摂州合邦辻 上巻

 

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      イ14-00002-452   (参考:イ14-00002-451)

 

 上巻

 

 (住吉社の段)

2
  摂州合邦辻  座本豊竹此吉
住吉の岸の嵐も霞むらん 遠里小野と聯(つらね)しも早立
替る霜月下旬 四社明神の鎮火祭和光のかげの瑞籬(みづかき)
や 老若貴賤の差(しや)別なく歩みを 運ぶ神徳は 治る御代の印
かや端手ならず 憎からざりし 取なりも 出世栄せし家敷風 河内の
国の一城主高安殿の奥方玉手御前に続いて御代継
俊徳君と御親子の 名は有ながら俊栄(ばい)は廿(はたち)の上は過ざりし 桃


3
杏(とうり)の姿百の媚 あてやかなりし御粧ひ 嬪婢(こしもとはした)附々も軽う 出たつ
忍びの詣で 裾吹返す松風に 留木の薫り媚(なまめ)かし 外珍らしき嬪
共 ホンニけふは奥様や若殿様のお影故 久しぶりで住吉参り よい男の見飽
は目の正月藪入の取越致しました ノウ小菊殿 サレハイノ奥様や若殿様に参り
下向が見取てもお傍へは寄付ず 時々わしらがお尻(いど)の傍(あた)り ひり/\するは奥様
のお腰の廻りのお身がはり 痛さ堪える辛抱も是も忠義じやないかい
のと しどなき咄しに奥方も笑ひ催し給ひける 俊徳丸は慇懃に 家

敷より余程の道母上様にも嘸お労(つかれ) 鎮火祭の神事迄神主方へ御入有
暫しが間御休息と 隔てし中も隔なき 孝行深く見へにける ヲゝよふこそ心が付き
ました 例年当社の鎮火祭いつも殿様御社参なれど 折悪(あし)いは御所労父御の
名代そなたの参詣 自ら迚も我夫(つま)の 武運の祈り御病気も御全快遊す様
神に願ひのけふの催ふし 神楽を奏し神酒頂戴俊徳殿にもいざ/\と 堅い親
子の挨拶も武家の行儀はくどからず 嬪引連しづ/\と 神前さして詣ふでらす
鮑魚の肆腥(いちぐら なまぐさき)を知ずとかや 同気相求る世のならひ 高安左衛門道俊の下戚(げしやく)


4
腹 治郎丸迚大前髪跡に引添ふ壺井平馬 悪の腰押す一つ穴 狐もいやがる狼武
士 浪人めいたる侍引連れ 密事と見へて三人が一つ所に寄挙(こぞり)中にも平馬が差配ばり 兼々
申上置たる京地の浪人桟図書(かけはしづしよ)とは此仁 御詞を下し置かれ然るべからんと 壺井が詞次郎
丸打點頭(うなづき)フウ噂に聞たる桟図書とは其方よな 我高安の惣領とは生れながら外威腹故
次男と成 高安の家督は俊徳丸と 京都へ願ひの真最中 さすれば我は家来同然
肩身を窄むる無念奇怪 折も有ば家国を押領せんと工む折しも 幸い父の病中と云此
どさくさに俊徳丸ぶち殺すか毒がいか 殺して仕廻ふ仕やうは様々 差し詰家督は次郎丸 心を

かけし俊徳が云号 和泉の国陰山長者が娘浅香姫と云手入ずも 自然と我が手に入道理
何も角も能事だらけ 心がゝりは家老の主税高安の継目の綸旨 病ほうけても親道俊宝蔵
に納め鍵は腰付け こつちへはたくる術は其方 此義首尾能仕果せなば両人は執権職 心得たるかと当ても
なき 水の月取猿知恵の 早呑込ぞ愚かなる 平馬は猶も頭に乗て 委細の様子は図書殿にとつくと示し
合したれば綸旨は追付け御手に入ん お気遣は御無用/\ 成程貴殿の御意の通り 万事は拙者に任せ何角
の手筈を密談せん ホゝ出かした/\ 憚りながら爰は人立ち委細はあれにて主従かための盃せん両人続けと
二郎丸 欲と悪との三がなは打連れてこそ急き行 草に育てど爪はづれ 賤しからざる小娘の背なに草籠手


5
に浚へる落葉掻くなる松陰を そこよ爰よと人待風情 社の方より俊徳丸 社家の馳走の酔さまし供を
も連ず只一人出合頭に御姿 一目見るより夜風のそつとする程美くしき 顔に見取れて取落す さらへる恋の
いろ手本 師匠は波のうかれ舟岸に寄たき思ひ也 若殿も最前より 心付けど左有ぬ体 誠や古歌にも小夜
更けて あられ松原住吉の浦吹風に千鳥鳴也 ハテ面白やと一人言あてやかなりし御風情 思ひ余つてこな
たの娘 いつその事と抱き付く コハけしからずと俊徳君振放して逃行給ふ 袂に縋る藤蔓 漸と抱とめ
恥しい事ながら 絵に有様な其お姿 高安の若殿様に在所育ちのふつゝかな私等が 惚れたとは冥加ないやら
勿体ないやら憎いやつじやとおさげしみ お叱受ても大事ない 恋に貴賤の隔てはないとや たつた一言不便やとおつ

