当流小栗判官 第三

 

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     イ14-00002-579 


28左頁
  第三
横山一家の人々はわぼくのえんをもよほさんと 酒盃
とりもたせ小栗のやかたにあんないす もとよりふて
きの小栗殿兄弟にたいめんし 何のための御出っぞやと
ぞ申さるゝ ぐんじあふぎをしやくにとり参る段べち
ぎならず 貴公と我々ふしぎにえんをむすびし所に
御じぶんとは存ぜずせがれ共 去年ふりよのこうろん致し候
よしさぞ御覚え候へし それゆへ過し夜はじめての参会に


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兄弟はつととうわくし何とやらんしなわるく めいわくの由
申候 しらぬいぜんはぜひなきことかやうにえんじやと成から
は むかしのいしゆは残るべからずわぼくの盃いたさせん
ため酒盃を持参仕る おいたるくんじが手をさぐり是にめん
じて其方よりも 酒盃を出され両方二つ盃に 中なをり
してたべ小栗殿と残るかたなく申ける 兼氏も喜悦あり
御いんぎんの御出過分に候 誰とてもしらぬいぜんはいひぶん
すまじきものならず 殊にいつれも是迄の御出いつくにいこん

をむすぶべき わだんの酒もり致すべし それ/\と宣へば
池の庄司承りてうし 盃取出す 兄弟詞をそろへ 中
なをりのほうなれば其御てうしをこなたへ給はり 又我々持参
の酒を御へんへ参らせ 二つの盃にて両方一度にさし
申さんといひければ ちんどく有とも白かねの てうしを取かへ
給ひける御うんのすえのうたてさよ あなたのしやくは鬼王
といふおのこ こなたには池の庄司 小栗さかづき取給へば先
三郎が盃とり 一度にくんでさし給へば両方たがひにおし


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いたゝき さらりとほして兼氏は太郎次郎にさし給ひ 三郎が
盃を池の庄司にずんどさし サアいしゆも恨も川へなかして
一つ/\といひければ 庄司手もりにたんぶとうけ つつとほし
ててうし盃からりとすて なむ三ぼうたばかられし やいさ
横山 汝らが持参の酒のむよりはやく五たいにしむ まさしう
どくしゆと覚えたり 詞にほだされ心をゆるせしこうくはいさよ
いで一打とやちに手をかけ ぬかん /\としけれども五さう六ふ
のうらんし きうけつよりちをはいてあなたこなたへのりかへり

十八年の夕の露ついにはかなく成にける つよかりし兼氏も
おもての色はむらさきたち 刀をぬきはぬかれしが打あけん力も
なくエゝひきやう也横山 をしよせはらをきらせすしどくにて
いしゆをはらさんとは 下郎におとりしやつはらさしちかへんと立
あかり 心斗は高砂の松のみどりとはやれども こきうも
きれてよは/\と人間わつか五十年 恋ゆへはたす一生に
せめては妻を一めみん てるて恋しなつかしと 廿三を一ごとし
て かつはとまろびうせ給ふいたはしかりけるさいごとかや


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横山一家手をたゝき さつてもよいきみ/\と一度にとつとぞ
わらひける 扨兼氏のなきからを うはのがはらのとちうにうづめと
下人共にいひ付て 立帰らんとせい時三郎父が袖をひかへ きや
つらをころし候へばいもうとのてるて 妻の敵と我々をうらみんは
ひつぢやう しからば屋の内にかたきをまうけ何かせん御しあん
あれとぞ申ける ぐんじ打うなづきヲゝきかついたいしくも申せし
三郎と ふだいの家の子鬼王をまねき おことは夕さり人
ひれすてるての姫を さがみかおきにしつめにかけよと申する 鬼王

はつとぎやうてんし とがなき人をどくがいさへ都の聞へはかりかたう
候に こつにくあいみんの姫君をうしなひ奉れとは御家のはめつ
かや たとひ御とが候とも ふだいのお主をうてとあるおうけは
得こそ申まじ よく/\御しあん候へと涙を うかへけうくんす 三郎
大きにいかり なまぐさきかんげんだてをきをらふ横山が内に
をのれならで人有まいか 外のものにいひ付んいざ立給へと
たゝんとす 鬼王しばしとをしとゞめ 一たんは申せし事よの
ものよりも某がうしなひ奉らんとぞ申ける ムゝしかと汝が


