ひらかな盛衰記 二の切 源太勘当の段

 

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ひらかな盛衰記

1
源太勘当の段
盛衰記 二の切

 

 

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2
ひらかな盛衰記 弐の切り
時も有せず表の方 若旦那の
御帰国とざゝめく声々 梶原源太
景季(かげすえ)鎌倉一の風流男 戦場より
立帰るえぼしのかけ緒古実を正し

 

 

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3
大紋の袖たぶやかに座敷へ通れば
母の延寿何源太が帰りしか いつらや
/\と立出給ひ ナフ源太 頼朝卿の
御運強く木曾殿を亡ぼし給ふ
範頼義経両大将を初め集らせ

誰々も恙(つゝが)なしと聞つるが 顔を
見て落付ました。仰の如く木曽
の狼藉早速に切鎮め 押続いて
西国表平家の大将攻亡ぼし 法皇
の宸襟(しんきん)を休め奉らんと 攻支度の

 

 

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4
評定取々 父にも益(ます/\)御勇健 先は
かはらぬ母人の御有様 拝し申て祝
着と謹で述ければ いやとよ源太
都は未軍半(いまだいくさなかば)そなた一人帰されしは心得
ず 父御の仰は聞ざるか イヤ何共承はらず

鎌倉へ立帰り子細は母に尋よと 仰も
辞(いなみ)がたければ是非に及ばず罷帰る 母
人の御方へはいかゞ申参りしやらん 覚束
なしと窺へば ヲゝ軍内が渡せし文箱(ふばこ) 是
見よ封もまだ切ず 心元なや披(ひら)に見ん


5
とふた押明る其隙に 千鳥は恋しい
殿御の顔守り詰ても親子の中 包む
恋路のやるせなさ 申源太様常さへ
旅は憂物に たんと御苦労なされしやら
お顔の細つた事はいな お気もじわるふは

ござりませぬか ホゝしほらしいそちが問で気が
付た 身が発足の時分には 弟平次病気で
有たが本復を仕召れたか アイナ本復やら立腹
やら 達者過て迷惑を致します それは一段
どこにお居やる対面したい 兄者人 平次是に


6
罷有と 一間の内よりのさはり出 先何角差置て
聞たいは 宇治川の先陣 見事な高名遊ばした
でござらふの ヲゝ此源太が身に取ては 過分なる
今度の高名 何高名とはめづらしい
お咄しなされ承はらぐ ホゝ語つて聞さん承はれ

 宇治川先陣物語
去程に義経の御勢は 都合二万
五千余騎 山城国宇治の郡(こほり)に
おし寄る 頃は睦月の 末つかた四方
の山々雪解して水倍(かさ)まさり彼


7
大河 宇治橋の中の間引はなし
向ふの岸には乱杭さかもき透間
もなく 鎧(よろふ)たる武者五六千川を渡
さば射落さんと 矢尻を揃て待かけ
たり かゝる時節に渉さすば いつか

誉をあらはさんと 我君より給はつ
たつするすみといふ名馬に あかり
はづしてゆらりと打乗 名に橘
の小嶋が崎よりいつさんに かけ出
せば 続いて後に武者一騎 表の


8
朝の河風に さそふ轡の音は
りん/\ 誰なるらんと 見帰れば古
哥の心に似たるぞや おぼろ/\と
白玉の霞の ひまよりかけくるは
佐々木の四郎高綱 馬はおとら

ぬいけづきするすみ 二騎合ならん
でざんぶ/\と打入る コレ兄者人 是
迄ははなしもならふ 是から先が
勝負のかんもん 自身にはいひにく
かろ 兄弟のよしみ平次がかはつて


9
じゃなさふぃと いふに千鳥が聞兼
て 兄御様の高名ばなし 横合
からこしからずとだまつて聞て
居さしやんせ ヤアいやらしい肩持
な 我にはかまはぬ今の後はかうで

有(あろ)佐々木は聞ゆる剛の者 兄
貴はしれたぬるま殿 終に佐々木
に乗まけて いや/\/\なんのあなた
がまけ給はん しらぬながらも千鳥
が推量敵は川を渡さじと水底に


