平家女護島 第二 (俊寛)

 

読んだ本 http://www.enpaku.waseda.ac.jp/db/index.html
      イ14-00002-723


23 左頁
  第二
我門に千尋有陰と詠ぜしも 平家に繁る園の竹 入道相国
の御娘中宮御産のあたり月 御産所は六はらの池殿にて 兼ての御祈
祷御室東寺天台座主を始 御願寺十六ヶ寺 いせ住吉加茂厳島
七十余ヶ所の御奉幣 中にも能登の守教経は石清水御代参 駒をはやめ
て下向有 鳥羽のつくり道 丹左衛門の尉基康瀬尾の太郎兼康 雑式
供相具し旅出立にて参り合 われ/\は中宮御産あり月様々の


24
御願に付 今日獄屋をひらき罪科人共残らず御免是によつて 鬼
界が嶋の流人とも召かへさるゝゆるし文の御使 両人承り候也とぞ
申ける 能登殿やがており立給ひ ヲゝ流人御免とは尤の善根然らば
勿論俊寛僧都 丹波の少将成経平判官康頼 三人共の御しや
めんであらふずかなとの給へば イヤ御ゆるしの名付は丹波の少将
平判官二人斗 俊寛は殊に御にくしみふかく 一人嶋に残し捨よとの
御諚と聞もあへず扨よそ/\ 是に付ても小松殿は三世を見ぬく

末代の賢人 入道殿じひ心なく 意地づよき気質を今病中
にも一門の悔み 鬼界ヶ島の流人共赦免の時 俊寛はにくしみふかく
一人嶋に残さるゝ事有共 一門進ていさめ申せ 重盛ひとりいふ
にもあらず 忝も鳥羽の法皇かね/\゛の御嘆 彼是院宣と思ひ
一人も嶋に残すな それにも入道殿承引なくば一門の名折にて 中
備前の邊迄呼のほせ時節を見よ 我死後迄も遺言と
思ひ忘るゝなと 斯く云教経一門残らす病床に呼あつめての詞 一門は皆忘


25
れしか覚えても守らぬか エゝいひ甲斐なき者共かな イヤ/\人は 
ともあれ此教経は 小松殿の詞あだにはせし入道殿へ申間 両人
暫く是にまてと馬引よせのらんとし給へは 瀬尾太郎つゝと寄
アゝ申々いはれざる御取もちやせ坊主一人たすけし迚 定業の御
難産が変成男子の御平産も候まし 惣して俊寛当家の取立の
身にて恩しらずの畜生 女房あづまやが御馳走答拝(たつぱい)請ながら
御心にしたがはず慮外の自害 第一に家来有主といふ小せがれ

御所に切入らうぜき者推参者 かゝる不当の俊寛を召かへし あたを
求められんは娘の子飼する同然 今ともしらぬ大病の小松殿御詞
たゝぬとて なんのとがめもなき事と 申内より能登殿気色損じ
だまれ瀬尾詞おほし 汝が様成不実者に問答むやく しよせん俊
寛が赦文は教経かいて渡さん硯料紙との給へは イヤ申我らは少将
平判官二人斗御ゆるしに 入道相国公の御役外の義は存ぜず 急きの
公用お?(いとま)とずんと立ば丹左衛門引とゞめ 是々御返斗がお使か 両 


26
人承る上は万端相談入魂(じゆこん)も有べき所 いかめしげに先走独りむきん
出何とする 何事も御産安穏の為ならずや 祈誓も立願も
慈悲心なくてかなふべきか 別紙に俊寛のゆるし文持参して 使の
難度(おちど)に成とても御意に科はかけまい 此丹左衛門基康が腹切
迄と申詞に一致して 俊寛がゆるし文能登の守教経と 在判して
渡さるゝ丹左衛門重て 赦免状は済候へ共海上改めの関所/\通り切手
鬼界ヶ島の流人只二人と斗かゝれたり 是ぞ難義と出せば取

て披見有 ヲゝ是ぞ猶心安し 二の字の上に能登の守が一点くはへて る
にん三人関所異議なく通すべき者也と読上げて 渡し給へば丹左衛門請
取此上もなき善根 関所もやす/\御産もやす/\ 瑞相よき門
出いざたゝれよ兼康と いへ共瀬尾しぶ/\顔 女わらべのする様に
じひ善根などで子が生るゝ程ならば 世に難産はあるまいか
産の道は離れ物此うへに中宮の 御身にけがの有た時能登
守教経と申弓取 ぐちもんもうのお名がながれん笑止/\と 舌も