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殺べきか中々の事 しからばしさい有べからず我も行てけんぶんせん
少にても用赦せばをのれ共にくせごとぞ さあおやぢお帰あれ先
ひとりはしまふたと どつとどよめき帰りける天ばつ いかゞをそろ
しゝ かくて鬼王とかくしあんにおちざれば 口惜の奉公やとと
はうを失ひいたりしが 先弟の鬼次に談合せんとつつと立 いや
まて是をみるにつけ 兄弟とても頼まれず分別こそ有べけれと
とつくとしりよをめぐらし いかにしてもころされじ 去ながら小栗殿
なく成給ふと申給ば よも姫君もながらへんとは宣ふまし しよせん

小栗殿都へ帰り給ふとこしらへすかしておとし申さんととつ
つをいつ分別し ひとりうなつき帰りける所存の そこぞ
「おくふかき過る月日と ちる花とあだくらへして行水 
に しばしばかりはたゞよひし おあはれ命のつれなさや仏心の
鬼王は てるての姫を心やsっよとも参らせ 人ににたりし
おにはの石君のふり袖ふりかけて さながらそれと夕
やみにたいまつそむけもちとりて さしのいはねをこぎ
なかす心の うちこそあはれなれ 時に三郎気遣


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にや思ひけん きしばたにかけ来り大おんあげ やあ其舟は
鬼王か 何と姫はしづめしかじつけんせんとよばゝりける 鬼
王すはやと思ひ只今しづめ奉る 是御覧ぜとたいまつ
あくれば三郎はるかにすかしみて ムゝとをめのかけんか姫が
ちいさくみゆる こえを立させ聞んといふ 鬼王涙くみたる
ていにして いや御涙にせかれ御こえも立給はず いたはしの御有
様やとすかりついてそらなきす ムゝよいは/\ はやくしづめよとくしづめよ
其時鬼王ふなばりにひざまつき 御身より出し不義のとが人

ばし恨ましますな サア只今が御さいごぞなむあみだ仏と
ひつたて さかまくなみなみどうどしづめふねに ひれふし
なきいたり 三郎悦び出来た/\もどれ/\とまねきけれは
おもなげにしておもかぢや漸くがにぞあがりける しかつし
所へ弟の鬼次きさらぎ姫の御手を引 いきをはかりにはしり
つき是々鬼王殿 てるて殿はいかにといふ鬼王聞もあへず 御
意にまかせ此おきへ只今しづめにかけうしなひつるはといひ
ければ きさらぎ夢ともわきまへずなふ情なやかなしやと 其


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まゝそこにふしまろびわつときへ入なき給ふ されとも鬼次
のみこまず 何としんじつころせしか鬼王詞をあらけ
はていな事に念を入る なんの偽あらん是三郎殿の 御
めのまへにてころせしといへば 三郎我々かまへにてころ
させしがして それがなんとしたと いひもはてぬに鬼次横
手をはたと打 ハツアなむ三ぼうしなしたり是あにじや人
さうでんの主君をころしようも/\なまつらさげ 我々にもの
いはんとは思はるゝぞ むしどうぜんの人外を兄に持たる無念さよ エゝ

あさましや ふがひなや もはや侍はすたつた命がおしくはすぐ
にあの舟に打のり かいぞくして世をわたれよときばを ならし
て申ける 鬼王気色をそんじ 兄にむかつてすいさん千万
をのれがちえをかつて我侍をたてふか ころすもお主
ころせとあるもお主 なれとも姫君には小栗殿とまさし
うみつつうのとがにん たすけをいてはお家のはぢ ことを
しらずはだまつてをれと大きにうつて申ける きさら
き姫聞給ひ何あねうへをとがにんとや 其とがのはじまりは


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わらはがなかだちしたりしゆへ とがにんはみづからぞころして
たべ三郎殿 さあころせ兄弟とこえをあげてぞなげか
るゝ 鬼次聞て ヲゝ御尤あね君様をさきだていひわけ
は立申さじ もろ共にと引たてうみへなげんとせし所を
鬼王とびかゝり 鬼次をとつてなげはつたとにらみ ヤイサ畜類め
さうでんのお主をころさんとはいかふ 鬼次から/\とわらひ ムゝ今め
がみへたる 是なふお主なれどもなかだちのとがにんなればころさではを
かぬ サア姫君しに給へはやしに給へとせめければ 三郎もこえをかけ