10
大綱に綱十文字に引わたし 駒
の足をなやませしに 頓智の源太
景季様太刀を するりとぬき給ひ
大綱小綱切流し/\ なされたでござん
せふ ヲゝ千鳥がいふに違ひなく 綱は

残らず切はらひ佐々木が乗たる
いけずきに 一だん斗乗勝たり アレ
聞給へまけはなされぬ アゝ嬉しや
それ聞て痞(つかへ)がおりたと悦べば 平次
頭(かしら)を打ふつて 某佐々木に成かはり


11
一問答仕らん 其時高綱大音上け
是々景季 馬の腹帯が伸び候 鞍
かへされてけが有なと声をかけたで
有ふがの ホゝ委しくも能しつたり 某
はつと心つき 弓の弦を口にくはへ馬

の腹帯に諸手をかけ 引上 ゆり
上しつかとしめる コレ/\それがうつかり
伸ぬ腹帯を伸たといふは こなたの
鼻毛を見ぬいた計略 うぢ/\召る
其隙に さつと佐々木が打渡つて


12
宇田の天皇九代の後胤(こういん) 近江源
氏の嫡流佐々木の四郎高綱 宇
治川の先陣也と呼はりしは 遖手柄
こなたは大恥みぢんも違は有まいと 笠に
かゝつて恥しむれば 源太は黙していらへなし

傍からハア/\/\とあせる斗に女子気
の 何とせんかた泣く千鳥 平次景高
せゝら笑ひ どいつもこいつも吼づら ハテ
気味のよい事の コレ母者人 惣領
の恥かき殿を 仕廻へといふてきませう


13
がの 其状おれにも見せさつしやれ
と 指出す腕をたゝきのけ コリヤ此文は
母への名あて 何が書て有ふとまゝ
そちには見せぬ 母を差置出しや
ばるなと 叱る声さへおろ/\涙また

くり返す文体に 心をいためおはし
ます エゝ子にあまいも事による 生け
て置程親兄弟のつらよごし コレ
爰な腰抜殿 せめては親の催促
待ず てこにやうと思ふ気はないか 夫レ


14
も成まい 世間は切抜したにして其
首はねて埒明ふと ずはとぬいて
切かゝる刀の鍔ぎはむずと取り 兄
親に対しびろうの振舞 腰抜
の手並腰骨に覚へよと 引かづいて

どうど投付け おこしも立ず刀の肖(むね)
打ちりう/\はつしとぶちのめせば
あいた/\と顔しかめはふ/\逃げ
てぞ入にける こりや/\千鳥
源太が母へ申上る子細有 次へ


15
来れと人をよけ かく申さば景季
が命惜いに似たれ共 ゆめ/\助かる
所存にあらず 此度宇治の合
戦前 父にて候平三殿軍の勝
負を試見んと 御赦しもなき的を

射損じ 其矢がはからず大将の
御白旗に当りしは味方の不吉父
の不運申訳立がたく切腹に極りし
を 佐々木の四郎が情によつて君
の御前を云直し 父の命を助けたり


16
其場に某有合はさず後にてかくと
承はり 佐々木に逢て一礼をと
思ふ間もなく早合戦 宇治川
の先陣は我も人も望む所 有が
中にも川を渡すは佐々木と某

南無三宝父の為には恩有る佐々木
此人に乗り勝ては侍の道立ずと 心
一つに了簡さだめ 先陣を彼に譲り
手柄させしは情の返礼 遅れを取し
某はもとより覚悟の上なれば恥も


17
命もちつ共いとはず 先陣の高名に
おさ/\おとらぬ孝行の 高名と存
ずれど白地(あからさま)申されぬは 武士と/\の
誠の情 父の為に捨る命お暇申す
母上と 指し添に手をかくればやれ待て

源太 夫程しれた身の言訳父
御へなぜ云ぬ いや言訳を仕れば
佐々木が手柄を無にする道理
拠(よんどころ)なく母人へ申上しも本意なら
ず 死後とても此事は御沙汰


18
なされて下さるな いや/\それは
若気の了簡 今死では忠孝
にならぬぞよ こは仰共覚へず 義
をしつて相果れば忠も立ち孝も
立 いや立ぬなぜといへ 梶原の

家は坂東の八平氏 其氏を名にあら
はす 平三殿の惣領のそちなれば
名をば平太といふべきを 源太と付し
は忝くも征夷大将軍源の頼朝卿
石橋山のふし木隠れ 危き御命助