しやる事も叶はずば いつそ殺して/\と縋り涙にくれ居たる ホゝ迎ひの輿入り遅き故 我心を引き見んと有
れぬ賤の其姿 和泉の国陰山の息女浅香姫と 詞に今さら恥しの漏るる我名を夫レぞとは 知て誰
面(つれない)今の跡云号は有ながら 是迄文のとりやり斗 お顔見たさに此姿 若しや殿様の写り気が有りもや
すると疑ひは思ひ過した女の心 住吉と高砂の松さへ契る妹背中 しんき/\の年月を思ひやり
なきお心と涙はあられ松原に時雨ふりしく風情也 背な撫擦り俊徳君 我を我と思へばこそ供をも連れず
此有様 心づかひ忘れはせじ去ながら折悪敷父の御病気嬉しい心は度々の文に知共是迄も打過しは尤の訳
父上の御病気も御全快し給はゞ輿入迚も程有まじ 先ず夫レ迄は互の辛抱 此方迚も思ひは同じ必ず


6
恨み給ふなと詞嬉しく浅香姫其お心を聞上は案じる事はなけれ共 始めて逢見るけふの首尾 つい此儘
に別れとは しんきな事やと俊徳の膝にのゝ字の惣鹿の子 おぼこい恋のしんみかや ハテ聞分けない浅香殿
父母よりお赦しの婚礼済ぬ其中は 斯した時宜を母様のお目にかゝらば互の為 殊更隔てし中といひ
未だお年も若ければ踏付た仕為(しはざ)じやと 思し召ても孝行立たずと 恋は知ても武家育ち 堅いにこまる
其中へ社の方より白張の袖も色めく神子姿 目元に光りの鈴ふり立て 俊徳に託宣有り神の
移せ給ふぞと しづ/\と分け入ば ハゝゝゝはつと俊徳君 御託宣とは有難やと 頭を下て聞給へば いかめしげに袖
かき合せ 能こそ神楽に神の意(こゝろ)を勇めてくれた 悦びの余り此神子に託して事を告ぐる也 夫レ天地開け初め

て後伊弉諾伊弉冉の二柱の御神 天の浮橋の上に立ち床入さしやんしてより以来(このかた)陰陽和合国の
大要何ぼ堅い神でも やぼ天神も空(うつ)神も 是を嫌ふ者はないに 俊徳丸斗はなぜ堅いとの御託宣
可愛そふに浅香姫が 逢ふ/\を楽しみに遙々と爰迄来て 早ふ嫁入したいとの心願は よく/\はづんで
居ると思ひ 神の心にたんと不憫な云号有からは女房に違ひはない 盃したせんには寄らぬ程に
どこぞそこらの木影でなりと マア嫁入の内上をしてやつたら能からふとの御託宣 アゝコレ/\申よも神
様が左様な猥らは仰有まい イヤ/\疑ふまい/\神の云ふ事聞ぬと 是から最ふ守りやせぬぞ/\ 親の赦しが
ないなどゝは 今時の息子には似合はぬ 不粋な/\との御託宣 エゝ去りとは姫ももどかしい 何ぼ堅い男


7
でも 女の方からべつたりと仕かけると余んまり厭がりもせぬ物じや ツイ袖から袖へ手を入て 抱付け/\との
託宣と 無理に突きやるよい拍子 ひつたり抱付き女夫中 サアしてやつたと悦ぶ神子 かしこの影より
立出るお供に控へし奴入平 さつても嬶があぢやつた 明神様の託宣ごかし お姫様の日頃のお願ひ
今こそ叶ふてお嬉しかろ ヲゝこちの人悦ばしやんせ 主従二人云合した此趣向 神子殿の装束かつて
あられもない御託宣 ホゝゝイヤモウ此入平も物影で最前からの濡事 神子殿の鈴よりも持まへの此鈴
に よつぽどさんばい仕兼たはい エゝコレそんな事いふ手間で願ふてもないこんな首尾 どこぞ静かな所はないか
お二人ながらやりましたい そこらをむかつて能物かい 人影のない奥の天神水茶やの簾の屏風 善は急げ

じや御出と 夫婦が差配取々に勤め 立たる其所へ 本社の方より嬪小菊 夫レと見るより手をつかへ 是に
お渡り遊ばすか 最前より奥様の夫レは/\御尋 先程神楽も済まして 神前の神酒洗ひ米(かね) 御頂戴
遊ばしませとの御口上でござりますと 云中又も出て来る嬪 奥様是へ御出と 聞て恟り姫俊徳 追
付けそこへ此場を早ふ/\/\と?(めまぜ)の仕方 呑込む入平お楽も供に放れがたなき浅香姫 御手を取々急ぎ行
嬪供は心得て松の木影に毛氈の 色透通る玉手御前 神酒を写せし長柄の銚子 鮑の盃
携へて しづ/\かしこに立出給ひ 神楽首尾能相済む上 神前の神酒親子いつしよ頂戴せん為爰迄
持参 コリヤ嬪共 俊徳殿には此玉手が 密かに咄す用事も有ば そち達は神主方へ早ふ/\と


