好色入子枕 巻の二 (三)うくいすもなく音

 

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 (三)うくひすもなく音(ね)
わさとひきやくにて申入候そのゝちはたよりもうけ給はらず
いよ/\おかはりなく候やしかれば此ふうじこめたる文さふらふひ
そかに御らんくたさりへく候
一 われらむすめおそめ事そこもとすぎゆかれ候久之介殿と
おさなこゝろにいもせのけいやくいたし候ところにおもはぬわか
れをなげき娘が気わづらひよそなから生死(しやうじ)をあきらめ
させ候へども此ことをわすれず人めをしのび心はかりの仏
事子なからもきどくにそんじ候十五にもなればえん


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ぐみのさうだん山家屋と申方へいとこどしゆへこれへをくり
申けいやくすこしのしるしをとり悦びの中のなげき
大和より我等の家をのぞみこがひの奉公人久松と
申もの御もと久之介とのにいきうつしのきりやう娘が
しよぞんにも久とのよみがへりと思ひはしめのあた事
今のなんぎにくいにもかはゆいにもひとりむすめ。とはう
にくれ他人よりはづかしき一門の中いひひらきにて
ふぎもどうぜんさ有ときはむすめながら大坂にはをき
がたしわび事のたゝぬせつはふたりともかけおちさせ候こお呂
てい清ざえもんどのには此よしふかくつゝみ万一さやうのせつ

御かくまへ可?下候年月のなじみこと更久どのうつりと
おぼしめし此たびのなんぎわれら一生のむしん又/\
金子百両つかはし候にふたりともをひいだし候時分は手と
身とにて候何事もしばしのうちわりなき御世話頼まいらせそうろう
此ひきゃくむすめがうばのおつとおやも同前のものいさい口上
に申付候文したゝめ候内もむねいたみくとからず候くれ
/\たのみ入候めてたくる(な?)し?
十二月廿一日
中田善安様
御かもし様              おそめ母より

 


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親の心にしらずおそめは久之介がうつりと思ひかけしも。今
は久松ならては一生男といふ字はもたじの。かなめ。あふきを
あひづにならし。つほねのうちの風蘭のくまに身をひそめ泣て
はかりいてはすまず久松も男のきれ。申もきのどくまことに
いやしき身を御しんせつのだんめうがのほどもおそろしや此度
の御えんぐみことに御一家万一此わけもれては御家のなんぎ。かた
様のおためもあかりがたし今よりふつ/\おほしめしきられ
西念寺様御いけんのとをりにあそばし候へば。おやごへの孝行世間
のきこへわたくしまでも大悦と申ことばのうち おそめさう/\
きゝいれる風情もなくそなたのことを。わすれよめ入しそうな

ものか。そのうへ帯はせねども。たゞならぬ身三月か四月は
うたがひなし。これでも嫁入がならふかと聞より手も足も
ふるひもはや泣てもかなはぬしだら。たとへ不義の悪名のがれ
ても。いまだ前髪もちながらかゝる大事を仕出し世間のとなえ
親かたのとかめ在所への聞へ身のをき所もなき仕合せとたがい
のくどきごと。まだはなしたいこともあるにおそめ/\とたづぬる
声におどろきをしくもわかれぬ。一さいをこれば二さいをこり
三田(だ)の久松がおぢ出世のこと有てお隙のねがひ氏神のをしへ
なるか久松か出世にひまをとらせば両方よしと。おとなしく
おやかたの了簡めでたくつれかへれと吉日をえらみ久松申は


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犬の日も人すくなき物すへ此節家といづるも罪なくて外聞も
あしく明春三ヶ日すぎてまかり帰るよし申しわたし伯父はかへる
波かへらぬは。あとのなげきあらたまの四方(よも)はにきはひ鶯も明春
おそめが心ね久松が在所よりのむかひよく/\きけば山家屋
へ仲人めがたくみ久松此家になくば波風もたゝぬと女子はづ
かしき鼻のさきぢえ。にくさもにくし此うへはいかなる。うき
めをみるとも久松にはなれぬ所存このわけ文にいはせ三月は
嘉例の山家屋の節振廻(せちふるまひ)おそめはさゝびやうもつての外二三度
のつかひにもいかなく。せびなく嘉例をはつさず家内(やない)ひきつれて
久松はけふ在所へかへるよしねんごろにおやかたのいとま

ごひ。かはらぬ中も瓦屋橋わたりくらへて久松はおそめかた
よりの文に在所よりおぢのまいりしはみな/\仲人めかたくみ
ときけど。人にうらみもなく在所へもかへられすこゝにも足もとめず
ひろひ大坂も壺の内の蛸のごとく思ひつめて。しぬるにきはめ
さびわきざしはあれど此注縄(しろなは)は嘉例にて大和のおや
もとよりきたるふくわは。おやの手にかゝると思ひ身をしる
油樽足がゝりにひきよせ。しめなは十筋(とすじ)になひまぜ口中
にみだをとなへ不忠不孝のつみをなげきおそめ様さら
ばと。ついに心もとをしめて因果かえんか。おそめはきゝつけ
なくもなかれず。すくさまかくごして用意のかみそり書置


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挿絵

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する手もおそしと。をしや花もつぼみをほなじ道にすて草の露しら
ず二親かへりみるより。せつじするやら気がちがふやらしばし泣く声
やまず。とりわき母のなげきまさかのときは。かけおちさせ世間のと
なへも。やみしをりから清左衛門殿へわびて呼かへさんと落行くさきまでを
たのみをきしに。みなあだことゝなりゆき親の心は身ぶりにも見えぬ
か久松出世のむかひをまことゝ思ひしが娘があの世のつかひと仏をなげき
神をいらみかなはぬは此道はや野辺のをくりのいとなみ其頃荻野
八重桐が初狂言に仕組世に哀れを残し追善の哥ざいもん年は
二八のほそ眉と。きくも思ひの種油伊丹へをくりし百両のかねも仏事
供養になしけるとや