仮想空間

趣味の変体仮名

箱根霊験躄仇討 下の巻

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/884320

 

  箱根霊験躄仇討 下

 

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2
いざりの あたうち 下
から吉はん

[上よりつゞき]縄にかゝり
捕人(とりて)の役人に引渡され
ける此事領主の耳ににして
健気なる働きかなと殊
の外賞せられ禄二百
石たまはりて
召抱へられ
お側近く召仕は
れお覚へめでたき
立身と人々うらやまぬ
ものなく安々として
枕をく高く斯ては○

○最早
大丈夫アノ
勝五郎めが
敵を狙ふ





理は
更になしと心の
ゆるみか神経病[次へ]


3
[つゞき]われと
我気をなや
ます病気
ある夜郷介たゞ
壱人燈火(ともしび)の下(もと)に

座し居たりしがしきりに
四方ものさびしく襟元
より冷や水を浴びせられたる
ごとく覚え¥へければ夜着
ひきかつぎ寝ばやと
思ふをりから
家(や)なり震
動おび
たゞしく
あはやと見る
うち▲

▲一団の火(おに)の玉いづこより飛び来り
けん枕もとに落ると等しく
あな恨めしやといふ
声は耳
を○

○つら
ぬき響き
わたり夢か
現(うつゝ)かまぼろしの
中にぼにゃり
立たるすがた

瞳を定めて
よく見れば
先年暗殺し
たる飯沼三平が
亡魂と
日外(いつぞや)

□偽りて搦
めとり獄門
のお仕業(しおき)
なりし彼の狼

藉ものが亡
霊とが左右
より立かゝ
り火の
車を
ひき
来た



がれし
[次へ]


4
[つゞき]声音にて
恨めしや
佐藤
郷助

ゆえ

▲我々
両人やみ/\
非業の
最後をとげ
修羅の苦
憲を受る
ぞよこの程
燭王(えんわう)に□

□申し乞ひて
冥土より
汝を迎
ひに来り
しなり
とく/\火
の車に
乗るべし◆

◆いざ疾々(とく/\)と
眼を
からし
にらむ
顔色(がんしよく)怖ろ
しく手どり
足どり様々
に悩ましけれ
ば郷介は浅間
しき事に[次へ]



思ひ刀を抜て切はらへは霧のごとく煙りの
如く更に手ごたへなきのみか刀をもぎとり
猶も執念(しうね)く立さらぬは実に積悪(せきあく)の
天罰的面因果はめぐる小(を)車の亘(?ま)はれば
返る元の道斯する事夜毎のごとく
なればさしもの郷介
心つかれ欝々として暮しけり
退いて考ふるに我先の日根も
なき事
い三平
を闇討
になし

又利欲
の為に
心を奪
はれ狼
藉者と
召とりて
かく高
禄にて
抱へられ
いまは何
不足なく
安楽に△

△くらす
と思へ

不憫
の事
をして
けりと
ふさぐ
心をつけ
込み狐狸
妖怪がたふら
かす物ならん

と独りつぶやき
いる処へ忽ち
傍へに声あり
て否々(いや/\)郷介
左にあらず
閻王の迎ひ
に相違なし
我々に随ひ
とく/\来れと
いひさま目先
に現はれければ
抜く手も見せず[次へ]



[つゞき]切付ければ

姿は分れて
二つとなり又切はらへば
分身して左右にわかれ
きる度毎に人まして
遂には三四十の多き
に至り昼夜郷介
をなやましければ今は
あぐみて持てあまし
修験者をたのみて
加持祈祷をなし
ければ怨霊
しばらく退散▲

▲せし
とかや悪
のむくひぞ
恐ろしき
斯て佐藤
郷介は主
君の命を
蒙り伊勢
大神宮へ代参

なすにつき
たびの用
意を□


整へ
供人随へ
武蔵の●

●入間を
立出
東海
道を
伊勢路
へと登り
けり



○爰に飯沼
勝五郎は草加宿の
庄や徳右衛門が情
けにていざり車に
打のりつゝ東海道なる
箱根の麓にいたりけるが

歩行不自由なりければ
仇討の望みもけはじ
此上は神の力を頼
まん
と同所権現へ
祈誓を
かけ日毎
参り
丹晴を
抽(ぬき)んで
しが▲

▲神の利益の
むなしからず
忠僕筆助が
老母を見送り○

○あて
なき
旅路
に赴き
けるが主
従の

尽(つき)