しに神ついてしにだがらばころせ/\といかりけり 姫君猶
も思ひきりなふしぬる人には頼まぬと とひいらんと
し給ふを鬼王又いだきとめ きやうらんかもつたいなしぜひ
しなせぬと引とむる やれ鬼王我をとむる程ならばなぜ
あね様はころせいぞ いひわけあらば我も思ひとゞまらん
何と/\とつめ給へど 三郎が聞まへなればおとしたりとは
いはれもせず きさらぎは猶ころされず ちゞにみだるゝ鬼王
が心の内にそふびんなれ 姫鬼王をつきのけて をのれが


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やうなるぐにんめにもんだうもむやく是三郎殿 むこといひ
いもとゝいひ御身の心一つにて おほくの人をうしなひ天
命思ひしり給へなふあねうへさま只今追付参らせん ひとつ
はちすと手を合 なみにとび入給ひしは扨もぜひなきしだい
なり 鬼王兄弟三郎も あつと斗にせんかたなく手をあげて
こそいたりけれ 鬼次ひざ立なをしこりや鬼王 一人ならす
二人迄もゝくせん主をうしなひしも 御へんが一心ちかひしゆへ 兄
と思はぬしゆくんの敵のがさぬと たちぬきそばめとんて

かゝれば鬼王は道理にむかふたちさきなしとあなたこなたへ
にげまはりとまやのかげにかくれけり 鬼次せいて見うしなひ
はしりかへれば横山三郎 くはんたいものとうつてかゝる 主
も下人も是迄也あまさじときりむすび うけつながしつ
たゝかひしが しにぐるひの鬼次がけはしくうてば三郎も
かなはじとにけて行いづく迄と追かけしが エゝよしなしと
立かへりいぜんの所にどうどいて 口おしき身のうへやと
五たいをなげてなく斗 よせくるなみにをりひたりなふ御


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兄弟 ぐちぐもうの兄めゆへひごうのしにをあそばせし 御
しんていこそいとをしけれなまなか某弟にむまれ おなじ
ちじよくにしづまん事なんぼう無念に存る也 はらかき
やぶりあつきと成敵をとつて参らせんと じがいせんとせし
所を鬼王をどろきはしり出 やれそこつすなしするなと
すがりつけばとびしさり しにぞこなひのひきやうものと
たちふりあぐるを兄まて弟一言きけ うたがふはしごくせり
まつたくてるて様をころしはせず 都かたへをとし参らせ

人ににたる石をしづめて三郎をたはかりし いせんかくとしらせ
たく心はやだけに有しかど 三郎が聞まへなればあけてこそ 
いはぬとて さほど迄其をうろたへしと思ふかや うらめしやつれ
なし さりとては聞えぬと涙をはら/\とぞながしける 鬼次
つつとより何たすけしとや しからば弥聞えぬは など一たん
我にもしらせ給はぬぞ ヲゝ談合せんとは思ひしかど かばかり
の人心兄弟とても頼まれずと たがひのそこいうたかひし 是
も何ゆへお主のため ゆるしてくれよ弟と 涙をながし申ける


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鬼次道理にしごくして扨はさやうに候か よしなき人に奉公し
かゝるうきめを見聞事は みやうがにもつきはてしか 口おし
の身のうへやと兄弟手をとりすがりつき こえも おしまず
なげきしが 鬼次涙をおさへかうべをさげ さいせんのりよ
ぐはいざうごん天のせうらんをそれあり まつひら御めん候へ
と打しほれてぞ申ける ヲゝ何事も忠功そやたゞあへ
なきはきさらぎ姫 何につけても主と頼よし横山
一家 うれめしうは思はぬか いか成あくごうあくえんに

しゆしうとはなりけるぞぜんせのやくそく思ふにそ後の
世とてもさぞあらんと 又さめ/\となげきしが 思へば
うんのつきめ也うき事聞て何かせん 百年も一日も
ながらへしはおなじこと よれさしちがへん尤とたちをぬいて
取くみしがやれまて弟 しゝて心はやすまれどもたれを
頼にてるての姫 かへつてうきめにあひ給はゞたすけて
あたと成べきぞ 去ながらやかたへも帰られず此たち
むげにもさゝれじと をつとりなをしもとゝりをふつゝ/\と


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きりはらひたちもろ共に西の雲むらさきふかきふぢ
さはの 上人にゆかり有みでしになつてごせほだい けつ
ぢやうわうじやういのらんとなみだなからに出てゆく 人
間万事夢の世の 夢も夢也夢の中 恨もあたも
楽も 恋も情もをしなへてさむれはおなじうつゝぞと
みなしれども すめばうき世なり