仮想空間

趣味の変体仮名

豆腐雑話

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2536546

 


60
豆腐雑話

○空(うつほ)豆腐といふ料理あり 何れの御代にか
   御銘のよしいひ伝ふ今其製さだかならず
   ○くずし豆腐を煮て葛あんかけ其上へ卵を
   割りながすをおぼろ煮といふ 此類の料理多け
   れば本編に出ださず○前編百珍「二」雉子やき田
   楽の焼たてを生の唐辛子醤油につきこみ食ふを
   治部とうふといふ 焼たてをつきこみてじふと
   いふ声によりて名づけたるよし○前編「五」ハン

   ヘンとうふを鯰くづしといふ○前編「四十七」いもか
   けを淡雪といふ○前編「九十八」雪消食(ゆきげめし)のところ
   に出でたるうづみ豆腐を雪の下といふいづれ
   もみな古来よりの名なり前編百珍に記す
   べきをたま/\遺忘(わすれ)たるによりて今こゝに好
   事のためにしるす

○豆腐すべて少しにても煮すごせばかたまるものな
   り 葛湯にて煮ればかたまらず○魚肉とひと
   つに煮れば魚の油にてかたまらず○白灰汁


61
   を少しさし煮ればかたまらず 是は練絹家(ねりものや)に
   用るたれかへしの灰汁なりこれにて苦汁(にがり)をさる
   なり にがり去ればいつまでもかたまらぬ也

○豆腐と松茸と同しく煮て調味よろしく賞す
   るとともろこしにも同じことなり元の程渠南(ていきよなん)と
   いふ人の詩に  

 

   f:id:tiiibikuro:20171011164143j:plain


   葉子奇の草木子といふ書に見へたり  

○豆腐を嗜(このむ)人の驕奢をはぶき倹約日用の恒蔬(さい)
   なることはいふもさらなり老人の歯よはく或は
   ぬけたる人などはいかなる佳味珍肴あまたあ
   りとも眼に視(み)鼻に聞(かぎ)て食しがたし たとひ
   強て食すとも味ひをしりがたし 近来孝(かう/\)臼の製
   あれども又其真味は得がたきに似たり 唯豆腐
   のみこそ歯の一まいもなき衰老の人といへども
   平日(つね/\)好むべき美味ならずや 今
   日本の製本草の豆腐とはかはりて最も潔白


62
   柔軟にして毒なきことは大醫香川先生の弁
   (薬選および前編百珍の後に出づ)詳悉なり
   猶また仁齊先生の詩あり

 

   f:id:tiiibikuro:20171011164236j:plain

 

○職人づくし歌合せにをの/\左右をわかちて歌を
   合侍りけり題は月と恋とを出だして衆議にて
   判じけるなるべしいと興ありなるにやとあり
   三十七番豆腐うり

   ふるさとはかへのとたえにならとうふ
    しろきは月のにむけさりけり
   こひすれはくるしかりけりう地豆腐
    まめ人の名をいかてとらまし

○北村七里といふ越の新潟の人別号を鑑亭といふ
   俳諧の名家なり豆腐を嗜めるにやその
   狂歌
    鴈鴨は我をみすてゝ飛ゆきぬ
     豆腐は翅のなきそいれしき


63
○田楽といふ濫觴(はじまり)は相模入道の時代に田楽法師
   とて一種舞狂言の類あり新坐本坐の田
   楽とて世上に好みもてはやせしこと太平
   記に見へたり今も南都(なら)春日の祭礼中に
   此曲あり尤も高足の曲といふあり焼豆腐
   の串にさしたるかたちそれに似たるとて田楽
   と名づけたるなり加賀能登越中にては田楽
   をいろりにたてにつきさしやくなり
   「六」に出でたる今宮の沙(すな)田楽も亦同じこれ田楽

   の古製なり

 

   f:id:tiiibikuro:20171011164326j:plain

 


64
水滸伝第三十八回に戴宗といふ人素湯(しやうばんざけ)を喫(のむ)と
   ころに熝(すり)豆腐加料胡麻唐辛子とあり豆腐をす
   りたゞらしやつと豆腐にする類とみへたり
   中華にても豆腐の調味さま/\゛あること
   見るべし

○正徳年間京師の詩人笠原玄番名を龍鱗
   号は雲渓といふ人祇園二軒茶屋の狂詩あ
   り古(ひさし)く世の人口に膾炙す

 

   f:id:tiiibikuro:20171011164509j:plain

 

○前編に書もらせし一方 豆腐細切の法あり 二
   まい屏風をたてたる形のものを木にて(図a)こ 

 

   (図a)f:id:tiiibikuro:20171011165316j:plain


   しらへ豆腐の羅紗をさり其うつわへのせ左の
   手にてそとおさへ右より左へきり
   ゆく 水にても酢にても薄刃につけ
   ながらきること前編にしるす如し
  

 

   f:id:tiiibikuro:20171011164618j:plain


   複(また)とりなをして始の如くきる也いかやうに

65
   も細くきらるゝ也

○又豆腐細切つきだしの新製あり 是まで有きた
   るつきだしは前編百珍にしるず如く凝菜(ところてん)のつき出
   しに同し今此製は手前へ引なり是一種趣向にて
   豆腐はだい板にのこりて手ぎわよく切れてある也 

 

f:id:tiiibikuro:20171011164941j:plainとうふ

 此所へきりかたして

 それながら入るゝ也

 


   豆腐を入れさまに手前の方三分あま
   りの所へきりかたしているべし湯へ
   つけながらつゝと引べし ゆうよす
   るはあしく図を見て考ふべし

 

f:id:tiiibikuro:20171011165021j:plain

新製
豆腐
細切
つき
出し
の図

このつゝにゑを
のせる也      だい板

此所をもちてて前へひく也

みぞ

此器製して売る家あり
大きさは凡そ豆腐
六つ切ぐらいの入る
ほどにすべし

おさえいた

此え黒きは図にてみ分け
やすきがため也くろきに
かぎるべからず

あみはしんちうのほそはりがね也


67
素君伝 明許鍾岳?重氏著

   右陳良卿が集る所の廣諧史第八巻に載す
   と余が閲(けみ)する所の本に此文脱簡す廣諧史
   明板にて舶来の本もとより世に多からず因て
   普く蔵書家に請ひ求め数本を閲するに悉く
   脱簡にて素君伝を欠く他日全本を得て
   此文を補ふべきなり