19
られし 平三殿を命の親と宣(のたま)ひ
て 勿体なくも家来の子を兄弟
分に思し召され 源の氏を給はり源太と
名のらせ 源氏嫡流の御召有 産(うぶ)
衣といふ鎧迄下された烏帽子

子 爰をよふ合点しや 今命を捨
てはな 産みの親への孝行は立ふが
烏帽子親の我君へはどの命で
御恩をおくる 主なり親なり忠孝
が立ぬとは 爰の事をいふはいの いや


20
其御恩を忘れはいたさぬ 烏帽子
親とは憚り有る 主従は三世の契り
いきかはり死かはり 君に仕へる侍の魂
ヤレ情ない三世の契りの御主には 未
来でもあはれうが 親子は一世此

世斗で又あはれぬ 母を置て死ふ
といふ子もどうよく 殺せと云て
おくられし連れ合は猶どうよく悪い
子でさへ捨かねるは親の因果 まし
てけなげな子でないか 虫けらの命


21
でさへ科ない者は殺されぬに ちり
あくたかなんぞの様に心やすそに
捨よとは 父御斗の子かいのふ母が尋
にも子じや物を とひ談合に及び
もせず軍内を検使にやると 逸徹

短慮な此文体見るも恨めしいま/\し
と ずん/\に引さき/\口にふくんでのみ
したき 夫を恨み子をかこちわつ
とさけび入給ふ母の慈悲心肝
に銘じ 六根五臓をしぼり出す


22
涙もあつき恩愛の親子の嘆き
ぞ道理なる 横須賀軍内憚り
なくつつと通り 親旦那の御状
御覧の上は申すに及ばぬ 某は検使
の役 サア源太殿 腹めされと小がり

切て云離せば ヲゝ覚悟は兼て極
めしと 身づくろひする所を母は立
寄り取てふせ ヤアどこへ腹とはそりや
ならぬ 恥かいた人でなし大小もいで
あほう払ひ 手ぬるいてゝごの指図


23
より きびしい母が仕置を見しよ
誰(たそ)仲間(ちうげん)共古布子持てこい 早ふ
/\と呼声にあつとこたへて平次
景高 古わんぼう引さげ出 申母人
此布子どふなさるゝどふするとは

しれた事 こいつめに着せかへて門前
からぼつはらへ それこそ望む所よ
と無方の主従立かゝり 手でに
もぎ取る太刀えぼし たゝき落され
おつぽろ髪 素襖袴の帯紐も


24
引しやなぐるやら引切るやら 上着
中着の綾錦古わんぼうにきせ
かへさせ 腰にくひ入る縄帯しめ付け
かれをさつきに投げおつた 礼は平次が
おすねでいふと 縁より下へ踏落し

さつてもきみのよいざまのと一度に
どつと打笑ふ 源太はかはりし我姿の
恥も無念も忍び泣 母は我子を
助けん為人まへ作る渋面顔 いかる
ぎせいもにが口も詞と心はうら表


25
命がはりの勘当じやと思ふてかん
にんしてくれと 云たさつらさ泣た
さを胸に包どつゝまれぬ 悲しい
色目さとられじと ヤア皆の者が
あのざま見て おかしがるで母も

おかしい あんまり笑ふて涙が出る
ハゝゝゝと高笑ひ泣くよりも猶哀れ
なり 千鳥はかく聞よりも有にも
あられず走り出 かはりし源太が
うき姿二た目共見もわかず おどう


26
よくな母御様 勝も負るも軍のならひ
誰しもかうした不覚は有る物 父御様
から殺せと有をお侘言はなされい
で 阿呆払ひの勘当のと是がほんの
爺(てて)打ち母打 二人の親御に憎まれ

て源太様のお身がどこで立 あれ
程むごふなされたうへはもふ 堪忍して
上まして下さりませと斗りにてかつぱ
とふして泣わぶる ヤア此母が采配
こしやくなそちが何しつて コリヤよふ


27
聞け 源太めがあのざまは弟への見
せしめ あの恥を無念と思はゞ 西
国へ責下つて平家を亡し 手柄して
我君の御用に立ば ナ勘当はせぬ
ナ平次ナ心得たか 必ず手柄を待ている

