仮想空間

趣味の変体仮名

心中宵庚申 八百屋の段

 

読んだ本 http://www.enpaku.waseda.ac.jp/db/index.html

     イ14-00002-829

 


15 左頁最後
   下之巻(八百屋の段)            (な)ごりながきなごりと  


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なつもきて あを物みせに水かはく むしろびさしによけられし 日かげの千世がしうとの家は新うつぼ
油かけ町八百屋伊右衛門 じやうどしうの願ひ手れうかい坊のだんぎに打込 かい帳えかうのせわやき
なかま 見世は半兵衛に打まかせ大坂中のてらぐるひ 女房は内そとのせわに五つも年ふけて 朝から
ばん迄 気はいらだて 此半兵衛はくらにべら/\何していやる 見せのうり物がしなびか ヤイ松め きり/\と
水うちをろ コリヤさんよ のりかひ物がひあがろがな とりへてたゝんで打ばん出してちょき/\とうて ヤ
其ちよき/\で夕めしのおねばさぎめ コリヤ松よ けふは五日よひかうしんきのえ子がちかひ 二また
大こんのけてをけ ソレさんよちやがまの下がもえ出ると しやうばいが八百屋とて八百有程いひ付る 口せ
か/\とせはしきは大つごもりの生れかや をばに似ぬおいの太兵衛がいち通ひ はくりの竹の子かたにく
はうどしやうが青ざんせう白ふり二つ これは扨もはやいことでごんすよの おれがもどりは てもおそいこと
でごんすよの コリヤのらつぼ けさ卯のこくから内を出て なん時じやと思ふひるさがり どこではなげを

よまれていた 旦那衆のあつらへ物日おほひしてさへいたむ時 高い物をてんこぼし しやうばいのおう?こらはせ
玉しひに覚えさせんと取付ば 半兵衛はしり出母じや人のがこりや尤 コレ太兵衛 どこにのら/\やつ
ていた おくび町のさら屋から竹の子取に夫のつかひ あはざぼりのたんば屋からくりおこせといふてくる 朝
くら屋からはあすざんせう内にはきれる返事にこまつた 右儀ながら母じや人のきげんなをし つい一
走り廻つておじや ハテわしじやとてなんのわるい所にはいつていましよ よこ町の山しろ屋から
よびこまれ二つ三つ咄したばかり それも外のことでござらぬ こなたに誰(?)やらあひたいとて けさから
こゝに待ているといふてくれとのことづて わしやとくいを廻つてこふこなたもちよつといかしやれと
あつらへ物を取そろへ 若ごしらへして出て行 半兵衛は山しろ屋と聞よりお千世がきたであろ
けどられまいとそらとぼけ ハア山城からはなんの用 どりやちよつといてこふとはしり出るを
むずととらへ むすこ殿こりやどこへ イヤ山しろ屋からあひたいとヲゝその山しろ屋がつてん


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なりませぬ アノぬつけりとしたかほはいの こちとふうふはなんにもしらぬと思ふてか 気にいらひでい
なしたよめ えん州もどりにざい所へよるよふくえてもどつたな ときは町のいとこが所にあづけて置
しやうばいにかこつけ 間がなすきがなめうとこつてりおれがしらいでをこかいの さぞおれがこと
そしりやつつろ 十五年せわにした 親のきらふ女房にずいぶんとかう/\つくし 親には不孝つく
しや をんしらずめとたゝみたゝいてわめきいる所へ あをぬのこのさいねん坊あんないなしにずつと
通り くま野屋の権右様からさきだつてのおやくそく そうみがこくがねのかいげんそさうなひじ致し
ます かう中皆おそろひだんな寺もとふお出 御ふうふながらたゞ今と いひすて帰るそゝくさ
ばうずみらい頼むはあぶなもの アレおやじ殿 くまのやからよびにきたはよいかしやれおりや
いかぬ きり/\さしやれとつこど?おや権右衛門は後生一へん ハレかゝ何をやかましい 又しても
/\ 半兵衛さへ見ればかたきのやうにいふ人じや 世間するわかいものよびにこまい物でも

ない 少々のことは聞のがしにしやいの ソレ其けつかうすぎたから 親をあはうにしをるはいの げんざい
おれがおいの太兵衛をさしをき あかの他人の此のら殿に 家やしきやる此母よこしまは少しもない
コレかゝ それは誰もしつたこと今さらしらべることかいの そのよなはらのたつ時は念仏がくすり
じや とかくによらいの御ほうべん しゆらもやすそなたをよびにくるもみだによらい参るこち
ともみだによらい きけんなをしやとなだむれば イヤこちめうとが出ていて 道(?)へおちよを呼
いれ。るすの間でほたえいさすことはなりませぬ こなたひとり参つて わしはにはかにめがまふた
となりととんししたとなりと間にあひにやらつしやれ コレかゝ たつた今さいねんはうが見ていん
だはいの 此伊右衛門にうそつけかアもつたいないもうごかい 此中さるおてらて五かいのわりくどき
ちやうもんした 三百かい五百かいもつゞまる所はあかゞひにとゞまるとのおだんぎ 半兵衛がしか
らるゝもかひのわぎ そなたにおれがいけんするもかひのわぎ 一れんたくしやうのねやのおどう


