仮想空間

趣味の変体仮名

好色入子枕 巻の二 (二)高野の念者柳

 

読んだ本 http://mahoroba.lib.nara-wu.ac.jp/y05/html/1049/index.html

 


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 (二)高野の念者柳
象嵌鍔も秋の草いんろうきんちやくの。だてもけふは。ふりなすびになき
魂(たま)をまつり久之介が兄分。世を今更にはかなくも夢のうきはし
わたるもつらき月日を指折二七日あたら若衆ざかり思へば
此まへ髪も元服の鏡さきにたちて。うれしくも手にふれし物を。
かはりはてたる死髪を。はだへにそへてゆかりの人をともなひ
高野山への心ざし。たのもしきは男色のいきかたおはし
泪にゆく水の。あはれやおそめは身もよもあられずなかきわかれとしらば
おやの。あいをそむきせめて一夜はつきそひまいらせ。よそながらいと


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まごひして。かくうすきえんならば二世のやくそくもおもひやら
れてと。さきの世の事まてもくりかへし子心にながき
八百屋お七は我やどをけふりとなし吉三郎に逢夜のたのしみ
われは身に火を付てもあかれぬ道と。花の姿もすこしはやつれ
て。物はかなげな風情猶うつくしく見えける。二親かくは聞付気も
なたねになりて油屋の家の一大事おそめがわづらふては。金銀ざい
ほうも有かひなしと。しらぬ顔にて物わすれの慰みにありたけつくし
時ならぬ参宮のおもひたち。たれにてもおそめが気に入し腰本(こしもと)
いくたりにても供につれよ。中よき友だち衆もさそへ瞽目(ごぜ)のあふ
みもとをし駕篭にて道中のなぐさみ日数こむぶんはくるし

からず朝露よけて昼時分より宿/\をたつべし泊りは
七つにならぬ内に足をやすめよとありくうちは二時半までは
なし太神宮より有がたき親のをん路銀のほか。みやげの銀は
おそめがまくら箱に乳母にとくと申付てたち帰るまひの。に
ぎはしく鱠の酢にあて。こにあて留守に残る女どものぶつちや
うづらおそめもすまぬかほつきぜひなくそこ/\にいとま
ごひしてあけくれ久之介がわかれをわすれずいつか大津の八丁
め爰の名物若衆絵も久が俤かごの内にはらせ気違のごと
くはなしつるやらなみだやらおもひ草津の露時雨うき
をはらせと水口/\にかへらぬ人は物いはぬ土山峠せき


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越(こゆ)るこゝぞ情の津ときくもむかしこいしや。これを宮川似た
人も内宮外宮をふしおがみ末社/\の宮雀中に結ぶの神様と
にくや一めも見かへらぬ二(ふた)見浅間はかさねてと下向は足も
かたまりておいしはいばら桃の股長谷海道の不自由なも
かはゆいお子に旅心けふはきげんもすぐれねどあすは
大坂へ御宿入伏見の里の朝あらし下り船のきさんじさ
たばこのけふり水車(くるま)淀はよどみて橋本や葛葉ひらかた
見るうちに佐田の鳥居もしん/\としめ野もりぐち夕
は影城が見えれば野口もすぎ天満のはしも長の旅
なしみの川の八軒屋むかひの舟のをひ/\に見付次第に

まねくかほ八兵衛様まめなかおそめ様御きけんよくみなの
しうも。そくさいで下向しました。やしなひ君のかげてこちとが
一代にないえよう。こなたも来年まいらしやれ御せんぐうが
あつて。けつかうな宮うつし道中のきれいさほこりのかゝらぬ
そばきりうばか餅も二文には見よく高茶屋のあまざけ
くもつの。ところてん水口のどでうその日は精進でのこりおほ
い事と。とりあつめる物がたり油屋のくれかたは仕事しうの
行水のなんのとかしまし爰てすぐさまさかむかひと?より
ふねにのりうつり野風呂のたぎり昼の虫さげ重の下づみ羊羹
での。こしもとども一盃酒にみだれて四五年さきのはやり哥


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まてもうたひ舟ばしたをたゝいて。わらふこえにおそめは目
さましてまだ舟ごゝろにむらさきの。はちまききぬがつは
着ながしむかひの者にそれ/\のあいさつの。うちに十七八なる
角(すみ)前髪茶臺さばきもしとやかに。おそめがまへにいつれば此
人は見しらぬものじやと乳母がまはらぬ口にたづねされば/\
おそめ様御留守に旦那の目がねにて大和からはひでの奉公人
見かけは。やせじゝなれど油桶荷ふこりきもあり着がへも有
請人はうなぎ谷の長介が伯父かれこれ。たしかなるものゆへ
御気に入きのふ手がたもすんで家内のなぶり者道頓堀
の役者松川常之烝にどこやら似たじやないかといへばいや/\

またたれにやら。にたとおもひだし次第いふもあり中にも乳母
は目すいしやう髪がくろふて丸びたひなればこちの借屋にいられ
た久之介とのに似たといひ出してみな打ながめ。ほんにはなすじなら
かたえくぼまで。すくじやと何の気もつかずいふを。つく/\おそめはなかめ
入られば見るほどそのこひ人に。いきうつし名をたづねれば久松
と申久之介の久の字なをおもひふかく。みやけに持し白酒の徳利の口を
きらせ久松とさかづき事 道中此かたの御きげんそちは物を書かと
久松にたつねるもおかし御慰みにもならずとおそめがそばへ久松をわたし
をき油断大てきのもとい在所者のこむぎ団子くひついたが娘の
いんぐは始めのおかしさ後のかなしさ


11/17 右頁 挿絵

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