8
人を除け 跡先見廻し膝摺寄せ 人陰のない此松原 神酒といふのは表向き 堅くろしい挨拶はマア暫らくは
やめにして 打とけての酒盛サア/\一つと件の盃 手酌についでついとほし 差出し給へば コレハ/\いつに勝れし母
上の御機嫌 御盃(ぎよはい)頂戴致さんと 押戴いて是は大盃(さん)しかも風雅の鮑貝 御酌は憚り銚子は
是へ イヤ其儘とつぎかくる 酒はなん/\母の命辞するは慮外と呑ほし給ふ 其手を取てじつとしめ 今の
盃合点かへ 是は母様何なさるゝ 合点は何を合点 ハテ姫ごぜの方から殿御へさすは妹背のかため 此
松原は取も直さず 祝言の大嶋臺 尉と姥との友白髪 今更いやとは云れまいと 聞よりハツト俊徳君
恟りしながらハゝゝゝ 母様の御酒機嫌あられぬ事をと立上る 裾を控へて コレ申 酒にも酔(えは)ぬ気も違はぬ お前の

母公(きみ)先(せん)奥様に宮仕への私 御奉公の始めから 其美しいお姿に 心迷ふて明け暮に モウ打
付けて云出そか 文と思へど落ちる恐れ 此身の科は厭はねどいとしい御身に浮名もと 辛抱
する中情けなや 奥様お過なされて後ち 新奥方にと殿の御意逹て辞退もお主の権威 背けば
館に居る事叶はず せう事なしの親頼を 母あしらいの其つらさ 此儘ならば恋煩ひ憧(こがれ)て死ぬる
私が身 不便と思ふて給はらば わりない契りを是申 やいの/\と縺れ寄り 柵む糸に恋の?(わく)母の
行儀は失せにけり 俊徳丸は呆れ果暫し詞もなかりしが エゝ情なた浅ましや 天魔の見入か母人様 血こそ
分けね現在の 子に恋慕とは何事ぞ 聞もうるさや穢はしやと 立退き給へば縋り付き 母呼はり


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聞とむない 年はお前に一つか二つ 老い女房が夫レ程いやか 否でも応でも惚た/\ 抱れて寝ねば
いつ迄も放しはせじと抱き付く ふり放して涙を浮かめ 父の操を背くといひ 此世からなる畜生道 人の
謗り悪名も思しめさぬか母上様 何卒お心翻し本心に成て給はれと 諌めの詞さま/\゛に 義理と孝行
二筋の涙は清水を諍(あらそ)へり こなたは猶も増しくる思ひ 畜生でも大事ない 是非共夫婦と取縋る 詮
かた尽きて俊徳丸 つき退け/\逸散に社の方へ入給ふ コレのふ待てと玉手御前 跡追鳥の塒(ねぐら)をと
足もしどろにかけ行向ふへ 早御迎ひの家来共 若旦那には御先へお帰り 奥方様にもいざ御下向
御乗物をと舁居(すゆ)る 気に染まね共是非なくも 俊徳殿は帰られしか 自らも是より下向皆供せよ

と何気なく 思ひを隠す乗物は 我子に恋の道ならぬ 裏門通り高安の館へこそは
帰らるゝ 早薄暮の 黄昏時 待て共恋の便りなく 主人を誘ひ入平夫婦元の所へ立帰り エゝ
折角仕込んだ此仕組 肝心要の段に成て奥方の御出故 お姫様のお力落し ヲゝこちの人の云は
んす通り 併しあなたに如在は有まいが 任せぬ首尾故お帰り有たか 月に村雲花に風 ヲゝ夫々 宵戎
に大雨同然 御輿入も程有まい 一先ず館へお帰りと姫を勇むる其所へ 悪い事には目の光る二郎丸を
先に立て 壺井平馬も諸共に浅香姫を奪ひ取んと 手ぐすね引てかけ来り コリヤ/\奴め 其姫には用
が有 こつちへ渡してつゝぱしれ 二言辞ぬかすとぶち殺すと 云せも立てずえせ笑ひ ホゝ終に逢はねど


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合点がてん 云号有る御主人に横恋慕する敵役 付け廻しても叶はぬ/\ コリヤ入平がお供した命にかけ
かへ有ならば サアこい/\と尻引からげ身拵へ ヤア返答無益(やく)と無法の主従 すらりと抜て切付る かい
くゞつて腕首取 一しめしめて蹴返す早足(さそく)後ろに平馬がだん平物 透さぬ入平身を開
き 腕(かいな)がらみに真逆様砂をかぶつた壺井が?(よはごし) 力任せ踏付るを コリヤさせぬはと次郎丸 しめに
来る手を肘返し 投付られて両人は叶はぬ赦せと逃失せたり エゝどくにも立ぬがらくた共 さのみ長追い
するにも及ばぬ イザ/\お立と入平夫婦 忠義は堅き誕生石姫の思ひは反り橋の 渡りがたなき恋の橋 御輿
入と松原の 葉越に見ゆる月代(しろ)も さへ渡たる奴が働き 四社のお前で大きな手柄 ハンヤ扨っても器量者 和泉の館へ