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ぎやうとじやれてきげんを取ければそんならマアこなた参らしやれ 此やうなしんいのもえる
時にねぶつ申せば のどにすく/\立やうな 心しづめて跡から参らふ エゝかてゝくはへてあたどんな
ねぶつかう こんな時はめかり聞してのばしたがよいはいの ほんに/\こちの同行に きてんのきいた
がひとりもないと こはいめしらぬ我まゝたら/\ ヲゝそんならさきへ行あとからおじや 仏法
とかやゝの雨は出てきけと ほへ出れば又有がたいとも聞 此たびいく玉大ほうしのかい帳につき山
をかざられたも ちくごの川中嶋の四だんめから出たことじやげな こんなことも出にや聞れぬ
アゝ有がたいなむあみだ仏と わじゆずくり/\出にけり 半兵衛一ごんのこたへもせず なみだに
くれていたりしが顔ふり上 申母じや人 いまめかしい申ごとながら 武士のうまの水でそだちし此半兵衛
廿二の年から御めんどうに預かり ひとりのおいごを指置家やしきしやうばい共 私へおゆづりなさるゝ
御かうをん きもにこたへてあだいもぞんぜぬ 御をんの母の気にいらぬ女房なれば 私がりべつ致してこそ

かう/\も立世間も立所に此度国本のるすの間に 八百屋半兵衛が母がよめをにくんでしうとめざりに
したとさた有ては まん/\千世めがわるいになされませ はうぐはんひいきの世の中お前の名ほか出ませぬ 母
の悪名を立てわかい物の人の人中へつらが出されませふか おやじ様にもめんほくうしなはすかこゝが一つの御訴
訟 すこしの間と思召むしをころし うつくしう千世めをお入なされ 其上にて私が 物の見ごとにさり状
かいてひまやります ホゝそこが男のかうげん 貴人高位の娘でもおつとさりになんと申そ 時には
千世めがしうとめへのうらみもなくおまへをじひじやといはせたい 十六年此かたたつた一ごの御せそう
より 聞入れたとの御一ごん ちしき長らうのお十ねんをさづかり心と斗にて 女房の親と我親と
せけんの義理とをんあいと 三すぢ四すぢの涙のいとたぐり 出すがごとく也 母ほいやりとえがほして
ムゝ名ひあふたふうふあひ まことらしうは思はねどうそに涙は出ぬもの しんじつさるがぢやう


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じやの ハテおまへをだます程なれば此御そせうは申ませぬ ヲゝ嬉しい/\ おれもおにゝはなり
とむない かならずさりやゝ 間にあひいふてだましやれば コレ此母がのどぶえを でばほうせう
でちよいじやぞや 母ころすか女房きるか それからはそちのかつ手しだい アゝさらりろえどの
くがぬけた 此世からのいき仏とはおれがこと あしかるひじに参りましよ こちやみらいことのき
ざりせぬねやの同行が さこそまちやこがれて なむあみだぶつ/\ さんよ其なかでつい供
せい アなむあみだ 松よ見世のつるしくらふな アなまみだ なむあみだぶつに取ませてぶつ/\
「いふてぞ出にける お千世がかさなる五月のおもき身ながら足もとも 手もかろ/\とおびのした
小づま引あげちよこ/\走り ハア久しぶりて内を見た半兵衛様 けふといふけふ町内ひろふもどつ
たはいの アうれしやとだき付ば 半兵衛きよつとして何としてもどつた たつた今母が出られた道
であひはせなんだか さればいの 母様の山城屋へよらしやんして いつにないかどぐちからにこ/\と

いとしや/\おれがちつとの思ひちがひでくらうさせた 今からいなそのいの字もいふまいと心
せいもんたてた 娘はもたす天にも地にもたつたひとりの花よめ まつごの水とらるゝもこつひろわるゝ
そなた ずいぶんかう/\にしてたも そなたもおれがいとしかろ 今お念仏に参る其うちにはやふ
もどつて のちにあはふはやふ/\ととんとおけな物打あけたやうなお心 みなこな様のいひなし故と
ほんに男の御をんはいたゞいていてもあきはない 松よ久しいな もはやどこも?(蚊?)が有に 女房あ
るじがなければまだかやのつり手もなし アノさんがいねふりでは あはせ共のせんだくもできまい此
とだなのほとりはいの おくのこたつもまだふさがず かうの物も見廻たし何からせふやら気がう
ろつく いつけた所て見よととんとすはりし茶がまの前 ゆをわかして水に成末しらぬこそは
かなけれ 半兵衛とかふのあいさつせず コリヤ松よ 只いず共くらへいてしいたけよれと人をのけ お千
世が顔をつく/\゛と見涙ぐみ エゝかはいや りはつな様でも女心 母の詞をしんじつと思ふか いやかことか