27
ひかぬに六はらよりはや使 中宮御平産王子御たん生赦し文のお使 よ
ろこんでいそがれよと呼はる声に瀬尾の太郎がむつと顔 是瀬尾女
わらべのする様な是非ぜんこんのきとくあれ聞たりか 教経がもんもう
の名をながさんとの気遣 汝らは智恵有て人の上迄心づかひ大義
/\ 去ながらちえも余り働けば 後には其智恵も落 つれて首
も落る物 用心して道いそげと詞も胸にはつしとあたる 小松殿
の大悲の弓 能登殿の義信の矢 海山こへて末遠きつくしの 空や
鬼界ヶ島の段=俊寛
もとよりも此嶋は鬼界ヶ島と聞なれは 鬼有所にて今生より
のめいどなり たとひいか成鬼なりと 此あはれなどかしらさらん
此嶋の鳥けた物もなくは我をとふやらん 昔かたるも思ふにも
都に似たり物とては 空に月日のかけ斗 花の木草も稀
なれば 耕し植ん五つのたなつ物もなく せめて命をつな
げとや 嶺より硫黄の燃出るを 釣人の魚にかへ波のあら
めやひかたの貝 見るめにかゝる露の身は憔悴枯槁(こかう)のつく


28
も髪 肩に木の葉の綴させてふ虫の音も かれ木
の枝に よろ/\ よろ/\と今は胡狄(こてき)の一足(そく)とかこちしも
俊寛か身にしら雪の つもるを冬きゆるを夏風のけしき
を暦にて ぞ秋ぞと手をおれば凡日数は三年の こと
とふ物は沖津波磯山おろし濱鵆(ちどり)涙をそへて古郷へ
いつめくり行小車の わだちの鮒の水をこふうきめも中々
に くらべくるしき身の果の命 待まぞ哀成 おなじ

おもひに朽はてし鶉(うつら)衣にこけふかき 岩のかけぢをつ
たひをりわつらふ有様 我もあの姿かや 諸阿修羅道
在大海邊 そも三悪四執は 深山海つらに有と御経に
とれしが しらず我餓鬼道にや落けんと 能々見れば平判
官康頼 アゝ我も人もかくもおとろへ果しかと 心もさはぐ濱邊
のあし かきわけ/\くる人は丹波の少将成経 なふ少将殿なふ康頼
こは俊寛僧都かと招き合あゆみ寄 友なふ人とてはあけても


29
やすより くれても少将 三人の外なき物を何とてか音づれたへ
山田もらねと世にあきし 僧都が身こそかなしけれと手を
取かはし泣給ふ かこちは道理去ながら 康頼は此嶋に 熊野三
所を勧請し日参に暇なし 三人の友なひも此頃四人に成たるを
僧都はいまだ御存じなきか 何四人に成たるとは 扨は又流人ばし
有ての事か イヤさやうではなし 少将殿こそやさしき海士の恋に
むすぼれ 妻を設け給ひしといふより僧都莞尓(にこ/\)と珍しゝ/\

配所三とせが間人のうへにも我うへにも 恋といふ字の聞始笑ひ顔も
是始 殊更海士人の恋とは大職冠行平も 磯にみるめの汐なれ
衣 ぬれ始は何と/\ 俊寛も古郷にあづまやといふ女房明くれ思ひ
したへば夫婦の中も恋同然 かたるも恋聞も恋 聞たし/\と語給へとせめ
られて 顔を赤む丹波の少将 三人互の身の上をつゝむにはあらね
共 数ならぬ海士の茶舩押出して 恋と申も恥かしながら なふかゝる
邊国波嶋迄たがふみ分し恋の道 あの桐嶋の漁父が娘千鳥


30
といふ女 世のいとなみの塩衣 汲も焼もそれはまだ濱邊
のわざ そりや時ぞと夕波にかわいや女の丸裸 腰にうけ桶
手には鎌 千尋のそこの波間をわけて三つめかる わかぬあら
めあられもない裸身に 鱧(はも)がぬら付ぼらがこそぐるがざみがつ
める 餌かと思ふて小鯛がちゝにくひ付やら 腰の一重が波にひたれ
てはだえも見えすく 壷かと心得蛸めが臍をうかがふ うきぬ
しづみぬ浮世渡り 人魚の泳ぐもかくやらん 汐干になれば洲崎