 (高安館の段)
「帰らるゝ 物の師と豊に見ゆる人さへも 走る師走の空なれど 長閑に見へし檜皮葺(ひわだぶき)
河内一国一城主名も高安の館には 国主所労の其上に俊徳丸の大病と 家中
の上下ひそ/\と臺子に滾る湯に迄も 手を当て心奥書院嬪婢囁き合 ナント若菜
どふ思やる 大殿様はお年といひ御持病の事なれば 案じる程の事はないが 物怪(もつけ)なは若殿様
住吉参りの下向から 御病気と云て一間に籠り 大殿様御家老様お医者の外はお通いな

されぬ御大病 どんな様子じやそなた知てか サイノ御大病/\と云けれど 三度の御膳も常
の通り御食も落ぬはめんよな事と 御典薬を?(たら)して聞たりや 御病気は米俵 一俵と二


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俵じやげな おいとしぼい事じやないかいの ハアそりやマア終に聞ぬ病ひ 米一俵と二俵とは
飯(まゝ)たんと上つて脾胃虚とやらいふ物かや エゝあの人は不粋な人 一俵と二俵は三俵じやはいの
ヤアそりや大抵の事じやない あれ程美しい若殿様に 取付病ひも多からふに ひよんな
事やと一同に 吐息に交る涙声 高安の執権誉田主税(こんだちから)が妻の羽曳野 出仕を知らす
奥使 嬪共は通路の鈴綱引鳴せば奥の間より 立い出給ふ玉手御前 しとやかに座に
着き給へば 羽曳野は手をつかへ 大殿様には先んもじより段々に御快気と 悦ぶ間もなふ若殿様の
御大病 夫主税が江州多賀への代参も御本復の立願 今明日には帰国の積り 大殿様奥方

様 嘸御辛労に存じますと 申上れば玉手御前 ヲゝそなたのいやる通り 取分て案じるは俊徳
殿の病ふの御体 夫左衛門様主税之助典薬の外は病家へ寄せず 病の善悪療治の様子
見聞きもならぬ母が思ひ 主税之助留守なんば羽曳野は夫の名代 病家へ通つて機嫌
を窺や そなたの心で自らもそつと同道頼むぞやと 包むとすれど埋火(うづみび)の 恋の煩熱(ほとふり)漏れ
安き 色目見て取る苦笑ひ 奥様の仰の通り 夫主税之助申されましたは 留守中は名代役 若
殿の御病家へ心を付けよとの事なれど 外に介抱申す人もなく たつたお一人ござるお寝間へ 弥/\と
参るは世上の聞へ 殊に又御器量よしの俊徳様 夫を持た女中にも袖褄引て あのゞものゝと


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おふお方も有と聞けば お傍へ行かぬが御奉公 奥方様はみづ/\と 水の出端(ばな)の水盛り
マア御遠慮を遊ばすが よかりそふな物の様子 わたしは存じられますと 真綿でしめる首枷
の 子に恋させぬ利発者 玉手御前は胸に釘 はつと思へど左有ぬ顔 成程いやるは尤もなれど 夫レは人
に寄た物 我子の傍へ母が行にさして遠慮も有まい事 案内しや サア病床へ アゝイヤ/\/\
競(きをひ)口に伯母様とは昔の事 近年は母御でも油断のならぬ世間の自堕落 ヤアいはして
置けば慮外な雑言 主に向ふて詞が過るぞ 過ても足らいでもお家の為 帰国する迄大殿
と御典薬の外 唯の一人も若殿の御寝所へ寄せなとは夫が言付け 河内一国しめくゝりする家老

の詞は殿様でも お立てなさるが国の掟 平(ひら)たふいへば奥様でも 叶ひませぬ成ませぬと 屹度きめ
たる家老の女房 色香も顔も花薊(あざみ)針の有どもしほらしし 主の権威も利の当
前 殊に疵持つ足の裏笹原ならで打騒ぐ 胸撫下しおはする折ふし 勅使のお入りと
告ぐる声 よい立ち塩と奥方は 嬪引連れ入給へば いでお知らせと羽曳野も 奥御殿へと
急ぎ行 勅使は時の伝奏役 高宮中将茂満卿 畳さはりも荒々しくのつさ/\と入来(じゆらい)有
館の主高安左衛門尉通俊 病中ながら衣服改め 出向ふ跡に二郎丸壺井平馬も
従ひ出 主従諸共末座に下がり皆々 平伏なし居たる 勅使は上座に威儀を正し 勅諚の


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趣き他の義ならず 高安左衛門通俊事老年の上多病にて 禁庭の在番勤まり難し 子俊徳
丸へ家督相続の願ひ奏問に達せし所 天子にも聞こし召し分けさせられ ?俊徳へ家督勅許有る
間 先年通俊家相続の砌 下し置かれし継ぎ目の綸旨を相渡し 勅使に従ひ俊徳丸参内
致すべきの条 臣高宮中将へ宣下の趣き斯くの通りと述べにける 左衛門尉 謹んでコハ有難き勅命 恐
悦至極仕る 併し倅俊徳義家督相続願ひの後折悪敷病気に取合い 勅使の御前へも
罷り出ざる仕合せ 唯今の参内恐れながら当惑 此上の御恵みに 上洛暫く延引の段 何卒勅使
のお情にて 禁庭宜しく御執成し偏へに願ひ奉る 頭を畳に擦付くれば ヤア自由らしい願ひ