母が詞を忘るゝなと弟が事に云
なして 兄をはげます詞のなぞ/\
とくより母の御慈悲とは しる程
おもき源太がひたい土にすり付泣
居たる 平次景高したり顔 コリヤ千鳥


28
なんぼ吼てもかなはぬ 是からは
分別しかへ 泥坊めが事思ひ切
おれがいふ事聞さへすりや 母へ願ふ
てコリヤ奥様じや嬉しいかと せなを
たゝけば エゝけがらはしい聞ともない

にくまれ子世に憚ると 何国(どこ)迄
はゞかりなされうがいやじや/\
わしやいやじや ヤアしぶといめらう
と掴みかゝるを母押退け 何じや千鳥
と源太が狂ふて居る エゝ年よりひねた


29
徒(いたづら)者 こいつはおれが仕様が有 源太
めを追まくれと千鳥を引立て奥
に入 コリヤ軍内 下部(しもべ)共に云付けきやつ
を早ふにまくし出せ イヤサおせきなさ
るゝな 母御の仰はともかくも某が

存るは コレかう/\と平次が耳に吹
込ば ヲゝそふじやよい分別と 二人
白洲に飛おり/\声をもかけ
ず抜打に 源太をめかけ切つくる
さしつたりと引ぱづし かいくゞる身の


30
ひねり軍内が諸ひざかき のめら
す隙を又切かくる 平次が刀も
ひらりとはづし 引掴でもんどり
うたせ 二人を踏付け立たるは心地
よくこそ見へにけれ ヤア平次千鳥

が事を根柴(ねは)に持ち 兄に敵対畜
生め 今踏殺すは安(やす)けれど わるい子
迚も捨られぬと 母のお詞聞捨
られず助けて置く 源太かはつて
孝行に仕れと ゆん手にさし上くる/\と


31
ふり廻し 七八間打付くれば からき命
をたすかつて後をも見せず逃て
行 ヤア軍内 親共からの使いなれば儕
もどふも殺されぬ そこを源太が
了簡て 殺して仕舞ふ仕様はりう/\

是見をれ うぬが刀でうぬが首
ころりと落すは自業自得果 源
太は殺さぬ手斗り動くと いふより早く
首と胴との生き別れ 親子の別れ今一度
母の御目にいや/\/\ 仰に従ひ平家の


32
戦ひ 四国九国の果迄もぼつつめ
/\高名し 其時お顔を拝まんすと
思ひ明らめ立出る うしろの障
子さつとひらく音に驚きふり
返れば 母はすつくと立ながら

源太が方へは目もやらず 四国九国
の合戦も素肌武者では手柄が
成まい 勘当した子に持て行けと教へは
せぬが 頼朝卿より給はりし産衣
の鎧甲 誕生日の祝儀とて

 

 

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33
かざらせて爰に有る 我物を取て
行くに 誰がいなといはふぞ但しは
いらぬか 主もない此鎧早取り
おけこしもと共 女子共はどこに
居る こいよ/\と呼はり/\入給ふ

ハア重々深き御憐愍(れんみん)忝し/\
と かけ上つて鎧甲を取のくれば
思ひがけなき具足櫃よりずつと
出たるこしもと千鳥 ヤアそちは
爰に何として サア是も母御様の

 

 

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34
おなさけ 不義をした科で此箱
に入れ糾明さす 其後は隙をやる
いきたい方へ連れ立ていきをれと
お慈悲深い御了簡 何母人が
ハツハゝゝゝ有がたや冥加なや あだに思はゞ

逆罰(さかばち)受ん 恐ろし/\是より直く
に 此源太が恥辱をすゝぐ合戦
の首途(かどいで) お暇申奉ると母の
かたを伏拝み/\ おまめでござつ
てくださりませと 云も尽きせぬ

 

 

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35
別れの涙 しぼりかねたる袖の海
ふかき御恩を蒙りしは 身一つならぬ
友千鳥泣々出しが又立留まり ふり
返りては親と子の はてし名残の
憂分かれうき世に うき身かこつらん

 

 オワリ。 

 「かこつらん」の「ら」が横っちょにちびっちょぶら下がっててカワイイ~。