の砂の腰だけ 踵には蛤ふみ 太股に蚶(あかゞい)はさみ 指てあはび
おこせば 爪は蛎がいばいのふた あまの逆手を打やすみつげの小櫛(おぐし)
も取間なく 螺(さゞい)のしりのくる/\わげも縁あるめからは玉かづら
かゝる嶋へもいつの間に むすぶの神の影向(ようごう)か 馴そめなじみ
今は埴土(はにふ)の夫婦住 夫を思ふ真実の情ふかく哀しり 木の
葉をあつめ縫ひつゞり針手きゝ さ夜の寝覚めは塩じむはだに
引よせ 声こそはさつまなまり世にむつましいむつ言


31
うらが様なめら 歌連哥にべる都人爰にも見やしめすまい 縁
あれはこそだいてねてむそうか者共おもしやつてたもりめす
と思へば 胸つぶしうほや/\しやりめす 親もない身大事のせ
なの友達 康頼様はけん丈俊寛様は爺様とおがみたい 娘よ
いもよとせろかくせろとざやつてりんによがつてくれめせかしと
ほろと泣たるかはいさ 都人のごさんすより いとんによきやつて
くれめすが 身にしみわたりとかたらるゝ 僧都聞入感にたへ

扨々おもしろふて哀でだてゞ殊勝でかわいひ恋 先其君に
見参いざ庵へ参らふか いや則あれ迄同道 千鳥/\と呼
れてあいとあしかきわけ 竹の栃(おうこ)にめさし籠 かたげたふりも
小じほ らしげな見めがよければ身に着たり つゞれも綾羅
錦繍を はぢぬかたちはあたら物なぜに海士とは生れけん
僧都もえしやくの挨拶 やさしの噂承つて本心 康頼はとく
対面とな 俊寛はけふ始親と頼み度とや 此三人は親類同然


32
別してけふより親子の約束我娘 あはれ御免かうふり四
人つれて都入 丹波の少将成経の北の御方と 緋の袴
着るを待斗 エゝ口おしい 岩をうがち土を掘ても一滴の酒は
なし盃なし めでたいといふ詞が三々九度じやといひければ ハア
此いやしい海士の身で緋の袴とはおやばちぶること 都人に
縁をむすぶが身の大変 七百年いきる仙人の薬さけとは
菊水のながれ それをかたとり筒につめたも此嶋の山水

酒ぞと思ふ心が酒 此鮑かいのお盃にいたゞき けふからいよ/\親よ子よ
てゝ様よ娘よとむぞうか者とりんによきやつてくれめせと いへは各々うち
笑ひげに尤と菊の酒盛 あはびはるりの玉の盃さいつさゝれつ飲め
いやへ 三人四人か身のうへをいはうが嶋もほうらいの 嶋にたとへてくめども
つきぬいづみの酒とぞ楽しみける 康頼沖をさつと見て ハアゝれう
せん共覚えぬ大千舩漕ぎくるは心得ず あれよ/\といふ中に 程なく着
岸京家の武士の印をたて 汐の干潟に舩つながせ 両使汀(みぎは)にあが


33
つて松影に床几立させ 流人丹波の少将 平判官康頼やおはする
と高らかに呼はる声 夢共わかず丹波の少将是に候 俊寛
頼候と 我さきにとふためき走二人が所にはつ/\と 手をつき頭(づ)をさ
げ蹲る 瀬尾太郎が首にかけたる赦し文取出し 是々しやめんの
趣き拝聴あれと押ひらき 中宮御産の御祈りによつて非常の大赦
行はる 鬼界ヶ島の流人丹波の少将成経 平判官康頼二人赦免有
所 いそぎ帰洛せしむべきの条くだんのことしと読もおはらす二人はつと

ひれふせば なふ俊寛は何とて読落し給ふぞ ヤア瀬尾程の者に
読落せしとは慮外至極 二人の外に名が有か是見よと指出す 少々
将判官もろ共に是はふしぎとよみ返しくり返し もしやと禮紙(らいし)
を尋ても僧都俊寛共 書たる文字のあらばこそ入道殿の物
忘れか そも筆者の誤りか おなし罪同し配所非常もおなじ大赦
の二人はゆるされ我独りちかひの網にもれ果し 菩(ほさつ)の大慈大悲にも
わけへだての有けるか とくに捨身(しやしん)し死したらは 此悲しみは有まじき


