好色入子枕 巻の五(二)大振袖の手代

 

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 巻の五

 

6/16 左頁
 (二)大振袖の手代
当世のはやり物正法寺の日親上人もよい場所にいられて
生玉のもどり足万歳彦八に。ついやしたるあまり銭を十
二灯につみ三津寺の観音も役者子供の信心かほ見せ
に一はれ仕(しま)ふとあとの提灯とりもなほさず掛奉る
御宝前と。あの事までそしり中間銭屋の仁介茶屋の
喜七越後屋の半兵衛長田?(ずい)尺といふはらたてまじくら
初鰒(ふぐ)も廻り会酒がのまする。酒になりて夜のない国はなる
まいか切立の褌を油灯にかけるも残念のいたり??(喜七?)が申


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いだすは半兵衛ほとの器量しが夏冬なしに振袖の木綿
じばんはなさずしかも襟袖たち。ふしぎは是なりいつそは尋ん
と思ふ折からさいはひ。けふの一座此わけおさへてとへは見付ら
れしうへは是非なし。つゝまずさしてふかしき事にあらず
我等義生国守口九つのとしより奉公にまいり西も東も知
ぬ春秋親も同前の親かたのかいほう馬にもふまれず。いま
三十二のやく年まで一日手いたき宮づかへもいたさす人並に
世間をつとめ生(むまれ)もつかぬ様に。さま付らるゝも親かたのひかり
出世も十分になすれは万一栄耀にふけてあしき心もうつり。
おごりをしりそくるため奉公にまいりし時親もとより。きなれ

たるもめんのひとへもの朝夕はだにはなさす秋の夜の淋しき折
からも此ふりそての無かしをおもへば。かりにも奉公おろそかには
ならず親かたの高恩わすれぬ心底われと身を持あげぬ
心のおきて必ず沙汰無用とまがほになつてはなすに横手を
打て盃もしらけるほどにかんじ銘々のやとにかへり半兵衛が
心ざし主人のむえがをわすれぬいきかた。すえ/\゛下人迄申き
かせあたりを所の奉公人の手本とはなりぬ天道まことをてらし
親かた浄喜入道へも此よしきこへかげながらもよろしきふうぶん
誰もかくこそありたけれ正五九月は嘉例の月待越後屋
稽古能とて一家見物手のものゝ衣裳あるにまかせ三大臣五大


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高砂松風融三番に祝儀をまひおさめなを/\月代迄の
なくさみおもひ/\のかくしげい所からとて。物まね片岡
しのづか染川十郎兵衛とおもひ/\に名はかはれと。やはり
かみゆひの半介じやと打こまれて蛭に塩屋の手つま品玉も
うつりかはる饅頭が鰌(どでう)あふきの尻で天目をあけるなとつくし
夜食切に座敷しはいもはてゝ後は四方山のはなしまづ
喜太夫か出火とらのとしの大水三津寺の化物政之介か味
噌屋になつた由来額の小さんが借銭のはなし権左衛門
かやぐぜんさくもおかし亭主きけんのあまり手代半兵衛を
ちかよせ。このころ世間のとりさた其方かつとめかた奉公人の鏡

くもらぬ心さし親方の外聞殊更今参(まいり)の時着なれたる木綿
の単(ひとへ)不断身につけ。世はもとしのびむかしをわすれす身を持
あけぬ所存町内のほめもの今宵の折から慰にもなれや一つ
二十年以前の振袖紋に芥子ほどの橘からくさ小紋のちらし覚あり
目通(どほり)で肩をぬいでお目にかけよ半兵衛は再三のじたい重(かさね)ておめに
かけんと。はしりいづるをおかしさも大勢立寄ぐる/\と帯をほど
けば世間で申とは天地のちがひ木綿じばんの振袖にはあらず
黒繻子に紅(もみ)裏付たる大振袖紋は立葵を錦糸(しや)にぬはせ行表(ゆきおもて)も
三百日とは見えず一座の客人あきれて明(あい)たる口もふさかず
上るり小諷(うたひ)あるひは双六の筒(どう)をなし此首尾をまぎらかせど


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右頁挿絵

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左頁
なをしらけて親かたのかほは。緋縮緬。半兵衛はぬめりんずなるいひ
わけもすまず。いつのころよりか尼崎屋の小菊と申よねにしたしく
なれそめ二十年はたをはなさぬ木綿じばんのふりそて。心のた
しなみ身のをきてもぬきすて小菊か寝巻留伽羅(とめき)のかりゆかしく
明暮これを身にまとひわすれもやらぬ恋路。思ひかけなき今宵
のしな/\手のうらかへす半兵衛か不首尾韓信張良ともうたはれし
身も。けふは鎌(かぎ)迄をとりあげられ。腰のまはりも淋しきくれかた小
菊がことは露わすれねどうはへには食事も絶て身もやつれ。こと
しはやくとしじやことの。このころこしらへた脇指も性にあはなげなの
辻井戸もよるはふたの有にこまると。詞のはしに気遣がらせ子も


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同前の半兵衛があやまり年月の奉公ぶりにめんじ一家のあい
さつもどしがたし此度は見ゆるし此後なを/\ふびんをかけて
よしなにつかへど底心にはさら/\小菊がことはやめず。日に
まし夜にましてのやりくり親かたそれとはしらず兎
角障子のやぶれはかみならぬ身や