事 家督願ひの奏問 三十日立つや立たず 病気でござるの参内は延引のと 一天
の君を定祭坊に致すのか 此中将情けはしらぬ 取成しなどゝは上(かみ)を恐れぬ慮外 早俊徳
呼出し 継目の綸旨も相渡せ 一寸も猶予はさせぬと筋骨立てて睨(ねめ)付くれば 我子の難
病差当る 難義に吐胸ついたる通俊 次郎丸は背をつき袖引き コレサ親人 爰で彼の勅使
儲けに拵へ置かれた お菓子/\と気を付れば 點頭(うなづく)通俊平馬は高聲 お小姓衆/\ 最
前の御菓子是へ持参と 呼はる下より児小姓が 携へ出る目八分 勅使の前に直し置
勅使は猶もふくれ顔 女童(わらべ)を誑す様に 菓子で機嫌を取る追従 其手は喰ぬ菓子


14
もたべぬ 第一嫌ひ 望にない持て行と 突きやる高つき打ち転(こけ)て ぐはら/\と 零れるを 見れば
家主貞良(かすてら)夕顔ならで山吹ちらす小判の光り 恟りしなから気もそゞろ 眼に仏なく取
集め 仁体崩れし高笑ひ ハゝゝゝヤコレハ/\仰山御馳走 扨結構な御菓子哉 第一我等菓
子が大好き ハテ心の付いたお饗応(もてなし)ナニ唯今承れば 俊徳丸には病気とな 夫レは気の毒 冷へる
時から随分と大切に召され 綸旨さへ渡さるれは 少々代参は延引しても 苦しうない/\ そこは
中将が請合/\ コレハ/\左衛門殿 サア/\手を上げられい/\ 余り慇懃 近頃迷惑仕ると 金気で
弱る河童子公家(がはたろくげ) 尻口合はぬ 追従軽薄 通俊少しは安堵の顔色 ハゝ御用捨の段有難し

継目の綸旨は宝蔵より取出し奥の亭にて奉らん 御休息旁(かた/\゛)あれへ御入り
下されかしと いふに中将打點頭 いかやう共/\ 俊徳丸継目の綸旨は参内のうへ
某が 早速申給はつて相渡さふ 先々御邊が拝領有りし 綸旨は奥にて受取らん 案内
有れの詞につき 主従三人前後に従ひ奥の「亭へぞ入にける 人なき隙を窺ひ
て 病ふの一間をそろ/\と 忍び出たる俊徳丸 堅き身にも仏神の咎めか何の
報ひかは 癩病に色黒み 臥蚕(ぐはさん)の眉も凩(こがらし)の 木の葉と散りて枯々の 御有様
ぞいたはしき 奥口見廻し暫くは 涙にむせひ 居給ひしが 思ひ寄ずも悪病に 苦しむ


15
我身は前世の業 唯悲しきは高安の家名を穢す残念さ 嘸父上の無念と思ひ
廻せば身も世も有られず 生害せんとは思へ共 老たる父に先立つ事不孝の中の随一と 聞け
ば死れぬ我命 と有て館に有ならば自然と世上の人も知る 父上斗りか先祖の恥 其上嫡子
と立たる俊徳 家督の参内叶はずば朝家の咎め覚束なし 元束(より)我に先立ちて 出生
有し次郎丸殿 腹は替れど父の胤 某此家を立退かれば家督相続相違も有まし 殊更
継母の道ならぬ 恋慕と聞くも穢らはし 早く此家を立退て 日本六十余州を廻り 神
社仏閣に歩みを運び 前世の悪業滅しなは 夫レぞ誠の在障懺悔思ひ切たり

迷はじと 立出は出ながら 生れ落て一日片時御傍離れぬ父の顔 名残に今一度見る事
さへ叶はぬ事か浅間しや 是も宿(すく)せの業なるか今朝明方に父上の 忍んで病家に来り
給ひ ヤレ俊徳よ必ず嘆くな 癩病迚も百病の数には漏れず 聖人孔子の門人も 癩
疾の賢人有る いか成高位高官も遁れぬ病は恥ならず 人は何共いはゞいへ 我子の病ひを
右流左去(うるさし)共 穢らはし共思ふ親が 三千世界に有へきか 若しや若気に恥辱と思ひ 短気な心も出
やうかと 案じて老いの目も合すと 勿体なきお慈悲の詞 身にしみ/\と其時の お顔が此世
の見納めかと 声も得立てすかきくれてむせび嘆かせ給ひしが 漸心押鎮め 人目にかゝらばとゞめ


