ひらかな盛衰記 三の口 大津宿屋の段

 

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856522

 

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221
宿屋笹引の段
盛衰記 三の口

 

 

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222 左頁

ひらかな盛衰記 三の口
東路をのぼり下りの 旅人も
二つと三つに追分や大津に並ぶ
はたごやの 棟門(かど)多き其中に
名高き関の清水やが 得より

 

 

 

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223
奥に客留て 料理拵へまな
板の 音もてき/\亭主が気
配り 下女も男もそれ/\に 茶
運ぶ風呂焼(たく)人とめる 門賑しき
たそがれ時 あらたうと 道引給へ

観世音 はこぶ歩みの 巡礼
姿 背(せな)に国名を笈摺のとしは
六十に色黒き 達者作りの老人
が 娘と孫を打連れて 胸にかけたる
ぐだらくや 紀の路大和路打過て

 

 

 

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224
けふもくれいる鐘の声 三井寺
に札納め爰かそこかと指し覗け
ば 亭主がかけ出てコレ親仁様 お泊り
なら脇ひら見まい 名代の清水や
座敷がきれいな木賃が安い

サアおはいりと引留れば アゝこれ/\
めつたに引ぱつて着物破つて
貰ふまい 何ぼ泊たがりやつても
木賃を聞かにやほか/\とはいらぬ
親仁 サアいくらじやきり/\いふた

 

 

 

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225
ハテ定まりは三十なれどよい様にして
とめましよわいイヤよい様とはよい
衆の事 おらはずんどびんぼな西
国 道々も杓ふつて巡礼に御ほう
しやで貰ひ溜の米もあれど

たつた今後の石切で 蕎麦を
したゝかしてやつたりや 腹袋に
足が入てあす迄煮炊も何にも
いらぬが ナント廿宛で留ぬかい ハア
そりや安けれど巡礼衆の事じや


226
物 まゝよ負けましよ イヤやすうは
ないぞや銭の高いか合点かしかけ
てつかへば五分四五りん利が有すぎよ
サアそんならおよしわらぢとけ サアぼん
あがろ ヤアえい/\と 襖隔て次の

間に打寛(くつろい)で 扨あるいたは けふは大
道そちも草臥 おりや程の事
道べたで気斗いらくら 船頭と鼈(すつぽん)は
陸(くが)て埒の明かぬ物 やれしんどや腰
いたや ドレ其枕取てたも アゝやい/\


227
コリヤ鶴松よ 其襖あけんものじや
こはいそ/\ コリヤ爰へこいじゝかんでやろ
エゝきたない洟(はなたれ)では有ぞ ヲゝあれ/\
又飯ごり引出すはい 去とはたゝ手の
ないやつ ヤほんにそれて思ひ出した

コレ/\宿の衆 どれぞちよつと頼ん
ましよ早ふ/\ ヲゝこれとつ様 けたゝ
ましい何んぞいの イヤ此飯こりかさ/\
と洗ふて貰て あすの出立の
残りをつめる 菜(さい)は茄(なすび)と大根を


228
取交ぜ 香の物のこけら鮓 頼んで
置くと諂(へつら)はぬ たつみあがりのとん
きよ声 夫レといわねど紛れなき
船乗とこそしられたり 同じ浮
世に 憂思ひ 人忍ぶ身はおのつ

から 茅にも心奥座敷 山ぶき
御前は先逹て爰にやどりを仮
初も ならはぬ旅につかれ果こゝち
例ならねば お傍離れぬ鎌田隼
人(はいと)娘のお筆諸共にいたはり 介抱


229
する中に 何のぐはんぜも泣出す
駒若君のやんちや声 襖一重に
聞も気のどく アレおよし あちらの
旅人も子が有そうながさつても
せがむは わやくいふな だましても