34
もしや/\とながらへて浅ましの命やと 声もおしまず泣給ふ 丹
左衛門懐中の返取出し とつく申聞せんずれ共 小松殿の仁心 骨ずいに
しらせん為暫くはひかへたり 是聞れよと声を上 何々鬼界
ヶ島の流人俊寛僧都事 小松の内府(だいふ)重盛公のれんみんに
よつて 備前の国迄帰参すべきの条 能登の守教経奉(うけたまは)つて
件のことし 何三人共の御赦しか中々 ハアハアはあと俊寛は 真砂に額
をすり入/\三拝なして嬉し泣 少将ふうふ平判官夢ではないか

誠かと おどつまふつ悦は猛火にこげしがき道の仏の甘露にうる
おいて如清涼地とうたひしもかくやと思ひやられたり 両使詞を
そろへ もはや嶋に用もなし 仕合と風もよしいざ御乗船尤と
四人舟にのらんとす 瀬尾千鳥を取て引のけ 見くるしい女め 見
おくりのやつならばそこ立されとねめ付る イヤくるしからず 此少将が配所
の中厚恩の情を請ふう婦と成 帰洛せば同道とかたく申かはせし
女 御両人の了簡を以着船の津迄のせてたべ 子々孫々迄此恩は忘れじ


35
と手をすつて侘給へは 思ひもよらずやかましい女め 誰が有引ずりの
けよとひしめいたり ハテ了簡なければかなし 此うへは少将も此嶋にとゞ
まつて都へは帰るまじ サア俊寛康頼舟にのられよ いや/\一人残し
本意でなし 流人は一致我々も帰まじと 三人濱べにどうど座を組
思ひ定し其顔色 丹左衛門心有侍にて是瀬尾殿 か様にては君
御大願の妨げ 女を舟にはのせず共一日二日も逗留し とつtくとなだめ
得心させ 皆々心能てこそ御祈祷ならめと いひもきらせずヤア

そりや役人の我まゝ 船路関所の通り切手 二人と有二の字の上
に 能登殿が一点くはへて 三人とせられしさへ私成に 四人とはどなたの赦
所詮六はらの御やかたへ渡す迄は我々が頼り 乗らぬ迚のせまいか 俊
寛か女房は清盛公の御意をそむき首討れた 有王が狼藉召人
同然の坊主 雑式共郎党共三人共にふなぞこに押込めうごかすな 承ると
疋夫共千鳥をつきのけ三人の小がいな 引たて/\狩人の餌畚(えふご)に小
鳥をつかむるがごとく捻付/\ きびしく守る瀬尾が下知 船出せ/\


36
乗給へ左衛門殿  但し御使の外船の用ばし候と 理屈ばれば力なく
おなじく舟にのり移る 不便や濱べに只独り友なし千鳥泣わめき
武士(ものゝふ)はものゝあはれしるといふは偽りそらことよ 鬼界ヶ島に鬼は
なく鬼は都に有けるぞや 馴そめし其日より御免の便聞せてたべ
と 月日をおかみ龍神に願立いのりしは つれて都でえよう栄花
の望でなし 簑むしの様なすがたをもとの花の姿にして せめて
一夜そひねして女ごに生れた名聞と 是一つのたのしみぞや

エゝむごい鬼よ 鬼神よ 女ご独のせた迚かるいと舟がおもふか 人々の
嘆を見るめはないか聞耳は持ぬか のせてたべなふのせおれと 声
を上打招き 足すりすては伏mろび人めも はちず嘆しか 海士の
身なれは一里や二里の海こはいとは思はね共 八百里百里
游(およぎ)も水練(すいり)も叶はねば 此岩に頭を打当打砕き 今死ぬか少将さま
なごりおしいさらばや 念仏申むぞうか者りんによやつてくれめせ
となく/\岩根に立よれは やれまて/\と俊寛よろぼひ/\