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られ 詮なき事と成やせん せめては父へ一筆の お暇乞と泣々も 違ひ棚の料紙硯蓋
は明けても塞りし 胸の思ひを書き残す 折柄奥は勅使の饗応 調へる事の音もさへ
て よるべ定めぬうたかたのいつそ泡共消へはせてうかれさまよふ身の行方 我身は一所ふ
住となれば 若しや野の末山奥にて死たかと御聞き有共 かまへて/\逆様な御回向有て
は弥増す罪 不便と思し召ならは 打捨置れて下さりませ ?青葉/\と呼共峯の嶺の松風
音斗松風峯の嶺の松風音斗そよと斗の便りもがなと託ち嘆くぞ哀れ也 歌の端唄
もひし/\と 身につまされて せきかくる涙押へてしほ/\と 立出給ふ後ろより様子は聞た俊徳

様 是程迄恋焦るゝ私を捨て胴欲な 虎伏野辺の果迄も連れて行て下さんせと
取付き縋る玉手御前 あらうるさやと身を震はし 今更くどふ申すに及ばず 母の身として子
に恋慕 年月の御介抱御恩も慈悲も皆むだ事 あいそ尽きたる御心底 此世の対面
是限りと 振放しても放さばこそ マア待て下さんせ 日外(いつぞや)もいふ通り 私は先の奥様
に遣はれた嬪 親でもない子でもない 何所迄も付纏ひ 女夫にならにや生きては居ぬと
猶も放さぬ煩悩の犬共なれ 鷹共なれ 放ちはやらじとくる/\/\ 追廻り追廻れば 子の身と
して母上を手こめも是非なき此場の時義 赦させ給へと立寄て 通路の鈴の綱引く


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寄せ 拳を合してしつかと括り 見返りもせず裏門口行方知らず 成給ふ 斯とはしらず羽曳野
は 出合頭にヤアこりやどふじや 奥様を誰が縛つたと 驚きながらかけ寄て ほどくいましめコレ
羽曳野 俊徳丸は世を見限り此一通を残し置き 家出と有しをとゞめた自ら縛つて置て裏
門から エゝ斯いふ中も気遣ひと かけ出し給ふをしつかと捕へ イヤモ恟りも余んまりきついと虫が据つて
何共ない シタガ若殿の追人(おつて)には お前はちとやりにくいと 引ずり戻し声はり上 大殿様はじめ家
中の面々 一大事有早/\の声に驚く通俊公 次郎丸は平馬を引連れ 家中の諸士も一同
に欠付け/\具(つぶさ)の様子聞て皆々顔見合せ呆れ果たる斗也 羽曳野は涙の隙 是が則ち

御書置と 差出せば通俊公 ?が国遠 残念の涙には有ね共 老眼なれば字性も
朧 夫レにて読むと身を背け涙を隠す武士の表を立てる 痛はしさ 羽曳野一通押開き
書き残し候一通 一偶々人界に生を請るさへ広大無辺の善果なるに高安の嫡子と生れ何
くらかぬ其上に父母の御いつくしみ喜見城の楽しみも是に上越すべきとは存候はねど 計らざる
身の業病 人中の交はりも叶ひ難く 家の恥父の御恥辱と存じ候へば身の御暇を給は
り仏神に一身を擲(なげうち)候はゞせめて悪業も滅し快気の時節も候はんと御名残惜しき父
上を振捨て唯今国遠仕り候 次郎丸殿御事は 外戚腹とは申しながら惣領に極り候へば家


18
督相続頼み入候 次郎丸殿主税之助其外の一家中 弥忠勤怠りなく父上の補佐
肝要に候 以上は読まず羽曳野はわつと斗に伏沈めば 通俊公は唾を呑込み瞬きしげくおはします
心に笑みを含みながら人前飛る次郎丸 咽ぎく/\とないじやくり エゝ聞へぬぞや俊徳殿 某を家督
とは 此家国をしてやらふと望をかける二郎丸と 思はつしやるか恥しや 親人や俊徳殿へ言訳には 切腹と指し添に
手をかくれば ヤレ御短慮と平馬は押とめ 俊徳様への義理斗りてお命を捨られては 御家督
御男子なく 父君への不孝斗か眼前にお家の断絶 忠臣厚き此平馬が 諫言を
聞入れられ 生害とゞまり下されかし コレ某迚もかはらぬ嘆き俊徳様の御出奔 是非なき

事とは申ながら おいたじゃしやむざんやと 出もせぬ涙に目をこすれば エゝ死ぬるも死なれぬ
我命 平馬推量してくれと 主従手に手を取かはし只ワア/\とどつてう声 きばつて見
ても出ぬ涙 旱魃(ひでり)の空に鳴き渡る から雷の 如く也 耳にもかけず羽曳野つゝ立 ヤア/\
家中の面々 折悪敷夫の他行 慮外ならが自ら下知に従ひ旁(かた/\゛)は若殿の御行方
手分けして詮議有れ わらはの供にとかけ出すを ヤレ待ち暫しと通俊公 俊徳が業病
も 過去遠々の報ひと思へば 譬へ家出に及ばず共 往来しげき衢(ちまた)に捨 前世の罪
を償はんと兼てより我存念 某が詞も待たず 国遠せしは遉にも 通俊が子にて