にや
箱根山にてゆくり

なく主人勝五郎
にめぐり逢しが
変り果たる
有様に暫しは物
をも云あへずさき
立ものは涙のみ
互ひにぬらす
四つの袖かはく
間写て染ざるも
理りせめて憐れ
なる斯ては果じと
主従が無念[次へ]



[つゞき]いやます憤怒の心
姿を変て乞食となり
箱根山のふもとに居て
尚も神力を頼まんと
箱根権現へ日参怠ら
ざりしとかやまた
勝五郎はいざり
の身なれば敵
にあひて勝
負に及ばゝ
せめて一ト矢
をも怨みんと

ひそかに
尖り矢
を貯へ
けりとぞ
斯て
年月
を過しけるが
或日筆助は
小田原の宿を
通りしに供人あまた
連れし武士本
陣ぶ入るを見るに▲

▲思ひかけなき
佐藤郷介成り
けれは大いに
喜び直ちに勝
五郎に告げ知ら
せ己れは敵を見
失なはやう又小田
原にへはせ行ける
飯沼は多年の
望み今日足りて
喜ぶにつけ此業病
有に甲斐なき身

の上なり斯まで祈

たて
まつる
に権
現の
納受
なきは
神仏
に見放
されし
[次へ]


9
[つゞき]こし
抜武士
とは我事成り

と我身を悔む
男泣き其時
傍への辻
堂より
一個(ひとり)の
武士(ものゝふ)立
出て腰
抜武
士を▲

▲悔み
いふな
某助太刀
して進ぜんと
云つゝ側へ
立寄つ
て○

○飯沼氏一別以来と云ふ此戸(こなた)は驚き
て能々見れば其以前
大原が許にて義
を結びたる
松本平馬
なりければ
大いに喜
び我身のうへより
今日はからず敵討の
事共を詞短かく咄
すを聞き平馬
は深くかん

じつゝ今
宵不思議に此
宮に御辺に再会
なしたるは未だ武運の
尽(つき)ざる
所夜
明けなば
郷介
爰へ来る
は必定
いざ/\用
意し[次へ]


9
[つゞき]給へと
示し合せて待
かけたり斯とは

知らず佐藤
郷介程なく夜
も明たれば箱
根山へと差かゝる□

□待まうけたる松本
平馬
山の半腹
に立
ふさがり
名のり
かけたる
大音声の
勝負
/\

詰寄せ

たり
不意を
うたれて
郷介は度を
失なひしが此方
もしれ者誰が
ある狼藉
者を討て
とれと下知
の下より
数多の家来刀
ぬきつれ打かかるを[次へ]


11
[つゞき]
シヤ
もの
/\

しやと
渡り合
筆助
諸とも
多勢
を相手
に切結ぶ
名におふ
箱根の
難所ま
れば多
勢と▲

▲いへど進みえず
斯と
見るより
勝五郎は半
弓(きう)おつとり引
しぼり切て放
せばあやまたぎ
郷介が左りの腰を
射ぬきたり郷介怒り
走りより
勝五郎に切てかゝり二太刀
三太刀戦ひしが勝五郎は足たゝねば●

●受太刀となり
危ふく見ゆれ
ば郷介が只一ト
討と切つくる
を身を捻りつゝ
勝五郎が横に
払ひしに一刀に郷
介右の腕(かひな)を切ら
れひるむ所を附入
て難なく首を討
落す此体見るより
松本平馬筆助諸とも

欠け来り飯沼が突立
たる有様に驚きつゝ
も声をかけヤゝ御辺
は腰が立
たるやと
云はれて
初めて
気の付
飯沼是
ぞ箱根
権現の
加護[つぎへ]

 

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12
[つゞき]なるべしと
一同感涙を
ながしける
斯て飯沼
は首尾
よく敵を
討取て□

□松本平馬
諸ともに大坂へ帰り
敵討の次第を言上に及び本知へ五百
石の加増を賜り平馬は新知五千石賜り
両家目出度栄へけるとぞめてたし/\/\