37
舷(ふなばた)を 漸まろび走寄 是舩にのせて京へやる 今のを聞たり
我妻は入道殿の気にちがふてきられしとや 三世のちぎりの女房
しなせ 何たのしみに我独り京の月花見たふもない 二度の嘆を
見せんより 我を嶋に残しかはりにおことが乗てたべ 時には関所三
人の 切手にも相違なくお使にも誤りなし 世に便なき俊寛我を
仏になすこと思ひ 捨置て舩にのれ/\と なく/\手を取ひつ立
/\ 御両使頼存る此女のせてたべと よろほひよれば瀬尾の太郎

大きにいかりとんでおり ヤア梟入(づくにう)め さやうに自由に成ならば赦し文も
お使も詮なし 女はとても叶はぬうぬめのれと 啀(いがみ)かゝれば それは
余り了簡なしとかくおしひとだまし寄 瀬尾がさいたる腰刀ぬいて取
たるいな妻や 弓手のかたさき八寸斗切込たり うんとのれ共さすが
の瀬尾指ぞへぬいて起なをり 打てかゝるもひよろ/\柳 僧都は枯
木のいざり松両方気力渚の砂原 ふんごみふみぬき息切声を
力にて 爰をせんといどみあふ 舩中さはげば丹左衛門舳板にあがり 御


38
帳面の流人と上使との喧嘩 落居の首尾を見とゞけて言上する
下人成共介太刀すな 脇より少しもかまふなと眼もふらず見分す 千
鳥たへかね竹杖ふつて打かくる 僧都声をかけよるな/\ 杖でも出せば
相手の中咎はのかれぬ さし出たらば恨ぞと いかれば千鳥もせん
方なく心斗に身をもんだり 血まぶれの手おいとうへにつかれしやせほうし
はつと打てはたぢ/\/\ 刀につられ手はふら/\ 組はくんでもしめ
ねは左右ひよろりとはなれ 砂にむせんで片息の両方あやうく

「見えけるが 瀬尾が心はうへ見ぬ鷲 つかみかゝるを俊寛が雲雀骨
にはつたとけられ かつはとふせば這寄て馬乗にどうど乗たる刀 とゞめ
をさゝんとふりあくる 舩中より丹左衛門勝負は屹度見届けた とゞめを
させば僧都の誤り咎かさ成 とゝめさす事無用/\ ヲゝ咎かさなつたる
俊寛嶋に其儘捨おかれよ いや/\御邊を嶋に残しては 小松どの
能登殿の御情もむそくし御意をそむく使の難度(おちど)殊に三人のかず
ふそくしては 関所の違論かなひがたしと呼はつたる されは/\康頼少将


39
に此女をのすれは人数にも不足なく 関所の違論なき所 小松殿
能登殿の情にて 昔の咎はゆるされ帰洛に及ふ俊寛が 上使を
切たる咎によつて 改めて今鬼界ヶ島の流人となれば 上御じひの筋
も立お使の何度いさゝかなしと しゞうを我一心に思ひさだめし
とゝめの刀 瀬尾請とれ恨の刀 三またな四かたなしゝぎる引きる
くびおし切て立あがれば 舩中わつとかんるいに少将も康頼
も 手をあはせたるばかりにて物をも いはず泣いたる 見るに付

聞に付千鳥ひとりがやる方なさ 夫婦は来世も有物 わしが
みれんて思ひ切のないゆへ嶋のうきめを人にかけ のめ/\舟に
のられうか皆さまさらばと立帰る すがりとゞめて是 我此嶋に
とゞまれば五穀に離れしがき道に 今現在のしゆらだういわう
のもゆるは地獄道 三悪道を此世てはてし 後生をたすけてく
れぬか 俊寛が乗はぐぜいの舩うき世の舟には望なし サア乗
てくれはやのれと 袖を引たて手を引たてやう/\にいだきのせ


40
ければ せん方波に舩人は纜(ともつな)といて漕出す 少将夫婦康頼も な
こりをしやさらばやといふより外は涙にて 船よりは扇を上げ陸(くが)よりは手
を上て 互に未来て/\と呼はる声も出舟に 追手のかせの心なく見
おくる陰も嶋がくれ 見へつかくれつ汐ぐもり 思ひ切ても凡夫心 岸
の高見にかけあがり つま立て打招き濱のまさごに伏まろび
こかれてもさけびても 衣とふらふ人迚も 鳴音は鴎天津雁さ
そふは おのが友鵆(ちどり)独りを捨てて沖津波いくえの 袖やぬらすらん

 

  第三(朱雀御所の段)へつづく