19
有けるぞや遖健気の俊徳丸 さしも孝有身の上に類ひ少なき難病は 何の因果
ぞ怖(うらめ)しや 其儘に打捨置く父雑面(つれなし)と恨むるな 譬へは恐れ有事ながら 延喜帝第四の
皇子(みこ)蝉丸の宮も難病故逢坂山に捨しぞよ 唯何事も定まり事薄き
親子の縁ぞと諦め 悔むな俊徳 我も嘆かし嘆かぬと 潔くは宣(のたま)へど親子一世
の憂き別れと 目にもる涙 はら/\/\お道理様やと羽曳野が貰ひ涙に奥方
も供に袂を絞らるゝ 始終を聞て高宮中将 奥の間よりゆるき出 継目の綸旨
は受取たれど 家出した俊徳丸 殊に難治の癩病人 再び此家へ帰つても家

督などゝは思ひ寄らず といふて一旦奏問に及んだる家の継目 べん/\と打ち捨
置かば高安の家は滅却 差詰家督は二男の役 次郎丸を急ひで参内 心
得られしか通俊と 聞より平馬しや/\り出 ハゝ御尤なる勅使のお差図 サア
我君お請と 進る先折 仮にも一国一城の御跡目 軽はづみにお受とは底意
のしれぬ平馬殿 夫主税之助は家老職其家老の留守の間に 御家督定め 
はわしがさせぬ アイ此羽曳野が呑込ぬ 御二男の出頭でも陪臣同然余り出 
過る?然(すつこん)で居やしやれと 歯に絹きせぬ理屈詰 平馬はひよんな高上りぶつ 


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共得云ずまじめ顔 次郎丸眼をいからし ヤア出過るとはそちが事 某を家督とは
否応ならぬ勅使の御諚 夫レでも見事支るか ホゝゝヲゝ家国に望はない 言訳には切腹
さつきの詞の裏が来て こりや急に家国が ほしう成りたか御二男様と あぢな所をを
さへられ是も 同じく閉口す ヤア勅使の前共憚らず 我々の論談慮外至極
サア通俊返答何と/\とせつ立られて両手をつき 次郎丸家督の願ひは 家
老主税之助帰国次第 直ぐ御上洛致さすべし 先御勅使には御帰洛 近頃御苦労
千万と お受の返答落つく中将 さらばと云捨出らるれば 御見送りと次郎丸平馬も

供に立出れば 奥方羽曳野引連れて通俊公は奥御館家中の諸士も一同に
部や/\にこそ入にけり 既に其日も暮近く 寒さを送る北風に 連れて降くる
白雪は 音せでいつか木々の葉も 庭も軒端も白妙に 飛石隠す庭の面(おも)
雪踏分ける駒下駄も 音せし物と傘(からかさ)に姿隠して羽曳野が 窺ひ居る共
白書院 縁側伝ひ忍び足 心もしめる高からげ 路金の用意帛(ふくさ)物 心せはし
く肌に付け庭へひらりとおり立て かけ行き先にすつくと羽曳野 奥様何所へと声
かけられ 思はずハツト飛び退いて 膝もわな/\震ひ声 億する胸をじつと据へ何所へ行ふ


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と 自らが身は自ら次第 サアそこ退いて通した/\ イヤならぬ 路金の用意は俊徳様の跡
を慕ふて行気じやな エゝ人でなし女畜生 血は分けいでも俊徳様は子じやないか 母
親の身で子に惚て跡の跡迄付き廻す 其根性を見限つて若殿の出奔も
三分はこなたの恋慕から 主有る身で不義徒ら そんな人を今日迄 お主様の奥様
のと云てやつたがむやくしい 先御前様に遣はれた嬪のお辻殿 大殿に引上られ 新奥方
と俄か立身 栄耀が余つて年寄がいやになり 若い同士の若殿に濡かける
水鼬 猫といはふか犬といはふか エゝ顔を見るも胸が燃ると 胸の有たけたくしかけかぞへ

立てたる憎て口 ヲゝ口の有る役 腹好ん分云たくばいや聞たふない 遉賤しい家来の女房 曲り曲つ
た性根にくらべ 向ふ見ずの出ほうだい 後悔は先に立ず 必ず跡で手をするなよ ハゝゝ家来呼は
り聞にくい 成上りの奥様と素性くらべがしてみたいわいの そんな穢らはしい根性でも まだ主
顔の権づけに 邪魔させまいと思やつても 金輪際動かしやせぬ サア/\ 跡へ戻つた/\ フウ スリヤ
実正そちが邪魔するま ヲゝ邪魔する/\ ずんとする ヲゝ妨げすれば一討ちと 用意の脇指抜く手も見せ
ず切付くれば身をかはして 丁ど受たる傘の 骨を砕きし互の手練 雪は猶しも降かゝり
凍へる手先傘も 抜き身も供に取落し 一度に 掴む髷(たぶさ)髪 かもじほどけて乱れ