すかしてもおこりおるとどこにも
迷惑 ハア何ぞやりたい物じやがヲゝ
それよ 童すかしはこんな時 今跡
で買た大津絵 一枚やろと取出
すを 槌松が掴んで放さばこそ


230
いやしや/\と泣わめく ヲゝこりや
/\破るなやい エゝしはい坊主め コリヤ
よう合点せい 此絵は座頭の坊
が褌を 犬がくはへて引所 こりや目
がなふて面白ない よその子にやつて

のけ 我にやコレ/\衣きた 鬼の念仏噛
砕く 撞木を持て鉦(たゝきかね)くはん/\/\
イヤくはゝくはん/\と 紛らす中におよしが
襖押明て コレ申お隣の おちいさい
のがきつい泣やう 是進ぜましよ


231
と指し出せば お筆が取て押戴き
是は/\忝い お前にも子達か有
よ よい物進ぜて下さんした 是/\
あつかホゝよいのじや アレ余所のやゝ
御らいじませとなしい事わいの

ナゝあのおつしやる事はようおとなし
かろぞ 其わんばくさ意地悪
で どうもかうも成こつちやござり
ませぬ お前のは色白に美くしい
よいお子やの おいくつでござります


232
サア此お子は三つなれど としよはで
ござんすはい 扨もいや/\ そんなりや
是とおない年同じ三つと云ながら
此坊主は 二月生れで年つよ ホンニ
夫でか大からにも有健(たくま)しい子で

お仕合 見れば巡礼さしやんすそふ
なが 奇特な子や所はどこぞい アイ
所は是から大方十二三里も下(しも) コリヤ
およし 主の臍探る様にエゝぐづ/\
した物の云やう たつた一口つい


233
津の国の船頭じやといふたが
よいわい アゝせはしない ちつと人にも物
云せたかよいわいの マア聞て下さり
ませ 此様に乳呑子を抱へ長旅を
致しまするも 私が稚なじみ 此子

が爺(とゝ)は随分達者な人で有たが
ふと風の心地と病付たが定業(じやうごう)
やら 間もなう死なれて今年が丁
ど三年に当りますれど 何を供
養施しも内証のかいはまはらず


234
西国は結構な事じやときけば
せめて足手を引て成りと夫のぼ
だいを弔ひたさに 思ひ立ての巡
礼と語るを聞て山吹御前 あの
子も三つ我子も三つ爺おやに

別れたとは 果報拙なやいとしやなふ
自らとても殿御に離れたよりなき
身の旅の空 世には似た事も有
物と身につまさるゝ御涙 アレ聞たか
およし あなたも御亭様がないとい


235
やい そりや悲しいはじやが いき
身は死に身合せ物は放れ物 何ぼ
泣ても返らぬ事 さつぱりと諦
めて早ふ男を持しやりませ ハテ
そふなけりや我も人も 肝心の

商売が成ませぬ 夫レでこつちも
近頃幸いな者聟に取たが 此よしが
舵の取様がよい故か 何時ともなふ
帆柱立て 乗まする押まする
舩一まきならござれ/\ そこでからは


236
一とたすかり大舩に乗た心 外に望
は何にもないが たつた一色サアいづくの
浦でも ない物は金と化物 有物は
質の札と借銭 こいつも根継ぎで
ござります 見りやお前方はよい

衆そうなが どこえとからとつちへ
ござると 問れてお筆が取繕ひ
サア我々は都を放れ 片山里から
信濃路へ心ざし エゝ聞へた 善光寺
参りじやな ヲゝいかにもそれ/\


237
夫レに付て難儀な事はこれに
ござるお主様が俄の御病気 ア
お道理でも有 ついに是迄道
一里とお拾ひなされた事なけれ
ば おつかれの出るも尤 わしらが

足さへ草鞋に喰われてホゝ豆が出
来たでござりましよ そりや針
でつかしやりませ 惣体豆といふ
物は 突くとじく/\汁が出まする
アゝこれとつ様 ひよかすかと出ほう


