引立行んと立かゝれは綱
は生捕くれんずと勇力ふるふ時しも
あれ 一天俄にかきくもり震動なして
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四方より黒雲覆ひ重なりて綱が襟
かみむんずとつかみ 砂石を飛す暴風
に連て虚空へ引上れば ひげきりの
太刀抜放し鬼の腕を切払ひどうと
落たる北野の廻廊 悪鬼はむらがる
雲隠れ光りをはなちて失せにけり