読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2536546
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豆腐雑話
○空(うつほ)豆腐といふ料理あり 何れの御代にか
御銘のよしいひ伝ふ今其製さだかならず
○くずし豆腐を煮て葛あんかけ其上へ卵を
割りながすをおぼろ煮といふ 此類の料理多け
れば本編に出ださず○前編百珍「二」雉子やき田
楽の焼たてを生の唐辛子醤油につきこみ食ふを
治部とうふといふ 焼たてをつきこみてじふと
いふ声によりて名づけたるよし○前編「五」ハン
ヘンとうふを鯰くづしといふ○前編「四十七」いもか
けを淡雪といふ○前編「九十八」雪消食(ゆきげめし)のところ
に出でたるうづみ豆腐を雪の下といふいづれ
もみな古来よりの名なり前編百珍に記す
べきをたま/\遺忘(わすれ)たるによりて今こゝに好
事のためにしるす
○豆腐すべて少しにても煮すごせばかたまるものな
り 葛湯にて煮ればかたまらず○魚肉とひと
つに煮れば魚の油にてかたまらず○白灰汁
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を少しさし煮ればかたまらず 是は練絹家(ねりものや)に
用るたれかへしの灰汁なりこれにて苦汁(にがり)をさる
なり にがり去ればいつまでもかたまらぬ也
○豆腐と松茸と同しく煮て調味よろしく賞す
るとともろこしにも同じことなり元の程渠南(ていきよなん)と
いふ人の詩に
葉子奇の草木子といふ書に見へたり
○豆腐を嗜(このむ)人の驕奢をはぶき倹約日用の恒蔬(さい)
なることはいふもさらなり老人の歯よはく或は
ぬけたる人などはいかなる佳味珍肴あまたあ
りとも眼に視(み)鼻に聞(かぎ)て食しがたし たとひ
強て食すとも味ひをしりがたし 近来孝(かう/\)臼の製
あれども又其真味は得がたきに似たり 唯豆腐
のみこそ歯の一まいもなき衰老の人といへども
平日(つね/\)好むべき美味ならずや 今
日本の製本草の豆腐とはかはりて最も潔白
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柔軟にして毒なきことは大醫香川先生の弁
(薬選および前編百珍の後に出づ)詳悉なり
猶また仁齊先生の詩あり
○職人づくし歌合せにをの/\左右をわかちて歌を
合侍りけり題は月と恋とを出だして衆議にて
判じけるなるべしいと興ありなるにやとあり
三十七番豆腐うり
ふるさとはかへのとたえにならとうふ
しろきは月のにむけさりけり
こひすれはくるしかりけりう地豆腐
まめ人の名をいかてとらまし
○北村七里といふ越の新潟の人別号を鑑亭といふ
俳諧の名家なり豆腐を嗜めるにやその
狂歌に
鴈鴨は我をみすてゝ飛ゆきぬ
豆腐は翅のなきそいれしき
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○田楽といふ濫觴(はじまり)は相模入道の時代に田楽法師
とて一種舞狂言の類あり新坐本坐の田
楽とて世上に好みもてはやせしこと太平
記に見へたり今も南都(なら)春日の祭礼中に
此曲あり尤も高足の曲といふあり焼豆腐
の串にさしたるかたちそれに似たるとて田楽
と名づけたるなり加賀能登越中にては田楽
をいろりにたてにつきさしやくなり
「六」に出でたる今宮の沙(すな)田楽も亦同じこれ田楽
の古製なり
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○水滸伝第三十八回に戴宗といふ人素湯(しやうばんざけ)を喫(のむ)と
ころに熝(すり)豆腐加料胡麻唐辛子とあり豆腐をす
りたゞらしやつと豆腐にする類とみへたり
中華にても豆腐の調味さま/\゛あること
見るべし
○正徳年間京師の詩人笠原玄番名を龍鱗
号は雲渓といふ人祇園二軒茶屋の狂詩あ
り古(ひさし)く世の人口に膾炙す
○前編に書もらせし一方 豆腐細切の法あり 二
まい屏風をたてたる形のものを木にて(図a)こ
(図a)
しらへ豆腐の羅紗をさり其うつわへのせ左の
手にてそとおさへ右より左へきり
ゆく 水にても酢にても薄刃につけ
ながらきること前編にしるす如し
複(また)とりなをして始の如くきる也いかやうに
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も細くきらるゝ也
○又豆腐細切つきだしの新製あり 是まで有きた
るつきだしは前編百珍にしるず如く凝菜(ところてん)のつき出
しに同し今此製は手前へ引なり是一種趣向にて
豆腐はだい板にのこりて手ぎわよく切れてある也
とうふ
此所へきりかたして
それながら入るゝ也
豆腐を入れさまに手前の方三分あま
りの所へきりかたしているべし湯へ
つけながらつゝと引べし ゆうよす
るはあしく図を見て考ふべし
新製
豆腐
細切
つき
出し
の図
このつゝにゑを
のせる也 だい板
此所をもちてて前へひく也
みぞ
此器製して売る家あり
大きさは凡そ豆腐
六つ切ぐらいの入る
ほどにすべし
おさえいた
此え黒きは図にてみ分け
やすきがため也くろきに
かぎるべからず
あみはしんちうのほそはりがね也
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素君伝 明許鍾岳?重氏著
右陳良卿が集る所の廣諧史第八巻に載す
と余が閲(けみ)する所の本に此文脱簡す廣諧史
明板にて舶来の本もとより世に多からず因て
普く蔵書家に請ひ求め数本を閲するに悉く
脱簡にて素君伝を欠く他日全本を得て
此文を補ふべきなり