238
だい何ぞいの イヤひよかすかじや
ない よう成事をいふて進ぜる アレ
まだいのヲゝ笑止な人やと袖おほへは
イヤ/\ちつとも苦しうない 最前から
手前も出て 挨拶するも合点

なれど 却て興もさめふかと態と
控へて居申た 今娘がいふごとく御主
人の御病気親子の者が御介抱
も 旅宿なれば 万事の心に任せす
何がなお慰めと思へ共 口おもたき


239
我々では埒明ぬ 正真の旅は道
連れ かう打寄も他生の縁 サア/\
遠慮なしに何成共 お気のはるゝ
咄しを頼む アゝ旦那様こりや迷
惑 おらは咄しは何にもしらぬ ヲゝ

有ぞ/\たつた一つ咄しましよ 昔々
ぢいは山へ柴かりに ばゝは川へ洗濯し
に アゝこれ/\ そりやあんまり子供
もしつた昔咄し古い/\ サア古いに
よつて洗濯しまする 洗ふでも


240
磨いても あたらしうならぬ物は寄る
としと此顔の真っ黒なはしつかい牛
もふ寝たとよござりましよと
蒲団てんでに寝転びて 咄し半ばへ
亭主がによつこり ハアこりやみな

まだお休なされぬか さらば行燈を
とりましよかい 此まゝ置ば油代が
十文出まする ヲゝそりや合点じや
やつはり置たり 爰で一つ談合が有
両方兼たこの行燈 そつちもこつ


241
ちも勘定づく 何と 三文まけて
貰をかい ヘツ扨もこまかい虱のかわ
イヤおらが虱より此蒲団はどふやら
うち/\ 千十観音はおらぬかや
ハテ勿体ない巡礼が観音きらふて

よいものか 信ありや徳有奇特
には 道中けがのないやうに 乗うつ
つてござりましよと笑ふて 勝手
へ入にけり 跡は互に旅草臥れ子供の
添乳(そへじ)肘枕 咄のあともうたゝねに


242
とろ/\寝入る折こそあれ 村中を
かけ廻るあるきがによつと門口から
御亭主内にか ヲツト何じや イヤ何
じやはお尋者きびしい御詮議 委
敷(しい)事はきて聞しやれ さあ/\今

じやちやつと/\ ホイそりやいかざ成
まい 遅くば庄やのたくら者 またあ
たまから噛むじやあろと 気もわく
せきだかた/\に羽織引かけ出て
行 既に其夜も 更渡り 遠寺(えんじ)の

 

 

 

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243
鐘もかすか成 ともしび細くかげ
さして 四方に人音しづまりぬ 旅
ぞ共しらぬ 稚な子 隣どし 宵寝
まどひの眼をほつちり ちぶさ放れ
てそろ/\と 這出てひとりにた/\

笑ひ つむりてん/\てうち/\あばゞ
間の襖をこへ行ば こなたの子も出
て這廻り うなづき合て寄こぞり
おせ/\こぼうしがおないどし 互に
あいするごとくにて きげんえがほの

 

 

 

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244
しほの目細目 きせるぐはさ/\手
すさびや 菅笠取てきたは松茸
ほしがる顔で つかめばやらじと引はり
合い よねんなわいもなかりしが悦ぶ
先にほつと欠(あくび)も子供のつね 又

行燈に手をかけて こなたが引けば
あなたも引突戻せば押かへし 引
あふ拍子に土器(かはらけ)ゆり込み ともしび
ばつたりまつくらやみ 我と我てに
驚きてわつと泣出す子供の声

 

 

 

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寝耳に恟り目覚す人々 こりや
何事とうろつく内 亭主が注
進先に立 梶原が家来番場の
忠太 大勢引連れかけ来たり それ遁
すなと下知すれば とつた/\と乱れ

入 音に驚く家内の騒動 ふるい
わなゝきあつたふた 危きこはさ
もくらまぎれ 行当るやらこける
やら上を下へと 「立さはく かぜも  ←(笹引の段)