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みなうそじや さりながらきのふもくれ/\゛いふ通り 仏法のはしも聞入れ物のじひも心つ
たへ 我おいをさしのけ他人の身共に あとしきゆづる心からはねからいかまぬ其せうこ 人
にはあひえんきえんちをわけた親子にも?わるいか有物 のりあひぶねの見すしらずに
も かはいらしいと思ふ人も有 にんがいのならはしかふした物 いとしぼなげにねからの悪人でも
ない母を そなた故にじやけん者といはせては めうとの者が後生もわるい 母のきげんよふさん
よびかへし あらためておれが手からさるはづじやエゝイ すりやどふでもさらるゝか ハテきもつぶ
すことかいの しぬるはふたりがかねてのかくご やしなひ親にさんもつかずざい所のいこんも
なく エゝさすがじや 見ごとにしんだと みれんものゝ名を取まいため 母にむかひなんぼの
詞をつくしたと思やるぞ かき置もしたゝめしにしやうぞくわきさしも あらめの荷へまき込
此世の心がゝりはみちん程もなけれは 金につまつてしぬる心中と 一口にいはれふと これが一つの気

がゝりとわつとなけばわつとなき こなさんのかう/\の道さへ立ば わしも心はのこらぬと ふうふ手をとりす
がりよりふししづむこ道理なれ 母は念仏のえかうより よめめうとのぐはんいしくどく気がゝり よそに
ゆるりといるそらも見せさしごろにによつと帰り なふお千世もどりやつたか さつきにもいふ
通り ちつとしたりやうげちがひでものおもはせたいとしやの ほんのいきによらいが見たくば
おれじやと思や ながふもないうき世に むごいつらいめ見て何にせふなふいやゝの コリヤ半兵
衛 はしりのでばぼうてうよふとがしてをいたぞや ちよいとさはつてもつるぎじやぞ アな
むあみだ仏/\と半兵衛にあひづの詞 よめはしらぬと思ひこむ 是ばつかりは仏也 めうとは
母のいげんがほ 見れば此世のほんまうと 思へどじやくは雨とふる涙かくすぞあはれ成 コレ半
兵衛何もわすれたことはないか 日の長い時は得て物わすれする物じやよふ思ひ出しや
お千世なかずとこゝへおじやいの まだおれがこはいか こゝへ/\とねこなで声 アイ/\おそ


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ばへ参りますと 立よれんとする所を半兵衛取てつきのけ 女房斗は親のまゝにもならぬ
身が気にいらぬ さつた/\出てうせい コリヤさんもでつちもよふきけ 半兵衛女房さつたぞ
むかひとなり町内でも 母のうき名を立たらば聞ことでない うろ/\せずと出てうせいとま
がほににらむめになみだ コレよめご おりやさらぬぞや 親のまゝにもならぬはめうとぜひが
ない おれをうらみと思やるなといへ共何のへんたうも なき入/\しやくりなく ムゝ其涙は まだ
母にうらみが有そふな 有ならいや聞ませふ イゝエイゝエ おじいぶかいしうとめごになんの/\と詞斗にてかつ
はとふしてなきいたり ヲゝをのれがいふことない 母じや人になんのうらみ 口でま入れるめんどうなと 小かひな取
てかど口に引出す此身もついに行 後に/\とさゝやきてめまぜにやどのなごりの涙 よはる心を見ら
れじと門口ひつしやり見せぐはつたり なるは六つかはやしよやか 時もじぶんも六々に 胸はわけなき五々
八々ちしご近づく斗也 あかぬふうふのいきわかれさすがの母もあいさつなく おうえを立ておくの間のつみ

ほろぼしのかねの声 善悪てらすみあかしの火を見るよりもいねむる下女 外に見るめもあらめのたば
中にかくせし一尺四寸 是はめいどのあんないしや玉しひこむるかきをきばこ ぢごくへおちるかごくらくか 末は
しら茶のしにしやうぞく くる/\つゝむもうせんもはやくれないの血を見れば しにぞこないはせまいぞ
と一心はすはれ共 のうれんひとへあなたにはすゝどき母のかねのこえむねにこたへて身もふるひ ふみどおぼ
えぬさし足に かきがねはづず手もわな/\そつと出たる門ぐちに イヤアお千世か おいの サアわにの
くちをのがれた サアおじやと手をひけば マア待て下さんせ なまなか一たびもどつて こな様
のくちから のくぞさるぞといはれてはみらい迄の気がゝり 此かど口でたつた一ごんさらぬと
いふて下さんせ ハテぐちなことばかり こよひは五日よひかうしん めうとづれで此家を
さると思へばよいはいの ほんにそふじや手に手を取て此世をさる りんえをさるまよひを
さるけふはさいごのひつじのあゆみ あしにまかせて (三重)