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髪乱心か白妙の雪を蹴立てていどみしが 拾ひ上げたる傘の柄に 羽曳野が豁(あばら)を一
当て うんとのつけに倒るゝ隙 玉手御前は飛立嬉しさ足をはかりに走り行 若殿の国遠と 聞より
宙をかけるがごとく 立帰る主税之助 其間に起立女房羽曳野 エゝ遅い/\主税殿 都から勅使
が来て 継目の綸旨も請取て御二男を御家督と 無理無体のあたまべし 俊徳様は御
出奔推量の通り継母の横恋慕 跡をしたふてたつた今 サア/\早ふ追かけてと 聞て驚く
主税之助 若殿継母は追ての事 合点の行ぬ其勅使 追付いて一詮議 何より大事は
殿の身の上 屹度守護なし奉れと 云捨てて又韋駄天走り跡を 慕ふて 追て行
 (瀧田越の段)
山坂険阻の龍田越 勅使は乗物立てさせて 供廻り遠ざくれば 次郎丸主従は
目斗出した黒装束 木蔭より立ち出て ヤレ/\図書大義/\ 首尾よふ行た
もそちが働き 某が代(よ)とならば一廉(ひとつかど)に取立るぞ ヲゝ其段は平馬が請合 此上
邪魔なは主税之助 きやつを仕廻ふて取談合 イヤそこの所は気遣ひなされな
折を見合せ忍び入 図書が手にかけ騙し討ち そつちも随分ぬかりなふ けどられぬが
肝要/\ 奪ひ取た此綸旨 お渡し申すと差出せば イヤ/\家老主税は大抵のやつ
でなければと つちに置くは浮雲(あぶな)物 気の付かぬ汝が方に暫く預ける大事にせよ 家督


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の願ひ延引せば 大義ながら又勅使 ヤ人の見ぬ中早帰らふ 成程万事は後日の密
談 いかにも左様と主従は山路踏分け立帰る 図書は呼出す供廻り皆夫々に雇ひ
賃算用半ばかしこより 息をはかりにかけくる主従 南無三宝と以前のごとく行列
揃へる間もなく 待た/\勅使待た詮議が有ると 鍔打たゝき二王立につゝ立たり
ヤア勅使に立たる高宮中将 何やつなれば詮議呼はり 慮外の雑言すさりおらふと きめ
付てもひく共せず 誰とは愚か高安の執権誉田主税之助と云見通し諸印 なんぼ勅
使の乾の卦で離坤兌(りこんだ)そふに罵つても こつちが先へ坎の卦繰り 震から底

から見抜いた贋公家 白状ひろげば助けて呉る 意路ばつて冠首引抜かるゝは巽(そん)の
卦で 艮(ごん)せふぞやとひやうまづく 鍔際迄も怯まぬ図書 ヤア偽公家とは何を証
拠 勅使に刃向ふ違勅の科 主左衛門が身の上迄後日の咎め覚悟せよと おどし
かけても嘲り笑ひ ハアテ盗人たけ/\゛しい 江州多賀へ参詣とは嘘のかは 此間上京して伝
奏高宮中将様に対面して来た主税に向ひ 又高宮とは似せ晒し ならず者の化け顕し
頼み手が有らふ白状せいと 睨み付ければむくりをにやし エゝ仕くぢつたか残念/\ 腹いせには継目の
綸旨寸々に引裂くはと 懐中より取出せば ヲゝ破りなと喰ひなりと儕が腹(ほて)に入た様 誠


24
の綸旨は中将様へ とふに差上置いたはやい 南無三是も仕くじつた エゝいま/\しいと投付る 綸旨
と取て押戴き やつぱり是が誠の御綸旨 中将様に逢たも嘘 一ぱいならず二杯迄 テモ大喰ひと嘲
弄せられ無念と引抜き切かくる 引ぱづしてどうど投付け 背骨もひしげと踏へる鉄脚(かなすね) サア
うぬら手向ひひろがぬか 主を助けて見る気はないか アゝ何の/\勿体ない 私共は弐百宛(づく)で
雇はれた雲助共 其わろが難義せふが微塵も構ひござなく候 御苦労ながら迚もの事
粉(こ)になられる程とつくりと 踏で進ぜてやらしやつて下さりまぜと頼み置き 皆散々に成にけり
サア是からが一味の詮議と 引立てればぐにや/\/\ 是は扨 さしてむごふもせなんだが つい寂滅

ひろいだそふな ハテ残念と死骸を谷底投けやる向ふへばら/\と 皆一やうの頬かぶり顔(つら)を隠せし
組子共 抜き連れ/\切てかゝる ホゝゝゝ拍子のした所へよふこそ/\御出と 諸手をひろげ鷲掴み
取ては投げ/\ 童遊びの印地打ちばらり/\と人礫(つぶて) 叶はじとや思ひけん一度に逃げて行き方なし
先ずは御綸旨奪(ばい)返し 心落つく此上は 館にまします御主人大事 お家を伺ふ悪人原 詮議し
出して一々捻ぢ首 国遠有し若殿の お行方尋ね誘ひ帰り 何卒本復なし奉り
主君の家国長久と 神に祈るややつ此この 誉田が勇猛山を抜く主税之助
と号(なづけ)しも 理り有り忠義有り 誉有りける武士(ものゝふ)と感ぜぬ 者こそなかりける

 

 

 オワリ。下巻につづく。

高安館の段、雪積る庭といえば
菊之助玉手と時蔵羽曳野の攻防っていうか取っ組み合いだよねー!


 


俊徳丸鏡塚

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大阪府八尾市山畑 (高安古墳群)